イェソドから・その41・復活のシャダイ
マチュアが聖大樹教会を後にした数日後。
とある貴族の屋敷には、大勢の貴族が集まっていた。
集まってのんびりとティータイムを楽しむという雰囲気ではなく、むしろ難問題を抱えて四苦八苦している企業や締め切り前の漫画家のような雰囲気を醸し出している。
「……しかし、どうしたものかなぁ。我がセントクレア家は、マチュア殿を客人として迎えたいと考えていたのだが」
「それはうちもですよ。何処かのメタリカ家があんなことをしなければ、もっと柔軟な話し合いが出来たかもしれないのに。そうすれば、我がハンセン家もマチュアさんに筆頭錬金術師として召抱えられたかもしれないのですよ?」
そう呟きつつ、ルイーザ・ハンセン女侯爵は斜向かいのトライトン・メタリカ侯爵を恨めしそうに見る。
するとトライトンも申し訳なさそうに頷くしかない。
「ハンセンの、それを言うな。わしもあいつを使いに出したことを後悔しているのだ。我がメタリカ家はマチュア殿を筆頭商人として雇い入れるために支度金まで用意したのだぞ?にも拘わらずあやつは支度金の半分も着服して、あまつさえ侯爵家の名だけで無理やり召しかかえようとしたのだ……」
「そんな輩を使いに出すからですよ。我がベリー侯爵領では、マチュアさんのために商会館を新しく用意する準備もできています。召しかかえるのではなく、侯爵領を使ってもらえればと思いましてね」
その手があったかと一同納得するのだが。
それまでずっと沈黙していたゴーシュ侯爵があご髭を撫でつつ頷いている。
「しかしのう。アドラー王家からは、マチュア及びカナン商会については勧誘や拘束、脅迫まがいの交渉は全て禁ずると言う御達しが出ているからのう……それに、マチュアさんは今は聖大樹教会に出入りしていると聞いたが?」
その問いかけには、同席していたジルベールが頷いた。
「はい。先日ですが聖女マチュアにはベネディクトさまの呪詛病を癒してもらったという経緯があります。それにあの方は大樹を癒してくれる聖女、古来より宗教は政治には関与しないとの約束事があります故」
「わかったわかった。マチュア殿の件については王家のお達し通り。カナン商会の客人として顔を覚えてもらえれば、あるいは無欲に付き合えばライデン商会のような恩恵にあずかれるかもしれないからな」
最後の締めもフランク・ゴーシュ侯爵が行うと、ようやく本来の議題についての討論が始められた。
ここ最近のソーダフィル王国との交易について、ソーダフィルに向かった商人や商隊のうち半分以上がアドラーに戻ってきていない。
まあ、自由貿易を生業としている商隊が儲け話に誘われて遠くまで行ってしまうのはよくある事なので、その点については議題ではない。
問題はアドラーに本拠地を置く大商会の殆どが帰還して来ないと言う事実。
アドラーとソーダフィルを往復している商隊ばかりが戻って来ておらず、そのまま行方不明になっていると言うのである。
それも商隊だけではなく、護衛についていった腕利きの商会冒険者まで帰還して来ないのはどうにも腑に落ちないと言う事で、自領に大手商会を抱えている侯爵家が集まって話し合いをしていたのである。
道中で魔物のスタンピードに巻き込まれたとか、大盗賊団に襲われたとかさまざまな意見もあるが、とれも噂程度の情報しかなく信憑性に欠けている。
そしてそのような情報で国家騎士団が動く筈もなく、大商会や侯爵家は頭を抱えていたのである。
「問題はソーダフィルか。直接あの国に調査として冒険者を派遣出来ればいいのだが、こうもあの国に関わった者達が行方不明になると、依頼として受けてもらえるかどうかも危うい」
「そうですなぁ。高額で請け負う冒険者も居るにはいるのだが、評価の低い冒険者ばかり。前金だけ持って逃げられる可能性もある」
「そうなると、高レベルで実力もしっかりしている、信頼度の高い冒険者を探すしかないわねぇ……ゴーシュ侯爵、そのような冒険者に心当たりはありませんか?」
ルイーザ・ハンセンに問われて、ゴーシュも腕を組んで考えてしまう。
事は重要、出来るならばSランク冒険者に依頼を行いたいところだが、アドラーには現在滞在しているSランク冒険者は存在しない。次いでAランク冒険者の半数ほどが商会登録冒険者であり、よそからの依頼は受け付ける事はない。
そうなると残りのAランク冒険者だが、お世辞にも品行方正とは言い難いのでこれもダメ。
となると、既に手がないというのが実情である。
「手がない。各商会登録冒険者に依頼を頼んでソーダフィルに向かって欲しい所だが、何処の商会もそんなことに自分の子飼いの冒険者を出すはずがないだろう。この場の侯爵家のどの家でも構わない、冒険者を派遣できないか?」
このゴーシュの問いかけに室内は沈黙するしかなかった。
「カナン商会なら、あるいは動いてくれるのかもな」
ボソッと誰かが呟く。だが、誰が商会主であるマチュアを説得できるのか、それでまた話は堂々巡りとなってしまった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
一方、王都中央の大樹は。
この数日で枯れ掛かっていた枝葉が蘇り、瑞々しい香りも漂っていた。
この変化に驚いた町の人々は大樹に集まり、そしてその場で大樹に手を当てて輝いているマチュアを見て、誰となく跪き祈りを始めていた。
『マチュア殿はすっかり有名人じゃなぁ』
大樹から届いたシャダイの声。マチュアにしか聞こえないが、枯れかけていた大樹の根がマナラインに到達し、膨大な魔力を吸い始めていた事がよくわかる。
「まあ、目立つなというのが無理。なら開き直ってこの国では聖女としての務めを果たさせてもらうさ。そんでどう?」
『もう少しという所じゃな。後十日ほど魔力を注ぎ続けてくれれば、自力で国内全ての大樹に根を届ける事が出来る』
それは吉報。
この先まだこの国を旅するのかなぁと考えていたのだが、それなら大手を振ってこの国を後にする事が出来る。
「そっか。なら、後はこの国の王家に任せて別の国にでも行く事にするよ……ってちょい待ち、じっちゃんや、このままわたしがここで魔力を注ぎ続ければ、隣国の大樹まで根を伸ばす事は出来ないのかい?」
それが可能なら、マチュアはアドラーに拠点を構えて数日ごとに大樹に加護を届けるだけでいい。
そんな楽な話があるのなら。
そう考えていた時期がありましたって、つい今しがた思いついたのだが。
『それも可能だとは思うが、答えを出すのは後数日待ってくれ。マナラインを通じて隣国の様子も確認してみたい』
「あ、それならいいわ、後は宜しくお願いね……」
『うむ、委細承知した』
それで今日の交信はおしまい。
マチュアの体の輝きがすっと消えると、大樹の葉が一斉に光り輝く光魔力を放出。街の隅々まで広がっていった。
「あ、ああ……本物の聖女さまだ」
「俺達に加護をありがとう」
「ま、マチュアたん……」
祈りの声は人それぞれ。
そんな中をマチュアは手を振りつつ離れて……そのまま傍に停めてある馬車にカナン商会の看板を掛けた。
「さーて、聖女タイムは終了。ここからはカナン商会の仕事タイムだ、いらっしゃいませーって、一番手はフローラかいw」
「マチュアねえさま、今日も遊びに来ましたわ、エクレアとモンブランとストロングベリーのショートケーキを持ち帰りたいので帰りに用意してくださいな。後、今食べる分が……えーっと」
ショーケースの中に並んでいる膨大なケーキを見て、フローラは目移りし過ぎて目が回りそうになっている。
「あっはっは。品切れになる事はまずないから、食べられるだけ注文したら?」
「はい!!」
にこやかに返事を返すフローラ。そしてガナッシュクリームのケーキとフルーツロールケーキ、果物ゼリーをトレイに載せてもらい、フローラは嬉しそうに席に戻っていく。
そして他の客もようやく落ち着いて注文を始めると、1時間もしない内に店内は満席になってしまった。
………
……
…
一台の馬車の前に並ぶ大勢の人。
よく見ると馬車の側面には扉と階段が設置されており、中には広大な店舗が広がっている。
その人混みが何なのか興味を持った彼女は、思わず並んで順番が来るのをじっと待っている。
「あの、これって何の行列なのかしら?」
「あ、おねーさん知らないの?この先の店では、異国の菓子が売っているんだよ。それに錬金術で作り出した魔導具もね」
「そうそう。一度食べたらもう病みつきになるんだよ。でも持ち帰りは一人三品までだし、この様子だと席ももうないんだろうなぁ……」
ふぅんと鼻を鳴らしつつ、彼女はじっと順番を待っていた。
そして三十分後にようやく店内に入ってカウンターに向かうと、その中には彼女のよく知っているハイエルフが立っていた。
「あ、あら、え?なんでマチュアがここにいるのよ?」
「それはこっちのセリフよ。あんたこそ、どうやってここに来れたのよ、アーカム……」
「どうって、それは……ねぇ」
「まあ、あとで教えてもらうからとっとと注文して。後ろにまだ並んでいるんだから、それともそっちの席が空くみたいだからそっちに座る?」
ちょうど退店する客がいたので、マチュアはアーカムをそっちに向かわせる。
そしてしばし接客して一段落するまでアーカムを放置する事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
閉店後の店内。
マチュアはのんびりとカウンターで仕込みを行い、ホールではアーカムがエプロンをつけて清掃業務を行っている。
「ほんっとうにあんたは人使いが荒いわね。カリス・マレスでもそうだったけれど、こっちでも同じ事しているの?」
「人使い荒いいうなや。ちゃんと日給は支払うからとっとと掃除しろ。それとなんであんたがここにいるのかきっぱりと説明してもらおうか」
そう問いかけつつも手を止めない。なのでアーカムも掃除を続けつつ話を始める。
「ナイアールの欠片ってマチュアは知っているかしら?破壊神ナイアールの八つの神核って言うものがあるんだけれど、それが次元潮流に流れているらしいのよ」
ドキッ。
そ、そんな物はよく知っているけど、まずは話を聞くことにしよう。
「へぇ。噂では聞いてたけれど、それがなしたの?」
「それを手に入れられたら、私はあなたに勝てるかもしれないと思ってね。それでメレスのパンデモニウムの廃墟にあった次元の隙間から一か八か飛び込んでみたのよ。ほら、深淵の書庫があったら死なずに済むでしょ?」
へぇ。深淵の書庫あれば次元潮流に耐えられるのか、メモメモ……。
しかし、そんなあっさりと種明かしをするという事は。
「でも見つからなくて、気がついたらこの世界に流れていたという事かな?」
「そ。折角この魔導具を使って追跡していたんだけれど、こっちの世界に来てから調子が悪いのよ。誤作動するの……マチュアなら分からないかしら?」
そう告げつつ、アーカムが懐中時計のようなものを取り出す。
文字盤の部分に水晶が嵌められており、その中心に三つの光点が輝いている。
「この光点は?」
「神核反応だけど?」
あ、納得。
マチュアの中で一つになった三つの神核が反応しているのか。
しかし、これとんでもない魔道具だなぁ。目標である神を探すことができる『神様チェイサー』って言うところか。
こんなものがあったらあっさりと神核見つけられるんだろうなぁとマチュアはウンウンと頷いて。
「アーカム?これ壊れてないわよ?」
「まさか。だって、一箇所に三つも反応が出ているのよ?しかもこんな近くに……」
──ツツ〜
そこまで呟いてアーカムはマチュアを見る。
刹那、額から冷や汗が溢れ出していた。
「どもー白銀の賢者改め破壊神マチュアで御座います」
「は、はあ?あんたいつから亜神辞めたのよ、そんなに簡単に辞めるのなら私に亜神の加護頂戴よ……しかも破壊神ですって?あんたいつのまに神核回収したのよ?」
マチュアの肩を掴んでブンブンと揺さぶるアーカムだが、マチュアは頬をポリポリと掻くだけである。
「ま、まあ、色々とね……」
「そんなぁ。この世界に流れていた神核まであんたが回収したんなら、もうどうしようもないじゃないのよ……」
は?
この世界に流れていた?
ちょい待ちそれは重要な案件だわさ。
ちょっとゆっくりと腹を割って話そうじゃない。






