イェソドから・その16・魔族と貴族と
教会からやって来た司祭達の心をへし折ってから二日後。
今日は城塞外で二人の特訓に付き合う事にした。
まずは簡易厨房を作り出し、鍋に材料をぶち込んでグツグツと煮始める。
「あ。あれ?マチュアさん特訓は?」
「これからやるよ。私はここから魔法で攻撃するから、二人は特訓の成果を見せてね?」
「「はい?」」
まあ、当然の反応ですなぁ。
呆気にとられている二人をよそに、マチュアは頭上に大量の力の矢を生み出す。
するとライナスはすぐさま盾を構えると、闘気をゆっくりと練り始めた。
受け止めるライナスと、テルメアも対抗魔術で力の矢を生み出すと、マチュアの動きをじっと待つ。
「お、いい判断だ。なら適当に行くから覚悟してね。深淵の書庫起動、魔術操作を並列思考により処理開始。対象はライナスとテルメア、命の危険まで陥ったら停止……それいけレッツゴー」
マチュアの掛け声と同時に、全ての力の矢が深淵の書庫の周囲に集まる。
あとは全自動でランダムに射撃が開始される。
「う、うおう!!いきなり二発もですか」
「我が魔力よ、光となりて敵を貫けですわ!!」
すぐさま大盾に闘気を巡らせて受け止めるライナスと、力の矢に同じ力の矢をぶつけて相殺するテルメア。
テルメアはこの数日で詠唱構文もかなり短縮されているし、ライナスは3回に一回はちゃんと大盾にも闘気が流れているのがわかる。
「うん、いい感じだなぁ。その調子で頑張るのだよ?」
「「はい!!」」
元気のいい返答。そしてライナスは闘気が途切れて大盾ごと後ろに吹き飛ばされ、テルメアは軌道を読み間違えて体に力の矢が直撃する。
力の矢はダメージ属性が『衝撃』のため、外傷はそれほど無いが衝撃で後ろに弾き飛ばされる。
それでも当たりどころが悪かったら脳震盪や内臓破裂の可能性もあるが、その辺りは深淵の書庫がちゃんと制御してくれているようである。
「そんじゃあこっちも続きとしますか。オークバッファローのカレー、隠し味はパイルの実を加えて……うむ、程よい酸味ですなぁ」
日本流でいうなら『豚肉とパイナップルのカレー』。某天才少年料理人でお馴染みのものである。
これをゆっくりと冷ましつつ、マチュアはとなりの調理台でパン生地をこね始める。
丁寧に丁寧に、そして時に大胆に。
そうやって昼頃にはパン生地もカレールーも完成するが、既にライナスとテルメアは草原で横たわっていた。
………
……
…
「お、生きてる?」
「そ、それは何とか……」
「私はもうダメですよ、魔力が切れましたので」
「あっそ。それなら一度昼ご飯にして一休みするといいよ。回復して再開する時には声を掛けてね?」
そう告げてから、側に設置したテーブルに昼ご飯を用意する。
二人はそれをゆっくりと食べてから、もう一度体を休めるために昼寝する事にしたらしい。
草原にシーツを広げ、そこでのんびりと休む二人を見て、マチュアも一休みしようと思ったのだが。
──ガラガラガラガラ
城門から出てくる馬車が二台。
扉には聖大樹教会の紋章が刻まれている。
「おやまぁ。あんなに速く走って、一体どこに向かう事やら。ちょいと気になるねぇ……」
気になったら調べる。
なので、マチュアは親指に針を刺して血を垂らすと魔法陣を起動、そこから魔力で出来た鷹を生み出す。
「ふぅ。ジ・アースの第三聖典にある使い魔召喚の起動。今回はジャンガリアンハムスターじゃなく鷹で。ここ一番では使える魔術よね。じゃあお願い」
マチュアの言葉を理解した使い魔は、そのまま上昇すると上空を旋回、やがて一直線に飛んで行った。
──ピッ
鷹の目で見たものはすぐさま深淵の書庫に転送される。
すぐさま深淵の書庫には聖大樹教会の馬車が映し出されるので、そのまま追跡を頼んでマチュアは再び仕込みを続ける事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
暗い森林。
街道から外れて馬車は寂れた脇道を進んで行く。
やがて一刻も進んでいくと、道は広い街道につながる。
かつては本街道と呼ばれていた道、彼方此方が崖崩れや陥没で使えなくなったので、大部分が荒れ果て、今では通る者もない。
その元街道の先、人が来なくなった為に捨てられた廃村に馬車はゆっくりと入って行く。
「ふぅ。あの道を使うのはそろそろ考えた方がいいですな。こう、尻が痛くなって敵いませんが」
「今暫くの辛抱だ。そろそろ時間だな……」
最高司祭のシェイク・ランスか空を見上げる。
すると彼の目の前に魔法陣が展開すると、黒服の男性が姿を現した。
黒髪長髪細身の男性、全身を黒いスーツで身を包み、背中からは翼竜のような翼を広げている。
頭部には左右から後ろに伸びる二対の黒いツノ。その存在が、シェイクをまるでゴミでも見るように見下している。
「報告を聞こう」
「はっ。これは魔人シドニー様、本日もご機嫌麗しく」
「世辞はいい。それで、街の様子はどうなのだ?」
やや苛ついた雰囲気で問いかけるシドニー。するとシェイクは揉み手で話を続ける。
「実は、シドニー様のお耳に入れておきたい事がありまして。リンシャン市に聖女を騙る詐欺師が現れました」
「ほう?」
シェイクの言葉に興味を持ったのか、シドニーの表情がやや緩くなる。
それで手応えをつかんだのか、シェイクはニイッと笑って話を続けた。
「その者は、人を癒す力ばかりか死者をも蘇生するスキルを持っています。それだけではなく、報告では錬金術でゴーレムを作り出したり、魔法薬なるものを作っていたりしています。まあ、皆どれも眉唾で、何か裏があるのではないかと」
そう告げると、シドニーが満面の笑みを浮かべている。
「でかしたぞシェイク。その聖女とやらを連れて来い、それほどの魂となると、最高級の魔宝石が生み出されるだろう」
「畏まりました。では近いうちに……それでですね」
「わかっておる。ほれ、これが今週の分だ」
 
そう告げてシドニーは一振りの杖をシェイクに差し出す。
それを受け取ると、シェイクはニィッと笑みを浮かべてしまう。
「しかし人間というのは実に不便だな。魔導具がないと怪我を癒す事も出来ないなんて……分かっているな?」
「ええ。街の中で使うときは建物の中で。日光の下では光魔力の影響で回復の杖は効果を発揮しない、ですよね?」
「それで良い。我々魔族の作る魔導具は、光魔力の元では効力を発揮しない事が多いからな。だが、貴様のいる建物の中ならば、大樹から離れているから問題はない。では、また報告を待つ」
それだけを告げると、シドニーの身体が影のようになり、魔法陣の中にすっと消えていく。そしてシェイクも馬車に急いで戻ると、街へと馬車を走らせて行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「成程なぁ、奇跡を起こせと言ったが、まさかそう言う仕掛けだったとはねぇ……それにしても、魔導具を作る魔族とはまた新鮮だなぁ」
シドニーとシェイクのやり取りを、マチュアは深淵の書庫を通じてじっと観察していた。
気付かれないように距離を取っていたのだが、鷹の聴覚も伊達ではなかった。
「でもまあ、これで魔族との接点も出来たか……次の一手をどうするかなぁ……って、何であんたらがそこに座っているんだよ?」
ふと気がつくと、簡易厨房の横のテーブル席で、ロシアンとアメショー、マンチカーンの三人が旅荷物を置いて椅子に座っていた。
「一人銀貨一枚でいいかしら?」
屈託無く言いながら、テーブルに銀貨を三枚おくアメショー。そしてマンチカーンも期待に身体をそわそわし、ロシアンは腕を組んでムスッと座っている。
「はぁ。ま、仕方ないか。それよりもチーム・おニャン子クラブは何でこの街に?」
「誰がおニャン子クラブだ!!奥の街での依頼が終わったから王都に戻るだけだ」
「こう見えてもハイランカー冒険者なのでなぁ。依頼については引く手数多でござるよ……と」
トントントンとカツ丼三人前、味噌汁おしんこ付きを並べるマチュア。
すぐさまフォークを手に三人組は食べ始めるが、マンチカーンだけはチラチラッと離れた場所で修行しているライナスとテルメアを見ていた。
「なあマチュア殿、あの二人は貴公の弟子でござるかな?」
「へ?マンチカンさん何を突然?」
「拙者の名前は最後に伸ばすでござるよ。それよりも、テルメアのあれは魔術だと理解出来るのでござるが、ライナスのあれは何をしているでござるかな?」
「あ、あれは闘気法の修練だよ。マンチカーンさんも侍なら闘気法は知っているでしょ?」
突然のマチュアの問いに、マンチカーンは目を丸くする。
「どうして拙者が侍だと?」
「腰から下げているのは刀でしょ?」
「ほう。これがわかる御仁がいたとはなぁ。如何にも、拙者は東方の海の向こうにある島国・ミクニの出身でござるよ。だが、闘気法というのは存じてないでござるなぁ」
そう告げると、また食事を続けるマンチカーン。
そして入れ違いに食事を終えたアメショーがマチュアに話しかけてきた。
「その魔術っていうの、私でも覚えられるかしら?」
「アメショー、止めておけ」
「ロシアンもあれは凄いって褒めていたじゃない。私、最近伸び悩んでいるのよ。スキルスロットも一つだけ空いているわ、どう?教えてもらえないかしら?」
両手を合わせてマチュアを拝むアメショー。
この三人の中でもアメショーが常識人なのは先日のやり取りで理解している。
「はぁ、イェソドのじっちゃんの頼みでもあるからなぁ」
「へぇ。大樹の、神様の名前を知っているのか」
ボソッと呟いたマチュアだが、まさかの、ロシアンの言葉にマチュア自身が目を丸くする。
「な、なんでロシアンが神様の名前知っているのよ。フルネーム言える?」
「シャダイ・エル・カイだろ?」
「はぁ?なんで?ロシアンってどっちかっていうと巨大な斧を振り回してカッカッカッて笑いながら魔物を追いかけ回すタイプじゃない。聖大樹教会の最高司祭でさえ知らない神名をなんで知っているのよ?」
思いっきり失礼な物言いであるが、アメショーとマンチカーンは必死に笑いを堪えていた。
「俺の実家は、この先の領地にあるんだよ。司祭の家系で、男爵位を受けている。小さい頃から聖書を読んでいるからその程度は知っているんだよ」
「その聖書だって、ロシアンのご先祖がシャダイ様から授かったものなんですって。でも、その名前は今は伝えられていない神だ、大樹こそ神であるって言われて地方に封領されたらしいのよ」
へぇ。
という事は。
「あれ、ロシアンって貴族の息子?家の権笠に着て着てやりたい放題?」
「そんな訳あるか。偉いのはオヤジで俺は関係ない」
 
おっと。
今日は驚く事ばかりだ。
まさかロシアンがまともな奴とは思っていなかった。
まあ、マチュアとの初見での態度を見る限りは、それまでは酷かったんだろうが。
「それにしては、私と初めて会った時の態度はねぇ。決して褒められたものではないわよ?」
「冒険者として知名度が上がってね、つい天狗になったのよ。それでちょっとね……でも今は違うわよ?」
「うむ。あれからロシアンは心を入れ替えて、以前よりはマシになったでござるよ」
「テメェら……ったく」
相変わらず仲の良い事で。
さて、そうなるとマチュアとしても弟子に取るのは容易いが、いつまでもここにいる訳にも行かないし……。
「テルメアとライナスが良いっていうなら、おニャン子クラブにも魔術と闘気法を、教えてあげるよ?」
「だから名前をなんとかしろ……全く」
そうは言うがロシアンも満更ではないらしい。
今はアメショーとマンチカーンが二人に聞きに行っているので、マチュアはロシアンに尋ねる。
「ロシアンは、大樹の声が聞こえる?」
「今はどうかな。昔は触れると声が聞こえていた……ジジィの声でな、俺がヤンチャするとよく怒られたものだ」
「へぇ。ロシアン、お手っ」
──ペシ
マチュアが差し出す手に、ロシアンは思わず手を乗せた。
するとマチュアはすぐにロシアンの体内魔力回路を確認する。
「へぇ。しっかりとした魔力回路持ってるね。しかも神官よりかぁ……ロシアン、あんたは神の奇跡を覚えられるよ?修行する?」
「は?よせよ……俺にはそんな才能はない筈だ」
「いや、あるわ。でも、あんたが本気ならの話だけどね……私の持ってる、最強スキルワンセット、覚える気ある?」
そう問いかけるマチュア。アメショーとマンチカーンの二人は話がついたらしく、その場で初期関連について学んでいる。
そしてロシアンもごくりと喉を鳴らすと、マチュアを見て一言。
「頼む。アイツらだけに負担をかけたくない」
話はこれで決まった。
明日からは更に過酷な特訓が始まるようで。
 






