イェソドから・その17・伝承技と、新スキル
ロシアン達も訓練に参加する事になった翌日の朝。
まずマチュアはアメショーの体内の魔力回路を開放、その後はテルメアに託してライナスとマンチカーンの元に向かう。
「魔術の訓練は魔力回路が開いた時から始まるから、テルメアは分かっているよね?」
「はい。それではアメショーさん、これから始めますので……まずは詠唱を覚える所からですね?」
「詠唱?」
「ええ。ではまず、体内の魔力を集めて循環する所からですね」
うんうん。
アメショーさんはあのままでいい。
ちゃんとテルメアに書き直して、学ぶ姿勢が大切だから。
それはマンチカーンも同じ。
「ほう。この丹田に集まる心力を練り上げるとは……こうでござるかな?」
「え?あ、あれ?マチュアさん、ちょっと見てください。マンチカーンさんのはどこか違いますよね?」
ほう。
ライナスにも違いがわかってきましたか。
そしてマチュアにも、マンチカーンの体内をめぐるものが分かっている。
「あ、やっぱりか。マンチカーンさんのは『気功』だね?」
「気功?それは闘気とは違うのでござるかな?」
「うーん。説明が難しい。闘気と気功、どっちも心力を体内で練り上げるものに違いはない、基本同じ。簡単に言うと、こっちの大陸の闘気法はマンチカーンさんの国では気功法と呼ばれている。名前の違いなんだけどね」
更に付け加えると、気功は自身の体を強化する事に長けていて、闘気は武具を強化する事に長けている。一長一短ではあるけれど、力の闘気。技の気功と考えると今はいいかとマチュアは判断した。
「では、拙者はこのまま続けても良いのでござるな?」
「そう言うこと。そんじゃあ、そろそろロシアンの修行だな。まずは私の真似をして、こう座って……」
そう告げて、マチュアはその場で胡座をかいて地面に座る。するとロシアンも真似てゆっくりと座る。
「そんじゃあ、ゆっくりと深呼吸。体の全身で、この世界に存在する大樹の加護を感じ取る事から始めようかな……」
「そんなのどうやってやるんだ?」
「目を閉じて、五感ではなく感じる。大樹の加護があれば、周囲に光魔力を感じる事が出来る。それを感じるまでは、ただひたすらこれを続ける事」
「ふん……」
静かに目を閉じるマチュアとロシアン。
やがてマチュアの周囲には光魔力が集まり小妖精の形を取り始める。
これには、離れた場所で特訓している四人にもはっきりと見え、驚いた顔をしている。
だが、ロシアンの周りにはまだそれらしい光は集まって来ない。
時折難しい顔を見せたりするが、マチュアはロシアンの真剣な雰囲気はちゃんと感じていた。
(まあ、そんなすぐは無理だよ。けど、真面目に取り組んでいれば、いつか叶うから……)
そっと薄眼を開けてロシアンを見る。
その周りには、まだ実体化していないものの、少しずつ光魔力が集まっているのが見えていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
食後の一休み。
マチュアとテルメア、ライナスがゴロンと昼寝をし始めると、アメショー達は困った顔をしてしまう。
「あ、あら?午後の鍛錬は?」
「午前中で使った魔力や心力を昼寝で回復する。そのあとで午後の簡単な訓練さ。ロシアンは別メニューな、午後は体術だ」
「はぁ?なんで俺だけ別なんだよ?」
「あんたリーダーだろ?それだけ強くなってもらわんと困るんだわ……という事で昼寝タイムな」
ゴロンと転がるマチュア。
すでにテルメアもライナスも寝息を立てている。
仕方なくアメショー達も転がると、静かに空を見上げる。
「こんなにのんびりしたのって。久し振りな気がするわ」
「うむ。今までは、ただ毎日依頼を受けてこなすだけ、夜に酒を飲んで馬鹿騒ぎ……こんな日々の送り方など久し振りでござるよ」
「ま、たまにはいいんじゃないか?」
二人の話に相槌を打って、ロシアンもゴロンと寝返りを打つ。
やがて寝息が聞こえてくると、アメショー達ものんびりと昼寝を楽しむ事にした。
………
……
…
「そんじゃ、まずは歩法からな。これから教えるのは、武器を伴わない戦闘術、基礎練習と金剛八式っていうのからな。これは三日でやり方を教えるので、後は毎日欠かさずやる事」
「ああ。体力には自信がある、いつでも良いぜ」
そう呟いたロシアンだが、一時間後には全身汗まみれで大地に転がっていた。
「ハァハァハァハァ……お、お前は化け物か?何でそんなに動き続けられるんだよ?」
「はぁ?この基本が出来ないと何もならんのよ。取り敢えずロシアンは基礎練習と金剛八式ちゃんと覚えるまで手加減しないからな」
「わ、わかった。わかったから少し休ませてくれ」
「それは構わないよ。動けるようになったらまた一から始めてね」
そう告げて、マチュアも金剛八式の型をなぞる。
桃提馬歩捶から欄捶、千斤墜崩捶、扁跳脚落足匝、大纏冲二捶。そして劈桃掌梢挂、磋歩托天掌、横打掌へ。
一連の型をなぞると、次は丁字八歩式。
套路の基礎もしっかりと習う。
衝捶、搨掌、降龍、伏虎、劈山、圏抱、探馬、虎抱。
八つの型をなぞり、また金剛八式へと戻る。
ただひたすらに、マチュアは黙々と練習を続ける。
今までもこの二つは毎日続けていたが、人目に付かない所での鍛錬しかやっていなかったので、このように人に披露する事などなかった。
そしてマチュアのその姿を見て、五人は敵わないと感じ、そして追いつく為に訓練を再開する。
そんな日々が三日も過ぎた頃、ライナスとテルメアにも変化が出てきた。
………
……
…
いつものように宿の酒場で六人で朝食をとっている時。
「マチュアさん、スキルが、俺の盾技のスキルが変化していました!!」
「私もですわ。マチュアさん見てください」
「へえ。何が変わった?」
そう問いかけると、ライナスは冒険者カードを提示する。
その裏に記されているスキル欄を見て、または思わず笑ってしまう。
・ライナス
スペシャルアビリティ:闘気法
固有スキル:頑健
第一スキル:極盾術/レベル5/初伝/ロック
第二スキル:剣技/レベル5
第三スキル:採取/レベル5
第四スキル:未覚醒
第五スキル:未覚醒
・テルメア
スペシャルアビリティ:魔力操作
固有スキル:貞淑
第一スキル:弓技/レベル4
第二スキル:短剣技/レベル2
第三スキル:採取/レベル4
第四スキル:一般魔術・第ニ聖典/レベル3/ロック
第五スキル:未覚醒
すでにライナスは基礎修練を終えたらしく、初伝というランクに昇華している。しかもスキル名に『極』の文字が付与されていた。
テルメアもレベルが上がり、第二聖典までの魔法が使えるようになっている。
その報告を受けて、アメショーたちも複雑な表情であるが、まだ始めて数日の三人と、すでに半月以上特訓しているライナスたちを一緒にしてはいけない。
「はぁ。私はようやく第一聖典が0レベルで身に付いたばかりなのよ?嫉妬しちゃうわ」
「拙者もしかり。まだ気功術も未熟ゆえ、スキル化は出来ないでござるなぁ」
そう告げると、全員がロシアンを見る。
「な、何だよ。俺はまたステータスが上がっただけだ。同時に二つやっているんだ、そうそう上がる筈がないだろうが」
「そうでござるなぁ」
「まあ、頑張っていきましょう」
そんなこんなで食事も終えると、今日もアメショーとマンチカーン、ライナス、テルメアは城塞外で訓練。
マチュアはロシアンを連れて大樹の下にやって来る。
「何だ?俺だけ別メニューか?」
「そ。大樹の活性化をしないとならないので、ついでにお伺い立てるのよ……まあ、付いて来なさい」
ゆっくりと大樹に触れて神威を注ぐ。するとマチュアの神威はマナラインまで届いているのをしっかりと感じ取る事が出来た。
『わし、復活』
「お、シャダイのじっちゃん、元気になったか?」
『うむ。だが、まだまだ道のりは遠いなぁ。この調子で次の街も頼むぞ……と、そこにいるのはライアード家の三男だな』
「知っているのか雷電!!」
『そのネタはわからないから放置。ほう、久しぶりに見ると、随分と魔力回路も開いておるし、光魔力にも好かれているようじゃなあ』
「そうなのよ。なので、彼に神聖魔術を授けて欲しいのよ」
そう問いかけると、大樹からなんで?という意思が見えた。
『なんでじゃ?』
(私が授けたら、私がいなくなったら使えなくなるじゃないのよ。なのでシャダイが授けろ)
『良かろう。この世界から神聖魔術が失われて数千年。そろそろ良いのかもしれないなぁ』
「じゃあ、あとは宜しく。ロシアン、大樹に手を添えてくれるかな?」
そう促されると、ロシアンもそっと手を触れる。
すると、今まで感じられなかった光魔力が一気に体内を駆け巡る。
「うぉぉぉぉぉぉ……何かが俺の体の中を駆け巡るぅぅぅ。スパァァァァァク!!」
「うっさいわ。それが大樹であるシャダイの意思だ。ロシアンは許可を貰えたんだよ、神聖魔術のスキルを使う許可をな」
「な、何だと?神聖魔術だと?」
「ああ。そんじゃ後はいつもの訓練な。外にいるみんなと合流してくれや」
そう説明すると、マチュアは手をヒラヒラと振って大樹から離れて行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──ガラガラガラガラ
マチュアが大樹から離れて宿に向かった時。
その後ろから、聖大樹教会の馬車がゆっくりと近づいてくるのを、マチュアは感じ取っていた。
(そろそろのタイミングかと思ったけと、ビンゴだったかぁ……)
心の中で呟くと、マチュアはすぐに抵抗系スキル全てを有効化する。
「おお、このような所にいましたか。聖女様、実はお願いしたい事がありまして」
馬車が急停止すると、中からシェイク最高司祭が降りてくる。
揉み手でマチュアに近寄ると、丁寧に頭を下げて話を勝手に始める。
「実はですね、この、街から少し離れた村で難病に苦しむ子がいまして。残念なことに我々の癒しでは力及ばす、是非とも聖女様に癒しの加護をお願いしたいのですよ?」
という詭弁だろうとマチュアは瞬時に理解したので、この話に乗る事にした。
「そうですか。では、そこまで案内していただけますか?すぐに向かいます」
「それでは馬車へどうぞ」
「それには及びませんよ」
瞬時に足元に魔法陣を起動させると、そこからゴーレムホースを召喚すると、そこに勢いよく跨った。
「では先導をお願いします」
「畏まりました、聖女さま……」
マチュアには見えない角度で笑みを浮かべると、シェイクはゆっくりと馬車を走らせた。
やがて馬車は城塞の外に出ると、真っ直ぐ街道を走り続ける。
やがて獣道に入り旧街道へと抜けていくと、目的地の廃村へとたどり着いた。
「それで、シェイク最高司祭殿、話にあった病人はとの家にいるのですか?」
馬から降りて前方で止まっている馬車に近寄る。
だが、シェイクの言葉は帰って来ず、そのかわり馬車の陰から黒服の男性・魔人シドニーが姿を現した。
「おおおお、これほど上質で濃厚な魂は初めて見たぞ。でかしたシェイク。約束通り、貴様の魂も魔人核に昇華してやろう。我らが魔族の末席に立つことを許可する。暫し待たれよ」
「ありがたや……聖女さま、そちらの方が話にあった方です。ではお願いします」
窓から顔を出してニヤニヤと笑っているシェイクに、マチュアはワナワナと震えながら叫ぶ。
「わ、私を騙したのですねシェイク。それにこの男は魔人ではないですか?まさか私を魔人に売ったのですか?」
「はーっはっはっはっ。その通りだよ。貴様の魂を捧げることで、俺も魔人の永遠の命を得る事が出来るのだよ。せいぜい足掻くんだな」
その言葉が聞きたかった。
マチュアは懐から記憶水晶球を取り出してシェイクに見せる。
「はい言質取りました。シェイク、貴方の言葉は王都の教会まで届けますので、最高司祭が悪魔とつるんで市民を売り飛ばす、処刑で済めばいいんだろうけどねぇ」
ニヤニヤと笑うマチュア。
そしてシドニーの方を向きつつ記憶水晶球を空間収納に放り込むと。
「そんじゃあ、あんたにも退場してもらいましょうか。初めまして、マチュアと申します。そしてさようなら。この世界は魔族には勿体無いのでね?」
「ほう。貴様も己の力量を過信するタイプか。なら、せいぜい苦しまないように一撃で殺してあげよう」
シュンッとシドニーの姿が消滅する。
そして一瞬でマチュアの背後に姿を表すと、鋭利に伸びた右手の爪で、マチュアの首を一撃で切断して……。
──ブゥン
首を飛ばされたマチュアの姿が一瞬で消える。
やがてシドニーの正面にマチュアがフッと姿を表すと、シドニーに向かって一言。
「残像だよ。一撃で殺すんじゃなかったの?」
マチュアのお得意技、煽るスタイル。
これにはシドニーも表情が変化すると、鉄面皮のような顔でマチュアをじっと睨み付けた。






