剣聖の日常・その10・後始末とやり残しと
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
ハルモニア大教会。
王城隣にそびえ立つ巨大な尖塔と大聖堂を持つ、聖ハルモニア教の総本山。
聖女シャザニアがお隠れになってからは、大神官ミポリンの導きにより、シャザニアの告げる人類至上主義を唱え、亜人種殲滅の為に尽力して来た。
だが、フランシスカ女王の死去、そしてお隠れになったシャザニアが行方不明となり、ミポリンはシャザニアの教えを守る為に自らが国王となる事を宣言。
だが、ハルモニア臣民はミポリンではなく、宰相のジャーナルを選んだ。
何故か?
どうして私は選ばれなかった?
そんな言葉が脳裏をよぎるが、既に決まった事は覆す事は出来ない。
それに、今はあくまでも暫定王位であり、これから正当なハルモニア王を選定する会議が行われる。
ならば、そこで私の票を集めて私が王になれば良い。
そうすれば、今まで以上の富や権力が集まって来る。
正にシャザニア様様ですね。
一通り肉欲の宴を楽しんだミポリンは、身体を清めて自室で身体を休める。
明日になれば一回目の選定会議が行われる、公爵のいないハルモニアでは、次点である侯爵から国王を選定しなくてはならない。
そしてミポリンは大神官であり侯爵である。
決して負け戦ではない。
微睡ながら、ミポリンは明日を夢見る。
そのベッドの傍に、ストームと十四郎が音もなく姿を現した事など知らず。
「夢操術かーらーの神言勅命と。ミポリンに告げる。本当のシャザニアの教えである『万物すべてに等しい権利』を教会の教えとし、ジャーナル宰相と共にハルモニアを豊かな国とせよ……ついでに能力強奪な」
人差し指をミポリンの額に当ててスキルを発動する。
一瞬でミポリンの魂からスキルメーカーとメイキングを引き剥がすが、その時、ミポリンの魂にしっかりとシャザニアの加護の残滓があった事に気が付いた。
「へぇ。色欲大神官だけど、ちゃんとシャザニアはお前の本質を見抜いていたのか……なら、スキルメーカー発動と‥‥」
──ブゥゥゥン
両手を合わせてゆっくりと開く。
そこにスキルオーブを生み出すと、神界を一度見上げる。
「そうだな。折角だからお前に新しい加護をくれてやる。魔神イェリネックの加護と行こうか?」
『ま、待て、なんで妾なのじゃ?』
「あー、ミスティとクルーラーなら全力で拒否するだろうが。秩序にあらず、正義にあらずって。でも、こいつを媒介として、正しき道を指し示すのも、THE・ONESの務めだろうが。第一、神官は直接手を下したわけではなく、女王の命令に忠実に従っただけのようだからなぁ‥‥色欲魔神みたいだけどな」
これにはイェリネックもグヌヌ状態。
ストームの様子を見ていた他の神々も、ストームの採決に文句はない。
スッとミポリンの体内にイェリネックの加護を植え付けると、ストームはミポリンの魂に語りかけた。
「ハルモニアの凶行の責任はフランシスカの死をもって終わりとなる。なら、ハルモニアはこれ迄の贖罪の道を歩むが良い……シャザニアの加護は失われたが、魔神イェリネックが汝に加護を授けよう。我、創造神THE・ONESの名に於いて」
やがて加護がミポリンの魂に定着すると、ミポリンは無意識に涙を流していた。
「ま、姦淫は程々に……そんじゃ行くぞ十四郎……って、おい、どうした?」
振り向いて十四郎に問い掛けるが、既に十四郎はストームの発していた創造神の神威に当てられて意識を失っていた。
「あー、こりゃあ仕方ないか。撤収!」
すぐさま十四郎を肩に担ぐと、ストームは精霊の旅路で宿に避難する事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
「‥‥世界は、こんなにも美しかったのですか‥‥」
早朝。
朝のお勤めのために大神官の下にやってきた神官は、目を覚まして朝日の下にたたずむ大神官を見て思わず息をのんでしまう。
先日までの欲深い色欲大神官ではなく、いつになく神々しい力に満ち溢れているではないか。
「み、ミポリン様‥‥今日はどうなさったのですか? いえ、先日とは違い‥‥その‥‥」
言い淀んでいる神官に近寄ると、そっと目の前で祈りを告げるミポリン。
「神はおっしゃられました。シャザニア様がお隠れになった今、私たちはシャザニア様とイェリネック様を主神として栄えるようにとお告げがありました‥‥」
「し、神託ですか!! では急ぎ大聖堂でそのことを他の神官たちにも告げなくてはなりませんね!!」
「ええ、行きましょう。シャザニア様の本当の教義を、今こそ皆に伝えるべきなのです‥‥」
穏やかな笑みを浮かべて、ミポリン大神官は大聖堂へと向かう。
そしてその日、シャザニアはそれまで信じられていた唯一にして全能神であったのではなく、普通の神の一人であったことがミポリンより伝えられた。
そして全知全能なる創造神The・onesの名が告げられ、ハルモニアは新しく生まれ変わる時が来たと宣言が行われた。
〇 〇 〇 〇 〇
冥界・冥王の居城
「‥‥ええっと‥‥うーむ‥‥」
冥府の女王プルートゥは頭を捻っていた。
目の前のテーブルに置いてあるのは、砕けて割れた神核とそのかけら、それを一つ一つ組みなおして修復しているところである。
ストームは宿で一晩体を休めたのち、エーリュシオン経由でプルートゥの元を訪れていた。
「どうだ? なんとかなりそうか?」
「い、いや、一度砕けてしまった神核を治すなど前代未聞で‥‥どうじゃったかなぁ」
「いやいや、マッチュの体が塩の塊に変身したときも何とかなったじゃないか、今回はどうにかならんか?」
ストームの頼みは一つ、死んでしまったシャザニアの再生。
ハルモニアの守護神としてシャザニアを祭ってもらっている以上は、守護神として勤めを果たしてもらわなくてはならないとストームは考えた。
最初はどっかの神様に影武者でもしてもらおうかとも考えたのだが、八大神全てにNoといわれてしまったので、それなら本人復活という事になったのである。
光に散ったシャザニアの神威を冥府の女王の下で集めなおし、再生作業を依頼した。
2/3までの再生は行えたのだが、残り1/3はどっかに転生した魂として消耗してしまっていた為、新しくどっかから持ってこなくてはならない。
そして亜神の魂ともなると、そんじょそこらの魂では代替が効かないので、ここから先はどうするかとプルートゥも頭を悩ませていたのである。
「最低でも英雄クラスの魂が必要じゃな。しかも、今のThe・onesの世界の魂では代替が効かぬのよ。もともと彼女はセフィロトの10世界の亜神ゆえ、あっちの魂ならば普通の魂の護符でも代用できると思うのじゃが」
「そうか、ならそれで頼むわ」
「また無茶を。そのセフィロト世界の危機を回避するために、マチュアはセフィロトに旅立ったのではないか。ということで、シャザニアの魂はこのままで放置じゃな。まあ、信仰はあるので自然回復は少しずつ行われると思うがのぅ」
そう告げて、シャザニアの魂は水晶の器に収められて棚に並べられる。
それを見て、ストームも取り敢えずは一安心という所であった。
「ま、時期が来たら頼むわ。それじゃあ後はよろしく」
「本来ならばやってはいけないタブーなんじゃぞ、亜神の再生など創造神殿の権限なのじゃからな」
「だから代行の俺が頭を下げに来たんだよ。これでハルモニアで起こった亜人種虐殺も収まるから、救われない魂がここに溢れかえる事はあるまい」
そう呟いて、ストームは神域へと転移して行く。
「はぁ。その魂の転移先が少なくなっているという事に、ストームはいつ気が付くことやら。滅びし4つのうちグランアークはいまだ人間種は存在しておらぬし、ジ・アースもようやく再生を始めたばかりで魂の自浄作用が間に合っておらぬ。カルアドはマチュアのおかげでようやく大地母神が力を取り戻したのでこれからじゃが、いかんぜん時間が足りぬ‥‥」
最後の一つ、オフィル・アニマスだけが、人間が力を取り戻し再生した世界。
それでも失われた4つの世界の魂をここに集める事は出来ず、冥界も行き場を失った魂が飽和しかかっている。
そしてプルートゥは傍らに置かれている杖を手に、ゆっくりと瞳を閉じる。
「最後の手段である『世界創生』。そうすれば魂はまた新しき世界で現世に戻るでしょう。けれど、その為にはカリス・マレス世界の神が創造神となって新しく世界に旅立たなくてはならない‥‥」
だが、それを行える存在はいない。
魂の修練により亜神となった過去の勇者たちは、自分の世界を救い元の世界へと戻って行った。
それらの中にはThe・ones候補者も存在していただろう。
だが、新しい世界の神となる事は、誰も望まなかった。
そして唯一、マチュアとストームならばと考えたこともあったが、そもそも二人はこのThe・onesの世界の破壊神、それはかなわぬ夢である。
「せめてこの先、新しい世界に旅立てる英雄が生まれ‥‥ってあの二人いる限りは無理ですよねぇ‥‥どうしましょうか。セフィロトをこっちの世界に開放できれば、また条件は変わるのですけれどねぇ‥‥」
思ったよりもこの案件、根が深くなりそうである。
〇 〇 〇 〇 〇
一方、
一仕事終えたストームは、フランクのままのんびりとハルモニアの町中を散策中。
酒場で変装した十四郎とのんびりと食事をとりつつ、周囲の会話から情報を聞き出そうとしている所であるが。
「‥‥何でも、シャザニア様がイェリネック様とともに大神官の下にやってきて神託を行ったらしいぜ。朝から神官たちが大聖堂に集まってその事で色々と話をしていたらしいからな」
「お、その話なら俺も聞いたぜ。イェリネック様と共にやってきて、亜人種の討伐を禁じたらしい。これからはすべての命とともに歩むのですって告げたらしくて、何でも人類至上主義はシャザニア様の言葉をフランシカ先王が捻じ曲げて広げたらしいぜ」
「道理でなぁ。じゃなければ、亜人の神であるイェリネック様とシャザニア様が神託を告げる筈ないよなぁ」
「そうそう。それで、昼から始まる次代王選定会議ではその事を宣言するらしい。ミポリン大神官様はジャーナル宰相とともにハルモニアを正しき道に導き、過去の償いを行えって告げられたそうで‥‥」
「ああ、ミポリン大神官が新たに神の加護を得たっていうやつだろ、聞いた聞いた。それでどうなるかだよなぁ‥‥」
などなど、昨晩のストームの裏工作は無事に臣民たちの耳にも届き始めていた。
「一件落着か? 本当にこれでいいのか?」
「いいのではないでござるか? ブラウヴァルトに向かった騎士達も全て戻って来たでござるし、今後のハルモニアの事はこの国の者達に任せるとよいでござるよ。それよりも拙者は、とっとと国に戻って銀富士で一杯やりたいでござるからなぁ」
「また銀富士かよ。行くなとは言わんが‥‥って、お前支払いはどうしている?」
「異世界大使館で両替しているので問題はござらん。という事で拙者はドロンでござる」
そう告げて十四郎は席を立つと、とっとと店から出て行った。
それを目で追いかけてから、ストームはちょうど運ばれてきたブラックオックスのスモークとエールで昼間から一杯やる事に決めたような。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






