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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第14部・古きを越えて新しき世界へ

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イェソドから・その20・じゃじゃ馬億万少女

 夜。

 その日の特訓を終えた一同、そして完成した全ての魔導具を拡張エクステバッグに放り込んだマチュアは、いつもの宿に戻って来る。そしていつものように皆で晩御飯を食べ終えると、それぞれが自分の部屋へと戻ったり、カウンターに移動して酒を飲み始めたりしている。

 ちなみに町の中ではマチュアの馬車の屋敷は使用禁止と告げているので、ライナスもテルメアも自分達で取った個室に戻って行く。

 そしてマチュアはテーブルでのんびりと、次の町に行く為の下準備を始めていた。


「キッチンで仕込み‥‥マフィンとケーキか。明日一日はそれだけやっていればいいし、修行は5人に任せていても問題はないし‥‥生クリームでも先に作っておくか」


 オークミルクの入った小樽をテーブルの上に置き、そこに変異バリエーションを発動する。


変異バリエーション発動‥‥条件は組成変異ではなく遠心分離‥‥と」


 樽の中でミルクが高速回転する。しばらくして樽の中では生クリームと脱脂乳に分離するので、マチュアはそれぞれ別の樽に移すと次のミルクを樽にいれて同じことを繰り返す。

 マチュアが何をしているのか酒場の人々は興味津々で見ているのだが、マチュアはそんな事を一向に気にする事なく黙々と生クリームを作っていく。

 やがて最後のミルクの分離を終えると、今度は脱脂乳の樽をゆっくりと温めていく。


「よしよし、人肌人肌‥‥ここにリモンの汁を加えて混ぜますと‥‥」


 やがて樽の中にもろもろとした固形が浮かんでくるのでマチュアはボールにざるを乗せてそこにサラシをかぶせると、次々と固形物をサラシの上に載せていく。


「あ、あの、マチュアさん、一体何を作っているのですか?」

「生クリームとカッテージチーズ」

「え? それは何でしょうか? なにか食品ですか?」

「まね。チーズはわかるでしょ?」

「はぁ、チーズはこの町でも専用の工場がありますけれど、生クリームって何でしょうか?」

「見ていれば判るって‥‥。ちょっとキッチン貸してね」


 そのままキッチンに向かってサラシで包んだ固形物を丁寧に水の中でもみ洗い。それを何度か繰り返して最後にギュッと強く絞って型枠に入れて。


「よし、カッテージチーズの出来上がり。それは置いといて‥‥」


 そのまま生クリームに砂糖を加え、一気に泡立てていく。

 角ができる程度よりもやや強く仕上げると、それは全てボールに空けて空間収納(チェスト)の中へ。

 そしてようやく人心地付くと、周りの客がそわそわとしているのに気が付いた。


「マチュアさん、さつきの料理は味見できないのですか」

「いや、あれは材料だから。そもそも菓子以外はここで売っちゃダメでしょうが。そんなに菓子が欲しいの?」


 そう問いかけると、彼方此方あちこちの席で女性客がコクコクと頷いている。

 なのでマチュアはため息をつくと、外に止めてある馬車に移動してカナン商会の扉を開いた。


「仕方ないなぁ、臨時営業だよ‥‥ひとり三点まで、それでいいでしょ?」


 カウンターの中に入って客にそう告げる。

 すでにカウンターに併設しているクリアクリスタルのショーケースの中には程よく冷えたケーキが陳列している。

 それを知っている常連客は好みのものを買って酒場へと戻るのだが、知らない商人たちは適当なものを買ってその場で食べ、さらに寄越せと文句を言っている。


「ここのケースのすべてを買い取る。私は王都のバンキュー子爵だ、まさか嫌とは言えまい」

「こ・と・わ・る。一人三点までって言っているだろうが。子爵ともあろうものが、そんな約束を反故にする気かよ」

「何だと、貴様は誰に物を言っているのだ、私が寄越せといったら素直に寄越さぬか」

「うっせぇバーロー。とっとと帰りやがれ」

「‥‥ほう。そんな強気なことを言っていていいのか、貴様の商会証を無効化しても構わないのだぞ」

「やれるものならやってみろって。あたしは別に商人でなくても、冒険者でも別に構わないし、それこそどこのギルドに所属していなくても気楽な旅を続けられるだけの資金も潤沢に持っているんだ。そんな権力を使って脅しにくるなんて‥‥子爵最低ですなぁ」


 最後はいつもの煽るスタイル。シスターズがここにいたら頭を抱えてしまう案件であろう。

 それでもバンキュ―は諦められないとみて、後ろで控えていた護衛に命じている。


「貴族に逆らった罪だ、この者の持ち物全てを没収する!! この女を外に連れ出せ」

「強制退去‥‥と」


 バンキュ―の叫びと同時に、マチュアは馬車に設定してある『強制退去』コマンドを実行。一瞬でバンキュ―子爵とその護衛は馬車の外まで弾き出されてしまった。


「な、何だこれは、とっとと開けろ、この馬車も全てワシのものだ!!」

「そんな訳あるかい。とっととカ・エ・レ」


 店内てマチュアが叫ぶと、マチュアは無視して店内に残っていた客に商品を販売する。

 そして最後に残っていた、ちょっとこ綺麗な少女がカウンターにやって来る。


「さて、お嬢ちゃんは何をお求めかな?」

「あなたが欲しい。ぜひ我が家の専属調理師になってください。それと欲しいスキルがあるのです」

「ん?」


 一瞬耳を疑う。


「冗談は置いておくとして、本当は何がほしいの?」

「ですから、あなたが欲しい。それと『どんな病も癒す』スキルをください」

「ん‥‥ん~。君はどっかの貴族様かい?」

「あ、自己紹介遅れました。私はフローラ・エルド・アドラーと申します。アドラー王家の第二王女です」


 ほほう。この見目麗しいお嬢ちゃんはフローラといいますか。名前に似合ったかわいらしい金髪少女でございますねぇ。

 そしてアドラー王家?

 は? 第二王女?


「あ、なるほど。第二王女様でしたか。そのお偉い第二王女がなんでこの町に?」

「病気の治療で、この先にある小さな湯治場にいていました。今は王都に戻る所でした」

「へぇ‥‥病気かい」


『ピッ‥‥フローラ・エルド・アドラー、10歳女性、王家の血筋所有。不治の病に掛かっている』


「へぇ。不治の病ね」


『ピッ‥‥不治の病、タイプ『呪詛病』、王家を呪う魔導士ルモールによって植え付けられた強度8の呪い。レベル9以上の神の奇跡でのみ解呪可能』


「な、何でそれを知っているのですか?」


 おもわず拳を握って叫ぶフローラ。だがマチュアはチッチッと指を左右に振って一言。


「私はハイエルフの賢者でもあります。王女の病気を知っていますよ」

「で、では‥‥スキルをください。私の病気を治すスキルを売ってください‥‥」


 フローラは突然そう告げてポロポロと泣き始める。

 なのでマチュアは取り敢えずショーケースの中からプチ・エクレアを取り出すと、それをフローラの口の中にひょいと放り込む。


「ハグッ!! ホフヘンハヒホモグモグモグモグ‥‥」


 最後は目を丸くしてプチ・エクレアを食べつくしてしまう。

 泣いていた瞳がやや笑顔になる。美味しい食べ物はやっぱり元気が付くねぇ。


「これはなんですか、このような美味しい菓子を私は知りませんわ。これですか、それともこっちですか?」

「今のはエクレアっていって、こっちの奴だね。さて、フローラ、今から私の言う事をしっかりと聞いてね。まず一つ目、私は誰の者にもならない自由な旅人でね。なのであなたの物にはならないし王家に仕える気もない」


 その発言はフローラにとっては衝撃である。

 王家専属料理人、その地位は全ての料理理人にとって憧れの的である。

 どれだけ修業しようとも、王家専属料理人は定員が20名と決まっている。しかも欠員が出ない限りは補充される事がない。

 そこに王権を発動して私を入れようとするのはいかがなものかと。


「え? 王家の命令ですよ?」

「そんな事言うのならこの国から出ていくだけだよ。そして二つ目。あなたの病気を治すレベル9以上のスキル、私は知っているけれどそれはあなたにはあげない‥‥」


 その二つ目の話を聞いて、フローラは俯いてスカートの裾をぎゅっと握っている。

 ぽたぽたと涙か床に落ちるのを見て、マチュアはポン、とフローラの頭に手を当てて。


「でもね、亜神モード1、神聖魔術第八聖典、神威解呪式を発動します‥‥」


──ブゥン

 突然マチュアの全身が輝くと、それはフローラの頭の上に載せられている手に集まる。

 それはやがてフローラの全身に注がれていくと彼女の首筋から黒い霧が大量に噴き出して、小さな悪魔の姿を形作った。


──ガシッ

 それを力いっぱい捕まえると、フローラに告げる。


「ほらほら、そんなに泣いていたら治るものも治らないわよと、フローラ、あなたの体の不治の病は、今私が治したからね。それが三つ目で、この悪魔があなたの病気の原因ね」


 え? とフローラがマチュアを振り向くと、そこにはマチュアが悪魔を捕まえている姿が見えた。

 そのためヒッ、と小声で叫んで後ろに下がってしまうが、マチュアは右手に神威を集めて悪魔を浄化すると、両手を広げてフローラに見せる。


「今のが悪魔で、フローラに取り付いていた病気の原因ね。もし心配なら鑑定してもらえばいいよ‥‥私が見た限りだと、あなたの病である『呪詛病』は完治したからね」

「あ、あの、その‥‥」

 

 何かほっとしたのか、フローラが何かを言おうとして、そしてまたポロポロと涙を流した。


「う、うひゃあ、泣く子には勝てない、ど、どうしよう‥‥」


 とりあえずフローラの背中を押して椅子に座らせると、エクレアやチーズケーキなどをショーケースから取り出してテーブルに並べる。


「ほら、これ食べていいから元気出して‥‥」


 そう告げると、フローラ―は少しずつ泣き止み始める。だが、突然カナン商会に入ってきた女騎士がマチュアを見て、いきなり抜刀して飛び込んできた。


「フローラ様に何をしたこの狼藉者がぁぁぁ」

「何もしていない‥‥事もないからちょっとその物騒なものしまいなさいよ」


 力いっぱい振り下ろされる剣を、マチュアは右手に換装したフィフスエレメントで掴む。

 そのまま力任せに剣を取り上げると、それを床に突き立てて女騎士に告げる。


「あんたも随分と短気すぎるわ。まず状況を説明するからちゃんと聞け。私はここの店の店主で、その子は客。私とフローラの病気を治すスキルを売って欲しいと言われたけれどどっちも非売品なので却下した。そんでもって彼女の病は私が完治した、ここまでおっけ!」 

「そ、そんな事を一体誰が信じるというのだ‥‥マカフィ様、マカフィ様はいらっしゃいませんか」


 女騎士が叫ぶと、外からローブを着た老人が店内にやってくる。


「騒々しいぞジャネット。一体どうしたというのだ」

「その狼藉者がフローラ様の病を癒したというのだ、マカフィ様の鑑定スキルでフローラ様を見て頂けませんか?」

「はっはっはっ。これはまたとんでもない嘘を言いますな。王家に対しての嘘偽りは死罪、それを知らない訳では‥‥むむむ?」


 マカフィは椅子に座って下を向いているフローラを見る。そして彼女の肩をトントンと軽くたたくと、フローラに一言だけ。


「フローラ様、その者の言葉は真実、本当に姫様の不治の病は完治したようですな」

「じい‥‥本当ですか」

「じいは嘘は申しません。ジャネット、その者の話は嘘偽りない。頭を下げなさい」


 やや強めにジャネットに注意を促しマカフィ。するとジャネットは素早くマチュアに向かって頭を下げる。


「さ、先ほどの非礼、誠に申し訳ない。そしてフローラ様の病を癒していただきありがとうございました」

「はぁ、なんだか忙しい人だなぁ‥‥結局、あんた達は誰なのよ。フローラはいいからそこでケーキ食べてて」


 そうマチュアに告げられて、フローラ―はコクコクと頷いてケーキを食べ始める。

 のどを詰まらせると面倒なので、じじいと女騎士が話を始める前に、フローラにオレンジジュースを差し出すのも忘れてはいけない。

 すると、マカフィと呼ばれた爺がマチュアに頭を下げる。


「アドラー王国王宮錬金術師のマカフィ・カダフィじゃ、この度はフローラ様の病を癒していただき誠に感謝する。そしてジャネットの非礼をこの通り許してほしい」

「わ、私ははフローラ様付の近衛騎士のジャネットだ‥‥いや、です。まことに申し訳なか‥‥ありませんでした」

「はいはい。私はマチュア、旅の商人ね。そしてこの通りハイエルフだけど」


 バサッとフード外して長い耳をさらすと、三人がマチュアを見て呆然としてしまう。


「まさかおとぎ話にしか存在していない伝承種レガシーが本当に存在していたとは‥‥いや、これは申し訳ない。マチュア様には是非とも王宮に仕えて頂きたいのですが。どうか迷えるアドラー王国を導いてほしいのです」

「突然だなぁ、そしてそれは断る。私は一つの王国に仕える気はないのでね」


 きっぱりと言い切ると、マカフィは口惜しそうな表情をする。そしてフローラをチラッとみると、やはりフローラも悲しそうな顔をしているのだが、こればかりは譲れない。


「ま、フローラもそんな顔しなさんな。特別サービスだ、フローラだけは我が商会での買い物については限定三品の条件を緩和してあげる。いつでも食べたい時にいらっしゃい」

「え、いいのですかマチュアさま!!」

「いいよ。どうせこの後は山を越えて隣の領地に行く予定だし、その後は王都まで遊びにいってもいいと思っているから。そして『さま』は禁止、マチュア、もしくはマチュアさんでよろしく哀愁」

「は、はい。ぜひ王都にいらしたときには王城まで遊びに来てください」


 先程までのどんより感は何処に行ってしまったことやら、今のフローラは瞳をキラキラと輝かせていた。なので、マカフィーとジャネットにも後日改めて王都には遊びに行く事を告げると、もう夜の帳が下りて来たので本日は一度解散という運びとなったのである。



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