イェソドから・その22・修行の成果と緊急事態
フローラがやって来た二日後。
マチュアは無事にスキル屋で約束したスキルを売って代金を受け取った。
午前中にはフローラ達も次の町に向かって出発したらしく、マチュアも午後には次の町へと移動する事になっている。
「そんでもって、次の町の名前はなんじゃらほい?」
「バスカービル領の領都アルバータですわ。山を越えた先ですので、ちょっと時間が掛かりますし」
「あの街道の近くの山には、ここ最近になって盗賊が住み着いたっていう噂ですので、用心した方がいいですよ」
馬車の御者台でテルメアとアメショーの二人がマチュアに告げる。
そのマチュアは馬車の屋根に空飛ぶ絨毯を広げて、そこでのんびりと周囲を見渡している。
馬車の前方にはロシアンとマンチカーンが、後方にはライナスがゴーレムホースに乗って警戒している。
じつに最強シフトのパーティーであった。
「この旅で、修行の成果が出るといいのだがな‥‥」
「そうよねぇ。私もまだまだ第一聖典から上の習得はできないみたいだし。テルメアって、どれぐらいで第二聖典まで習得したの?」
「わ、私は気が付いたらもう‥‥はい」
「ふぅん‥‥そういうものなのね。マチュアさん、私の修行の練度とかは、あなたの鑑定眼で見えないのかしら? もしよかったら見ていただきたいのですけど」
「はぁ? そんなの試したことないなぁ。試したこともないし、普通に鑑定するだけだからなぁ‥‥どれどれ、ちょいと見てみっか」
そう呟きつつ、屋根の上から頭だけを出してアメショーを鑑定してみるが、やはりスキル習得については変更はないし、そもそも習得練度など見えた事もない。
「うん、見えないわ‥‥しかし、あの連中も物好きだなぁ」
そう呟きつつ後ろをちらりと見る。
マチュアたちの馬車の後方100m程を、何処かの隊商がのんびりと走っているのが見える。
リンシャン市を出る時、あの隊商はマチュアたちと入れ違いにリンシャン市にやって来たのだが、ゴーレムホースが曳いているという珍しい馬車に乗ったマチュア達がバスカービル領に向かう事を門番に聞いたらしく、急遽目的地を変更し、マチュア達を追従する形で移動を始めたらしい。
野営の時は近くまでやって来て一緒に野営をしていたのだが、その時になぜ後ろをついて来るのかを訊ねてみたら『カナン商会からは儲け話の匂いがする』との事で、リンシャン市は後回しにしたらしい。
「まあ宜しいのではないかのう。別に襲われる訳でもなし‥‥もっとも、この先の森は最近になってワイバーンの繁殖期があったらしく、獰猛なワイバーンが獲物を求めて彼方此方飛び回っているそうですからなぁ」
マンチカーンが前方に広がる森を指差しつつ説明してくれる。
確かに森の上空では大量のワイバーンが旋回飛行しており、そのうちの何匹かはこちらに向かって飛来してくる様子が見て取れた。
「チッ‥‥こっちに気づいたか、ライナス仕事だ」
「了解です」
ロシアンが後方待機のライナスを呼びつけると、ライナスは馬の速度を上げてアメショーの前に出る。
テルメアは馬車を止めて静かに詠唱を開始、アメショーも両手で印を紡ぎ始める。
「我が魔力にて、この馬車を包む結界を作りたまえ‥‥防御結界」
「私の魔力さん‥‥かの敵を打つ矢になりなさーい。力の矢」
アメショーの右に力の矢が浮かび上がりスタンバイしている。どうやらテルメアが防御担当、そしてアメショーが迎撃担当らしい。
そしてライナスは前方で盾を構えると、飛んでくる三匹のワイバーンを睨みつける。
「行きます!! 挑発!!」
ライナスの盾に闘気が集まり、ワイバーンに向けて拡散する。するとワイバーンはターゲットをライナスに変更したらしく、一斉にライナスに向かって急降下を始めた。
高さ2mほどでホバリングしつつ、三匹は交互に後ろ足と尻尾でライナスを攻撃してくる。だが、ライナスは闘気をまとった盾で全てを受け止め、流していく。
「ぐぐぐ‥‥闘気が持って2分です」
「了解じゃな。では‥‥」
今のライナスの闘気なら、戦闘強度120以下のモンスターなら一時間程度は惹きつけられるのだが、相手は戦闘強度200越え、持続時間は2分というところだろう。
そしてマンチカーンがライナスの元に近寄ると、一瞬で一匹のワイバーンの頭を切断した。
その手にある刀には、綺麗に気が練りこまれている。
「ふむふむ、『気刃』を纏えば、ワイバーン程度の皮膚など無いに等しいというところか」
「そのようだな。それじゃあ次は俺だ」
──ダン!!
両足を開いて構えを取るロシアン。そこから震脚を踏み込むと同時に、右掌底がワイバーンの頭部に叩き込まれた。
──ドグシャッ
たった一撃。それでワイバーンの頭部は破裂する。
「ロシアンちょい待ち、私、猛虎硬爬山からの勁砲なんて教えた記憶ないぞ?」
「このガントレットを付けてから習得した。俺はスキル屋で乗馬スキルを外してもらったからな」
「へえ、外れるんだ」
「いや、売り飛ばした」
「アホか。それなら先に言いなさいって。後一匹はどうするよ」
──シュシュシュシンッツ
そのマチュアの呟きと同時に、御者台から力の矢と炎の矢が一斉に飛んでいく。
それはワイバーンの全身に突き刺さり皮膚を焼き鱗を吹き飛ばす。
やがて最後の一匹も絶命すると、男衆はワイバーンの解体を始める。
‥‥‥
‥‥
‥
一方、後方の隊商は。
「わ、ワイバーンの群れだ、護衛よ、仕事だ」
「無茶言うな、普通のワイバーンの戦闘強度は250だ、俺たちのレベルじゃ返り討ちにあうだけだ」
「それも三匹だぞ、ワイバーンレベルのモンスターが群れると俺達なんか瞬殺だろうが」
そんな怒鳴り声が聞こえているが、隊商の最前列の御者がボソッと一言。
「あ、あの親方、もうカナン商会の冒険者が全て仕留めたようですが」
「「「「何だと?」」」」
急いで馬車の間合いを詰めるが、彼らの前方では、横の草原に落下しているワイバーンを解体している三人の姿が見えていた。
‥‥‥
‥‥
‥
「あ、あの、マチュアさま」
「あ、後ろの隊商の‥‥ええっとなんて言いましたっけ」
「ライムライト商会です。この度はワイバーン討伐おめでとうございます。それで、素材についてですが」
揉み手で近寄るライムライト商会の副頭取、セント・シューティングスターがマチュアの元にやってくる。目的はワイバーンの素材というのもすぐに理解した。
「ん?買ってくれるなら売るよ。肉は食べるから売らないけどね」
「それはまたご冗談を。ワイバーンの肉は毒腺が広がっていて食べると死んでしまいますよ。毒の強度もCランクですから‥‥近接で討伐すると返り血を受けて死んでしまうのが‥‥そ、それよりもあの冒険者達は返り血を受けてどうして死なないのですか?」
そう問いかけていると、ロシアンが解体の終わった肉を纏めて『解毒』を施し毒抜きをしている。どうやら戦闘前にも『対毒抵抗』を全員に施していたらしい。
「ま、そういう事で。うちは毒程度で死ぬような冒険者はいないという事ですよ」
「そ、それは先日伺った城塞外の修練とか言うやつですか‥‥是非、その方法を教えて頂きたいのですが」
「それは無理。では素材の商談に入りますか」
そう告げてから、マチュアは業務用の秤と電卓を取り出して商談を始めた。
そしてアメショーとテルメアは、丁度いいやとワイバーンの肉の下ごしらえを始めて昼食の準備を開始した。
〇 〇 〇 〇 〇
ガラガラガラガラ
森の中を馬車が進む。
ワイバーンの襲撃の二日後、まもなく森を抜けて山道へと至る。
そこからはグネグネとした道なりに進まなくてはならず、馬車ではそれほど速度を出す事が出来ない。
しかもこの辺りは盗賊団が出没するという事もあり、後方隊商の護衛達は緊張感が溢れているのだが。
「そんじゃ、ここで馬車をしまうね。アメショーとテルメアは箒で移動宜しく」
「はい、判りましたわ」
「ええ、了解よ」
すぐさま馬車から降りて箒を用意すると、二人はゆっくりと箒に跨る。
横座りのアメショーとクッションを乗せて跨るテルメア、じつに対象的な二人である。
そして馬車を空間収納に放り込むと、マチュアは絨毯に飛び乗ってフワリと浮かんだ。
‥‥‥
‥‥
‥
「セントさま、前の馬車が停止したがどうしますか?」
「何だ何だ?こんな所で停車して、もし盗賊が出て来たらどうするんだ?」
慌てて前方を見るセントだが、アメショーとテルメアが箒に乗って浮かび上がったのを見て驚き、馬車が消えたのを見て口をあんぐりと開き、マチュアが絨毯に乗って浮かび上がった瞬間にマチュア達の元へ駆け出して行った。
‥‥‥
‥‥
‥
「それじゃあ行きましょうか。これだと大幅に時間の短縮ができるわね」
「ま、待ってくださいマチュアさま、その乗り物は一体なんですか?見た感じですと物語にある魔導具のように見えますが」
大慌てで駆け寄ってきたセントが、息を切らせて問いかけるので、マチュアは素直に頷く。
「その通りだけど?」
「それを我が商会に売っていただけますか?お礼は十分にいたしますので」
「いや、これは売れないよ。という事で先を急ぎますので」
「で、ではせめて、それを発掘したダンジョンか遺跡の情報だけでも‥‥」
「惜しい。これは発掘品じゃないのよ、私の自家製。ではこれにて」
ペコリと頭を下げて、マチュアは先を進む。
その背後では、セントが呆然と立ち尽くしている姿が見えていた。
「自家製‥‥つまりマチュアさんが作った? あれを? 伝説の魔導具を‥‥えええええ?」
〇 〇 〇 〇 〇
山道に入ってから、道がどんどんと険しくなって来る。
左右はうっそうとした木々に阻まれ奥が見えず、時折獣の咆吼も聞こえてくる。
そして夕方になって、前方から血と死臭が漂って来るのにマチュアは気が付いた。
「はい全員警戒態勢。前方から危険が危ない」
「何だそりゃ? 斥候で見て来るぞ」
ロシアンがあきれた声を出しつつゴーレムホースの速度を上げる。そして少ししてから大声でマチュア達を呼ぶ声が聞こえてきた。
「襲撃の後だ。こりゃあひでぇありさまだなぁ」
「ほいほい。速度上昇して‥‥」
ロシアンのいる場所まで速度を上げると、そこには打ち砕かれた馬車の残骸と殺された護衛や側近、そして馬の死体まで転がっている。
馬車の扉にはアドラー王家の紋章が刻まれていることから、先行したフローラたちの乗っていた馬車に間違いはないだろう。
「ロシアンはまだ息の残っているものの治療、テルメアは周囲に結界、アメショー、魔力感知で周囲の魔物のチェック、マンチカーンは遊撃態勢で」
そう指示を飛ばしてマチュアは静かに魔力の波紋を打ち出す。
探査対象はフローラの固有生命力。幸いなことにフローラの病を癒すときにそれを確認していたので、フローラを個別認識することはできる。
『ピーン‥‥ピーン‥‥ピン‥‥ピッピッピッピツ』
探査に反応あり。
「対象確認。ここから山間に12km先の洞窟、フローラ取り返しに行くけど‥‥」
ロシアンの方をちらりと見るが、生き残っていた者は一人もいない。
全て例外なく皆殺しにあっていて、この場にいないのはフローラとジャネット、マカフィーの三人だけ。
「人質‥‥身代金目当てとは思えないなぁ。となると奴隷として使える存在か。フローラとジャネットは女性だから高く売れるが、じじいはどうして?」
「錬金術師は奴隷として価値が計り知れませんわよ。それよりも急ぎましょう」
「ええ。ということでカナン商会出陣、これよりフローラ姫奪還作戦を敢行する。第一目標はフローラ姫、出来れば無傷で。第二目標はちっぱいと爺でよろしく」
「何だろう、貧乳は後回しって‥‥」
テルメアが複雑な表情である。
それは置いといて、一行はすぐさま横道に入って行った。






