剣聖の日常その3・シャザニアへの道
ソラリス連邦の中継都市カメリア。
馬車はここから折り返しでラグナ・マリア帝国へと引き返してしまう為、ソラリス連邦へと向かう定期便とハルモニアに向かう臨時便の二つに乗り換えなくてはならない。
ここからハルモニアに向かうのはストームだけなので、馬車のショコラ達に軽く挨拶をしてからストームはハルモニア行きの馬車を探す事にした。
探すことにした。
探してみた。
ない。
「って、昨日出たばかりかよぉぉぉぉ」
停車場の事務所でハルモニア行馬車について問い合わせてみたのだが、ちょうど先日出発したらしく、次の馬車は3日後になるらしい。
「はい。明後日の昼に出発する便がございます。それまでは無いですね」
「はぁ。自力でいくしか無いのか」
「自力と言いますと、馬か何かで?」
受付嬢が問いかけるので、ストームはウムと頷くのだが。
「個人での入国は別途税金がかかりますよ。この街から出る臨時便はハルモニアから来た馬車で、戻るときに入国税が割引かれるのです。ここ最近は特に入国審査が厳しくなっていまして、冒険者でもランクが低いと入国出来ないのですよ」
ナンテコッタ。
思わず天を仰いでしまうストーム。
そうなると次の手を考えなくてはならないのだが、無理やり入るというのも後が面倒になる。
(暗殺者系スキルは初級しかないからなぁ。もしも結界が施されてたら無理ゲーになるか)
『結界中和スキルないでござるか。それはザマァ……残念でござるなぁ』
(ムッ……俺は良いんだよ)
思わず本音で突っ込む十四郎に言い捨てると、ストームは腕を組んで考えてしまう。
「冒険者ギルドに護衛は依頼を出すとして、一体どれくらいかかる事やら」
「かなりの金額になるかと。それにあの国は、何かにつけて税金が掛かる国ですから、裕福な方でない限りあの国には向かわないですよ」
「裕福ねぇ。そもそも、そんな厳しい国に何しにいくのやら」
「聖神シャザニア様の加護を受けるためですね」
加護?
なんだそりゃ?
「その加護ってなんだ?」
「スキルですよ。シャザニア様はさまざまなスキルを与えてくれます。寄付金さえ支払えば、望みのスキルも手に入るし、不要なスキルは買い取ってもらえますから」
あ〜、これはあかん。
世界法則を根底から覆す駄目なやつだ。
おそらくスキルの譲渡や回収はシャザニアがいた世界では当たり前のように行われていたのだろう。
だが、このカリス・マレス世界ではそれは不可能、それをフランシスカはシャザニアから奪ったアビリティで行なっているのだろう。
スキルとは『生まれつき』のものと『経験から修得』するものの二つに分けられる。
その内の前者、生まれつきのスキルは本人が知る事もなく生涯を終える者の方が多い。
鑑定眼万能や鑑定盤、もしくは魂の護符によって知る事も不可能ではないが、魂の護符は潜在的スキルの表示はない。
結果、シャザニア教会に所属する専門家が鑑定して売買を行っているらしい。
こうなるととっととシャザニアをどうにかしないと駄目なんだが。
「はぁ、今回ばかりは参ったわ。ここまで移動が面倒だとは思わなかったからなぁ……ありがとさん」
「いえいえ、お役に立てず申し訳ございません」
丁寧に頭を下げる受付嬢に手を振って、ストームは事務所を後にする。
『神威を使えば、それほど無理なく潜入出来るのではないでござるか?』
(神威解放は最後の手段だ。普段はこの現世界で人間のように生活しているし、そもそも消費した神威はこっちの世界では自然回復できない。俺とマッチュは信仰対象としては無名であるし、そもそも創造神代行と破壊神については神レベルでの秘匿情報だ)
『まあ、亜神という点については帝国皇帝ならび6王、その関係者と幻影騎士団以外は知らないでござるからなぁ、その上という事については拙者とマチュア殿ぐらいしか知らないでござるよ』
(だろ? つまり回復出来ないんだよ。だから神威については極力使わない。まあ、パッシブスキルについては常時使っているけれどな)
『ほうほう』
(俺に対しての害意に対する完全耐性。これを突破できるのは同じ階級の神程度だしなぁ。これは一日使っても神威240ポイントだからなぁ)
実に具体的な数字を出すが、十四郎はうんうん頷いている。
同じ亜神である以上、その辺りは理解しているつもりである。
(では、拙者はまた影に潜むでござるよ)
『ああ、よろしく』
ゴキッゴキッと肩を回し、ストームは周囲を見渡す。
直接向かうにも許可が下りない、となると冒険者経由で依頼を出してみる、もしくは‥‥。
‥‥‥
‥‥
‥
カメリア・冒険者ギルド
定期馬車の管理事務所を後にしたストームは、一路冒険者ギルドへとやって来た。
ハルモニアに合法的に向かうための最短コース、それがここにあると感じ取って。
開けっ放しの入り口をくぐって中に入ると、いかにも屈強そうな冒険者たちがちらっとストームに視線を送る。
値踏みするように見ている者、何者かと興味を持つ者、そしてカモが来たと嬉しそうにしている者。
そんな者たちの視線をほぼ全て無視して、ストームはカウンターに向かって歩いて行く。
そしてジンブの名義で作られた冒険者カードを取り出して受付に手渡すと一言。
「ハルモニア行きの依頼はないか?」
ストームはここに、ハルモニア行の臨時馬車に乗り遅れた商人が依頼を出しているだろうと踏んでやってきた。
そして受付はカウンターに三枚の依頼書を取り出して並べる。
「今ハルモニアまでの護衛依頼は三通ありますね。ジンブ様はBランク冒険者ですので、どの依頼も受ける事が出来ますが、あいにく全ての依頼が必要人数4名以上なのです」
「つまり一人では無理か。二つか三つのパーティーでも問題ないのなら、人数の足りなさそうな所にソロで参加したいのだが」
そう告げると、受付嬢は一通の依頼書を手に取ってストームに差し出す。
「条件が合うのはこの一件のみです。既に3人組パーティーが参加していますが、Cランク以上の冒険者があと1名どうしても都合がつかなくてですね。夕方には出発したいという事で」
「なら好都合だな。それで頼む」
「はい依頼の受付は完了しました。そちらのテーブルにいる三人組が今回の依頼の同行パーティーですので」
そう促されて、ストームは依頼書を手にテーブルに向かう。
そこには男女混成の三人組パーティーの姿があった。
赤毛の老魔導士、黒髪長髪の女性戦士、そしてレザーアーマーのレンジャーらしき男の三名。
そこにストームは近寄って行くと、テーブルに依頼書を差し出した。
「今回の護衛依頼に同行するジンブだ、よろしく頼む」
「ジンブさんですね。わしはロベルト。そっちの女戦士がカタリーナで、そこのレンジャーがパムパムだ」
「カタリーナです、どうぞよろしくお願いまします」
「パムパムってんだ、俺だけがロリエッタであとはヒューマン。護衛依頼は町の中までなんだけど、俺は正門外で待機して依頼完了したらカメリアに引き返して来るっていう訳さ」
行って来いの依頼か。
まあ、ストームにとってはどうでもいいのだが、パムパムが町の中で迫害されるという事はないので少しはホッとする。
一時的とはいえ、一緒に行動する仲間がそんな事になったらストームとしても黙ってはいないだろう。
「ジンブだ。クラスはオールラウンダー、第二聖典までの回復魔法と第三聖典までの精霊魔術が使える、よろしく頼む」
「へぇ、神と精霊の加護を持っているなんてすごいですね?」
え? そうなの?
万が一のために神聖魔術と精霊魔術のどっちも使えることにしておけばいいと思っていたのだが。
確かマッチュはどっちも使えるって言っても問題ないと言っていたのだが。
どうしてこんなに驚かれるんだ?
「ほほう。神と精霊の加護も持っているとはまた奇跡ですなぁ。神と精霊はお互いに牽制しあう存在、どちらかの加護を持っている者には加護を与えない事が当たり前なのですが」
「その二つの加護をだなんて、凄いとしかいえないわ」
あ、あれ?
精霊王も神もどっちも友達なんだが、お互いに牽制している素振りもないんだが。
これってどういうことなんだ?
そう考えて思わず天井を見上げる。
『あ、その大陸の南方には古くから精霊信仰がありましてね、彼らがそのような噂を広めただけですわ‥‥それが今では当たり前のように定着しているようですけれど』
『ストームの考えている通り、拙者たち8大神はお互い仲違いする事はないぞ。そんな事をしたら創造神様にどのような目に遭わされるか‥‥』
アウレイーオスとセルジオの言葉が届いて来たので、ストームはホッとする。
「思わず空を見上げるほど驚くとはのう。まあ、儂らのパーティーには回復要員がいないので、ジンブさんの癒しの御業に期待させていただくかのう」
「あ、ああ。そっちは任せろ。セルジオの加護でよければいくらでもくれてやる」
「げっ!! セルジオ信者かよ‥‥俺は亜人の神イェリネックさまの信徒なんだけど‥‥」
「神の加護に変わりはない、イェリネック様も許してくれるだろうさ」
そんなことを話しつつ、ストームたちは出発時間までのんびりと過ごす。
ロベルト達は既に出発の準備を終えているらしく、テーブルの傍らには大量の荷物が収められているらしいラージザックが人数分置いてあった。
「それじゃあジンブさんは急いで用意してきた方がいいぜ。後一刻程で出発するからな」
「あ。荷物は全部この中なんでね」
そう言いながら、ジンブは傍らに置いてあるショルダーバッグをバンバンと叩く。
拡張バッグの内部を空間収納にのリンクさせているものであり、ストーム以外には使えない代物である。
「え?まさかジンブさんのバッグってマジックアイテム?」
パムパムが恐る恐る問いかけるので、ストームもコクリと頷いてみる。
「ああ。カナンの魔導商会で買ってきたものだ。10ボックスの大型だな」
拡張バッグの内部拡張の大きさはボックス単位で測るらしい。
一ボックスがおおよそ2m×2m×2mであり、それがいくつ入るかで容量を測ることができる。
ちなみにストームの拡張バッグの大きさは無限大なのだが、あえてそう説明することにしている。
「そ、そんなにですか?」
「それだけあれば、予備の装備も全て持ち歩けるじゃないか、戦士としては羨ましい限りです」
「レンジャーとしても羨ましい。カナンで買い物かぁ、この依頼が終わったら行ってみるのもありだな」
等々と他愛無い雑談でしばらく盛り上がっていると、依頼人である商人がやって来たので一同は軽く挨拶をした後、出発する事となった。






