剣聖の日常。その5・対亜人結界と聖女シャザニア
ハルモニア王国・国境城塞都市ガスベル。
その正門は実に大きく、高さは優に15mはあるであろう。その正門の左右に少し大きめの建物が建っており、右側の建物では入国審査を受けられるようになっている。
そして左側の建物は宿屋。
亜人が入国できないハルモニアの体制に対して、商人ギルドが建築した亜人種の待機用の宿である。
この正門から先はハルモニア、如何な理由であろうと亜人種の入国は許されていない。
「ということで、俺はここで待機だ。後の護衛は三人に任せるからな」
パムパムが依頼人のギブソンに話しているが、そのあたりは最初からわかっているのでギブソンも笑いながら頷くだけ。
そしてパムパムを残して無事に入国審査も済ませると、ストーム達はハルモニアに足を踏み入れる事が出来た。
………
……
…
「ハルモニア王家の通行許可証か。それがないと入れないというのは、この国はどれだけ警戒心が高いんだか」
「まあ、人類絶対主義を唱えて、近隣の亜人種の町や村を殲滅していた国ですから。諸方に敵対する者は多いと聞きますよ」
「成程ねぇ。ここから王都迄はどれぐらいなんだ?」
「馬車で四日という所ですよ。ハルモニアは国土が余り大きくありませんから」
ギブソンから話を聞きつつも、ストームは周辺の警戒を怠らない。
この中継都市全体を包む結界が何なのか、GPSコマンドの鑑定をフルパワーで起動していた。
そして出た結果。
『ピッ……対亜人用弱体化結界、範囲内の亜人のステータスを全て半減させると同時に、その者の居場所を騎士団詰所まで連絡する事が出来る』
ふぅん。
予想よりも強力な結界のようであるが、ストームは眉一つ動かさずに周囲を見渡す。
街の人々は、ストームの乗っているゴーレムホースに視線が釘付けであり、子供達など嬉しそうに横を走っていたりする。
「冒険者のおっちゃん、それって魔導具なのか?」
「すごーい、ゴーレムだ、初めて見たー」
「さ、触りたい!!触ってイイですか?」
等々と話し掛けて来るので、ストームはゴーレムホースの歩みを遅らせて、子供達と歩調を合わせる。
「ジンブさん、この先の宿に先に行ってますから」
「ああ、後で合流するから」
カタリーナが笑いつつ告げるのでストームも軽く手を振っておく。そして子供達と他愛ない冒険の話をしつつ宿に向かうのだが。
──ザッ
やはり出ました神官ご一行。
四人の神官衣を纏った男達がストームの前に立ちはだかる。
「そこの冒険者、ハルモニア様の言葉を伝える。貴殿の所有するそのゴーレムホースを我が教会に寄進するようにと」
「以上だ、すぐに馬から降りたまえ」
「何言ってんだか、アホくさ。これは俺のゴーレムホースだ、そのハルモニアの声は俺には届いていない、と言う事で貴様らの話など知らんわ」
そう呟いてから、ストームは歩調を早めて神官達の横をすり抜ける。
だが、神官たちは胸元にある聖印を右手に取ると、一斉にストームに向けた。
「ハルモニア様の御威光を恐れぬものよ。その場に跪け!!」
──キィィィン
一斉に聖印が輝く。
たが、ストームは耳を穿りつつ神官を見て一言。
「第三聖典・神聖魔法の神言勅命か。悪いがその程度なら自動で抵抗だ」
「なっ、ば、はかな、ハルモニア様の言葉に従わないと言うのか?」
「だからな、そんな神は存在しない、この俺たちの世界は八大神とその眷属である亜神が見守っているって何度言えば……って、お前達には初めてか」
「何だと貴様、ハルモニア様を侮辱するのか!!」
真っ赤な顔で叫ぶ神官たち。
こうなると狂信者と言うのは引く事がない。
やれやれ面倒臭いなとストームが困っていると、後ろから馬に乗った騎士達が駆けつけて来た。
「神官殿、通報があって駆けつけたのだが」
「おお、これは騎士様。この冒険者がハルモニア様の言葉に耳を貸さず、剰えハルモニア様を侮辱するのです!!」
「騎士達よ、この男を捕らえなさい、後日改めて異端審問を執り行いたいと思います」
口々にそう語る神官だが、騎士は努めて冷静にストームに問いかける。
「旅の方、母国はどこで?」
「ラグナ・マリアだ。因みに信じているのは武神セルジオだが文句あるか?」
「そうでしたか。では神官たちに伝えます。この者が信ずる神はハルモニアにあらず、それを一方的に異端扱いしてはいけません。彼は彼の国の神を信じている、これは罪ではない。改めて彼に改宗を求めるのなら構わないが、一方的に異端扱いするのは聖女様の教えにはない筈ですが」
そう騎士が堂々と告げると、神官達は慌ててその場から走り去って行く。
「まったく、ハルモニア様の御威光をカサにきた権力のブタどもが……」
お、まともな騎士だな?
そうストームは頷くのだが。
「まずはじっくりと彼にハルモニア様の教えを説いてからであろう。その上で彼に改宗を求め、彼の仲間や共にハルモニア聖教に入信して貰わなくてはならないと言うのに。欲の皮を突っ張らせて手順を間違えるとは何と言う事だ」
「あんたもかよ」
もう呆れてものが言えない。
「まあ、改宗するしないに拘わらず、一度教会で話を聞いてみると良い。私のようにハルモニアの教えを受けて改宗するものも結構いるのだよ」
「何だかなぁ。ま、信じる神は人それぞれ、俺はセルジオや八大神を信じているからハルモニアの話は聞かないので。ま、助けてくれてありがとうな」
「困ったものに手を差し伸べるのはハルモニア様の教えだからな。我らハルモニア神聖騎士の務めでもある。では、困った事があったらいつでも詰所まで来てくれたまえ」
そう告げて、金髪ショートの騎士はその場から立ち去る。
信じているものに問題があるのだが、騎士としてしっかりと信念を持っているのは理解出来た。
狂信者という訳ではなく、ごく普通の信者なんだなぁとストームは納得すると、取り敢えずは皆の待っている宿へ向かう事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ハルモニア王都・ハルモニア。
その中心にそびえ立つ巨大な城。
これこそが亜神シャザニアが魔術によって生み出した鉄壁城塞・マイオニー城である。
正面入口はそのまま聖シャザニア教会と隣接しており、信者ならば誰でも教会には自由に出入りできるようになっている。
そしてその大聖堂ではフランシスカが定時の祈りを捧げている所であった。
「ああ……慈悲なる神シャザニアよ、今日一日の加護を我らに授けたまえ。我らが神シャザニアよ、我等に敵なす存在に鉄槌を与えたまえ……」
すると天井近くにあるステンドグラスから、神の威光か降り注ぐ。
フランシスカはそれを浴びて更に神に祈りを捧げると、振り向いて集まっている信者達に説法を始めた。
やがて説法が終わり信者たちはその場から離れていく。
それと同時に、一人の神官がフランシスカの元にやって来て何かを耳打ちした。
「ほう、シャザニアの威光に従わない冒険者がいると?」
「はい。彼の者の持つゴーレムホースを寄進せよと告げたのですが、それにも従わず……自身の信じる神はセルジオと八大神であり、シャザニアなど存在しないなどと申しまして」
その言葉にフランシスカは軽く微笑む。
「そうですか。悲しい事にその者にはシャザニアの加護は降り注ぐ事はないでしょう、残念ですが……ですが、今一度、その者に洗礼を施せたならば、必ずやシャザニアの身元に抱かれるようになるでしょう……その者を教会へお連れしなさい」
「かしこまりました」
そう告げて神官はその場を後にする。
そしてフランシスカもまた、教会区から王城区へと戻って行くと、その中央にそびえる尖塔へと足を向かわせた。
………
……
…
尖塔最上階。
国王フランシスカ以外は足を踏み入れることを許されていない『聖女の部屋』。
フランシスカはその扉に手を添えて祈りを捧げると、そのまま扉を開くことなくスッ、と室内に移動していく。
小さな部屋の真ん中、そこに横たえられている金髪長髪の美女、彼女こそが聖女シャザニア。
元は亜神であった彼女だが、フランシスカに神威を奪われ、神の御技である神聖魔法を奪われ、そしてシャザニアの持つ絶対不変のスキル『スキル創造』まで奪われてしまった。
神威を失った亜神は動く事すら出来ず、ただ神威がゆっくりと回復するしかない。
だが、フランシスカは毎日定時にシャザニアの元にやって来ては、回復した神威を奪って行く。
「あら、目が覚めているのシャザニア。今日の気分はどうかしら?」
「最悪ね。信じていたあなたに裏切られて、しかも亜神の力まで奪われちゃあね……それで今日は何の用かしら?いつものように神威を奪って終わり……じゃあないみたいね?」
憐憫の目でフランシスカを見るシャザニア。
だが、フランシスカはそんな事を気にする事なく、窓辺に向かい窓を開くと、淡々と話を始める。
「亜神の力、神威が巧く纏まらなくなってきたのよ。ほら、あなたから受け継いだ神威がね、体に留まらなくなってきてね。どうしたら体内に神威を留める事が出来るの?いえ、神威を体内から生み出す方法を教えてくれないかしら?」
神聖魔法は魔力、即ち魔障によってコントロールできる。だが、神威を必要とするシャザニアの固有スキルは、神威なくては操ることができない。
最初の内は自在に使えていたのだが、最近はどれだけ頑張っても神威がすぐ枯渇してしまう。
「貴方は人間でしょ?人には神威を操ることはできないわ。私から奪った神威を、貴方という入れ物に貯めて、そこから使ってただけだから。でも、貴方の体がその入れ物としての能力を失って来たのね」
「なら、私のこの体を神威を使えるように作り替えるだけだわ、そういうスキルを作ればいいだけなのだから」
フフンと言うフランシスカだが、両手を合わせてスキルを創造しようとしても出来ない。
「フランシスカ、スキル創造でも神威を生み出す神体を作り出す事は出来ないわよ。それは創造神のみに許された行為、私は亜神なのですからね」
「な、なら、亜神になる為の条件を教えなさい……」
「英雄的行為、それでいて人に信頼されている事……私のいた世界では、それで人は亜神に昇華出来たわ、この世界ではわからないけれどね」
「では、わたしには無理だと言うのかしら?」
「無理よ。友達だった者から全てを奪って、それでいて自分勝手に幽閉している女なんてね……いい事、貴方がどれだけ外見を良くしていようとも、創造神様とこの世界の八大神は貴方の行為を見ているのだからね」
「では、私は亜神になれないと?」
「裏技でも使わない限りはね?でも教えてあげないわ」
してやったりと呟くシャザニアだが、今の一言でフランシスカは顔を真っ赤にして震えていた。
「な、なら、フランシスカが真命にて問います。人間を亜神にする他の方法を教えなさい」
「ふふん。そこまでするのなら教えてあげるわよ。今の言葉で貴方の神威は枯渇したでしょうからね。私たち亜神や神の体にある神核、それを手に入れる事ね。でも私から奪ってもダメよ、私はもう神威を殆ど生み出すことの出来ない亜神になってしまったのだからね……そしてさようなら、可哀想なフランシスカ。この世界の亜神なんて、貴方には制御出来ないでしょうからね……」
そう告げると同時に、シャザニアの体が白く変質していく。
体内の神核に亀裂が走り、シャザニアは亜神としての力を自ら破壊したのである。
「シャザニアやめなさい、そんな事をしたら死んでしまうわよ」
「構わないわよ。でもね、この国はもう終わるわよ。偉大なる創造神よ、この愚かなる、そして私の大切な友達をどうか救ってあげてください……」
──ビシッ
神核が砕ける。
そしてシャザニアは真っ白な塩の塊となって消滅する。
「……この世界の亜神ですって?いいわ、ならその亜神を殺して神核を奪えばいいのね……」
ベッドに横たわる塩の塊を一握りし、そして室内に投げ捨てる。
そしてフランシスカは部屋から出ていく。
室内に残ったシャザニアだったものはやがて、その場からスッと消えていった。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






