イェソドから・その23・フローラ奪回作戦と王位継承権
マチュア達が横道に突入し、フローラ達の救出に向かった頃。12km先にある盗賊の本拠では、今正に宴会が行われていた。
「‥‥リジンさま、この度の襲撃成功おめでとうございます」
「これで約束の報酬も手に入りますし、あの三人を海向こうの奴隷商人に売っちまえば全て完了ですね」
きれいに削られた洞窟の内壁。
まるで一軒家のように廊下も部屋も滑らかに削られている。
ここは古いダンジョン跡であり、かつてはとある魔族の本拠地だった場所。
すぐ近くに大樹の苗が発生したため魔族はここから出て行ったのだが、魔族が出ていってから残念な事に苗は腐り果ててしまった。
結果としてこの建物のようなダンジョンだけが残ったのだが、リジン達『ワイルドウルフ旅団』にとっては渡りに船であった。
そしてここを本拠として山の前後二つの領地を獲物として狙い続けて今日まで勢力を広げていたのである。
「ああ。だが、折角の獲物だ。出来るだけ高く売り飛ばしたいからなぁ‥‥獲物達には一切手を出すなよ? 生娘の方が高く売れるのでなぁ」
「判っていますって。町に定着している軟弱な盗賊団とは違いますわ。欲に溺れて我を見失うなんて事はありませんぜ。いい女を捕まえて、では味見をなんて軟弱な事はしませんぜ」
「我らワイルドウルフ旅団は硬派集団でさぁ」
「好きなものは金!! とにかく金!! 金さえあればなんでも出来る!!」
口々に叫びつつ酒を食らう。
そんな事をしていると、木陰から仮面を付けた男がやって来るのに気が付いた。
「首尾はいいようだな、リジンよ」
「ああ、誰かと思ったら仮面剣士様ではないですか。ご命令通り目の上のたん瘤は捕らえて見せましたよ、目撃者もありませんし、今頃は残っている死体も魔獣に全て食われちまったでしょうなぁ‥‥」
「それはよかった。では、これが後払金だ。では最後の始末を忘れるなよ」
「判っていますって。では旦那もごきげんよう、上手く事が進むといいですなぁ」
「‥‥あまり余計な事を言うな‥‥ではまたな」
それだけを告げて、仮面の剣士はスッと姿を消して行った。
「‥‥確か盗賊系上位スキルのコマンドだったかなぁ‥‥ありゃあ便利なんだけど、どこにも売っていないからなぁ」
そう呟きつつも、リジンは酒盛りを続行する事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
洞窟の奥にある牢。
がっしりとした鉄格子で区切られた小部屋、そこにフローラとジャネット、マカフィは閉じ込められていた。
襲撃の際に怪我を負ったらしいジャネットは足に包帯のような布を巻いているが、傷が化膿し始めたらしく横になって熱にうなされている。その隣の牢ではマカフィが牢内をうろうろと歩いている。
「フローラ姫。これはひょっとして第三王子の策かもしれませぬなぁ」
「それはどういう事ですか? サンシータ兄さまが何か企んでいるというのですか?」
「ええ。現国王が退位なさったら、次の王位は第一皇太子のロイエンタール様になります。ですが、もしもロイエンタール様になにかあった場合は第二王子のラインハルト様が王位を継ぐことになりますが、ラインハルト様は海の向こう、イシュガルド王国に留学しておりますゆえ、国内にいるマルガレーテ王妃様の血筋はフローラ様だけとなります」
マカフィの説明をじっと聞いているフローラ。
第一王妃の子は長男のロイエンタール、次男のラインハルト、そして長女のフローラと続く。
そして第二王妃カッテージの息子はサンシータのみ。
つまり第一王妃の子供たちに何かあった場合は、自動的にサンシータが国王に就任することになる。
アドラー王国は男性血族のみが国王となる訳ではないので、上の二人に不慮の事故があった場合はフローラが王位に就く事になるのだが、それがサンシータには邪魔な存在として見られているのではとマカフィは考えていた。
そしてマカフィの懸念事項は正解であり、このシナリオを考えたのはカッテージ王妃、極秘裏にロイエンタールとフローラを暗殺しようと彼方此方に依頼をしていたのであった。
「そ、そんな‥‥あの気の弱くて軟弱な、でも私には優しいサンシータ兄さまが私を狙って来るなんて」
「ええ。ヘタレで気が弱く、周囲の視線にびくびくとしていて、でも動物には優しいサンシータ様がそのような事を考えるとは思いません。全てカッテージ王妃の計画でしょうなぁ」
何かサンシータ王子の評価がとんでもないのは置いておく事にしよう。
「それで、私はどうなるのでょうか‥‥」
「わしらを襲ったリーダーが『飛剣のリジン』だったので、実行犯はワイルドファング旅団でしょう。彼らは意外と紳士的でして、我々が酷い目にあったり慰み者にされるという事はないかと思われます。ですが、おそらくは奴隷商に売り飛ばされて、この大陸から外へと連れていかれるのは間違いないかと」
「そ、そんな‥‥」
牢の中で絶望するフローラ。
頼みの綱であったジャネットも生死の境を彷徨っている以上、希望はどこにも見い出す事が出来なかった。
沈黙する牢の中、フローラは静かに体を横たえると、今は体を休める事に専念する事にした。
〇 〇 〇 〇 〇
「さて。後少しで目標地点だが‥‥」
道なき道を進むマチュア達。
普通の馬では進むことのできない場所もゴーレムホースなら気にもせず進める。
アメショーとテルメアは高度を上げて草むらに引っかからないように飛び、マチュアは更に上を警戒しつつ飛んでいる。
『ピーン‥‥ピーン‥‥』
やがてマチュアの探査に人影が確認出来ると、全員が一度停止する。
「この先か?」
「そうだねぇ。という事で、ちょいと偵察を出すとしますね」
ひょいと絨毯から飛び降りると、マチュアは第二聖典の使い魔を発動。小さなネズミを召喚すると感覚をリンクして、洞窟に向かって走らせた。
こっそりと壁際を伝い、見張りに気取られる事なく洞窟内部を進んで行く。
やがて最深部手前で牢のある部屋に辿り着くと、そこで瀕死の重傷を負っているジャネットとマカフィ、フローラの姿を確認した。
「どうですか? フローラさま達はいましたか?」
「いるねぇ、でもやばいなぁ、ジャネットの足は壊疽になりかかっているし、あのままだと熱にやられて死んじゃうねぇ‥‥フローラとマカフィは何ともないので、ちょいとハムスケさんや、その場で牢屋全域に聖域範囲・敵性結界を発動してくれるかな?」
そう呟くが、発動するのはマチュアである。
そのままハムスケを仲介して三人の牢を外部から手が出せないようにすると、マチュアはハムスケをその場で待機させておく。
「リンク解除。と、それじゃあフローラ姫奪回作戦といきますか」
「作戦‥‥それでどんな方法ですか?」
「接敵殲滅で、サーチ&デストロイね。王族を攫う盗賊風情に生きている価値なし。首領は生かして捕らえてもいいし、そうねぇ‥‥三人、生き証人になってもらうので三人残してくれれば、後は好きに殲滅していいけどいける?」
改めて問いかけてみるが、テルメアとライナスはやや怖気づいている様子である。
それに対してロシアンたちはゴキゴキッと拳を鳴らしたり柔軟体操をして準備万全の模様。
「そうか、ライナスとテルメアは人殺しの経験はないんだな?」
「は、はい‥‥盗賊退治なんて依頼は受けた事がありませんので、対人戦は初めてです」
「私もですわ‥‥でも、魔法で拘束していきますのでいけます」
ライナスとテルメアは殺さずに退治する方針だが、ロシアン達は殺る気十分である。
「捕まえてギルドや騎士団に差し出せば報奨金が出るが、どうするロシアン」
「加減してもいいんだが‥‥俺の技は、教えてくれた奴の方針で一撃一殺なんだが」
「うわ、なんて物騒な格闘技。まるで殺人術ですね」
ロシアンとアメショーがちらっとマチュアを見るので、マチュアも腕を組んで一言。
「だってねぇ。私の八極拳の師匠であるジョンス・リー師匠はこう言ったんだよ。『八極拳士は一撃で相手を倒す。「"八極"とは"大爆発"の事だ 』ってね」
出たな、名物の漫画師匠。
まあ、真央もその言葉に憧れて町の道場に通っていたので間違いではないのだが、やっぱりジョンス・リーを師匠と仰ぐのはおかしいのかもしれない。
「そ、そうか。なら、せめて意識の残らないように葬るとするか」
「力を抜けぇぇぇぇぇ。殺さずに捕まえた方がいい金になるんでしょ? だったら捕縛を第一に、止むを得ない場合は殲滅で。んでは内部地図を描くので参考にしてね‥‥」
そのマチュアの言葉で、全員が行動を開始した。
‥‥‥
‥‥
‥
「我が魔力よ、かの者達に眠りを誘いたまえ‥‥睡眠」
少し離れた茂みで、テルメアが睡眠の魔法を発動する。
すると入口にいた二人がうつらうつらとして、やがて地面に座って横たわり眠ってしまった。
「へぇ。それって第二聖典かしら?」
「え? 第一聖典ですよ? アメショーさんまだ魔導書に写し終わっていないので?」
「あ、あ~、そうね。あと5ページで終わり。そうか、最後の方だったのね」
「はいはい、それは後で。もうロシアンとマンチカーンは見張りを捕縛しに向かったわよ?」
そう告げられて、慌てて二人も洞窟に向かう。
ということで、洞窟内部は5人に任せて、マチュアは少し離れた所で酒盛りしているリジンたちを制圧に向かう事にした。
そのまま堂々と草むらをかき分けていき、広場になっている場所に姿を現すマチュア。
するとリジンがいち早くマチュアに気付いたらしく、すぐさま傍らに置いてある剣に手を掛けていた。
「何だお前は‥‥その姿、人間じゃねえな、何者だ?」
「私はハイエルフのマチュアと申しますが。ちょいと色々とありまして、こちらで捕まっているフローラ姫達を返していただきにまいりました」
──カキン
マチュアの言葉が終わる寸前にリジンは立ち膝で剣をふるう。すると剣撃が衝撃波となってマチュアに襲い掛かって来るのだが、マチュアの目の前でそれは弾かれてしまう。
「‥‥ハイエルフってなんだ? それよりもお前強いだろう」
「まあね。こんな感じかしら、睡眠」
マチュアがぱちんと指を鳴らした瞬間、広場にいた盗賊たちが次々と眠ってしまう。
テルメアのものとは強度が違う、一瞬で睡眠状態に陥り殴った程度では起きないという折り紙付きである。
「へぇ。それはすごいなぁ。けどよ」
──シュンッ
一瞬でリジンはマチュアの背後に回り込む。
少し油断していたマチュアは、そのリジンの動きを捉える事は出来なかった。
「売り飛ばしたいが、てめえはここで死ね」
──シュンッ‥‥ドゴッ
一瞬でマチュアの首に剣を叩き込むが、亜神のマチュアには傷一つ付ける事が出来ない。
それが判ったのか、リジンは素早く連撃を入れて来るが、やはりマチュアの体表で全て弾かれてしまう。
「待て待て、衝撃は伝わるのでやや痛い‥‥という事で、その剣をちょっと預からせてもらうよ」
パシッと手で剣を受け止めると、力任せに捻って奪い取る。
リジンも巻き込まれないようにすぐまさま手を放して後ろに飛び去ると、ゆっくりと体勢を整え始めた。
「あ、あんた化け物かよ‥‥どうして剣で斬っても斬れないんだ?」
「あ、体表面に魔力の膜を張っているからねぇ。スキルでいうなら肉体硬化ってやつに近いと思うよ。さて、あなたには色々と聞きたい事があるんだけれど、フローラを攫えって命令したのは誰だ?」
これはカマかけ。
まさか普通の盗賊が王家の人間を危険覚悟で攫うとは思っていない。
という事は、誰か裏に黒幕が存在するだろう。
「さあね。依頼を受けたのは事実だが、それを教える程落ちぶれてはいない。このリジン、受けた依頼は完遂するし、その秘密は墓場まで持っていく」
「そうか。なら仕方ないから拘束して王家の騎士団に突き出す事にするわ」
「出来るものならやってみろ!!」
またリジン姿が消えた‥‥のだが、今度はマチュアもしっかりと目で追っている。
不意さえ突かれなければその程度は追跡するのも簡単、リジンは後ろに飛ぶと別の洞窟の入口に向かって走って行った。
恐らくはフローラ姫たちを人質にするのだろうと思うのだが、マチュアはパチンと指を鳴らすと大地操作で洞窟の入口を岩で塞いでやった。
その手前でリジンも姿を現すと、またすっと姿を消して走り出す。
マチュアも高速移動でリジンを追跡すると彼の飛び込みそうな洞窟の入口を次々と岩で塞いでいった。
「ハアハアハアハア‥‥な、何あんたあのスキルは、あんなの見た事も聞いた事もねぇぞ」
「そりゃそうだ。あれは失われたスキルで、魔術っていうんだよ。この世界では私を含めて使えるのは三人だけ、そりゃあ対処の仕方もわからないよなぁ」
そう返事を返すと、リジンは高速移動をやめて元の広場まで戻って来た。
そして落ちている剣を拾いなおすと、マチュアに向かって構えを取る。
──キィィィィィィン
手にした剣に心力が集まっていくのがわかる。
「ようやく体もあったまって来たし酒も抜けた。ここからは俺の番だ」
シュンッと姿を消すと、先ほどよりも重い乱撃がマチュアを襲う。
こんどはフィフスエレメントで全てを弾き飛ばし、ついでに剣に向かって拳を叩き込んで一撃で剣を粉砕した。
「そ、そんな馬鹿な事があるか、この剣は魔導具だぞ、破壊耐性も付いているんだぞ?」
「あ、その耐性値よりも上回った攻撃では壊れるからね。あんた達の鑑定眼では、効果や説明の半分しか読み込めていない筈だから‥‥」
それは事実。
そしてリジンは体中から心力が抜けていき、その場に崩れ落ちる。
こうなると後は簡単、拘束の矢でリジンを身動き取れなくしてからマチュアはロープを使ってリジンを縛り上げる。
そして残っている盗賊達も次々と縛り上げると、ロシアン達が戻って来るのをじっと待っていた。
‥‥‥
‥‥
‥
洞窟内部はやや迷宮化している。
マチュアが持たせてくれた地図がなかったら、おそらく迷子になっていただろう。
途中途中で出会った盗賊を仕留めたり魔法によって無力化しつつ先に進み、30分後には目的地点へと辿り着く事が出来た。
──ガチャガチャッ
幸いな事に部屋には鍵は掛かっていない。
なので周囲を警戒しつつ中に入ると、牢屋の中でぐったりとしている三人の姿を確認する事が出来た。
「お、おおお、あなた達は確かマチュアさんの商会の方でしたか‥‥」
いち早くマカフィが5人に気付いて声を上げると、フローラもガバッと飛び起きて5人を見る。
「フローラさま、助けに来ましたわ」
「今鍵を開けますので少々お待ちを」
盗賊の七つ道具を取り出して、アメショーが牢屋の鍵を順番に開ける。
そしてジャネットの牢の鍵を開けると、すぐさまロシアンが中に入ってジャネットの様子をうかがってみるが。
「こりゃ酷いな‥‥どら、気休め程度だが‥‥浄化と‥‥それと軽治癒、そして再生‥‥」
右足太ももに手をかざして次々と治療系魔術を行使するロシアン。
その光景にマカフィとフローラはただ驚いて見ているだけであった。
「ん? なんだ? 俺の顔に何かついているのか?」
「い、いえ‥‥傷薬も使わずにジャネットの怪我を治したそのスキルは、一体何なのですか?」
「ああ、これは大樹の加護だ。神聖魔術といってな、失われた太古の上級スキルらしいが、俺にはよくわからん。それよりもとっとと出るぞ」
そう説明しているうちに、ジャネットはライアンが背負って走る事にした。
後は敵にばったりと出会わない事を祈りつつ、ジャネットの怪我が悪化しないように速度を落として洞窟から出て行った。
‥‥‥
‥‥
‥
洞窟から出てくるロシアン達を、マチュアはのんびりと待っている。
何かが来やしないかと警戒を続けつつ、途中からは絨毯の上でティータイムを楽しみながら一行を待っていると、やがて洞窟入口からロシアン達の姿が見えて来た。
「お、全員無事なようで。ではハムスケは解除して‥‥よし、とっととここから出て行くとしますか」
そう告げつつ、マチュアは盗賊達を洞窟の中に放り込む。
まだ生きているというか眠っているだけなので、リーダー格のリジンとあと二人はがっちりと縛り上げて絨毯の隅っこに放置、残りの盗賊は全て洞窟に押し込めると、入口を大地操作でしっかりと塞ぐ。
そして空気の循環があるか風操作で確認すると、後はバスカービル領の騎士達に任せるとして山を越える事にした。






