イェソドから・その39・局地戦用決戦魔導師
アドラー王国王城・謁見の間。
マチュアはヴォルフガング国王に案内されて謁見の間までやって来た。
マチュアの後方ではロシアン達が堂々と、一部ビクビクしつつ付いて来ており、これから何が起こるのかと不安そうな顔をしている。
謁見の間に到着すると、ヴォルフガングは堂々と玉座に座るが、マチュアは跪くことなく堂々と正面に立ちヴォルフガングを見ている。
「貴様、ヴォルフガング国王に対して不敬であるぞ、頭を下げぬか」
カトル宰相がニヤニヤと笑いつつ告げるが、マチュアは冷たい目でカトルを睨みつける。
「貴様こそ一国の王に対してその態度はなんだ?我が国ならば近衞騎士によって首を刎ねられている所だぞ?」
覇気を伴ったマチュアの一言。この言葉でカトルは絶句し、その場に立ち尽くしている。
「マチュアとやら、我が臣下が非礼をした、許してほしい」
「構いませんわ。では、話をしましょうか?」
そう告げてから、マチュアは先日の出来事全てを説明する。その中にヨントリー商会会頭アルバの姿が見え隠れしていた事を告げると、カトルの表情がサーッと青くなる。
「……という事です。聡明なるヴォルフガング王ならば、正義がどちらにあるかなどわかりますよね?必要ならばジャッジメントスキルを使用しても構いませんが?」
「それはアルバに使う事にしよう。カトル、至急アルバを捕らえて法務局へと引き出せ。マチュア陛下の話が真実ならばヨントリー商会は取り潰しとし、アルバには死罪を申し渡す」
これにはカトルも思わず跪きヴォルフガングに頭を下げる。
「これは何かの間違いでしょう……ですが、もしも真実ならば……せめて死罪だけはお許し頂きたく」
「それを決めるのはわしではない。法務局のジャッジメントが決定する。カナン商会襲撃の折りに捕らえられて、その場で首を飛ばされなかっただけありがたいと思え」
非情な一言だが、マチュアは頬をポリポリと掻きつつ。
「そんで、ヴォルフガング国王は、賄賂に目が眩んで罪を重ねた騎士たちの監督責任はどう取るつもりなんだい?」
「何だと?」
「配下の不始末は上官の不始末。賄賂に目が眩んだ騎士達にも何か事情があったのかもしれないけど、まあそれはどうでもいいや。その騎士達の上官、その最も上に立つ騎士の最高位である国王は、どう裁かれるんだい?」
この言葉にはヴォルフガングも頬をひくひくさせる。
何故配下の起こした罪を国王が謝罪する必要がある?
罪を起こしたものを断罪すればそれで終わりではないのか?
「それは異な事を。罪を犯した者を断罪すれば終わりではないのか?」
「はぁ。我がカナンには監督不届きというのがあってなぁ。上官は常に襟を正して配下のものを監督する義務があるんだよ。そうする事で、部下が罪を重ねる前に未然に防ぐ事が出来るってね」
そう告げるが、ヴォルフガングは憮然とした態度でマチュアを見る。
「何が言いたい?」
「騎士団の行いは間違っている。それを上官である騎士が見ていればこんな事は起こらなかったってね。そもそも国王が騎士を任命してはいおしまいだなんで、無責任にも程があるよ……あんた、自国の騎士の名前全て言えるかい?私は全て言えるよ?」
そこまで言われてヴォルフガングもふと気が付く。
ここ最近は貴族院から届けられた書簡を見て騎士位叙任の仕事をしているが、その叙任した騎士が何者なのかなんて考えた事はない。
全て貴族院に任せており、彼らに任せていれば間違いはないと信じていたから。
「それは貴族院の仕事であり、わしの仕事ではない」
「国に仕える騎士をあんたが見ないで誰が見るんだ?国を守る騎士をあんたが任命するのが当たり前だろうが。誰ともつかない人間に騎士位を授けて、この国は本当に大丈夫なのかよ……」
「き、貴様……異国の女王だからと大目に見ていれば言いたい放題……」
「まあ、ちゃんと自国の全てを見ていないからこそ、大樹が枯れそうになっても教会の仕事だと言い切るんでしょうねぇ」
ここで大樹の話を切り出す。
ただ闇雲に煽るだけでなく重要な話に持っていこうと考えたのだが。
「大樹が枯れるだと?この王都にある大樹もどきがか?」
「やっぱりそう言われて信用したのかよ。あれは正真正銘の大樹。危なく枯れるところだったわよ。あれが枯れ果てたら、魔人族が王都を襲撃して影も形も残らなかったでしょうなぁ」
呆れた声のマチュアと、呆然とするヴォルフガング。
「バカな。あれは大樹ではないと教皇であるアクア・ベネディクトやジルベール枢機卿も宣言していた。それが嘘であると言うのか?」
「嘘だね。この世界の神に認められた大樹の聖者である私が宣言します。因みに王都の隣の領地では魔人たちに操られた魔物の侵攻が始まって、危なく領都消滅っていう危機まで行っていたんだけれど、その報告は受けてない?」
そう告げられてヴォルフガングはハッとした顔になる。
大樹がある限り魔人族が領都や王都に侵入する事は出来ない。だが魔物は別であり、魔物は大樹を餌として食べる者も存在するという。
もしも大樹が食べ尽くされたなら、魔人族は守りを失った街に進軍し蹂躙する事だろう。
「その報告は聞いている。マチュア陛下が許すならわが国に迎え入れて守護して頂きたいと考えていた。しかし、教皇アクア・ベネディクト5世が病に伏ししている間に、魔人族がそこまで動いていたとは」
「王都の大樹が消滅するのを隠れて待っていたんだろうなぁ。その後で、人間は皆殺しという所でしょ?あっちの領地では教会の司祭が魔人族とつるんでいた報告聞いている?」
ヴォルフガングは首を左右に振るしかない。
そんな話は初耳であると、カトルを睨みつける。
「恐れながら。テラコッタ領の司祭が魔人族と裏で手を組んでいたという噂は聞き及んでおりましたが、調査に向かった騎士達からはそのような事実はないという報告を受けています」
「ほら。そこが嘘。テラコッタの魔人は私が倒したし、司祭も連行したんだよ?そのまま警吏に引き渡したんだけど。報告はテラコッタの領主にもしてあるよ?そういう事実さえ握りつぶされているとはねぇ……」
これは思ったよりも根が腐っているとマチュアは判断。
かと言ってマチュアが何か出来るものではなく、むしろ自浄してほしいと願うしかない。
「まずは足元をしっかりと見直したほうがいいわよ。フローラ姫を攫ったのだって、王位継承権以外にも何かあるかもよ?そんじゃ私はこれで失礼するわ」
コン、と、杖をついて振り向くマチュア。
そして思い出したかのように振り返ると。
「カナン商会の王室御用達の件は辞退するので。ここの大樹の活性化が終わったら隣国にも行かないとならないのでね。では失礼」
それだけを告げてマチュアは部屋から出て行く。
その後ろを、ようやく生きた心地に戻って来たロシアン達が歩いていった。
カトルはマチュアが王室御用達を返上した事にホッとしたのだが、アルバが早まってマチュアに手を出したという事実は消える事はない。
そしてヴォルフガングはこの直後、貴族院の重鎮たちを招集する事にした……。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「はぁ。あんたは怖いもの知らずかよ?」
馬車に戻り大樹の麓へと向かう道中。
御者台の横にゴーレムホースを並走させつつロシアンがマチュアに呟く。
相手は一国の王、それを相手に引くどころか喧嘩腰に話をしていたのである。
もしも国王が機嫌を悪くしたなら、その場で近衛騎士によって切り捨てられてもおかしくはなかった。
そしてロシアンもその場合、マチュアを守って何人か道連れにする覚悟は決めていた。
それが最後はあっさりと話を終わらせての撤退、拍子抜けにも程がある。
「あっはっは。あるよ。本気のストームとシルヴィー、カレンにもあまり頭は上がらないからなぁ。それに三笠さんや大使館のみんなにも留守を預けて迷惑かけまくりだから、慰安も兼ねて旅行に連れて行ってあげたいし……」
「はぁ。一国の王であるマチュア殿が恐れる存在とはなあ……それで、この後は如何するのでござるか?」
「何もしないよ。っていうか、いつも通りの事をするだけ。大樹を活性化させて次の街へ。もしくは隣の国へだね。それで、みんなとの契約はこの国を出る時点で解除するから」
突然の爆弾宣言だが、ロシアンやアメショー、マンチカーンあたりはそう来るなと頷いている。
問題なのは、マチュアの横で手綱を握っているテルメアと、馬車の後ろを追従しているライナスであろう。
「え?あれ?私はマチュアさんとずっと旅を続ける予定だったのですが」
「あっはっは。それは嬉しいけどダメ。テルメアたちカナン商会の職員には、この国に残ってスキルを広めてほしいっていう『仕事』をお願いしたいのよ。テルメア、アメショー、第三聖典は覚えた?」
その問いかけにはテルメアもアメショーもコクリと頷く。
ならばとマチュアは第一聖典から第四聖典までの全ての魔術を納めた魔導書を一冊ずつ手渡す。
「第四聖典には、他者の魔力回路を開く為の技法も含まれているし、錬金術としての魔術も納めてある。二人にはアドラー王国で立派な魔導士になってもらい、魔術を広めて欲しい……っていうかやれ」
「頼む、ではなくやれですか。はいはい、アメショー素直に御命に従います」
「て、テルメアも全力で頑張ります……それであの……」
何か言い辛そうなテルメアだが、マチュアは頭をポンポンと叩く。
「今生の別れになるかどうかなんてまだ先だからわからないわ。けれど、今は今を全力で頑張りなさい。先の事なんて……多分わからないから」
「マチュアさん、その多分ってなに?」
「ギクッ……さすがアメショー鋭いわね。第六聖典の未来感知、これは未来に起こる出来事を見る魔術でね。でも、覚えたからって使ってはダメよ?意味はわかるわよね?」
そう問われてアメショーは真面目な顔で頷くが、テルメアは首を横に傾ける。
「テルメアはそれで良いわ。今のままで、素直に成長しなさい」
「あら、まるで私が素直じゃないような言い方よね」
「アメショーはいい女よ。それで十分。色気たっぷりの魔術師になりなさいな」
そんな笑い話をしつつ、馬車は指定の場所までやって来る。そしてカナン商会の扉を開くと、少し遅い開店準備を開始した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
遠くの世界
ダート城では、巨大な鏡の前でバリバリと『ポテトチップス』を食べている魔王ダートの姿があった。
「しっかしなぁ、あのデトロイトを殴り殺す伝承種って何やねん。マジソン、ハルモニア、何か言う事ないんか?」
目の前の空間から突然謎の袋を取り出し、ポテトチップスをガツガツと食べる羽妖精の姿の魔王。その前には、名前を呼ばれたマジソンとハルモニアがガクガクと震えつつ無言で佇んでいる。
マジソンの作戦は完璧であった。
人間など所詮は烏合の衆、唯一の不安要素である再建術を使える騎士たちはハルモニアの策によって王都に集められていた。
そのためバスカービル領は数日で陥落し、ダートに嬉しい報告を行う筈だったのだが。
やって来たのは敗戦報告の為、そしてお叱りを受ける為。
ダート相手に言い訳は無用、結果が出せなかったら魔人核を抜き取られて捨てられるだけ。
だが、報告を怠ったら死あるのみ。
KILL or DIEに等しい判決なら、生きる方を望んでダートの元にやって来た。
そして報告と同時にダートは、巨大な鏡に魔力を注ぎ、デトロイトの戦いを映し出して確認していた。
「申し訳……ございません」
「私達の力及ばず……はい」
殺される。
その恐怖から吐き出した言葉はこれだけだが。
──パキッ
ダートは空間ら取り出した何かを二つに割って、一つずつをマジソンとハルモニアに差し出す。
「ここまで来た報酬や。異世界の食べ物や、大切に食べるんやで」
木の棒に周りに形成されたアクアマリンの色の氷菓子。それを受け取って一口齧ると、マジソンとハルモニアは夢中になってその『アイスキャンデー』を食べ始めた。
「こ、これは!!食べたことのない味覚!!」
「これに比べたら、人間の血潮や肉などゴミですわ!!」
「せやろせやろ。この前な、このアビリティが覚醒したんや。それからは、このアビリティで異世界のものを色々と買うたな。でもな……」
そう呟くと、ダートの声色が変わる。
「支払いがきついねん。うちら魔族は貨幣など持っておらへん。そんで、人間から搾取した金つこうてみようとしたらな、魔族は魔宝石で払えいう表示出たんや……」
ゴクリ
思わず息を飲む。
我々の体から抜き出した魔人核を魔宝石にすると言うのか。
改めて死を覚悟した二人だが、ダートはあっさりと一言。
「ちゃんと報告に来て謝ったのやからチャラや。あんたらは今まで通りに魔宝石集めて献上しいや。そうすれば、うちはこの『オンラインショップ』というアビリティで色々と買うてみるからな」
話はこれで終わり。
だが、マジソンとハルモニアの表情は浮かない。
既にアドラー王国は大樹の活性が大きく進み、大樹の影響を受けない魔物ですら城塞まで近寄る事が出来なくなっていた。
そんな中、どうやって人間に絶望を与えて魔宝石を集めようというのか。
このダート城に来るには、転移を使わない限り一月は掛かる。そして今から戻った所で、アドラー王国の大樹の活性化は終わっているだろうと予測できる。
なら、別の方法を考えなくてはならない。
考えろマジソン、アドラーがダメなら別の手を考えろ。
そう自身に言い聞かせつつ、二人はダート城を後にした。
………
……
…
「しかし、このオンラインショップという能力はすごいな。ナイアール神の加護の一つやからとんでもない破壊力やと思ったが、まさか異世界からこんな色々な物が買えるとはな。しかし、異世界とはすごいなあ……早く行きたいなぁ……」
プリンアラモードを食べつつ、ダートはホクホク顔で次に何を食べようか頭を捻っていた。






