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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第14部・古きを越えて新しき世界へ

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イェソドから・その43・ビバッスル攻防戦・Ⅰ

ソーダフィルの宣戦文が読み上げられてから。


アドラー侵攻軍の総司令を務めるマイアヒー騎士団長は、拠点テントの中で待機している軍参謀の元にやって来た。


青いローブを身に纏った錬金術師・ボストン。

魔人族四天王の一人・マジソンの配下でもあり、今回のソーダフィル進軍についてマジソンの命令によって一時的にルモール傘下に加わっていた。

そして軍参謀助言として軍に同行を許されている。

まあ、実際は洗脳魔術により軍内部に入り込み、アドラー王都陥落のために尽力を尽くしているのであるが。



「ボストン卿、宣誓文の読み上げ完了です。このまま敵陣が動くのを待つのですね」

「まさか。明日の朝までじっと待つなんて面倒な事をする筈がないじゃないですか。まあ、監視を続けてください、私の持っている情報が確かならば、あの城塞を警護している十五騎士団とやらはかなりの精鋭……ですが」


そこまで告げて、ボストンは手元にある書物を開く。

そこに記されてある文字をじっと眺めて、くっくっと笑い始めた。


「ですが?」

「指揮官が無能でしてね。敵は広範囲に燃え広がる『赤油』と言うものを武器として使うようです。分隊をさらに細かく編成し、上空から降り注ぐ樽は躱すように指示してください」


ボストンはパタンと一度本を閉じる。

そして再び書物に魔力を注ぐと、さらに新しいページを開いた。


「後三十分ほどで敵が城門から出て来るようです…先程伝えた敵の策に気を付ければ、この戦いは勝利するでしょう……赤油の精製に成功したのはアドラーだけと思っている、傲慢なアドラー騎士団の敗北は決定ですので」

「では、至急準備に入ります」

「宜しく御願いしますね。そうそう、奴らが攻撃して来るまでは手を出してはいけませんよ?我等は宣誓文を読み上げて待っているだけ、そこをアドラーの騎士が襲撃したと言う事実が欲しいのですから」


中々の策士であるボストン。

そして騎士団長は各部隊に指示を飛ばす為に外へと飛び出して行った。


「さて、私のスキル『戦術指南書』にはこれから起こる戦いについての全てが網羅されていますから、対策さえ出来ていれば負ける筈がないのですよ……アドラー王国、どうしますかねぇ」


一度に消費する魔力が膨大すぎるので、ボストンでもそうそう何度も使う事は出来ない。

事実、先程の二回分、見開き4ページで魔力はほぼ枯渇しているのである。

それでも、ボストンは負けるなど考えてはいない。

最前列の傭兵は、ソーダフィル王国の犯罪者たちを洗脳して集めた捨て駒であり、この開戦時に全滅する使い捨て部隊である。

彼らの死によって、この戦争はソーダフィル王国の正当性を証明出来るのである。



◯ ◯ ◯ ◯ ◯



ソーダフィル王国の宣誓文が読み上げられてから。

トリアーズは部下たちに『赤油の詰まった小樽』を用意させた。

作戦は実にシンプル。

樽の周りに燃えている紐を結び、投石機によって城塞上から投擲を開始させる。そして驚いている騎士たちに向かって第十五騎士団が正面から突撃し、天幕に待機しているであろう司令官を抹殺する。

それで全ては解決、トリアーズは救国の英雄として凱旋、爵位を授かる事となる。


「うんうん、我輩の策に落ち度はない。では作戦を開始する、ソーダフィルの蛮族を皆殺しにせよ!!」


──ウォォォォォォ


トリアーズの叫びに騎士たちは呼応し、隊列を取ったまま城塞から飛び出した。

統制のとれた騎士は城門の左右に陣を取り、ソーダフィルの出方を待っていた。


………

……


一方のソーダフィル陣では。


「敵アドラー王国の騎士団が動きました」

「了解。最前列の傭兵に伝令、アドラーの騎士を三人殺せば恩赦、五人殺せば褒賞を約束すると」


偵察からの報告を受けて、ボストンはすぐさま作戦を開始する。

ボストンの言葉はすぐさま傭兵隊に届けられると、犯罪者の集まりである傭兵たちは血気盛んに叫びだす。

国に戻れば犯罪者として殺される、けれどここは戦場。

敵を殺して恩赦までもらえる、それどころか多く殺せば褒賞も出る。

この言葉だけで、傭兵隊の力はうなぎ上りに上がっていく。

戦闘系スキルを全開にした傭兵隊は、一直線にアドラー騎士団へと突撃を開始した。


………

……


「ソーダフィルの兵士が動きました」

「良かろう。では戦いの賛歌を唱えるとしよう」


トリアーズがサッ、と右手を挙げる。

その直後、城塞から大量の樽が打ち出されていく。


──ドゴォ……ッ……ドゴォ……ッ……

それはまるで、計ったかのように傭兵隊の真ん中に着弾すると樽が砕け、中に詰められていた赤油が散乱した。

そして結ばれていた炎によって着火すると、大爆発を引き起こしていく。

錬金術によって精錬された赤油は炎によって爆発、巻き込まれた傭兵たちを次々と火だるまにしていく。

たが、最前列の傭兵はそんな事を気にする事もなく、一直線に騎士達に向かって突き進んで来た。


そしてアドラー騎士団も抜剣すると、騎馬を走らせて前線を開始。

ビバッスル攻防戦が幕を開いた……。



◯ ◯ ◯ ◯ ◯



同、アドラー王国王城

ソーダフィルの宣誓文の読み上げの直後、カーナンデが送ってきた事実確認の伝令。

魔導具から届けられたカーナンデの悲痛な声を書き取った文官はすぐさま第一騎士団長であるフレッツの元に駆けつけて伝令を伝える。


「聖女の件については宰相殿から報告は受けている。今回の宣戦布告、ソーダフィルの一方的ないちゃもん以外の何者でもない。聖女殿はこのアドラーでの任を終えると、ソーダフィルに向かうと話していたのだが……」


伝令文に目を通してから、フレッツは頭を抱えたくなってしまった。

それでもビバッスルの領主であるカーナンデは戦争など好まない平和主義、無謀なことはしないだろうとホッと胸をなでおろした。


「すぐに国王に報告する。その上で今後の対策について御一考願う事としよう」

「畏まりました。カーナンデへの返信は如何に?」

「それはまだ良い。迂闊な返信をして期待されても困る、国王の決定を待て」


それだけを告げてフレッツは王城へと向かう。

諸々の手続きを行い、まず謁見室へと通されたフレッツは伝令文をヴォルフガングに提出して返答を待つ事にした。


受け取った伝令文では、アドラー王国が明らかに悪者扱いされている。それもソーダフィルの思惑通りであり、正義はソーダフィルにあると宣言しているようなものである。


「愚かな。ソーダフィルは滅ぶ気なのか?このような事実をマチュア殿が知ったら、ソーダフィルは捨てられるぞ?」

「そ、そうなのですか?」

「うむ。わしも付き合いは殆どないが、先日の謁見の間でのやり取りについては宰相もよく知っている。あの女王は自らがいくつもの死地を越えてきた古強者であろう。ひとたび戦となると、最前列で武器を振るいそうな者だ」


──ゴクッ

ヴォルフガングの言葉に息を飲むフレッツ。

そのような存在が聖女として諸国を漫遊している。

もしも野心ある者がいたなら、女王不在の国など簡単に落とせる。

だが、マチュアという女王はそんな事が起こらないと信じて旅をしている。しかも単独で、道中知り合った見も知らない冒険者を雇い入れて。


「何という豪胆な……では、この件はマチュア殿に報告した方が良いのでは」

「それはならぬ。聖女殿はいわば客人、国同士の諍いに巻き込んではならぬ……夕刻また来るように。それまでに今後の方針を考え、返信を書くのでな」


すぐさまヴォルフガングはソーダフィル王国に宛てる親書を書くためにフレッツを部屋から出す。

そして夕刻まで部屋に閉じこもり思案したのち、今回の件でソーダフィルがあらぬ誤解をしているという事実などを伝える為の親書を作成。カーナンデに宛てた返信も仕上げてからフレッツに手渡した。


「これを魔導玉ですぐにカーナンデに伝えるよう。そしてこの親書を早馬でビバッスルに届けるのだ。いいな、戦が起こらないよう、民を守るべく行動するのだ」

「畏まりました。では失礼します」


受け取った親書と返信文を鞄に詰めて、フレッツがすぐさま部屋から出ていく。

そしてヴォルフガングも出立の準備をすると宰相に告げると、すぐさまビバッスルへと向かう準備を始めた。



◯ ◯ ◯ ◯ ◯



ビバッスル攻防戦。

先手を取ったのはトリアーズ率いる第十五騎士団である。

赤油による爆撃からの騎馬による突撃、これで傭兵隊を蹴散らし初めていたのだが、まさかの事態が起こり始めた。


──ドッゴォォォォォォ

突然の爆発音。

それはビバッスル城塞上から響いてきた。


「な、何だ、何が起こった!!」


慌ててビバッスルの方を振り向くトリアーズだが、その光景に言葉を失ってしまった。


ビバッスル城塞上を飛来するワイバーン。その上から落とされた赤油の詰まった爆発樽により、ビバッスル城塞は空爆を受けていたのである。

燃え盛る炎が城塞上に置かれていた赤油に引火し、更なる爆発を引き起こす。


ソーダフィル軍の作戦、それは本気で突撃する傭兵隊を囮とし、騎士たちの目の届いてない後方からワイバーンら竜騎士隊により城塞を強襲、爆破していくというものあった。

そしてそれは成功し、ソーダフィルを向いている石門城塞はほぼ原型をとどめない瓦礫の山となり、多くの騎士達が生き埋めになっていた。


まさかの強襲、そして城塞破壊。

その事実がアドラー騎士団の士気を粉砕、そこに決死の傭兵隊の突撃。

更に城塞破壊のタイミングでソーダフィル軍も一斉に進軍を開始。


トリアーズの独断により行われたビバッスル攻防戦は、僅か6時間で終結した。


………

……


破壊されていない門からビバッスルに入領したのは、ビバッスルを守りきったトリアーズら騎士団ではない。

ソーダフィルの旗を持つ騎士団が、威風堂々と領都内に入って来た。


そして声を広げる魔導具を持ったボストンも騎士達と共に堂々と入領すると、声高らかに宣言した。


「元ビバッスル領民ち告げる。この城塞都市は我らソーダフィル国軍が占拠した。本日より領民は全て家の中から出ることを禁ずる。但し、食料その他必要なものを買うための市場への出入り及び穀倉地帯へと仕事に赴く者は例外とする」


次々と読み上げられる宣誓文。

それは領民の自由を奪うものではなく、領民の戦うすべを奪う為のものであった。

そしてアドラー王国へと続く街道は全て封鎖され、ソーダフィル国軍騎士達が領都内を監視を含めた警備をする事となった……。



………

……


ハァハァハァハァ

はぁはぁはぁはぁ


トリアーズは走った。

ソーダフィル騎士団の練度の高い戦いにより、トリアーズの部下達は一人、また一人と命を散らせていく。

敵大将首でもあるトリアーズを殺して手柄を得ようとした傭兵隊は騎士達に対して、トリアーズは部下を盾にし、時には敵前に蹴り出して時間稼ぎをし、敗走しようとした騎士を斬りつけて騎馬を奪い、そのまま戦場から逃げ出していた。


「何だ何だ、どうしてこうなった?我ら第十五騎士団の精鋭達が手も足も出なかっただと?しかも城塞まで破壊されてしまうとは……」


馬から降りて人心地ついたトリアーズが吐き捨てるように呟く。

トリアーズの中での作戦は完璧であった。

だが、それを上回る竜騎士の爆撃、それもアドラーが独自に開発した樽爆弾を用いた空襲。

全ての予想を覆し、ビバッスルは陥落した。

トリアーズは敗走の最中、まだ崩れていない城塞の上にソーダフィルの旗が翻ったのを見た。


あの様子では、領主であるカーナンデも生きてはいまい。

そんな中、トリアーズは次の策を考え始めた。

自身が生きる為、そしてこの敗戦の責任をよそに擦り付ける為。


「そうか、そうだな。領主であるカーナンデがソーダフィルを密通し赤油を横流ししていたのだ。そして我らを城塞から外に出したところで竜騎士に連絡を取り爆撃させた……という所で話を終わらせよう。我ら第十五騎士団は最後の一兵卒まで戦い、俺は最後の責務として生きてカーナンデの裏切りを報告する為に戦場を離脱。これでいいじゃないか」


自身の身の保全を思いつく事については天才的なトリアーズ。

彼の持つスキル『策士』は別の方向に使われていた。

ただ、彼の持つ固有アビリティ『幸運と不幸の等価交換』については非表示スキルであったのでわからなかった。


自身に関わった者に、自分の幸運を授ける。

その代わり、そのものの不運を自身が受け持つ。

自己犠牲としての救いようのないスキルであるが、これに『一発逆転』というスキルが加わると常に最強モードが発動する。

但し。

トリアーズはいまいち使い道のわからない一発逆転を売り飛ばした。

そこから彼の不幸は始まった。


「よし、このまま王都へと逃げ延びるか。わしには『幸運と不幸の等価交換』がある。今の俺の不幸な巡り合わせは、やがてくる大きな幸運に繋がるのだからな」


そう言い聞かせてトリアーズは馬に乗って走り出した。

スキル屋か鑑定スキル所持者しかトリアーズの固有アビリティの本当の効果を知ることはできない。

ただ、トリアーズは名前だけで気に入って、説明を受けても話を聞いていなかったらしい。


トリアーズは走った。

宵闇の街道を、険しい山道を。

その先に『竜の巣』と呼ばれているワイバーンの生息地がある事を知らず。


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