剣聖の日常・その1・ハルモニアの女王
マチュアが封じられた世界セフィロトに向かった翌日まで、物語は戻ります。
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「はぁ。またかよ、もう断り入れただろうが」
ベルナー双王国王都王城では、サムソン国王のストームが王座に座って『面倒臭そうな』顔をしている。
その理由はただ一つ、目の前にいるハルモニア王国の使者が持ってきた面倒臭い親書である。
・剣聖ストームの打つ武具を献上して欲しい
・獣人、亜人討伐に兵を出せ
・隣国カナン魔導連邦を滅ぼす手伝いをしろ、これは神命である
・全ては聖神シャザニア様の意思である
親書にはしっかりとハルモニア国王、フランシスカ・ラナ・レディオンの術式サインまで施されている以上、ハルモニアがベルナー双王国に喧嘩を売ってきているのは明らかである。
「フランシスカさまのご威光であります。聖神シャザニア様の言葉は絶対、それはこの世界の八大神の更なる階上の存在なのですから」
両手を組んでうっとりとしている使者だが、そんなものは存在しないとストームは既に調べはついている。
マチュアが魔神エクリプスとともに神域で調べた報告書はストームの元にも届けられていた。
結果としてハルモニアの悪事を放っておくと、将来的にもラグナ・マリアが危険であるとストームは判断した。
その後すぐにハルモニアからの使節がやってきて、今ここという所である。
なので、ストームはハルモニアの主張を飲む筈がなく、全て叩き潰す事にしたのである。
「そんな神様存在しねーよ。八大神の上は創造神と破壊神のみ、これが全てだ」
「その創造神こそがシャザニア様なのです!!」
「創造神はザ・ワンズ、破壊神はナイアール。寝言は寝てから言え、分かったら国に帰って報告しろ。他世界の亜神を階上神など偽って祀っていると、そのうち本物の神様のバチが当たるってな」
「し、シャザニア様を亜神扱いするとは不敬な!!その言葉、フランシスカ様にしっかりと報告させてもらいますからな」
真っ赤な顔で叫ぶ使者。
そして立ち上がって胸元のペンダントに手を添えると、一瞬でその場から姿を消した。
「謁見の間で、相手国王の前で堂々と転移するのかよ……あーあ、マッチュにあっち任せたのは失敗だったかなぁ。俺が行けば良かったかなぁ」
ボソッと呟くものの、マチュアが適材適所としてストームを残したのである、それだけ向こうが面倒臭いというのも理解している。
ならばと、ストームは傍らで控えているシュバルツカッツェをグイっと呼ぶと。
「さて、そんじゃ出掛けて来るか。ラグナ・マリアの剣聖のフットワークの軽さ舐めるなよ……カッツェ、あとは頼むな、シルヴィーとカレンに仕事してくるから暫く留守にすると伝えておいてくれ」
「畏まりました。王としての務めですか?」
「半分な。残り半分は私用だ」
王座から降りてホールの真ん中に立つと、ストームは一瞬で一般的な剣士の装備を身に纏う。
もっとも、一般的なのは外見のみであり、その性能は全てストーム特製Sランク装備。武具ランクならSSSの神具である。
それでもストーム愛用のカリバーンや力の盾には遥かに及ばないというのは驚異であるが。
後は任せたと右手を軽く上げて、ストームは謁見室から出て行った。
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ハルモニア王国。
列強国の並ぶアイル大陸南方において、幾多の戦乱を潜り抜け生き残った王国。
その初代国王であるフランシスカ・ラナ・レディオンには秘密があった。
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それはある日の夢から始まった。
『はじめまして、川原恵さん。突然ですが、あなたは死にました』
普通のOLとして生きてきた川原恵。幾多の就職活動の末、なんとかもぎ取った編集社の内定。
雑用雑用の毎日の中、ただ仕事をするだけの生き方に疑問を感じてきたある日。
早朝の通勤ラッシュで、恵は駅のホームで誰かに突き飛ばされ、線路に落ちた。
そのあとは異世界転生三大お約束の一つ、異世界トレインがホームに突入、後はお約束通り。
「あ、私、死んだかも……」
脳裏に浮かぶ言葉の直後、聞こえてきたのは大勢の人の絶叫。
誰に突き飛ばされたのか、本当に突き飛ばされたのか?
ひょっとしたらぶつかった弾みで私が落ちただけなのではないのか?
そんな事を考えつつ、恵は意識を閉ざした。
目が覚めた場所は広い部屋、あちこちに姿見の鏡が乱雑に置かれており、その中央で恵は椅子に座っていた。
「死んだという事は、ここは天国ですか?」
『いえ、世間一般でいう神域です。貴方には幾つかの選択肢があります。まず一つ目、このまま成仏して生まれ変わってください』
「ではそれで。もう疲れたのでいいです」
あっさりと一つ目の選択肢を選ぶ恵。
だが、神の声は続いた。
『ち、ちょっと‥‥あのね、因みに二つ目は新しい身体を得て異なる世界に転移出来ますけれど』
「あ、成仏でいいです。もう疲れたので」
『そして三つ目……って、本当に成仏でいいの? ラノベ名物の異世界転生できるチャンスですよ? とっても強く生まれ変わるのですよ?』
「どれぐらい強くなれるのかわからないけれど、仕事仕事と毎日追われ続けてもうたくさんなのです。どうせ転生しても、貴方は勇者だとか色々な理由つけて私をこき使うのに決まっていますから」
歪んでいる。
ブラック企業の社畜として虐げられていた恵の心は、もう完全に壊れてしまっていた。
『ふぅ。なら三つ目の転生パターンでいいわね。貴方はとある国の王として転生しなさい。記憶は全て失うけれど、チートスキルを一つだけあげます。それでいいわね?』
「もう無体に使われるのでなければ何でもいいです……楽に生きられるのなら」
一国の王が楽に生きれるとは思えないのだが、それでいいと恵も匙を投げたので。
『では、貴方を異世界に送ります。新しい人生、面白おかしく生きてくださいね』
──ヒュゥゥゥンッ
恵の目の前の鏡がゆっくりと輝き始める。
『その輝いている鏡の向こうが貴方の世界。そこで貴方は国王として生まれ、そして面白おかしく生きるのです……さあ、鏡に手を触れて……』
神の言葉に従い、恵は目の前の鏡に手を伸ばす。
だが、ゆっくりと近寄っていた恵の足元に、どこからともなく現れた一匹の猫が戯れついて……。
「あ、あらら、危ないって……あ、あれ……」
──ペタッ
バランスを失い転びそうなった恵は、慌てて輝く鏡の隣、薄暗く曇った鏡に手を伸ばしてしまった!!
「あー、危なかったってアレェェェェ」
──シュゥゥウ
恵の手が触れた鏡。それはこっちの世界の女神ですら知らない異形の鏡。
偶然、しかも不幸なことに鏡に触れてしまった恵は、そのまま鏡に吸収されてしまったのである。
『あ、あれ‥‥こんな鏡あったかしら‥‥つて、あれれ? この鏡はどこから流れてきたのよ‥‥破壊神ナイアール? 越境の鏡?こんなの知らないわよ‥‥』
慌てて鏡を手に取ると、女神は神威を注いで鏡を破壊した。
そして慌てて恵を探すが、既に恵はこの世界には存在していなかった‥‥。
偶然の出来事により、恵は女神イシュタルの統治する8つの世界ではなく、創造神ザ・ワンズの治める世界に転生してしまったのであった。
‥‥‥
‥‥
‥
そして恵は転生した。
その事実を破壊神によって隠され、しかも過去の前世の記憶も全て封じられたまま。
女神から与えられたチートスキルは能力複写、他人のスキルを最大5つまでコピーして自分のものとする事が出来るというものであったのだが、異形の鏡を越える時に変質してしまった。
変質して手に入れたチートスキルは『能力強奪』。
あっちの世界で得た能力は、ナイアールによってさらに歪められたスキルに変貌してしまっていた。
『触れたものの能力を、無限に奪い取る』
そう、たとえそれが人間以外でも、いや、物質であっても、その能力を奪い取ることができる。
その能力を駆使して、恵だったもの‥‥フランシスカ・ラナ・レディオンは国を興した。
折しもウィル大陸がバイアス連邦の魔の手によって蹂躙された直後、そしてそこから復興しようとしている時期に。
次元回廊を通じてこの世界に漂流してきた亜神・シャザニアと出会い、意気投合したのもこの時期である。
シャザニアを神としたシャザニア聖教を国教とし、その奇跡の力で多くの国民の信頼も得た。
だが、ある時期を境にハルモニアは亜人種の弾圧を開始した。
その理由は様々であったが、その根底に流れていたものはたった一つの理由である。
『人間以外の存在が気持ち悪い』
古くからあるウィル大陸南方の亜人種差別は、フランシスカの魂にも刻まれていた。
そこに、人間しかいなかった恵の世界の感覚が溶けて混ざり合い、更には異世界転生時にナイアールによって刻まれた混沌の祝福により、フランシスカは執拗なまでの亜人弾圧を始めた。
だが、全てを救いたいと言うシャザニアの考えとぶつかり、遂にはシャザニアを病気治療という名目で幽閉した。
そしてフランシスカはシャザニアの持つ『癒しの御手』と『古代魔術』を次々と彼女から強奪し、そのまま絶対女王として君臨したのである。
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……
…
「なるほどねぇ。力一杯ねじ曲がったのかよ……しっかし、まだナイアールの残滓が残っていたとはねぇ」
ベルナー双王国王城を後にして、ストームは城下町にあるセルジオ神の教会にやって来ていた。
そこで神像に祈りを捧げて意識だけを白亜の回廊へと移すと、そこで神威を解放。
すぐさま『神々の書庫』に移動すると、管理神である亜神ラバン・シュルズベリィにハルモニアについてのデータベースを引き出してもらっていたのである。
「ええ。破壊神ナイアールの残した忌まわしき残滓は、このザ・ワンズの世界のあちこちに残されています。そういえば、ストーム殿はここを使うのは初めてのようですな」
サングラスを掛けたマッシブな老人が、ストームに話しかける。
彼こそが人間から亜神に進化し、このセラエノの管理を破壊神に託されたラバン・シュルズベリィである。
「ああ。何せ破壊神になって間もないし、創造神代行だって大した事はしていないからなぁ。こういう搦手の相手だと、同じく搦手の達人のマッチュの方が良いんだよ」
「そのマチュア様がカリス・マレスをストーム殿に託したのですから、諦めて正攻法でお願いします」
そう告げられると、ストームもポリポリと頭を掻くしかない。
そもそも、ハルモニア王国が全て駄目なのか、それとも女王とその側近だけがおかしいのかなど、直接調べる必要がある。
そうなると、やはりストーム自らハルモニアに赴いて見聞してみるしかない。
「潜入調査ねぇ。こういう時は、ポイポイか十四郎と相場がきまっているから、その点では多少は楽ができ……って、なんで頭を振っている?」
「恐れながら、かの国は亜人種弾圧の国ゆえ。ロリエッタや亜神は入国時点で弾かれます」
「そうなると、ワイルドターキーもズブロッカもダメか。ウォルフラムは……ローディガントもダメだよなぁ……ガイストもスチームマンだから無理か
「ストーム様は魂の護符を自由に書き換えられますので人間として表示できますが、幻影騎士団の人間というと、斑目さんとミアさん、ロット君ぐらいしかいませんからねぇ」
ここで腕を組んで考えてしまう。
「サイノスもローディガント、メレアはエルフ、フィリアもロリエッタ……おいおい、人間少ねーな」
「後進育成は必須でしょうねぇ。それでどうしますか?」
「……ロットはまだこういった絡め手は駄目だし、ミアは賢者の修行もある。となると……赤城か十六夜?大使館から借りるのは駄目だろうなぁ……」
はい、手詰まりです。
「しゃあねーか、俺一人で行ってくるわ」
「そうなりますなぁ。ではお気をつけて。もしも探し物がありましたら、またセラエノへいらして下さい」
そのままストームはラバンに礼を告げると、意識をゆっくりと覚ましていった。






