イェソドから・その14・貴族と決闘と魔法薬の権利と
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マチュアが馬車から出て来る。
いつもなら周囲には大勢の野次馬がいてもおかしくないのだが、今はその野次馬さん達も遠巻きに離れていた。
そしてマチュアの馬車の周りを囲んでいる、むくつけき男たち一ダース。その中央でデーンと腕を組んで偉そうに立っているのは、どこかで見たディーノ・アルバンッィオである。
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべつつ、懐から白い手袋を取り出すと、それをマチュアに向かって力一杯叩きつけようとして
──スパァァァン
飛んできた手袋を廻し蹴りで弾き飛ばし、ディーノの横に立っている男の顔面に蹴り返した。
「え? ど、どういう事だ?」
「あんたが私に投げ付けた手袋を私が蹴り返してそいつに叩きつけた。つまりあんたの手袋はその男に叩きつけた事になるので、あんたとその男で決闘して頂戴な」
マチュアがそう告げると、ディーノの後ろに立っている男の頭上から無機質な声が聞こえてくる。
『ルドルフの固有スキル『決闘』がディーノ男爵とポットデーノの決闘を受理しました』
なになになに?
そんな固有スキルがあるの?
マチュアはその声に驚いてディーノの後ろに立っているルドルフという男を見る。するとその頭上に二つのゲージのようなものが浮かび上がっているのが見えていた。
「うっわぁ。決闘を審判する固有スキルかよ、なんて面倒なスキルなんだよ‥‥」
「う、うるさい黙れ、ルドルフ、そのスキルを解除しろ」
「ディーノさん、俺のスキルは一度起動すると取りやめなんて出来ませんよ‥‥と」
そうルドルフが告げた時、更に声が聞こえてきた。
『決闘のルールを設定します。参加者はディーノ男爵とポットデーノ氏で問題ありませんね? もし代理人が立つのであれば、そのものは当事者とタッチしてください。10‥‥9‥‥8‥‥』
突然のカウントダウン。これにはポットデーノはおろおろとしているだけである。
『2‥‥1‥‥0。それでは決闘者を確定します。続いて賭けるものをどうぞ』
「ふん。わしは名誉を掛ける‥‥面倒くさい、ポットデーノ、何でも適当に賭けろ」
「は、はい。では銀貨1枚を」
『それでは賭けは成立しません。ディーノ氏の名誉に等しいものをベットしてください』
「う、うわぁ‥‥最悪なスキルだわ。それって解除できないの?」
「そうだルドルフ、早くどうにかしろ!!」
そう叫ぶディーノだが、ルドルフは頭を左右に振るだけであった。
「俺の固有スキル『決闘』は一度起動すると解除できませんぜ。そもそも手袋を投げたのはディーノ様で叩きつけられたのはポットデーノ、これはもう変更出来ませんしやるしかねえっすよ」
『ベットをお願いします‥‥制限時間以内にベットされなかった場合、賭けとなるのは対象者の命となります・これは名誉ある決闘として認知されています‥‥』
無慈悲な通達が周囲に響く。
ここまで強権を発動するスキルが存在するものなのかと、マチュアは慌てて脳内スキルを駆使して調べてみる。
『ピッ‥‥決闘、本来は存在しない固有スキル、管理するのは悪魔の眷属である魔族ダンベール。このスキルの解除は不可能であり、管理している魔族ですらこのルールには絶対服従である』
うわ、めんどくせ。
というかようやく悪魔のお出ましかとマチュアは納得している。それにしても厄介なスキルであり、それを私に仕掛けてこようとしたその勇気だけは認めてやろう。
『‥‥3‥‥2‥‥1‥‥0、ポッドデーノ氏のベットは魂となりました。では決闘の方法を選択してください。制限時間以内に決定しない場合は一対一の無制限となります‥‥10‥‥9‥‥8‥‥』
無慈悲なスキルのカウントが始まる。既にポットデーノはその場に座り込みどうしていいかわからずに震えている。
そしてディーノは観念したらしく、仲間から剣を受け取ってそれをポットデーノに向けた。
「待て、それをどうするつもりだ?」
「ふん‥‥この男を殺すまで。さもなくば俺の名誉、すなわち貴族としての地位が喪失してしまう‥‥」
「その為に人を殺すのかよっ!!」
慌ててくマチュアは飛び出そうとするのだが、ディーノとポットデーノの二人を包んでいる結界に阻まれてしまう。
『警告。名誉ある決闘にいかなる存在も乱入してはならない‥‥繰り返す、これは警告。名誉ある決闘に‥‥』
そう警告コールが続く中でもカウントダウンは続く。そして0カウントになったのと同時に、ディーノは座っているポットデーノを肩口から一気に切り捨ててしまう。
『ピッ‥‥決闘を終了します。勝者はディーノ氏、報酬としてポットデーノ氏の魂を凝縮した魔宝石が与えられます‥‥』
その言葉が終ると、二人をつつむ 結界が消滅する。そしてディーノの手の中には、キラキラと輝く宝石……魔宝石が握られていた。
「ちっ‥‥純度fのくず宝石ではないか‥‥まあいい、ここまでは余興だ。さてマチュアとやら、この私の決闘フベシッ」
──ドッゴォォォッ
ディーノの言葉は最後まででなかった。
すかさず踏み込んだマチュアの拳がディーノを吹き飛ばす。
そしてディーノの手から溢れた魔宝石を拾い上げる。
それは異様なまでに負の力が高まった魂の結晶体、神々の告げていた、世界の滅びの要因の一つである事を、マチュアは瞬時に理解する。
ならば浄化して……そして、自分のミスで死んでしまったこの男は蘇生する。
たとえ大勢の人に、蘇生の現場を見られようとも。
「魂の浄化、からの‥‥完全蘇生‥‥」
──キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
神威を込めた神聖魔術。蘇生術式が起動すると、宝石に変化した魂が解放され、そして切り捨てられていたポットデーノの肉体が再生し、心臓の脈動が再開された。
周囲に集まっていた者達は驚愕する。
死んだものは甦らない、これはこの世界の絶対法則。
だが、それは古のハイエルフの聖女により根底から覆された。
魔術を操り、大樹を癒し、噂では徒手でドラゴンを狩る。
更に死者の蘇生と、聖女の条件は全て満たされていた。
そしてこの後、更なる奇跡を一同は目の当たりにする。
「あー、まったくミスだわ、こんな事になるなんてミスだったわさ。はい反省した久し振りに反省したわ‥‥そしてディーノ、あんたは絶対に許さないからね」
「いてててて‥‥じ、上等だ、貴族である私の顔に拳を叩き込むなど言語道断。今一度貴様に決闘を申し込む!!」
すぐさま手袋を取り出してマチュアに叩き込む。
マチュアも今度は逃げる事はなく、正面から手袋を受けた。
『ピッ‥‥ルドルフの固有スキル『決闘』がディーノ男爵とマチュアの決闘を受理しました』
「さぁ、どうしてくれようか。ルドルフよ、我は決闘の代理人としてAランク冒険者のウォルフ・イェーガーを指名する!!」
ディーノが叫ぶと、後ろで控えていたらしい騎士がマチュアの前に立ちはだかる。だが、マチュアはニイッと笑うと、拳をゴキゴキッと握った。
「こっちは私でいい。代理人なんて必要ないからね」
『2‥‥1‥‥0。それでは決闘者を確定します。続いて賭けるものをどうぞ』
「私は名誉を掛けよう。貴様は貴様の持つ錬金術のスキルすべてを掛けろ!!」
「いいよ。でも、あんたの掛けるものは貴族としての地位だ。そうでなくては対等ではないからな」
「いいだろう。それで構わない」
『ピッ‥‥ベットが対等となりました。それでは決闘のルールを設定してください』
「剣術による一対一の勝負。それでいいな?」
「あ、それ来るか‥‥」
ディーノは既に知っていた。
マチュアは魔術という特殊なスキルを持っている、物語に出てくる魔術師であるということ。だが、物語の魔術師は近接戦闘に弱い。
なら、マチュアから魔術を奪ってしまえば確実に勝てる。
勝機があったからこそ、裏世界で有名な決闘スキルを持っているルドルフを雇ったのである。
固有スキルでの勝負は犯罪にはならない、双方合意の元の戦闘である。
これで正攻法でマチュアの錬金術のスキルを奪えると思ったらしい。
『ピッ‥‥マチュアに問う。一対一の剣術での決闘で問題はないか?』
「かまわないわよ」
『ピッ‥‥双方合意の元で決闘は受理されました。ではカウントダウン開始‥‥』
静かにカウントダウンが始まる。
すでに目の前のウォルフ・イェーガーは楯と剣を構え、心力を練り始めている。
なのでマチュアもとっておきを出す。
──シュンッ
一瞬で装備を暗黒騎士に切り替えると、背中からザンジバルを引き抜いて横一線に構える。
既に鎧には練り上げられた闘気が巡り、陽炎のように大気が揺らめき始めていた。
「なっっ、何だそれは、貴様は魔術師ではないのか?」
「あ、ディーノさん、それは大間違い。私は何でも屋だから、近接もプロだよ。そしてウォルフさんとやら、本気で掛かって来てね、あんたも冒険者として依頼を受けたのなら、やる事は一つでしょう」
「承知。これ程の強敵と相まみえるなど、俺の聖騎士スキルを本気で使える時が来るとはな」
『3‥‥2‥‥1‥‥0』
カウントが終わると同時に、ウォルフはマチュアに向かって会心の一撃を叩き込んでくる。
「くらえ、ホーリースマッシュ」
「ん‥‥次元断っ」
──ズバァァァァッ
踏み込んだのはウォルフが早かったが、マチュアはウォルフの剣ごと彼の胴体を真っ二つにする。
ゴトッと音がしてウォルフの聖剣と上半身が大地に落ちた時、決闘は無慈悲にもマチュアの勝利を宣言した。
『ピッ‥‥勝者マチュア。この結果は王都にいる王城執務官に正式に受理され、今、この時点でディーノ男爵は除爵され市民となります‥‥』
「ば、馬鹿な、そんな馬鹿な‥‥儂を誰だと思っている、ディーノ・アルバンツィオである。こんな決闘は無効だ!!」
「あー、あんたねぇ。そんなルールがまかり通ると思っている? スキルの効果は絶対なんでしょ?」
「うるさいうるさい、黙れ、貴様のような市民の言葉などだれが信じるか‥‥」
そう叫ぶディーノだが、スキルの効果は絶対であり、今リアルタイムで王城執務官がこの一件を国王に報告、正式にディーノは男爵位を剝奪された。
──ボロボロボロボロッ
どういうシステムなのかはわからないが、ディーノの服の襟についていた男爵位を示す徽章が音もなく朽ち果てていく。
「ば、馬鹿な、爵位を示す徽章は錬金術の集大成だぞ、希少金属であるミスリルによって作られたものだぞ、それが朽ちて行くとは‥‥」
「あ、あんた多分貴族の権限全てを剝奪されたんだわ、おつかれサマンサだよ」
そう呟きつつ、マチュアは転がっているウォルフの体に近寄る。
「はーい、ウォルフ、気分はどう?」
「か、体が動かない。それに横に転がっているのは俺の下半身だ‥‥どういうことだ?」
「暗黒騎士の剣術の一つで、次元断っていうのよ。あんたの上半身と下半身を空間ごと断裂したの。で、今戻してあげるからね」
そう告げてパチンと指を鳴らす。すると突然分断された上半身と下半身、そして聖剣が元の姿に戻っていく。
「な、何だ、まだウォルフは戦えるではないか。ルドルフ、もう一度だ、今度は素手で勝負だ」
すぐ後ろに立っているルドルフに叫ぶディーノだが、ルドルフは冷ややかな目でディーノを見ていた。
「二度目の決闘スキル使用は別料金ですが、ディーノさん、あなたは支払えるのですかい?」
「さん、だと? 貴様貴族に向かってなんだその態度は、不敬罪で取り締まってもいいのだぞ?」
「まあ、出来るものならやってごらんなさいよ、一般市民のディーノさん。貴族でなくなったという事はあの屋敷も権利も何もかもなくなったという事ですから。それじゃあ俺たちはこれで失礼します。貴族の護衛をしていたであって、これ以上報酬がもらえないのなら護衛を続けている意味はありませんから‥‥」
そう笑いつつ告げてねディーノの後ろにいた男たちは一人、また一人とその場を離れていく。
そして最後にディーノの元に巡回騎士が近づいていくと、一言だけ。
「たった今、王城からディーノ男爵の除爵についての報告がありましたのでお伝えします。以後、屋敷への侵入は不法侵入となりますのでご了承ください。私財については貴族院に申請していただく事で戻る事もあります」
「なっ‥‥」
それだけを告げると、騎士たちは振り向いてその場を離れていく。
そして集まっていた野次馬たちもクスクスと笑いつつその場から離れていった。
「さて、これで全て終わったけれど、ウォルフはどうするのですか?」
「ギルドに依頼完了報告をしておしまいですね。俺の仕事は決闘することで、相手を倒すことは依頼に含まれていませんから。そもそも決闘スキルでなければこの依頼は成立していませんし、勝てという依頼は行えない事になっていますので」
なんとシビアな。
それだけを告げてマチュアと握手すると、ウォルフもその場を離れる。
そして失意に包まれたディーノは、ふらふらとどこかへ行ってしまった‥‥。
‥‥‥
‥‥
‥
「と言うことが昼間にあってね。もう大変だったよ。ねぇ、聞いている?」
「ガツガツムシャムシャモグモグモグモグ」
「ごくごくもぐもぐむしゃむしゃ」
夜の酒場。
正門が閉まる直前に修行から戻ってきたライナスとテルメアは宿でマチュアと合流、ちょうど晩御飯の時間だったために竜料理とシーサーペント料理をひたすら無言で食べ続けていた。
そしてこの日の酒場は大盛況、どこからともなく流れていた『ドラゴンとシーサーペントが食べられる』という噂で超満員状態になっていた。
次々とやって来る客を捌くのに必死で、ゴーダもコンテも中々外に出て来ない。
それでもマチュアは美味しそうに食事をしているライナス達を見て、自分も楽しそうに料理を堪能する事にした。
尚、この日一日で全てのドラゴンとシーサーペントの肉は全て売り切れ、翌日になってマチュアがゴーダに泣きつかれたのは言うまでもない。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






