イェソドから・その26・大樹の加護とナイス貴族
無事に何事もなく、マチュアはロシアン達の商会登録冒険者の登録を全て終える。
商人ギルドは朝から騒がしく、今朝もセリをしているカウンターがごった返しているので、マチュアは近くのカウンターに書類一式を提出して認可が下りるまで近くの椅子に座って待つ事にした。
また訳の分からない貴族が擦り寄って来ないように、アラビアのロレンスのようなクトゥラと言う頭から被る布とアカールという固定する紐で耳が外に出ないようにしているので、マチュアがハイエルフだとは早々気付かない。
「しっかし。ありゃあ何を売っているのかねえ。あんだけ人が集まるっていうのも凄いわ」
そんな独り言をつぶやくと、隣の椅子に座っていた女性がニコニコと笑いながら。
「あれは『リンシャンの奇跡』ですよ」
「リンシャンの……奇跡?それはなんですか?」
「あら、貴女はご存じないようですね。リンシャンの奇跡というのはですね、数日前に発売されたリンシャン市が製造に成功した回復薬だそうです。なんでも古の技術の再生に成功したそうで、これまでの回復薬の10倍の効果があるそうで……」
「あ、それは凄いですねぇ……」
思わずワッハッハと笑いそうになる。
まさか魔法薬の名前が『リンシャンの奇跡』と呼ばれていたとは思っても見なかった。
しかし、セリで販売するとはパンナコッタも悪よのう。
「ええ。しかも、薬は三種類、高くても金貨20枚だそうで、その噂を聞きつけて大勢の商人が集まってきたのですよ。それでここの商人ギルドが収拾つかないという事で、セリにしたそうですわ」
「成程ねぇ。それでお姉さんは参加しないのですか?」
「私は昨日、リンシャン市からバスカービル領に来たばかりですわ。と言えばお分かりですよね?」
「定価で買って来たのですね。でも、そんなに簡単に買えるものですか?」
もしも簡単に買えるのなら、ここまで値段が高騰する事はないはずだが。
「毎日本数限定で、ランク審査以外にも紹介状が必要ですけど。私は三本購入しました」
「へぇ。それはよかったですね」
そんな話をしていると、マチュアが呼び出されてカウンターに向かう。
「お待たせしました。商会登録冒険者申請は完了しました。新しい職員の税金は商会が支払いますか?」
「あ、それもあるのか。そんじゃ五人分纏めておいくら?」
そのまま月の給料から算出した税金を一括で支払うと、カウンターの奥から老人がニマニマと笑っている姿が見える。
「あ、あの方はギルドマスター?」
「ええ。当バスカービル商人ギルドのギルドマスター、ナンヤネン様です」
「大阪の方か?ま、いいや。それじゃあ、後は帰っていいのね?」
「ええ。それでは」
「まあ待ちんしゃい。カナン商会代表さん、ちょいと頼みがあるのだが」
これで解放されると思っていたマチュアだが、まさかのナンヤネンが声を掛けてくる。
そしてこのパターンは面倒ごとが多いのも重々承知。
「はぁ。そんじゃ別室で」
「その方が良いじゃろうな。と言う事で、わしは頭取と話をするので呼ぶまでは誰も来ない事、いいね?」
それだけを告げて、ナンヤネンはマチュアを連れて奥の応接室へと向かった。
………
……
…
綺麗な応接室に案内されて、マチュアは取りあえず椅子に座る。豪華ではなく、そして質素でもない。
商談するならこんな部屋、というサンプルのような室内である。
「さて、マチュアさんや、貴女の話は色々とパンナコッタから伺っとる。その上で頼みがあるのだが」
「この土地では魔法薬はありませんし、処方箋も教えませんよ?ここは確か錬金術ギルドがあるのでしょ?」
「まあ、それについてはテラコッタ領の特産品とするらしいから諦めているよ。それよりも、ミスリルよりも硬くて強固な素材を探しているのだが、心当たりはあるかな?」
アリさ、大アリさ。
そんなものいくらでもあるのだが、マチュアは腕を組んで考える。
そんなもの何に使うんだろう?
そもそも、この世界の鍛治師に扱えるのだろうか?
そう考えたが、取り敢えずはサンプルという事で。
──ゴトゴトッ
次々とインゴットを並べていく。
「これはミスリルと鋼の合金、こちらはアダマンタイト、これがオリハルコン、こっちはまあ、オリハルコンの色違いの青生生魂、こっちは火廣金、これが魔法金属ルーンメタル、これが精神感応金属クルーラー。どれもミスリルの強度を遥かに超える代物ですが」
その説明を聞いて、ポカーンとするナンヤネン。
なのでマチュアは空いているテーブルの傍にティーセットを取り出し、マフィンとエクレアの入っているバスケットを置いてのんびりとティータイム。
「ま、まさか伝説の金属がここまで並ぶとは……鑑定しても?」
「気が済むまでどうぞ?」
「それは助かります。誰でもいいから鑑定盤を持って来てくれないか」
その声を聞いて、一人の職員がすぐさま鑑定盤を持ってくる。
そしてナンヤネンは一つ一つのインゴットを手に取り、鑑定盤の上に乗せては羊皮紙にメモを取り始めた。
折角のバスケットにも手を付けなさそうなので、鑑定盤を持って来た職員が戻る時にバスケットを差し入れですと伝えて渡す事は忘れない。
そして30分程で全ての鑑定が終わると、ナンヤネンほ恍惚にも似た笑みを浮かべてヘラヘラと笑っている。
「何やろなぁ。物語や伝説にしか存在しないものが実在して、しかもワイの前に並んどるのを見ると、真面目に商売しとるのがアホらしくなってくるわ。いや、眼福やったなぁ……と、あかん、口調が」
慌ててゴホンと咳払いをすると、ナンヤネンはマチュアの前にインゴットを戻して。
「ありがとうございました。それで、これは売っていただけるのでしょうか?」
「それは構わないけれど、これ、加工できる人いるの?最低でもドワーフの『力の魔力炉』がないと無理だよ?」
「ええ。それもまた伝説の代物ゆえ、不可能なことも判明しました。加工に必要なスキルは『魔導鍛治』、それもまたレガシーしか持ち得ないスキルなので」
淡々と説明するナンヤネン。
そこで腕を組んで何か考え始めてしまう。
「しかしなぁ。大司教からの依頼なので不可能とは言い難い部分もありますが、どうしたものですかなぁ」
「その大司教は、何を依頼してきたのよ?」
その問いかけに、ナンヤネンは少し考えてから、机の上に細い管を置いた。
それはマチュアにも見覚えはないが、そこから感じ取れる魔力で想像はついた。
「はぁ、大樹に突き刺して雫を取るための道具か。アダマンタイトでは無理だけど、オリハルコンもしくはルーンメタルで十分に貫けるわねぇ」
そう告げつつ、オリハルコンを手に取って魔力を込める。
変異を発動してオリハルコンを細い管に加工すると、それをテーブルの上に置いた。
「こ、これは?そして今の輝き、何のスキルですか?」
「失われたスキルですよ。そして、これが大司教は欲しいのでしょ?使用用途は大樹から雫を搾り取る為って所かしら?」
その説明にナンヤネンは頷く。
このパスカービル領では、大樹から滲み出す樹液が雫として教会で配られている事を誰でも知っている。
その為に支払う寄付金は心付け程度なのだが、余りにも安いと今日は雫がないと断られてしまう事もあるらしい。
そして今日、当分の間、雫は品切れだという張り紙が教会に貼り付けられていたので、街の人々は何事かと心配になっていたらしい。
「その通りです。大樹の雫は人々の怪我や病を癒し、心に活力を与えています」
「その結果、大樹の力はかなり失われ、もうすぐここの大樹は枯れ果てる寸前だったけどね」
「なっ!!それは事実ですか?」
「ええ。私が大樹に魔力を注いで再生しましたけど、その時に多分ですが、雫を搾り取る管が抜けたのでしょう。そして再生した大樹には今までの管は刺さらないので、新しいものを……って所かしら?」
そう告げて、マチュアほインゴットや管を全て空間収納に仕舞う。
そんな事に使うのなら、絶対に売ることはない。
むしろ大樹の加護は大樹から得られればいい、シャダイのじっちゃんが復活したら後は任せればいいとマチュアは考えていた。
「ええ、それで、先程の管を売っていただけませんか?」
「はいお断りします。大樹については、私が責任を持って活性化し、教会で雫を貰わなくても良いように大樹の加護を強くしていただけるようにお願いしますので」
──スルッ
そう告げてから、マチュアは頭のクトゥラを外してガードも開く。
ハイエルフ特有の耳を露出してぴくぴくと動かすと、ナンヤネンは何かを思い出して震えていた。
「そ、その姿は、リンシャンの聖女様……大樹の巫女ではありませぬか?この街にもとうとういらしたのですね」
何だよ、聖女の次は巫女かよ?
「何だか大層な呼ばれ方をしているけど、それは私の事だね。ま、私が滞在している間に大樹は出来る限り活性化しておくから。後はそうだなぁ。教会には、余り大樹の加護とか言って金持ちしか加護を与えないでいると、リンシャンの最高司祭のような事になるかもよと忠告をば」
再びクトゥラを付け直すと、マチュアはニマニマと笑っている。
「畏まりました。では、そこはかとなく忠告はしておきます。そうですか、あの魔法薬を齎したのもカナン商会とは聞いていましたが、そうでしたか」
「そういう事。そんで持って、私は希代の錬金術師でもあるからなぁ。この街でも色々と販売してみるけど、大丈夫だよね?」
そう問いかけると、ナンヤネンは腕を組んで考えている。
「魔道具の販売許可は錬金術ギルドが発行していますが、それは発掘物などの売買でして、自分で製作したものについては無許可でも問題ありませんから」
「それならいいわ。そもそも、自分で作ったものしか売る気はないので。では私はそろそろ露店の準備があるので失礼しますね」
それで話し合いは終わった。
応接室を出てロビーに向かうと、全てのカウンターに商人たちが殺到、職員たちが食べているマフィンとエクレアの出所を尋ねているようだが、緘口令が敷かれているのか、皆無言で仕事を続けていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
教会前。
商人ギルドを後にしたマチュアは、教会前の指定された場所ににゴーレム馬車を横付けすると、店の準備を開始する。
本当なら中に入ってもう一度調査と行きたいところだが、ナンヤネンの話から察するに大樹には手も足も出ないので、何とも致し方ないのだろう。
という事で馬車の横の扉を開き折り畳み式階段を引き延ばす。
そして幟を立てて店内に戻る。
カウンターにはずらりと並んだケーキの山。
サンドイッチもマフィンも忘れずに用意、釣り銭の準備もオッケーである。
後は幟に書いてある『究極の甘味、ケーキあります』に釣られてどれぐらいの人が集まって来るのか楽しみであった。
………
……
…
──ガヤガヤガヤガヤ
予想外の事態発生、というか、当人以外は予想していた事態である。
カナン商会から漂う甘い香りに誘われて、教会帰りの客が一人、また一人とやって来る。
あまりにもドッと来られるとまずいので、店の外に並んで貰い、一度に店内に入れる客数を十人に絞る。
外では待機列が並び、最後尾にはしっかりと『ここが最後尾です、カナン商会』というプレートを持った客が並んでいる。
十人ずつの完全入れ替え制、一人の購入数は3品のみ。これで次々と客を捌いて行く。
何だかんだで夕方まで客が途切れる事はなかったのだが、所変われば品変わる……という事もなく、やっぱり貴族のボンボン襲来。
「店主や、この方はこの領地を治めているバスカービル伯爵の息子、エルビス・バスカービル様である。失礼のないように」
侍従長らしい老人が恭しく紹介しているが、当のエルビスは一つ一つじっくりと吟味している。
「なあ店主よ、この中でお勧めはあるか?」
「一番人気はイチゴのショートですね。、後、オペラ、モンブランと続きますが」
「では、それを全てあるだけフベシッ」
横から口を挟む侍従長の顔に軽く裏拳を入れるエルビス。
「では、それらを一つずつ頼む」
「はいはい。一つ銀貨一枚なので銀貨三枚で、チョコチップマフィンはサービスでオマケしておきますね」
「それは有難い。ではこれで……」
丁寧に会計を進めるエルビスだが、突然三人の男が店内にやってくる。
「我々はブルース男爵の使いの者である。この店の商品全てを売っていただこうか」
そう叫んで金貨袋をショーケースの上に置く。
口が開いた袋からは、汚れた銅貨が大量に散らばったのだが、マチュアはそれを丁寧にしまって、男の一人に投げ返す。
「順番も守れない奴は帰れ。何がブルース男爵だ、他の客の迷惑だ帰れ!!」
いつもの威勢で男たちをシッシッと外に出る仕草をする。
その雰囲気を察したのか、買い物を終えた客は次々と外に出ていき、店内に残っているのはエルビスと侍従長、そしてチンピラ三人組だけ。
「何だとこら、貴様は貴族様に楯突く気か?」
「そもそも、ここで勝手に商売して俺達に挨拶なしっていうのが信じられねぇなぁ。この辺りの露店を仕切っているのは誰だと思っていやがる?」
「商人ギルドだろうが。何だ?お前達の親分はあれか?商人ギルドの決めた事も守れないっていうのか?」
そうマチュアが叫ぶと、男の一人が腰から下げている剣を引き抜いてショーケースを斬りつける。
──ガギィィン
だが、ショーケースには傷一つ付く事なく、逆に男が剣を落としてしまう。
「あ〜、そこの侍従長、これって先に手を出したのはあいつらだよな?私の商売の邪魔したのはあいつらだよな?これって私が力づくで排除していい案件だよな?」
いつのまにか横のテーブル席に座って成り行きを見ているエルビス達に問いかけると、エルビスがこくりと頷いたので。
「はい、お客様チンピラ三名様、強制退場で」
──パチン
軽く指を鳴らしてチンピラ達を店から自動退去させると、マチュアは並んでいる次の10名に声を掛ける。
「では、お次の方とうぞ〜」
これには客達も目を丸くするが、それでもケーキの誘惑には勝てず、順番にゆっくりと入って行く。
初めて見る見た事もない店、透き通ったショーケースの中には花畑のように幾多ものケーキが並んでいる。
迷いながらそれを選んで購入する客、しつこくまた店内に乱入して自動的に外に排出されるチンピラ。
そんな光景を、エルビスは面白そうに眺めている。
やがて夕方の鐘が鳴ると、店はそこで終了。
今並んでいる客でオーダーストップすると、残った客はまた明日からねと笑いながら帰っていった。
「ふぅ、それじゃあ明日の仕込みでもしますかねぇ。それで、エルビスさんはいつまでいるの?」
「この店のルールの一人三品までは持ち帰りで、食べて帰るのは数には含まない?」
「そこに気づいたか。で、何が欲しいの?」
「私はエクレアとやらを、飲み物はオススメで。それで、侍従長の持ち帰りの分はエクレアと、後、あれも商品かな?」
ショーケース奥の壁に貼ってあるタペストリーと。その横に並んでいる箒を指差すエルビス。
成程、エルビスの洞察力は伊達じゃないなぁ。
「どっち? どれでもミスリル貨十枚だよ?」
日本円で10億。
さぁ、どうするエルビス。
と思っていたが、エルビスはタペストリーを指差して、レジで支払いを済ませる。
「因みにだけど、この、ものを冷やす透き通った箱も商品?」
「ショーケースかぁ。それは注文してくれれば作るよ。この奥の大型両扉の冷蔵庫なら在庫はあるから、大金貨三枚でいいや」
「じゃあそれも、これで侍従長の分は決まったね」
中々頭の切れるエルビスに、マチュアも思わず感心する。
「いいねぇ。あんたみたいな切れる子は好きだよ。明日からはケーキ以外に一品の買い物を許可してあげよう」
「それは有難いですが、もう私の小遣いがすっからかんで。明日からはケーキを食べに来ますよ。ではこれで」
買い物した商品全てをショルダーバッグに収めると、エルビスはブツブツと不満そうな言葉を発している侍従長を連れて帰って行った。
これでようやく仕込みが出来ると、マチュアは背筋を一度伸ばして生クリームを作る所から始めた。






