イェソドから・その21・めんどい貴族と立場とちっぱい
フローラ騒動が収まった翌朝。
宿の食堂では、異様な空気が流れていた。
いつものようにカナン商会+チームおにゃんこの3名は何も動じずに食事を続けているのだが、問題は酒場内の一角を支配している空気。
フローラ様率いる王女近衛騎士と側近、マカフィ老師といった面々がのんびりと食事をしているのである。
普段は騒がしい酒場も、その一角がいるだけでまるでお通夜のように静まり返っている。
「‥‥何だろう、この異様な雰囲気‥‥テルメア、とっとと食べて修行に向かった方がいいな」
「そうですわね。アメショーさん達は今日もご一緒ですわよね?」
「当然よ。私はまだマチュアさんから卒業証明貰ってませんし、そもそもマンチカーンとロシアンの二人はスキルにもなっていないのではないかしらね」
「それを言われるとつらいでござるなぁ。どうも、心力の練り込みに意識を取られると気功が練り上げにくくてのぅ。それはそうとロシアン、スキルにはなったのか?」
「‥‥まだだ(ボソッ)」
「ま、たった数日でスキル化なんて無理よ。こうなったらのんびりと、いえ、どっしりと腰を落として対処するしかないわ。ということでマチュアさん、カナン商会に冒険者三人追加しませんか?」
いきなりぶっちゃけたなアメショー。だが、そういう性格マチュアは嫌いではない。
「それは構わないけれど三人のステータス確認させてもらっていい?」
「拙者は構わんよ。ぜひとも見てくれ」
「どうぞ。マチュアさんになら全て見られても恥ずかしくはないわ。ね、ロシアン」
「お、おお、俺は‥‥判った、見てくれ」
ということで、早速三人のステータスも確認してみるが、これがまた中々のスコアである。
名前 :ロシアン・シュトロハイム
年齢 :25
性別 :男性
種族 :人間
レベル:137
体力 :164
瞬発力:75
感覚力:68
魔力 :0
心力 :185
スペシャルアビリティ:大樹の加護
固有スキル:初手剛撃(相手に対しての初撃は必ず威力3倍)
第一スキル:剣術/レベル5
第二スキル:祈り/レベル3
第三スキル:乗馬/レベル3
第四スキル:盾技/レベル3
第五スキル:神聖魔術/第一聖典/レベル0/|ロック
‥‥‥
‥‥
‥
名前 :アメショー
年齢 :21歳
性別 :女性
種族 :人間
レベル:115
体力 :57
瞬発力:148
感覚力:96
魔力 :85
心力 :119
スペシャルアビリティ:魔力操作
固有スキル:夜間視力
第一スキル:短剣技/レベル5
第二スキル:軽業 /レベル4
第三スキル:調理 /レベル2
第四スキル:一般魔術・第一聖典/レベル0/ロック
第五スキル:未覚醒
‥‥‥
‥‥
‥
名前 :マンチカーン
年齢 :28
性別 :男性
種族 :人間
レベル:151
体力 :124
瞬発力:159
感覚力:71
魔力 :0
心力 :228
スペシャルアビリティ:気功法
固有スキル:花鳥風月
第一スキル:刀術/レベル5
第二スキル:弓技/レベル4
第三スキル:商い/レベル3
第四スキル:闘気コントロール/レベル0
第五スキル:未覚醒
‥‥‥
‥‥
‥
三人のスキルを確認して判ったこと。
ライナスたちよりも素材としてはかなり上、伊達に上位冒険者ではないことが伺える。そしてすでに三人ともが神聖魔術、一般魔術、気功法を習得している状態である。
しかもロシアンに至っては大樹の加護を得ているじゃないですか。
「‥‥あ、ロシアン、スキルスロットル一つ開けて頂戴な。今のままだと八極拳覚えられない。最低一つ、もしくは二つだね」
「チッ。どおりで覚えが悪いと思ったわ。なら、盾と剣を売ってくるか。ここまで鍛えたんだがなぁ」
「まあそういう事‥‥って、ちょっと待って、ひょっとしたらの芸風試してみるわ」
そう呟いて、マチュアはロシアンの胸元に手を当てる。
そして静かに祈りを唱えると、ロシアンの体から『剣術』と『盾技』のスキルオーブが出てくる。
「よし、これでいい。売らなくていいからその二つはバッグにでもしまっておいてね。もし万が一必要になったら付け替えるから」
「「「「「なんだよ、それは!!」」」」」
店内の客全ての心の中でのツッコミも含めると50人以上が一斉にマチュアに突っ込む。
だが、マチュアはのんびりとしたもので。
「いや、まあ、何かスキルって売買しているから自由に付け替えられたらいいなーって思ってさ。それで試してみたら、出来た。後はロシアンが自分の意思で付け替えが出来るようになったら完全だね。もしくは、持っている武器にスキルを付与するとか」
「あ、それか。なんでも武具にスキルを付与するのは、できる鍛冶師とできない鍛冶師がいてな。どうも運の強さも左右しているみたいなんだわ」
「へぇ。そうなの? ちょっと待ってて」
そう考えて、マチュアはふと魔石を取り出して意識を集中する。
「変異‥‥スキル付与型の拳装備‥‥お?」
マチュアの変異が発動すると、見る見るうちに魔石が籠手に変化していく。
その光景は、酒場の常連客一同は見慣れたものであるが、フローラと王城勤務組は絶叫を上げそうになって、何とか押し留まっていた。
「そのガントレットは?」
「えーっと、肉体硬化+1、体力強化+1、スキルスロットル3だね。これならロシアンのスキルを入れられるから、ちょっと貸して」
そう告げてロシアンからスキルオーブを二つ借りると、それをガントレットに装備した。
『強者のガントレット、剣術レベル5、盾技レベル3、肉体硬化+1、体力強化+1、スキルスロットル1』
「ま、こんなものか。ほれロシアン。このガントレットはあんたにやるよ」
「お、おう。いいのか?」
「これも実験さ、ちょっと装備してみてよ」
そう促されてガントレットを装備すると、サイズは自動的にロシアンの腕に合わさりジャストフィットする。しかもオーナー権限が書き込まれたらしく、ロシアン以外は腕に嵌める事も出来なくなったらしい。
「こ、こいつはすげぇ‥‥」
「よし成功だ。私は武具にスキルをつける秘密を理解した。という事で、ロシアン達おニャン子三人組は今日からカナン商会の護衛に雇うから。一日銀貨20枚、取り敢えず面倒臭いから一か月分先払いしておくから」
ジャラッと一人頭金貨6枚を支払うと、アメショーが指定依頼の書類を取り出して作成すると、マチュアから登録手数料を受け取ってすぐさま冒険者ギルドに提出に向かった。
残った面々もそのままアメショーたちに合流するらしいので、マチュアは酒場の外に出るとゴーレムホースを3頭と魔法の箒を取り出して、四人に手渡す。
「まあ、ちょいと早いが卒業証書だわ。テルメア、箒はアメショーに渡しておいて。後の面々はゴーレムホースでいいでしょ?」
「い、いや、満足すぎるのだが」
「俺も貰っていいのか?まだ体術は覚えていないぞ」
「これでテルメアに追いつけた‥‥長かったぁ」
一喜一憂する4人だが、マチュアは全く気にしない。
ついでに拡張バッグも手渡してその場で纏めて固有化も設定すると、4人はそのまま冒険者ギルドへと向かって行く事にした。
「明日もまだ特訓してていいからね。そんじゃ私は‥‥うわ、何とか子爵じゃん、一体何の用なのさ」
全員を見送っていたら、それと入れ違いにバンキュー子爵が騎士達を連れてやって来た。
昨日とは違い自信満々、勝利はこちらにありといわんばかりの笑顔である。
「ふん。貴様をこれから裁判にかける。そのために騎士団の中でも判決確定を使える方に同行してもらったのだ。では騎士の皆さん、よろしくお願いします」
周囲に聞こえるように叫ぶバンキュー。これにはマチュアも呆れてものが言えなくなってしまった。
「私はこのリンシャン市駐在騎士のトップロードといいます。あなたのお顔は何度か拝見していました。取り敢えず貴族からの要請は規則ですので、この場で公開裁判となりますがよろしいですか?」
「それはお勤めご苦労様です。ちなみに罪状は?」
「不敬罪です。では行きます‥‥トップロードの名に於いて判決確定スキルの使用を宣言する。かのものマチュアは、バンキュー子爵に対して不敬罪を行った。有罪ならば彼女の財産の半分を没収するものとする。判決はいかに」
右手を掲げて声高らかに宣言するトップロード。すると彼の手から天秤が生み出されると、そこから女性の声が聞こえてくる。
『ハァ‥‥彼の存在は無罪なり‥‥』
天秤から澄み切った声が聞こえてくる。
それはその場にいた全ての者の耳にに等しく届き、マチュアの無罪が証明された事を告げていた。
「以上です。では、マチュアさんが子爵に対していかな言葉を告げたのかは知りませんが、どうやら不敬罪は適用されないようですので」
「ば、馬鹿な‥‥ばかな馬鹿なバカなぁぁぁぁぁぁぁ。騎士達よ、今の裁判は無効だ!! あんな女が俺よりも身分が高いとは思えん!!」
そう叫ぶバンキュー。なのでトップロードはマチュアの元に向かうと優しい声で一言。
「申し訳ございません。フードを取っていただいてよろしいですか?」
「それしかないよなぁ‥‥ほら」
そう告げて耳を覆っていたフードを外す。するとそこには黒髪長髪のハイエルフの姿が現れた。
これにはバンキューも顎が外れそうな勢いで口を開き、酒場から出てきて見ていたフローラ達も改めて驚いている。
「き、貴様‥‥魔族か」
「あほか。私はハイエルフだよ。そんでもって、今までの判決確定で分かったことはね、私はこの世界ではいかなる相手であろうとも不敬罪には問われない。全ての者よりも唯一である私が上と知れ!!」
最後の言葉には覇気を含めて告げると、バンキューは震えながらどこかに走り去って行った。
「ふう。という事なので‥‥って、酒場のみんなはとっくに知っているしなぁ、ま、面倒だから外したままにしておくわ。その方がいいでしょ?」
「その方がよろしいかと。ただ、次の町ではどうなるかはわかりませんので。判決確定の判定は正確ですが、あそこもその‥‥聖大樹教会がとにかく‥‥その」
「はいはい。隣の町では聖女って言われていたし、最初から全開で纏めて相手してやるわさ」
「よろしくお願いします。それでは楽しい旅を」
そう告げてトップロードは部下の騎士を連れてその場から立ち去って行った。
そして残った野次馬達も、馬車の近くをうろうろしていたので。
「はいはい。そんじゃあ今すぐに開けるから待っていてね」
ということで朝からカナン商会は開店。
朝一でケーキを求める者達が殺到してしまっていた。
〇 〇 〇 〇 〇
のどかな昼下がり。
あらかじめライナスたちの昼食は寸胴ごと預けてあるので問題はない。
なのでマチュアはカナン商会のテーブルでのんびりと一休み。
馬車の外では子供たちがゴーレムホースを見て、恐る恐る触れたりしている姿が見えた。
「エクレアを二つくださいな―」
近所の子供がお使いにやってくると、エクレア二つとおまけのマフィンを持ってきた籠に入れてあげる。
そしてまたのんびりとしている。
それはいいのだが。
「何でフローラさまの騎士たちが、うちの店で突っ立っているかなぁ。邪魔だから出ていけ」
「な、何という不敬な。我々はフローラ姫付き近衛騎士、子爵位を授けられているものばかりだ。その私達に向かって出ていけとは、一体どういう了見だ」
「うるせぇちっぱい。フローラさまとマカフィー老はお客としてそこでのんびりとティータイムを楽しんでくれているのに、あんたらは何か注文するのでもなく、壁際に突っ立って迷惑なんだ。護衛するなら店の外でやれ、他の客に迷惑だ」
ややテンションが上がり始めたマチュアとジャネット。
「そもそもフローラ様がティータイムを楽しんでいる席に、市井の者を同席させるとは何事だ!!」
「ここは市井の店だ、うちの客は身分を問わずべて公平だ。それが嫌ならフローラ様だってとっくに文句を言って、私に外に放り出されているわ」
「姫様を放り出すだと‥‥上等だ、その首を討ち捨ててくれるわ」
「もう面倒い‥‥拘束の矢っ」
──ぷす
額に拘束の矢が突き刺さったジャネットは全身を魔法によって拘束される。
それを見ていた騎士に向かってマチュアはニイッと笑うと。
「そこのちっぱいを外に連れていってくれるよね?」
「は、はい!!」
そう叫んだ騎士たちは外に飛び出す。
そして外に連れられたジャネットの拘束を解除すると、ジャネットもようやく観念して馬車の外で護衛に付く事にした。
「ねえマカフィー、ちっぱいってなに?」
「そ、それは王妃様も‥‥いえ、ちっぱいとは、魅力的なおっぱいのことを表します」
「ちっちゃいおっぱいだからちっぱい。フローラはまだ子供だからそういうのはないよ。好き嫌いしないで大きくなったら、立派なおっぱいになるからね」
「うん。マチュアさま、イチゴのショートケーキをくださいな」
「はい毎度って、私にさまなんてつけなくていいわよ、マチュアさんで構わないからね」
「はい。マチュア姉さま」
「姉さまかぁ、ま、いいか。そんなフローラにはこれをプレゼントだ」
そう告げて、マチュアは空間収納から空飛ぶ絨毯、子供仕様を取り出す。
すぐにフローラに固有化してクルクルと丸めると、それを保護者代行のマカフィーに手渡した。
「こ。こんな恐れ多いものをいただいてよろしいのですか?」
「フローラが元気になったからいんでない? 私を仕えさせる事は―諦めてくれたし、うちのケーキを美味しそうに食べてくれているからねぇ」
「あ、ありがとうございますマチュア姉さま」
何度もペコペコと頭を下げるフローラ。
それを見てから、マチュアはのんびりとケーキの仕込みを始める事にした。






