イェソドから・その34・一万年は早いわ
「そんじゃあ、二人はその場で待機しててね。対敵性結界と」
──ブゥン
軽く手を振って、ロシアンとマンチカーンの周囲に結界を施すと、マチュアはじっと構えているデトロイドを見る。
「魔人・デトロイドか。レベル830、戦闘強度S+、単体危険度S、集団危険度SSSとはまたチートだわね。二人とも、よくこんなの相手に生きていたわね」
「殺してから魔宝石化するよりも、生きたまま心折れた方が輝きはいい。それよりも貴様だ、あの二人の師匠ならば、思う存分俺を楽しませろ!!」
──ドゴッ
嬉しそうに叫びつつデトロイドがマチュア目掛けて渾身の一撃を叩き込む。
だが、それはマチュアの左肩から発生した魔神の腕によっていとも簡単に受け止められる。
ガッチリと鉄棍を握りしめて、デトロイドの動きを止めるマチュア。
これにはデトロイドも驚愕の表情を表していた。
「なっ、ば、バカな」
「まあまあ。しっかしあんたの鑑定結果については大げさなのかどうかわからないわ。この程度の攻撃なんて、うちの騎士団なら失格点だよ?これ本気?」
「ぬかせ!!これならばどうだ!!」
掴まれた鉄棍を力一杯回転させようとするが、ガッチリと握りしめられてピクリともしない。
「ん?ちょっと待って。あんたパワータイプだよね?必殺技とか戦闘術式とかないの?」
「この鎧が技である。魔装束を纏った俺の力は、普通の魔人の10倍にも匹敵する。その力によって振り落とされた鉄棍は岩を砕き金剛石すら破壊する!!」
「あ、あっそ。なら良いわ。ロシアン、マンチカーン、二人の負けた理由は一つだけ。それは魔人の体内に必ずある魔人核を破壊出来なかった事だよ?」
──トスッ
突然のレクチャーに、ロシアンやマンチカーンだけでなくデトロイドも驚いていた。
「き、貴様、それを何故知っている?」
「そりゃあもう、何度となく魔人相手に戦って来たんだからなぁ。そして魔人核は大抵心臓部分の周辺にあるんだけれど、たまに大きくずれている事があるのよ」
そう説明してから、マチュアは右手を二人に向ける。
そこには血まみれで脈打っている魔人核が乗せられていた。
ほんの一瞬。
マチュアにして見れば、刹那の時間さえあれば力任せの魔人の魔人核など容易く抜き取る事が出来る。
「そ!それは……」
「あんたの魔人核だよ?まあ、心力を目に集めて魔力感知を発動すれば、これがどこにあるかなんて一目瞭然。そして魔人核はその名の通り、魔人の力の源でもあるわけ」
ゆっくりと体内の魔力を手のひらに集める。
そして浄化の術式を発動すると、魔人核は砕けて小さな宝石の山に変化する。
「そして、魔人核を浄化したものがこれ、魔宝石だね。魔人っていうのは、人の魂から生み出される魔宝石を糧として強くなるのよ……」
さらに浄化を施すと、魔宝石は静かに塵に変化する。
宝石内に囚われていた魂が解放され、天へと静かに昇っていく。
「き、貴様ぁぁぁぁ、殺す、貴様は絶対に殺す!!」
心臓部分を抉られても、まだデトロイドは武器を構え、マチュアに無尽にも見える攻撃を続ける。だが、その全てが左右の魔神の腕によって阻まれてしまう。
「そんじゃあ講義の続きね。魔人にも格というものが存在して、具体的には人間でいう階級のようなものがあるのよ。俗に言う爵位持ち魔人は強いわよ。こいつはおそらく侯爵級ね。体内の魔人核は全部で六つ、あと五つ破壊しないと殺せないのよ」
「その通りだ。先ほどは油断したが、もう貴様などに遅れは……」
──ドクン
そう叫ぶデトロイドだが、ふと見るとマチュアの手の中に四つの魔人核が握られていた。
それは静かに宝石となり、やがて塵に変化していく。
「これであと一つ。残りはあんたの頭の中だが、どうする?」
両肩、そして両膝に埋められていた魔人核全てが一瞬で抜き取られている。
一体何があったのかなど、デトロイドには理解出来ない。
だが、相手の体内から何かを抜き取るなど。元々の魔神の腕の能力なら容易い。
そして神威を解放したマチュアの速度なら、常人の目には捉える事など出来なかっただろう。
ゆっくりと全身の力が抜けて倒れるデトロイド。
それを上から見ながら、マチュアは傍に転がっている鉄棍を拾い上げて、グニャリと曲げた。
「ミスリルか何かと思ったが、鋼の一体成形かよ。魔力で柔軟性も持たせてあっただけのクズ装備とは……という事で講義はおしまい。そんじゃあこいつを始末して帰りましょか」
「クッ……殺せ、こんな無様な姿を晒してまで生きる気など無いわ」
「了解。そんじゃあグッバイ」
──ドシュウ
魔人核最後の一つを頭の中から抜き出され、デトロイドはゆっくりと霧のように消えていく。
それを横目で眺めつつ、怪我の癒えたロシアンとマンチカーンは立ち上がった。
「忝い。魔人相手にどこまでいけるのか試したかったのだが」
「まだまだ実力が足りないと言うことか」
「そうだね。まだまだ足りないね。特に実戦訓練は大事なんだよなぁ……」
ヒョイと魔法の箒を取り出して座るマチュア。それに倣ってロシアンとマンチカーンも魔法の絨毯を広げると、そのまま街へと戻る事にした。
やらなければならない事はまだある。
けれど、まずは街に戻ってゆっくりと休みたい……。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日。
魔物の襲撃から一夜明けた都市。 戒厳令は出ていたものの、マチュアが城塞外で全ての魔物を駆逐した為、都市の実際の被害は皆無。
ただ、討伐任務に就いていた冒険者の半数以上が負傷ないし死亡し、生き残った冒険者達も憔悴している状態である。
騎士団は依然として都市内警護に当たり、少しづつ街の中は活気を取り戻そうとしていた。
そんな中でも、魔獣襲撃をたった一人で全て討伐したマチュアの存在は、ジェイソン伯爵の命令で騎士団及び関係者に対して厳重な緘口令が敷かれていた。
その為、マチュアはいつものようにカナン商会でのんびりと仕事をしていた。
「……完全敗北じゃのう。魔人と正面から戦ったのは初めてじゃったが、あそこまで一方的とは思わなかったのう」
「それでも、魔人と戦ったら一瞬で殺されるって言う噂は事実らしい。俺達はよくあそこまで耐えられたと思う」
マンチカーンとロシアンがため息をついて呟く。
店内の外れのテーブルに座ったカナン商会冒険者一行は、先日の反省会を行なっている所である。
結論としては、皆が対魔人戦の経験が少ないという事に辿り着き、その課題をどうするかで頭を悩ませていた。
──フェェェェェー
すると、キッズスペースから子供の泣き声が聞こえてくる。見ると、男の子同士で取っ組み合いの喧嘩をしていたらしく、一人の男の子が頭から血を流して泣いていた。
「あれは、傷大したことないんだが頭の出血は血が多く流れるからなぁ。それで怖くなって泣いているんだろうよ」
冷静な分析ののち、ロシアンが立ち上がって子供の元に向かう。
「男が泣くんじゃない。そんな怪我の痛みなんか笑って吹っ飛ばせばいい」
そっと頭に手を当てて、ヒールを施す。
すると怪我が見る見るうちに消えていき、痛みもスッと無くなっていく。
「ふぇぇ……って、あれ?」
「大樹様の加護だ。後で大樹にお礼言っておけよ」
「ありがとうございます!!」
元気よく頭を下げてまた友達の元に戻っていく少年。それを見届けてから、ロシアンは席へと戻って行った。
「あらぁ、うちのリーダーはいつから博愛主義者になったのかしら?」
「うるせぇ。大樹の加護は万物すべてに等しくだ。それがうちのオーナーの意向だからな?」
やれやれとアメショーに呟くロシアンだが、奥の貴族席からカツカツとロシアンたちの元に歩み寄る人々の姿が見えた。
………
……
…
何故、こんな所でのんびりと食事をしなくてはならないのか。
ロドリゴは頭を抱えたくなっていた。
聖大樹教会が突然活性化した大樹によって崩壊してから、彼は必死に教会再建の為に彼方此方の有力貴族に連絡を取っていた。
だが、どこの貴族も『聖女さまが降臨したので、今更教会にねぇ……』という冷ややかな返答しか返って来ていない。
一番期待していたジェイソン伯爵でさえ、『聖女に手出ししなければ勝手にしていい』という返答のみで、援助金も何も届けられていない。
それならばと、ジェイソン卿の元に直談判に向かったのだが、朝からカナン商会に向かったという連絡を貰っただけである。
そしてカナン商会にやって来て、なんとか席を確保してジェイソン卿の元に挨拶に向かったのはいいのだが、先日の魔獣のスタンビートの後始末の為に余計な予算は組まないと一言で断られてしまった。
「はぁ。これでは大樹のご威光を民に示す事が出来ないではないか……それに、聖女とやらもあれからなりを潜めてしまい、どこに消えた事か……」
大樹の奇跡を遠くからしか見ていないロドリゴは、聖女の正体がマチュアであるなど知らない。
その為、今後の対策について頭を悩ませていたのだが。
「ん?知った顔があると思ったらロシアンか。まだ冒険者などという下賎な仕事をしていたのか……」
ちらりと視界にロシアンの姿が入る。
何年も前に、家業を継がないと飛び出して冒険者になった息子の姿、それを久し振りに見てロドリゴもやれやれと苦笑したのだが。
その直後、ロシアンが怪我をした子供の傷を癒したのである。
──ガタッ
その光景にロドリゴは思わず立ち上がる。
なんでロシアンが大樹の奇跡を?
それよりもあのスキルだ、それを俺が継承すれば聖女など恐るるに足らず。
そう考えたロドリゴはカツカツとロシアンの元に向かって歩き出した。
………
……
…
「久し振りだなロシアン」
ニヤニヤと笑いつつロシアンに話しかけるロドリゴ。その表情は親が子を見る顔ではなく、獲物を見てほくそ笑む狩人のようである。
そしてロシアンもまた、面倒な奴が来たと眉根を八の字に歪めている。
「なんだ親父か。こんな所で油を売っていていいのか?教会の復興はどうなっている?」
「その為にお前の力が必要なのだよ。貴様はどうやって大樹の加護を得た?それを教えろ?」
上から高圧的に告げるロドリゴだが、ロシアンはニヤニヤと笑いつつ。
「親父じゃあ無理だ。あんたに大樹の加護はないだろう?」
「何だそれは?そんなものがなくともスキルさえあれば人を癒す事は出来るのだろう?」
「違うな。スキルと加護、その二つがないと無理だ。親父には見えるか?おれの近くにいる光魔力の妖精が」
そう問われても、ロドリゴにはロシアンの話している言葉の意味すら理解していない。
光魔力の妖精?それこそお伽話ではないのか?
心の中ではロシアンの言葉を馬鹿にしつつ、表向きには彼からスキルとその秘密を引き出そうとしている。
「……まあいい。それなら、貴様が教会の復興を協力しろ!!」
「断る。今の俺はカナン商会の登録冒険者だ。親父の戯言に付き合う気は無い」
「……貴様もカナン商会の名前を出すのか。こんなチンケな商会で仕事をするよりも、教会で俺の仕事を手伝った方が金になるぞ?」
「くどいわ。俺は俺のやり方がある。この力は大樹から授かったもので、商会主の言う通り全ての人に加護を施すだけだ」
きっぱりと言うロシアンだが、ロドリゴは顔を真っ赤にする。
「その行動は大樹の意思に逆らう事になるぞ?」
「なる訳ないだろうか。その大樹が、人に無償の施しをする為に力を授けたんだ。金なんか取ったら加護を失うだろうが」
「貴様は分かっていない。加護などまやかしだ、全てはスキルが与えた力だろうが……まあいい、そこまで商会に拘るのなら、その商会がなくなってしまえばいいのだろう?」
そう呟いてロドリゴは席に戻って行く。
その二人のやりとりを、マチュアは地獄耳でじっと聞いていた。






