イェソドから・その44・ビバッスル攻防戦・Ⅱ
早朝。
マチュアは再び王城へとやってきた。
その目的は一つ、以前パンナコッタに書いてもらった王城執務官宛の薬剤取り扱い審査の推薦状を届ける為。
これで薬剤取扱許可がでたら、何処にも文句を言われなくなる。
「すっかり忘れていたわ。いやぁ参った参った隣の神社だよ」
そんな古いネタを口ずさみつつ、マチュアは王城正門の警備騎士に来城理由を告げる。
すぐさま来客用控室まで案内されると、ドタドタとカトル宰相が部屋までやってきた。
「これはこれはマチュア女王。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、今は商人モードなので敬語はいらないよ。この推薦状を渡すようにパンナコッタさんから言付かって来ました」
そう告げて推薦状を手渡すと、その場でざっと目を通す。
ふむふむ。
「成程わかりました。ではすぐに薬剤ギルドとは関係のない薬剤取扱許可を発行させていただきます。ギルドには後日通達しますのでご安心を」
「話が早いですねぇ
では宜しく御願いします」
「ええ。すぐに戻りますのでそのままお待ちください」
すぐさまカトル宰相が部屋から出ていくと、入れ違いでメイドが室内にやってくる。
マチュアの前にティーセットが並べられ、芳醇な香りの立つ紅茶が置かれた。
「ありゃ、これはご丁寧に」
「ごゆっくりどうぞ」
ならばゆっくりとさせてもらおう。
空間収納からエクレアやシュークリームの入ったバスケットを取り出すと、そこから二つだけ皿にとってのんびりとティータイム。
まだ10個ほど入っているバスケットはメイドにお礼として手渡すと、メイドはにっこりと微笑んで礼を告げて傍に置いた。
「メイドの間でも噂になっていたのですよ。カナン商会のケーキやシュークリームとかいう菓子は絶品だそうで。休暇のメイドが並んで買ってきたのですが、もう取り合いになっていましたので」
「それはどうも。10個で足りる?」
「半分ずつ分け合いますのでご安心を」
ならばもう二つ。
12個入りバスケットをさらに二つ追加して手渡した時、カトル宰相も部屋に戻ってきた。
「では、これが許可証となります。それと王都の錬金術ギルドにもマチュア様の件については通達しておきましたので、どうぞご安心ください」
「これは丁寧にありがとうございます。それと錬金術ギルドの件と言いますと?」
「マチュア様の販売している魔導具についてです。バスカービル領で起きた裁判の事ですよ。王都の錬金術ギルドにはそれでもマチュア様を取り込むために必死でして、侯爵家を巻き込んでマチュア様から錬金術のノウハウを奪って……と考えていた者が来ましたので」
ふむふむ。
それで宰相が釘を刺したと?
「そうですか。それはありがとうございます」
「いえいえ、これも友好国であるカナンとの架け橋と思えばですよ」
じつに調子のいい事を告げるカトル。なのでマチュアも軽く笑う。
「今はまだですが、いずれ機会があれば……と言うところですね。では本日はありがとうございました」
「本来ならば国王自ら話をということなのですが、少々立て込んでいまして、では」
カトルに促されて部屋から出ると、マチュアは正門まで送られて行く。
そしてマチュアが立ち去った後で、カトルはガックリと肩を落として溜息をついてしまう。
「マチュア殿の魔導力があれば、この窮地を救う事が出来たかもしれないのですが……陛下からは巻き込むなどの命令ですし……」
トボトボを城内へと戻っていくカトル。
アドラー王国の揉め事は国内で収めよとの王命が出ている以上、相談する事も出来ない。
だが、そんな王命など知らない子が、この事態をマチュアの元へと届けに向かっていたのである。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
カナン商会。
今日は何となく暇。
客層をグルリと見渡しても、いつもならいる筈のおっさん連中や非番の騎士達の姿が見えない。
「何かおかしいなぁ。そう言えば街の中の騎士たちも今日は忙しそうに走り回っていたし……凶悪犯罪者でも脱獄したか?魔人が攻めて来たのか?」
ボソッと呟くものの、誰も聞いている筈がなく。
そのまま接客に向かう所であったが、突然の来訪にマチュアは呆然とする。
──カランカラン
扉につけてあるベルが店内に鳴り響く。
そしてカウンターまで駆けつけたフローラが、マチュアに向かって一言。
「ソーダフィルに攻め落とされた都市を取り返す魔導具を売ってください!!」
はぁ?
何を突然と思ったマチュアだが、フローラはそう告げた途端に大粒の涙を流し始めた。
「大兄様が戦争に行っちゃう……ビバッスルを取り戻すために……」
「あー、待て待て、まずは泣き止みなさい!!取り敢えずこっちに座って、ね、ね」
泣いてるフローラを宥めつつ、マチュアはフローラとその護衛騎士を王室専用席に案内する。
そしてティーセットとケーキを並べてすぐに店の外に臨時休業の札を下げた。
残りは今いる客だけであるが、マチュアとフローラのやりとりを聞いて気を利かせてくれたらしく、ひとり、また一人を店から出て行った。
………
……
…
ようやく人心地ついた店内。なのでマチュアはフローラから話を聞く事にしたのだが。
ソーダフィルの宣戦布告から始まり、第十五騎士団の勝手な進軍からの全滅戦。
わずか6時間の攻防でビバッスルはソーダフィルの手に陥落。
その報告を受けた王国騎士団はすぐさまソーダフィル奪還作戦を開始、その旗印として皇太子であるロイエンタールが騎士団に同行する事になったらしい。
「……何だろ、私のせいじゃないのに私のせいに感じてきた……そもそもソーダフィルって隣国よね?次に向かう予定だったのにどうしてこうなった?」
「明日の朝には騎士団が出立します。ビバッスルとは魔導通信も届かず、カーナンデ男爵の安否も分かりません」
護衛騎士の言葉でフローラがまたヒクッ、ヒクッと泣き始める。
「マチュアねえさま、ビバッスルを助けて下さい」
「ん〜。助けられるかどうかは別として、少なくとも宣戦布告の口上として私の存在を出してきたのは納得いかない。なので、フローラのおねだりとは別に、私が何とかやってみるから……」
──ポンポン
フローラの頭を軽くポンポンと叩くマチュア。
「ふぇ?」
「あ、これはね、うちの国に古くから伝わるおまじないよ。大丈夫、何とかなるって言う意味があるの……という事で、護衛騎士はフローラを連れて王城に戻って。そしてヴォルフガング王に伝えて、ビバッスルは取り返すからって」
畏まりましたと返答して、騎士達はフローラを伴って王城へと戻る。
それと入れ違いにロシアン達も戻って来たので、これは好都合とマチュアは軽く笑う。
「カナン商会登録冒険者にお仕事。私の留守の間に、この馬車での仕事任せたので」
「あら、何処かにお出かけですか?」
「マチュアが留守って言うと、何だか嫌な予感しかしないんだがなぁ」
テルメアとロシアンが呟くので、マチュアは一言だけ。
「ビバッスル取り返して来るだけよ。目標は一日でね」
手をヒラヒラと振りつつ、マチュアは馬車から外に出る。
そして右足で軽く地面をトン、と蹴ると、目の前に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
──ブゥゥゥン
ゆっくりと魔法陣の中に姿を現した巨大なゴーレム。
その光景に、一体何があったのかと周りで見ていた人々は呆然とした。
「うわ、巨大なゴーレム……マチュアさん、それは何かしら?」
「これは私のゴーレム技術の集大成の一つね。魔法鎧00・イーディアスⅣ。どうせやるなら本気でいかせてもらうわよ、私の名前で戦争を起こした事、罪もない人々を恐怖に陥れた事、そしてフローラを泣かせた事……全て後悔させてやるんだから」
──パシュッ
開いたコクピットに乗り込み制御球に魔力を注ぐ。
コクピット内部のコンソールすべてが点滅から外の映像に切り替わり、イーディアスⅣはゆっくりと起動した。
『ENDLESS END FOR NEXTRUN……』
コクピット内に響く深淵の書庫の声。
「スタンダップ!!トゥ、ザ、ビクトリー」
マチュアの掛け声で機体がゆっくりと上昇し、巨大な鷹の姿に変形する。
そして一気に急上昇すると、ソーダフィルの方角を感知、一直線に飛んで行った……。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ソーダフィル王国ビバッスル領。
領都内にある議事堂はすでにソーダフィル王国騎士団が占拠、その最上階にある議事室ではボストンがのんびりと食事を取っていた。
魔人族とは言え肉体の維持には人間と同じ食事が必要。
そのためボストンもゆっくりと食事を楽しんでいる所であった。
「ボストンさま、この後の作戦はどうなっていますか?」
同席していた騎士団長が今後の作戦について問いかける。
基本的には騎士団が主導権を持って攻撃を行なっていたのだが、ボストンの作戦の前には稚技も同然。
今回のビバッスル陥落もボストンの策がなければ、包囲戦で時間をかける予定であったらしい。
だが、そんな事をしていたらすぐに応援がやって来るのはわかりきっている。
なのでボストンは策を与え、そしてそれは成功した。結果としてボストンはあっさりとソーダフィル騎士団の信頼を得ていたのである。
尤も、これもボストンの策であり魔人であるボストンが自由に動けるための下地を作っていただけである。
「まだスキルを使うだけの力が戻っていませんから。最速でも明日の昼までは掛かりますので、それまではゆっくりと休むことにしますよ……」
「そうですな。幸いなことにこのビバッスル城塞はかなり堅牢、我らがソーダフィルを睨むかのように作られた、最前線の都市ですからなぁ。これほど守るに適した領都はソーダフィルにも有りませんよ」
騎士団長が満足げに話しているが、その堅牢さゆえ逃げるには厳しく、万が一領都内でクーデターでも起ころうものなら逃げ場は四方の正門と八方の作業門のみ。
一度に出られる人数など限られているので、その時は全滅も覚悟である。
もっとも、そんなことができるのはソーダフィルの竜騎士隊と飛行型魔獣だけであろう。
さらに、このビバッスルの大樹は枯れ果てており、ソーマの力も殆ど感じ取る事が出来ない。
それだからこそ、ボストンはのんびりと領都で寛ぐ事が出来た。
「それでも警戒の手は緩まないよう。万が一と言う事もありますからね」
「はっはっ。心配には及びませんよ。領都城塞上では竜騎士隊がいつでも出撃出来るように待機しておりますし、全ての門には屈強無敵な騎士団とオーガの兵士が守っていますからなぁ」
笑いつつ窓の外を見る。
騎士団長の告げた通り、近くの城塞上では竜騎士が待機し、上空にも円を描くように飛んでいるワイバーンの姿があった。
「まあ、明日には新しい策も伝えます。それまでは」
──ドゴォォォォォッ
突然の轟音。
それとほぼ同時に、上空を一条の光が駆け抜ける。
それは瞬く間に飛んでいたワイバーンを貫くと、一撃で蒸散させてしまっていた。
「な、な、な、何が起こったのですか!!」
突然の出来事に何が起きたのか理解していないボストンと騎士団長。
すぐさま魔道球で城塞外や監視塔の騎士に連絡を取るが、誰も、何が起きたのか理解出来ていなかった……。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






