イェソドから・その38・まずは一悶着
夜。
カナン商会も無事に閉店して、マチュアはのんびりと仕込み作業。
ロシアン達も戻って来て自室に荷物を放り込んでくると、店内清掃や仕込みの手伝いを開始した。
「ああマチュア、報告していなかったが、昼間俺たちは王城に連れていかれてな。フローラ姫救出の功勲で男爵位を授かる事になったんだが」
「それとロシアンは聖大樹教会司祭位を授与される事になったのじゃが」
「それで、カナン商会は王室御用達よ。いきなり大商会の仲間入りしたのよ?」
それぞれがマチュアに困った顔で、無表情で、そして嬉しそうに報告するのだが、マチュアは鉄面皮のまま。
「へぇ。男爵位とはまた偉くなるわねぇ。私に気を使わないで受けちゃいなさいよ。問題はロシアンとカナン商会の王室御用達ね。明日にでも文句言ってくるわ」
やはりと三人は驚く様子もない。
「そうだよなぁ。この俺に司祭なんてなぁ」
「なんでロシアンが司祭ごときなのよ。最低でも枢機卿は欲しい所よ、いや、いっそ教皇というのもありよね……こっちは正式に大樹の加護を受けている聖者なのよ?」
「 「「そっちかよ(なの?)」」」
三人同時のツッコミに、マチュアは頭を傾げる。
「へ?私としてはロシアンが聖大樹教会の最高責任者になってこの国を支える柱の一つになって欲しいんだけれどなぁ」
「本気かよ……」
そう呟くロシアンにマチュアはこくこくと頷く。
マチュアを除いて、今のロシアン以上に神聖魔法を操れるものは存在しない。いや、以上というよりもロシアンしか操れない。
そんな存在が教会の傀儡のように扱われるのは目に見えている。
ならば教会そのものを乗っ取ってしまった方が後腐れないとマチュアは判断した。
「本気よ。あ、漢字で書くとこんな感じで、マジって読む事もあるから気をつけてね?」
「カンジって何だかわかんねーよ、マチュアの国の魔法文字ってやつだろ?それよりも俺にそんな役職が務まると思っているのか?」
「当然。ライナス達はいないけれど、あんた達五人で何とか出来ると私は信じている。そうじゃないと大樹の加護なんて受けられる筈ないし、そもそも商会登録した時の契約金貰って遠くに逃げているでしょ?」
マチュアの完全信頼に、ロシアンもやれやれと頭を抱えている。
「ま、王室御用達については断る予定なので、明日にでも堂々と王城に向かう事にするわよ……と、ロシアン、お仕事の時間よ?」
そう呟きつつ、マチュアはグイッと親指で扉を指し示す。そとからは金属の擦り合う音が聞こえていた。
「本業の時間か。殲滅か?それとも生け捕り?」
「死なない程度にとっちめて。出来れば何人かは生け捕りで宜しく」
「それは外の敵にもよるのじゃがなぁ。王都警備の聖騎士がざっと30という所じゃな」
隠し窓から外を伺うマンチカーン。既に馬車は囲まれており、後方には騎乗した騎士が待機している。
………
……
…
王宮からの使いを伴ってカトル卿がヨントリー商会にやって来たのは日が暮れる少し前。
「これはカトル叔父さん。今日はどうしたのですか?」
商会のカウンター越しに挨拶をするアルバ・ヨントリーだが、カトル卿は使いの者から書状を受け取ると、ゆっくりと読み上げた。
「アルバ・ヨントリーに告げる。今月末三十日をもってヨントリー商会の王室御用達は外される事となった。より一層努力し、再び王室御用達を受けられるよう期待する……」
信頼していた叔父から突きつけられた、まさかの宣告。
これには商会の中で商談をしていた商人たちも目を丸くし、話の途中で席を立って出て行ってしまう。
「以上だ。アルバ、私はこれ以上何も出来ない。後は自力で王室御用達を取り戻すように努力するのだ」
「な、何故ですか?私の商売に何か落ち度でもあったのですか?」
ダン、とカウンターを殴りつけてから叫ぶアルバだが、カトルは首を左右に振る。
「落ち度はない。ただ、ヨントリー商会よりもアドラー王国にとって有益な商会が現れた、それだけだ」
「どこの商会です!!私が直接話を付けて来ます」
「相手は新進気鋭のカナン商会。伝承種のマチュアが商会主であり、王室御用達の序列二位辺りに収まる筈だ……」
それだけを告げて、カトルは商会を後にする。
そしてアルバは急ぎ『ある場所』に話をつけに向かった。
………
……
…
「カナン商会に告げる。違法行為により王室御用達を受けるなど言語道断である。王室御用達を辞退しこの国から即時撤退するなら罪は問わないが、もしも抵抗するのなら商会の持つ権利全てを凍結、商会主並びに登録冒険者は犯罪奴隷として拘束する」
騎士団長らしき人物が叫ぶ。
その後方では、アルバがニヤニヤと笑いつつ様子を伺っている。
無論カナン商会の罪状など全てでっち上げであり、アルバが知人である騎士団長に袖の下を送ってカナン商会を追い出そうと画策しただけである。
これが昼間ならば、確認の為に動かれる事もあっただろうが今は深夜。
法務局も王宮騎士団詰め所も閉ざされており、マチュア達が確認する方法などない。
こうなるとマチュアたちの取る道は二つに一つ、素直に捕まってから、明日にでも異議申し立てをするかこの場から急いで撤退するか。
だが、カナン商会には引くと言う言葉は存在しない。
──ガチャツ
扉が開いてロシアンら五人が外に出ると、堂々と騎士団長相手に話を始める。
「俺はカナン商会登録冒険者のロシアンだ。見たところ貴方たちは王都警備の第八騎士団のようであるが、カナン商会の行った罪というものを教えて頂きたい!!」
ただの脅し、ハッタリでカナン商会は撤退すると考えていたアルバだが、マチュア達の商会が無許可で魔導具の販売や薬品製造を行っていたという情報を買い取っていたのである。
「薬品ギルドに無許可で薬品を製造し販売したという事実。そして錬金術ギルドに無許可で魔導具を売っていたという事実、これだけでも十分な罪であるが、さらに商会主のマチュアは伝承種の聖女を名乗り、人々を扇動したという事実がある」
あ、意外と調べていたんだなぁとマンチカーンとアメショーは頷いている。
なのでロシアンは一言だけ。
「薬品ギルド登録商会以外が薬品を使ってはならないという法には当てはまらない。錬金術ギルドの件については、バスカービル領の裁判によりお咎めなしと判決が出ている!!」
「それと、うちの商会主は本物の伝承種でな、聖女なのは事実なのじゃがなぁ」
そうキッパリと言い切るが、騎士団長はニヤニヤと笑う。
「なら回復薬の密造の件は?」
「薬品ギルドの所有している薬品製造方ではなく、古の錬金術によって作られた魔法薬だ。つまり錬金術によって作られたものであり、薬品ギルドの出る幕はない」
これには騎士団長もフゥムと顎を撫でる。
そして後方にいるアルバをちらりと見るが、アルバは首を左右に振るだけである。
「まあ、調べてみないことにはそれが真実かどうかわかりませんからなぁ。その5名の冒険者を捕らえよ、そして商会内のマチュアとやらも連れて行け!!」
その号令と同時に騎士団が歩み始めるが、ロシアンは拳をゴキゴキッと鳴らす。
「俺は全て説明した。なので、そちらが実力行使で来るというのなら、こちらも手加減なしだ。商会および商会主に対しての暴力行為と見做して、全員排除する!!」
「という事なのでな。カナン商会からは、明日以降の昼間、法務局の手続きの後、出直して来いとしか言えないが……」
「要は緊急性を必要とする。異議申し立ては牢屋の中で聞かせてもらうとしよう」
ザッ、と騎士団長が手を挙げると、騎士たちは一斉に抜剣してロシアン達に襲い掛かっていった……。
………
……
…
これでいい。
やつらの罪などいくらでもでっち上げられる。
牢屋に入れてしまえば、やつらの証言など全て握り潰す事も出来る。
後は没収したカナン商会の資産も全てヨントリー商会のものとし、カナン商会は王都から出て行ったとカトル叔父さんに報告すれば、ヨントリー商会はもう一度王室御用達を受ける事が出来る……。
おい!騎士達よ、何を手こずっている?
相手は高々五人の冒険者じゃないか?
何をそんなに時間を掛けている?
早く捕らえて連れて行かないと、騒ぎに気がついた野次馬が集まってくるじゃないか?
おい……あれ?
騎士達がのされている?
最後は騎士団長のみ?
何だ?何が起こった?
こちらは王都を守る精鋭騎士団だぞ?
何で低ランク冒険者如きに負けているんだ?
………
……
…
一言で表すと圧勝。
テルメアとアメショーの範囲魔法によって身動きの出来なくなった騎士達に、ロシアンとマンチカーンが当身で意識を刈り取っていく。
テルメア達に向かう騎士たちは全てライナスの挑発により意識をそらされ、そしてやはりロシアン達によって行動不能にされていく。
最後に残った騎士団長は悲痛な顔でロシアンに向かったのだが、たった一撃の鉄山靠により遥か後方に吹き飛ばされてしまった。
「ああ、成程な……ヨントリー商会のアルバさんが後ろで手を回していたのか……」
ロシアンは物陰から騒動を眺めているアルバを見かけると、ニィッと笑って呟く。
「アルバさんよ。もしも異議申し立てがあるのなら明日にしてくれないか?うちの商会主も明日あたりに王城へ向かうらしいからな……」
それだけを告げて、ロシアンたちは商会内へと戻って行く。
そしてアルバは、気絶している騎士たちを放置したままその場から逃げ去ってしまった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日。
マチュアは捕らえた騎士達を引き連れてアルバ王城へとやって来た。
ゴーレムホースに引かれた馬車、さらにその前を進むゴーレムホース。
後方では木製の枷を嵌められて馬車に引かれる騎士たちの姿。
その異様な光景に、町の人々は言葉を失いじっと見ているしかなかった。
「と、止まれ。ここから先は王の居城、許可無きものを通す事は出来ない」
門番の騎士が慌てて馬車の前に立ちハルバードを構える。だが、御者台に座っているマチュアはのんびりと一言。
「国王に伝えて頂戴。賄賂に目が眩み罪無き者を捕らえようとした騎士達を届けに来たと……」
「で、では一度騎士たちの身柄は預からせてもらう」
ツカツカと馬車の後方に向かおうとした騎士だが、マチュアが何処からともなく引き抜いたハルバードでその動きを制される。
「それはダメ。まずは今の言葉を国王に伝えて。そして国王自ら引き取りに来るよう。騎士とは国の命によって選ばれた者、その失態は監督している騎士団長、その上の国王の罪でもある」
「なっ!!」
絶句する騎士だが、マチュアはそのまま話を続ける。
「もしも上の者が責任を取らないと言うのなら、私が彼らの罪を裁くことになる。私、ラグナ・マリア帝国カナン魔導連邦女王、マチュア・ミナセの名においてね」
まさかの名乗り口上に、騎士が慌て城内へと駆けていく。
その光景を見てマチュアはウンウンと頷いているが、今の言葉を聞いていたロシアンたちも真っ青になって動揺している。
「え?マチュアが女王?」
「い、いや、そんな話はそれがしも聞いておらぬのじゃが」
「カナン魔導連邦?何処の国……へ?マチュアさんが女王さま?」
「「ええええええ?」」
三者三様ならぬ五人の動揺。だがマチュアはケロッとした顔。
「あれ?話ししていなかった?」
「聞いてねーよ。まあ、俺たちは今更態度を変えろと言われても無理だからな」
「そうしてくれるとありがたいわ……と、来た来た」
そんな話をしていると、正門から王宮騎士を連れた国王ヴォルフガングがやってくる。
「初めてお目にかかる異国の女王よ。我はこのアドラー王国国王、ヴォルフガング・エルド・アドラーである」
威風堂々とした口調で挨拶をするヴォルフガング。ならばとマチュアは馬車から飛び降りて抱拳礼をする。
「これは丁寧にありがとうございます。ラグナ・マリア帝国カナン魔導連邦女王を務めるマチュア・ミナセと申します。立ち話もなんですから、何処か話のできる場所を用意していただけるとありがたいのですが」
そのマチュアの申し出にヴォルフガングは頷く。
「では、先に我が国の騎士を渡してもらいたい」
「畏まりました。あなたの国の犯罪者をお返ししましょう。公明正大な処分をお願いします」
既に国王同士の腹の探り合いは始まっている。
その光景を見て、絶対に関わりたくないとロシアンたちは神に誓っていた。






