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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第二部 浮遊大陸ティルナノーグ
54/701

マチュアの章・その18 魔導の真髄・賢者になりました

 シルヴィーにミスリルゴーレムシュバルツカッツェを納品したマチュアは、一先ずカナンの自宅へと戻ってきた。

 そして再び新しい魔導器(おもちゃ)を作るべく、酒場のベランダで羊皮紙を広げると、次々と大量の図面を描き始めていた。

「マチュア様、お客様がいらっしゃいましたが」

 とジェイクが静かにやってくる。

「はいはい、こちらにお通ししてくださいな」

「それでは‥‥」

 とジェイクが一人の男性を連れてくる。

 白いローブに身を包んだ、細身の青年である。

 胸元の紋章は、ミスト配下の魔導兵団ハーピュレイであろう。

「初めまして。貴方がマチュア殿ですね。お噂はミスト様から伺っております、ニルスと申します」

「ああ、ミストの所の‥‥魔導兵団ハーピュレイの魔術師ね」

 と、ニルスと名乗った男のローブの胸元の紋章を敢えて見ながら、そう告げる。

「して、何の御用でしょうか?」

 静かにそう告げながら、マチュアは暖かい紅茶の入ったティーカップを口元に運ぶ。

「私をあなたの弟子にして頂きたく参上しました。『白銀の賢者』の二つ名を持つ貴方の知識を、この私にも授けてください」


――ブッ

 と紅茶を吹き出しつつ、マチュアはニルスを見る。

「ちょっと待てやー。何、その二つ名は?」

「ミスト様が、貴方の持つ膨大な知識を皇帝にご説明されたのです。近い内に幻影騎士団参謀に対して、『賢者』の称号が与えられるかと思われますが」

「ふう、堪忍してよー。タダでさえ色々と管理が面倒なのに、これ以上魂の質があがったら……」

 やれやれという感じでそう呟くマチュア。

 と、突然ニルスの方を向くと、慌ててウィンドウを起動する。

 自分にしか見えないのが幸いだったが、もし見えていたらえらい事になっていただろう。

(ヤバイ、暫く何も見ていなかった。ステータスとクラスを……アッチャー)

 既に時遅し、頭を抱えてテーブルに突っ伏すマチュア。

『魔術師』と『高位司祭』『錬金術師』の三つのクラスが、一つに纏められ『賢者』に切り替えられていたのである。

 三種類全ての最上位スキルは勿論、賢者専用のスキルまで使えるようになっていた。

 但しクラスの合成は副作用もあったらしく、暗黒騎士のクラスに対してはリンク制限が掛けられた。

 賢者とリンク出来るのは、忍者と修練拳術士、そして生産者のみ。

 どうやら『賢者』には装備制限が掛かっているのである。

 更にクラスのスロットも減少している。

 トータルで12種類登録出来る筈が、気が付くと8種類にまで減少しているではないか。

「アッチャー。これは参ったわ。ニルスと言ったわよね。ちょっと待っていなさいね」

 と、一枚の羊皮紙を取り出してしばし考えた後、今では殆んど伝えられていない古代魔法語で文章を書き込む、


――サラサラサラサラっ

「さて。賢者の弟子になりたいというのなら、これは私からの課題ね。『解読できて答えが出せる者』だけを、弟子として認めてあげるわ。余りにも次々と来られると面倒なので、これをラグナ王城地下の、魔導器管理詰め所に貼り付けておいてね」

 と羊皮紙を手渡してニッコリと微笑む。

(さて、これクリア出来るものならクリアしてみろやぁぁぁぁ)

 と心のなかで黒い笑いをするが、表向きは努めて冷静である。

「は、はい、分かりました」

「そしてもう一つの条件ね。弟子は一人だけしか取らないから」

 この言葉に、ニルスはハッとした表情を見せる。

「という事で、貴方は直ぐに王城に戻り、これを貼り付けること。昼には私は王城に向かうから、もし貼り付けていなかったら、貴方の弟子入りは自動的に不許可とします」

「は、はい、了解しましたっ!!」


――ガタッ

 とニルスは立ち上がると、マチュアに一礼して礼拝所へと走り出した。

「さてと、ジェイク、ちょっとサムソンに行って来るね」

「わかりました。夕食は如何しますか?」

「別に用意しなくても良いわよ。ていうか、それ普通の貴族の執事の対応でしょー。どうしたの?」

 と軽くツッコミを入れてみる。

「いえいえ、先日いらっしゃいましたシルヴィー様の執務官殿が、貴族の執事とは、と色々と教えて下さいまして」

「あー、それは普通の貴族でしょ、他所は他所、うちはうちっ。今まで通りでよろしく」

「了解しました。それではお気をつけて」

 そう説明した後、マチュアは慌てて礼拝所へと向かうとサムソンへと転移した。



 ○ ○ ○ ○ ○



 サムソンの昼。

 マチュアが完成したばかりの自宅の礼拝所から外に飛び出すと、急いでストームの家に走っていく。

 と、丁度昼過ぎだったという事もあり、ストームはいつものように『鋼の煉瓦亭』へと食事に出かけようとしていた。

「おう、マチュアどうした? 一緒に飯でも食いに行くか?」

「ハーーイ、ストーム。ちょいと時間を下さいな」

 と息を整えてから、ストームに告げる。

「なんだ?重要案件か?」

 その言葉にコクコクと頷きながら、ストームを連れて『酒場・馴染み亭サムソン支店』の店内に入っていく。

 まだ完成したばかりで営業は出来ないが、一通りの材料も道具も用意してある。

 2階建て、宿泊設備なしの、完全に趣味の店である。

「重要案件、その通りだ。ストーム君、確かサムソンの技術認定審査で優勝したよな? 鍛治工房のランクどうなった?」

「特例のS認定だ、うちで武具を買う時は基本、貴族以上の紹介状が必要だぞ。まあ、俺が良しなら紹介状は必要ないがな。お陰でうるさい商人たちが寄り付かなくなって助かるわー」

 と嬉しそうに告げるストームだが。

 その言葉に、マチュアは天を見上げて祈っていた。

「あー、ストーム、クラスチェンジだ。ウィンドゥを確認してくれい」

「はぁ? どうして?」

「この世界的には、身分や称号が与えられたら魂の質が上がるみたいだ。因みに私は、近々皇帝から『賢者』の称号を授かる事になったわ、お陰で大変な事になった」

 ハッとして、ストームは速攻でウィンドウを展開する。

「お、おう……侍と聖騎士とボディビルダーが消えとる」

 画面では、馴染みのクラスが消えて新しいクラスが点滅している。

「やっぱりか。代わりに何かあるだろう?」

「ーローだ」

 ボゾッと何か呟く。

「ロー? 〇ラファルガー・ロー?」

「何で〇ンピースのキャラになるねん。英雄ヒーローだよ」

 お、おう……

 相変わらず、予想の斜め上を走る男である。

「まあ、新しいクラスに融合されると、何かと制約があってなぁ。ストームも大変だと思うが頑張れよ」

 と腕を組んでウンウンと頷くマチュアだが。

「何もないぞ」

 とあっけらかんと告げる。

「はぁ?」

 と驚くのも無理はない。

 絶対にペナルティーはあるはずと思っていたのだから、これは神様の悪戯かなにかか?

「馬鹿な。私の賢者だと、鎧系装備のクラスは全てリンク不可能だぞ? なんでだよ」

「だって、俺はヒーローだし……」

 ニィッと笑いつつ、右腕に力こぶを作ってドヤ顔しているストーム。

 どうやら何かのスィッチが入った模様。

「そうかそうかそうか、俺の夢が叶う時が来たか‥‥フフンフーンフーン♪」

 と笑いながら、鍛治工房へと戻るストーム。

「ちょ、何かおかしいぞ、何があった?」

「ヒーローといえば、コンバットスーツと武器だろうが。俺は、俺の全てをつぎ込んで、最高の装備を作る事にした」

 と呟いて、ストームは工房に戻って行った。

「神よ‥‥何で私だけこんな目に?」

 そう呟きながら、マチュアはトボトボと礼拝所に戻り、ラグナ王城へと転移した。



 ○ ○ ○ ○ ○



 ラグナ王城地下。

 いつもの魔導器保管庫は魔導兵団詰所と一つになり、今はミストの管理下に置かれている。

 そこの一角にある掲示板には、大勢の魔術師達が集まっている。

 マチュアは転移の魔法陣から外に出ると、そこで集まって頭を抱えている魔術師たちの所へと向かった。

「ま、マチュア様、何かヒントを」

 と縋り付く魔術師もいるようだが、マチュアはただ一言。

「そうだねい。ミスト殿に助力を求めるのは許す。但し執務時間外で、彼女が良しと言えばだ。ミスト殿に会いたいのだが、何処に?」

 と問いかけると、魔術師の一人が奥にある詰め所を指差した。

「執務室で仕事をしております」

「では、失礼して」

 とミストの元に向かうと、ミストもまたマチュアの出した問題を『複写(コピー)』の魔法で写し取って、それを眺めつつ頭を抱えていた。

「むむむ‥‥‥あらマチュア、何かあったのかしら?」

「いや、普通に遊びに来ただけなのですが、何でミスト殿まで?」

 と問い掛けると、ミストは愛想笑いを浮かべていた。

「だって、悔しいではないですか? 私の元に師事していた者達が、まさか、私よりも魔導の深淵に近づくなんて」

 と告げられて、マチュアはため息一つ。

「はぁ、そんな理由で‥‥では少しお待ちください。この場所を借りますよ」

 と話した後、『魔導工房(ファクトリー)』と『魔術創造(ビルドアップ)』の二つのスキルを合成して『深淵の書庫アーカイブ』と言う魔術を完成させる。

 これも賢者のスキルによる合成であった。

 それを発動すると、マチュアの周囲に完全球形状の立体魔法陣が生み出された。

 その中で、マチュアは自分の魔力から『知識のスフィア』を形成すると、それを手に結界の外に出る。

「はい、ミストにあげる。魔術師の最高位魔術、錬金術師の中級知識、賢者の初期知識が収まっているスフィアです。基本、魔力の塊だから、すぐに取り込んでくださいね」

 と、知識のスフィアをミストに手渡す。

 賢者のスキルにより、様々な知識や技術を『スフィア』という形で形成できるようになった。

 以前のミスリルゴーレムを作る時に用いた『魂のスフィア』を形成出来たのは、この事前現象のようである。

「あら、良いのかしら?」

「当然。但し使いこなせるかどうかは、ミスト次第だからねぇ」

 ニマニマと告げられて、ミストは手渡されたスフィアを手に取ると、それを魔力分解して取り込んだ。


――キィィィィン

 ミストの全身に魔法陣が形成されて、それは額の部分に集まり始める。

 やがてミストの額には、小さい魔法陣が形成された。

 そしてそれは、静かにスーッと消えて行った。

「ふう。この知識量は半端じゃなく凄いわね。正直言うと、今手渡された知識と魔術、半分ぐらいは理解できないわね」

「あ、ミストでも半分ぐらいは分かるのか、なら後は頑張って自分で研究解読してね。分からなかったら教えてあげるから」

 と課題の羊皮紙を見せる。

 それをジッと見つめると、ミストもため息一つ。

 先程までとは違い、全てを理解出来るのである。

「貴方って、本当にいい性格しているわね。解読出来たとしても、この課題なんてこなせる人居るのかしら?」

「だから、もしいたら弟子にしてあげるよ」

 とマチュアはニィッと笑った。

 羊皮紙には、以下のような言葉が記されて居る。


 ○ ○ ○ ○ ○ 


・課題1

 白銀の賢者マチュアが貴殿を弟子とするために、以下のものより承認を求めよ。


 レックス・ラグナ・マリア

 ケルビム・ラグナ・マリア

 ブリュンヒルデ・ラグナ・マリア

 パルテナ・ラグナ・マリア



・課題2

 シルヴィー・ラグナマリア・ベルナーを満足させる事の出来る菓子を作って献上せよ。


・課題3

 シュミッツ・ラグナ・マリアを満足させる事の出来る武具を見つけ出し献上せよ。


・課題4

 ミスト・ラグナ・マリアを満足させる事の出来る魔導器を探し出して献上せよ。


 ○ ○ ○ ○ ○ 


「これって実質不可能ではないかしら?」

 と告げつつ、ミストはテーブルに羊皮紙を置いた。

「武具はストームの所で入手可能、菓子はシルヴィーの所にいるシュバルツカッツェという侍女が、私の菓子レシピを持っているので問題はない。ミストの魔導器は、これで十分でしょ?」

 と、いま付けているイヤリングを一つ手渡す。

 ミスリルと魔晶石で作られた、小さなイヤリングである。

「これは?」

「あ、魔術師スキルの鑑定眼で見て頂戴」

 と告げられて、ミストはスキルを起動。

 今まではミストでも使えなかった『鑑定眼』のスキル。

 それが、簡単に使えるようになったのである。

「え、えーーーーーーーっ、何これ?」

「距離に関係なく、そのイヤリングをつけている者同士は念話という意思での会話が可能になります。但し、試作品なので、完成には時間が掛かるのよ」

 と告げて、マチュアはミストからイヤリングを受け取る。

「課題4を解読して私の所まで来られたなら、これの完成形をミストにはお渡しするわ」

 とあっさり告げる。

「難題は、皇帝達の承認よね」

「でも。実質賢者の弟子になるのだから、それぐらいはやって貰わないと。ミストに渡した知識と同等のものを得るのよ?その危険性を考えると、そうホイホイと承認なんて出来ないでしょ?」

 と淡々と説明する。

 マチュアのもつ賢者の知識ならば、単独で一国を滅ぼすぐらい出来なくはない。

 但し、マチュア自身にその気がないのと、何らかの理由でスキルを悪用出来ないようになっている。

 どうやらマチュアの潜在意識の中で、それらの思想と行為に対してロックが掛かっているようだ。

「そ、そうね。確かにそうね」

「という事です。折角なので、ちょっと遊んでいきますね」

と、マチュアは再び『深淵の書庫アーカイブ』を発動し、夜遅くまでその中で様々な魔導器を作製していた。


 そして翌日の朝。

 早朝、いつものようにミストは詰め所に姿を現す。

 六王は10日おきにラグナ王城を訪れ、内政や自分たちに与えられた執務を行うように皇帝に告げられているらしい。

 そしてミストは詰め所の横の倉庫の隅で、『深淵の書庫(アーカイブ)』の中に篭って眠っていたマチュアを見つけると起こしに向かった。

 深淵の書庫アーカイブは、これ自体が完全な防御結界でもあるらしい。

「呆れたわね。まさか朝まで?」

 と呟くのを聞いて、マチュアがゆっくりと目覚める。

「ふぁぁぁぁぁぁぁ。おはようございます‥‥」

 と呟きつつ、結界の中から外に出るマチュア。

「そのまさかですよ。ちょっと研究に集中していたら寝落ちしていました。ということで、これ、六王に配ってください」

 と空間の向こうにある『チェスト』から、少し大きめの水晶玉を手渡す。

「またとんでもない所に、色々なものを仕舞ってあるのねぇ」

「空間の向こうに空間拡張のバックがあると思ってくださると助かります。賢者の秘技です」

 とごまかしつつ、もう一つ水晶玉を取り出した。

「これを一つ持って、あの壁際まで行ってください」

「はいはい。これから一体何が起こるのか‥‥」

 と呟きながらミストが壁までたどり着いた時、マチュアも一つの水晶玉に魔力を注ぐ。

――ブウウウン

 とマチュアの持つ水晶玉に、ミストの姿が映し出される。

 同時に、ミストの持ってる水晶玉にもマチュアが映し出されていた。

「聞こえますかね?」

『うわわっ。き、聴こえるし見えますよ。これは一体何ですか?』

「その辺に転がってた魔導器を解析して修理したものですよ。使い方はこう‥‥」

 と『念話の宝珠』と言う名の魔導器の使い方を説明した。

「六王と皇帝の分、合わせて7つありますので、ミスト殿が配り歩いてくださいねー」

『な、なるほど。これは便利な魔導器ね。そろそろ戻っていいかしら?』

「はい。それでですね。これを小さくしたのが、昨日見せたイヤリングです。完成したけど、暫くは私がテストしてみますね」

 とマチュアは自分の耳につけたイヤリングを軽く指で弾いた。

 そしてマチュアの元に戻ってきたミストが、頭の中で今見たことを推考している。

 幾つかの技術は頭の中で理解出来たらしく、ははぁ、とかふむふむ、とか頷いている。

「それにしても流石は賢者ね。このような便利なものが作れるなんて」

「いや、かなり不便で面倒臭い道具なんですよ」

 と告げるマチュア。

 その真意が分からないミストは、取り敢えずは他の五王と皇帝の元に、念話の宝珠を渡す為に階段に向かうと、そこで立ち止まってマチュアを呼んだ

「そう言えばマチュアは面倒くさいのは苦手でしょ? レックス皇帝の所に向かうから、ついでに賢者の叙任も終わらせちゃいましょう?」

 とあっさり告げられる。

「それは助かりますね。でも六王の承認は?」

「そろそろシルヴィーとパルテノが王の努めでやってくるはずよ。ケルビム老とブリュンヒルデは今日までのお努めだから、その交代でね」

 六王のうち五王もいるのなら手っ取り早い。

 という事で、とっとと叙任を受けるために、マチュアとミストは皇帝の間へと向かう事にしたのである。



 ○ ○ ○ ○ ○ 



 皇帝の間。

 その日で王の勤めの期間を終えて帰国するケルビムとブリュンヒルデ、そして今日から努めが始まるパルテノとシルヴィー、ミストの五王が集まっている。

 形式は、以前シルヴィーが王家に戻った時と同じ儀式である。

 ブリュンヒルデが書面を読み上げ、口上を述べる。 

 それに一つ一つ頭を下げるマチュアであったが、最後のレックス皇帝の言葉に、マチュアは思いっきり吹き出しそうになった。

「‥‥以上を持って、マチュアに『白銀の賢者』の称号を与える。この称号を持つものは、六王と同等の権力を得ることとなる。この場にいる五王が承認となる、以上だ!!」


「「「「「我ら五王、承認となる事を誓います」」」」」


――ブワッ!!

 マチュアの瞳から涙があふれる。

 もう、どうしていいか頭の中が混乱しているのだ。

 決して嬉し涙ではない、どうしていいか分からない混乱の涙である。

「皇帝陛下、マチュア殿はどの領地を治める事になるのですか?」

 とケルビムが皇帝に問い掛ける。

「そうだなぁ‥‥」

「ちょ‥‥ちょーーーっと待って下さい、恐れながら皇帝陛下。私にはその土地を治めるというのは時期尚早かと思われます。今暫くはお時間を頂きたいと」

 とマチュアが叫ぶ。

 これには、その場に居合わせた五王も驚いたのである。

 誰もが望む領地の支配権。

 それをマチュアは辞退しようとしていたのである。

「権利を持つものは義務も有する。と言いたい所だが、マチュアよ、この言葉を聞いて今暫くは自由に生きるがよい‥‥ミスティは我に申された。これも『魂の修練』であると!!」

 そのレックスの言葉に、マチュアは力が抜ける。

「そ、そういう事でしたか。皇帝もお人が悪い。いつからご存知ですか?」

「貴公がこの地を訪れた時に、夢の中で天啓を与えられたのだ。ミスティとセルジオ、二人の神にな‥‥それに、我が王家には、一般に公開できない古い詩篇が残されていてな。過去の約定もあるのだ」

 どうやらレックス皇帝が、この地での二人に対しての代理人なのであろう。

「は、はは。神様ひどいや‥‥」 

 としばし深呼吸をして動揺を落ち着かせる。

 そして一息つくと、再び皇帝の方を向き直り、ゆっくりと口を開いた。

「では改めまして。このマチュア、皇帝から与えられた『白銀の賢者』の権利と義務、謹んで拝命します。領地についてですが、それは後日という事で宜しいでしょうか?」

「うむ。それは構わない。マチュアが独自の王国を築きたいと申しても、我は断る事は出来ないからなぁ」

 と皇帝がにこやかに告げた時。

 その場が一瞬だけザワッとした。

 明らかに一瞬ではあるが、皇帝とマチュアの立場が逆転してたのである。

「こ、皇帝陛下、一体何があったのですか?」

 皇帝陛下が告げた『魂の修練』。

 その言葉から先の話は、五王には理解できなかった。

 そして皇帝のマチュアに対する態度も柔らかくなっていたのである。

「そうだな。古き先代からの盟約、とだけ告げておこう。諸王らは、マチュアに対してはいつもどおりで構わない。むしろその方がマチュアは気が楽なのであろう?」


「「「「「仰せのままに」」」」」


 と五王が頭を下げて、叙任の儀式は終わった。

 そしてマチュアが『白銀の賢者』の叙任を受けたことが、帝国各国の貴族やギルドに一斉に通達されたのである。

『但し、マチュアに対しての礼節については、彼女が望まぬ限りは一介の冒険者のそれと同じ対応で構わない。彼女が幻影騎士団の紋章を掲げた時は、何人も逆らってはいけない』

 という但し書きを付け加えられて。

 

 マチュアが『白銀の賢者』の称号を受けて皇帝の間から出ていった後。

 廊下で五王が、マチュアが出てくるのを待っていた。

「お、驚いたのぢゃ。マチュアがこんなに凄いとは、思ってもいなかったのぢゃ」

 とシルヴィーが喜んでいる。

「あーー。私は幻影騎士団の参謀ですから、今まで通りでいいですよシルヴィー様」

「そ、そうか。でも‥‥うむ、妾は考えるのやめた!!」

 と豪快に笑う。

「この帝国で『白銀の賢者』の称号が付けられたものは、じつに1000年前の勇者アレキサンドラ以来じゃな。彼女と共に世界を歩いていた魔術師に、『白銀の賢者』の称号が与えられたという言い伝えが残っていてのう‥‥」

 とケルビムが告げる。

「私も口伝では聞いた事がありますが。500年前にいた東方の賢者は叙任していませんでしたからねぇ。本当にいたとは知りませんでした」

「アレキサンドラと共に戦っていた騎士がシュミッツ家とブリュンヒルデ家、その者達と共に行動していた司祭がパルテノ家じゃよ」

 とブリュンヒルデに続いてケルビムが告げる。

「ミスト家はまだ新しい為、それらの勇者との繋がりはないが、パルテノ家と共にラグナの魔術の双璧を成していた立派な王家じゃ」

 ふむふむと皆が頷いて話を聞いている。

 このような話が行われるのは、極めて珍しいのだろう。

「そして当時、アレキサンドラと共に旅をしていた、魔術の深淵を極めたものが我らがケルビム家の遥か先代じゃよ。賢者の称号は我が血にも流れていたのじゃよ」

 その言葉には、ケルビム以外の王は驚いている。

「我が王家は、ラグナとマリア、二人の血筋によって伝えられている。長兄であった王の血筋が代々皇帝を名乗り、その兄弟の血筋が皇帝を補佐する。2000年間、この形は変わらなかった。ただし、その皇帝の血筋に対して絶対の力を持つものが賢者じゃ。賢者はな、帝国の基盤が揺らぐ時、姿を現して帝国を助けてくれる存在らしい‥‥」

 ゴクリと息を呑む一行。

「では、また何かが?」

「ミストからの報告が正しければ、この大陸は戦火に見舞われるであろう。いまはそれらの情報を集めることが第一じゃ。それを見越したからこそ、このタイミングでマチュア殿を『白銀の賢者』に叙任したのじゃろう」

 というケルビムの言葉で、全員が納得した。

「さて、それでは我々はそろそろ帰るとしよう。国に戻っても仕事がありそうだしのう」

 そのケルビムの言葉に笑いつつ、一行はその場で解散となった。



 ○ ○ ○ ○ ○



 もう頭の中がショートしそうになっているマチュア。

 一旦カナンの自宅に戻ると、数日は何も考えずにまったりとした時間を過ごしていた。

 その後、今の気分を紛らわすために、サムソンの店に向かって開店準備を始める。

 カナンの店よりも好き勝手に出来るため、ストレスの解消にはなるのである。

 もっとも、営業許可を取るとき、マチュアの料理を食べたことのある酒場や食堂の経営者から反対の声が上がってしまったため、『馴染み亭』はサムソンでは週に一日だけの営業になってしまった。

 まあ、あの料理を毎日出された日には、他の食堂も商売上がったりとなるし、ここは趣味でやる店なので、それでもかまわないとマチュアは思った。

「よし、これで完璧だ。あとは客が来るのをのんびりと待つか‥‥」

 チラッと外に出てストームの家を見る。

 今日はまだ戻ってきていないらしい。

 そして、開店後にやってきた客の話によると、いまの時期は鉱区に向かって鍛冶に必要な材料を取りに行っているらしい。

 ということで、取り敢えず昼間のうちにカナンに戻って色々と材料を買い込むと、夜にはまたサムソンで店を開く。

 サムソン営業日以外はカナンで過ごし、週に一度だけこちらに遊びに来る。

 そんなことを暫く続けていた。


――ガヤガヤガヤガヤ

 その日もカレンやデクスター、サムソンに居着いたウルスとかいう鍛冶師が店にやってきて楽しそうに飲んでいる。

 このサムソンでの営業日は7日に一度だけ。

 それがここの商人ギルドで交わした約束である。

 いつものように店を開けてすぐに常連がやってきて馬鹿騒ぎをしていたら、ふとストームが二階の礼拝所から降りてきた。

「おやストームお帰り。何処いってたんだい?皆んなで飲もうって誘いにいったのに」

 と告げるが、ストームはすでに満身創痍であった。

「はぁ、もう疲れたわ。取り敢えず明日、大切な頼みがある。が、もういい、酒だ。ドラゴンソーセージも頼む!!」

 と、ストームは自棄酒モードに突入した模様。

 それを見て、カレン達もジョッキを持ってストームの元に集まって来ると、そのまま暫くは楽しい酒に酔いしれる事となった。



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