イェソドから・その49・大樹の覚醒と、海の向こうと
アドラー王国編はこれにておしまい。
次はガラリと舞台が変わります。
マチュアがソーダフィルを解放して十日程。
いつものように日課として、マチュアはアドラー王国中央に聳え立つ大樹の下にやって来た。
もうこの国では隠していても無用と、堂々と白銀の賢者装備で大樹に触れる。
すると綺麗に淀みなく循環する光魔力が、手のひらに感じ取れる。
既にアドラーの大樹は完全再生し、王都を囲む遥か城塞の外まで枝葉が広がっている。
にもかかわらず、大樹は日光を遮ることはない。
まるで意思があるかのごとく、必要に応じて大樹は自らの透明度を調節しているようにも感じ取る事が出来る。
「よお、シャダイのジッちゃん元気?」
『うむ。わし、復活』
「それは良かった。そんでもって、この、大陸の大樹とのコネクトは出来たのかい?」
心配事といえば、この、大陸のまだマチュアの行ったことのない町や村の大樹のこと。
もしも一つ一つ回る必要があるのなら、今のペースなら一年や二年で回り切る事など不可能である。
『アドラー王国については既に大樹は全てコネクトしてあるのう。マチュア様が出向かなくとも、既にマナラインを通じて活性化を始めておる、このままならあと半月もあれば魔獣すら弾き飛ばせる結界まで成長するじゃろうな。アドラー全域を包む対魔族・魔獣用神域結界となるであろう』
「へぇ。それは良かったよ。ソーダフィルはどうすっかなぁ……あそこの大樹は完全に枯れ果てたんだろう?」
『苗木を植えると良い。今のマナラインの力ならば、一日もかからずに大樹は再生する。その後は大樹に任せると良いじゃろう』
あ、もうその域まで達したのかと、マチュアはポン、と手を叩く。
そしてシャダイの説明の直後に、足元からニョキッと苗木が生えてきた。
「そんじゃあ、苗木には頑張ってもらうか。出来るだけ早く、ここから向かうとなるとねぇ……」
──シュンッ
一瞬でソーダフィル王都上空に転移するマチュア。
すぐさま空間収納から魔法の箒を取り出して座ると、かつて大樹の生えていたであろう町の公園へと飛んでいく。
足元ではマチュアを見て指差す者や、聖女に祈りを捧げる人でいっぱいである。
やがて公園へとたどり着くが、そこはただ広い荒れ果てた土がむき出しの広場しかなかった。
「ありゃ、大地の加護も失ってるんじゃない……こりゃあ大変だなぁ」
ポリポリと頭を掻きつつ空間収納から鍬を取り出して地面を少しだけ耕す。
そこに大樹の苗木を植えて水を注ぎ、ゆっくりと神威を注いでいく。
──ニョキッ
すると、ゆっくりとだが大樹の苗木が成長を始めた。
「ふむ、予定よりも早いな。ならば」
すぐさま空飛ぶ絨毯を取り出して浮かべると、マチュアはその場でティータイムに突入。
その様子を、町の人々は遠巻きに眺めている。
漂う雰囲気は畏怖と恐怖、喜び、好奇心、欲望と様々。
それでも聖女と思われるマチュアに近寄って来る人はいなかった。
「そこの貴様!!一体そこで何をしている?」
あ、近寄ってくる人いたわ。
人混みを掻きわけるようにやって来た騎馬隊がマチュアから少し離れた所で立ち止まると、隊長らしい騎士が馬上から声を掛けて来た。
「何って、見てわかんないかなぁ。どこにでもある伝承種のアフタヌーンティーよ?」
「ふん。貴様が伝承種であるという証拠は?そこは大樹の生えていたであろう場所、貴様のような魔人が気安く立ち止まって良い場所ではない」
「浄化されたくなければ、速やかに立ち去るが良い」
その一方的な物言いに、マチュアも溜息をついてしまう。
この世界は、『自分たちの知らない種族=魔人』という方程式でもあるのかと、思わず疑ってしまう所だが。
「聞いているのか貴様。そのおかしな植物はなんだ!!みるみる成長しているではないか」
「騎士達よ、あの植物を引っこ抜け!!魔人が怪しげな植物を育てているに違いない」
どんとんと騒がしくなるので、マチュアは騎士達に向かって一言。
「私は聖女マチュア、この地で失われた大樹を再生する為にここにいる。邪魔をするのならソーダフィルの騎士とて容赦はしない、いいか、二度は言わないからな……わかったらどっか行け、ウザい」
前半は丁寧だったものの、途中から面倒臭くなった。
だが、そんなことを言われてハイそうですかと引っ込む騎士ではない。
マチュアの宣言で騎士たちは全員が馬から降りて抜剣したので。
──トン
マチュアも絨毯から飛び降りて魔法陣を展開する。
すると、魔法陣からイーディアスⅣが姿を現した時、騎士達はその場で膝から崩れ落ちていった。
「あ、ああ……戦闘天使イージス様……まさか、あなたは本物の聖女なのフベシッ!!」
──スパァァァァン
そう叫ぶ騎士隊長の顔面めがけて、ツーハンドダマスカスハリセンで力一杯ぶん殴る。
その一撃で騎士隊長は口から魂が抜けたかのように呆然としたので。
「さっきからそう言っているでしょうが!!わかったらとっととどっか行け、いいか、王城に報告しても私は出向かないからな、やることやったらとっとと帰るので邪魔をするな!!」
激おこプンプン丸状態のまま絨毯に坐り直すと、再びティータイムを再開する。
騎士たちは慌てて騎乗して王城へと駆け抜けていくが、マチュアはそんなの知らん顔。
そしてイーディアスⅣが怖いのか、人々は先程までよりも遠回りにマチュアの様子を見守る事にしたらしい。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ソーダフィル王城・執務室
聖女が大樹広場にやってきた。
その報告を、国王バリアント12世は信じられない顔で聞いていた。
「ま、まさか聖女さまが我がソーダフィルに来るとは。急ぎ使者を出せ、聖女さまを王城に迎え入れるのだ!!」
「ですが、聖女さまは王城には来ない、やる事をやったら出て行くとバンバンジー騎士隊長に告げたそうです」
「そんな事があるが、いくら聖女とはいえ国王の招聘に逆らう事などある訳なかろう!!早く行かぬか!!」
そうせっつかれて、宰相はすぐに使者を出す。
だが、30分後には使者は申し分けなさそうに戻ってきて、宰相に無理だったとの報告を行った。
………
……
…
「……何故だ、私はこのソーダフィルを代々統治してきた王だぞ、その私の声に逆らうというのか!!」
謁見室で報告を受けたバリアントは、目の前で小さくなっている使者にそう問いかけるが。
「はい。怒らずに聞いてください。聖女さまは『はぁ?さっき私行かないって話ししたわね?国王の命令?そんなの無視よ無視。たかが国王程度で、私をどうこう出来ると思わない事ね』と伝えて来いと……」
これにはバリアントも顔を真っ赤にする。
だが、先日のアドラー王国でのアドラー国王との謁見の際に聞いた言葉を思い出す。
『聖女に対しては不可侵、味方に付ければとても頼もしいが、敵に回すと国が滅ぶ、その事を肝に命じておくがいい』
そんなバカな話があるかと、その場では承服したものの心の中では鼻で笑っていた。
そしてそれが現実であると、今更ながら思い知らされている。
国王の命令は絶対、それはソーダフィルでは不変のルール。それがあっさりと、通りすがりの聖女によって覆されてしまったのである。
確かにこの国を救ってくれたのは聖女であり戦闘天使イージス。だが、この俺はこの国の王である。
にも拘わらずこの場に挨拶に来るどころか、忠告までする始末。このまま放っておいたらどうなるか。
「き、騎士たちに通達。聖女の動向を見張り、もし怪しい事を始めたならすぐさま枷をつけて連れて来い!!この国の法は私である事を思い知らせて……いやすまん、今のは無しだ」
少しだけ我に帰る。
そして深呼吸して椅子に座りなおすと、額に手を当てて考える。
そして出た言葉は一つだけ。
………
……
…
金銀細工をあしらった豪華な六頭立て馬車が、大樹広場の横に停車する。
そこから護衛を伴ったバリアント国王が、マチュアが昼寝をしている大樹の苗木の傍までやって来る。
「昼寝か」
「陛下がいらしたのに無礼な。今叩き起こしますので」
「良い。約束もなく突然やって来たのは余達ではないか。起きるまで馬車で待つ事にしよう」
マチュアに近寄ろうとする騎士を止め、バリアントが馬車まで戻ろうとすると。
マチュアもその声で目を覚ます。
「ん……なんか騒がしいと思ったら陛下ですか?」
身体を起こしつつ、ソーダフィルの国章の刺繍されたマントを見て声を掛ける。
「おお、目を覚まされたか。先程は従者の無礼をお許しいただきたい」
国王ゆえバリアントは頭を下げない。
それぐらいはマチュアも承知、なのでマチュアも軽く会釈をする程度にとどめた。
「陛下自らお出になるとはご苦労様です。まあ、私の主張は理解していただいたと思いますので、このままそっとしておいて下さい」
「う、うむ……アドラーのヴォルフガングからも聖女様には手出し無用と忠告を受けていたのでな。それで、その、そこに生えているのはひょっとして?」
バリアントはマチュアの近くでゆっくりと成長している植物について問いかける。
「そ。お察しの通り大樹の苗です。まだ根がマナラインまで届いていませんけど、このまま邪魔されなければやがてはアドラー王国のような屈強無比な結界を生み出す事が出来るでしょう」
「そ、そうであったか。では!我がソーダフィル王国は魔人の脅威に怯える事がなくなるのだな?」
「多分だけど、ここの大陸には魔人は手出しできなくなると思うよ。ま、魔人と手を組んでいるかもしれないろくでなしが現れない限りはね?」
ズズズとハーブティを飲みつつ呟くマチュア。
その言葉にバリアントは安堵し、ほっと胸を撫で下ろした。
「ソーダフィル国王として感謝する。本来ならば叙爵や褒美を取らせる所であるのだが」
「いらない。どうせ来月にはこの大陸から離れるんだから。後はアドラーの国王と仲良くやってくれればいいよ、もし戦争になっても大樹は巻き込まない事」
「約束しよう。では失礼する」
そう約束をしてバリアントはマチュアの元から立ち去る。
マチュアのあまりにも慇懃無礼な言い方に騎士達の中では怒り心頭な者も居たのだが、近くでそびえ立ち、マチュアを見下ろしているイーディアスⅣが恐ろしいのか何も言う事が出来なかった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
マチュアがソーダフィルの大樹を活性化してさらに一週間後。
「そんじゃ、後は任せたから。しっかりと頑張りなさいな」
カナン商会馬車。
その中でマチュアはテーブルに座っているロシアンたちにそう告げている
既に全員が納得しており、まあ、ライナスとテルメアは最後まで同行したいと言っていたのだが、ロシアンの説得により諦めたらしい。
「ああ。あっちの大陸には魔人が多く徘徊しているから気を付け……ろよ?」
「ちょいまち、何で途中で首を捻る?」
笑いつつ告げたロシアンにツッコミを入れるマチュア。
「私達は、マチュアさんが魔人程度にやられるとは思っていませんよ。むしろやり過ぎて周りを巻き込まないようにというロシアンなりの忠告ですよ」
「さよう。拙者たちは心配しているのである、マチュアさんがやり過ぎて大陸を潰してしまわないかと」
カンラカンラと笑うマンチカーン。
これにはマチュアも言葉を失う。
「ま、まあ、善処するわ。せいぜい海岸線が大きく上がる程度で終わらせるよ」
「それも止めろ。しかし、ここが無くなるのは寂しくなるな」
「マチュアさまの甘味が無くなるなんて……」
「美味しい料理も、三食昼寝付きも無くなるなんて」
テルメアとライナスの突っ込みにマチュアもうんうんと頷く。
なので切り札を出してみた。
「まあ、そういうかと思ってご用意しました。こちらがカナン商会の新しい責任者です」
──キィィィン
マチュアの傍らに魔法陣が展開する。
そしてそこから一組の男女が姿を現した。
壮年の男性と妖艶な女性。
どちらもマチュア謹製ミスリルゴーレム、しかも『神器』レベルである。
「……俺はもう驚かないからな。で、その二人はゴーレムなのか?」
さすがはロシアン、適応能力高いなぁとマチュアも納得。
すると男女がロシアンたちに頭を下げる。
「はじめまして。カナン商会副責任者を務めますスティザムと申します」
「同じく執務担当のマデラと申しますわ。私たち二人がカナン商会アドラー王国支部の代表を務めさせていただきます」
既に商人ギルドには登録済み、この二人には料理や経営のノウハウも伝えてあるし、空間収納の共有設定も終わっている。
「そうか。なら心配する事はないな」
「拙者達は、今まで通りここを拠点にしても構わないのであろう?」
「今更、街の宿になんて戻れないわよね。ここの社員寮程の快適さを体感しちゃったら」
ロシアン達の言葉に、テルメアもライナスも頷くので。
「はぁ、わかったわよ。あんたたちは今まで通り、カナン商会登録冒険としてここにいていいわよ。給料は出さないけど、護衛と警備の指名依頼で良いわよね?」
「「「「「喜んで!!」」」」」
してやったりという顔のロシアンたちに、マチュアも笑うしかなかった。
………
……
…
深夜。
その日はお別れパーティという事で皆いつもより飲んで食べての大騒ぎ。
そしてすっかり全員が寝静まった夜中、マチュアはこっそりと馬車を後にする。
『マチュア様、出立するのですね』
『私たちはマチュア様の命令を守り、アドラー王国を守り続けましょう』
マデラとスティザムの念話が届く。
なのでマチュアは振り向かずに頷く。
『後は任せたわよ……表向きの王国守護はロシアンたちの仕事、あなた達二人は影に徹してね。まあ、緊急時は私が出向くから』
──ブウン
空間収納きら魔法の箒を取り出して座ると、マチュアはゆっくりと上昇する。
もうこの国でやる事はない、ならばとマチュアは海を目指す。
その途中で王城近くを飛んでいたとき、ふとマチュアは王城をちらりと見る。
「相変わらず察しのいい事で。じゃあまたね」
マチュアはチラリと感じた視線に向かって手を振る。
その先では泣きながら、でも笑顔で手を振っているフローラの姿があった。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






