イェソドから・その13・民のための魔導具
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
翌朝。
マチュアは朝一番で大樹の元に向かうと、先日に続き神威をゆっくりと注いでいく。昼間に行うとまた大勢の人に拝まれてしまうので、朝イチの人の少ない時を選んでやって来たのであった。
そしてマチュアの神威を吸収した大樹は、ゆっくりと枝葉から光魔力を生み出し、放出を始める。カダッシュの街で見た光景と全く同じ、普通の人の目には見えない輝きが街に降り注ぎ、様々な加護を与えているようだ。
「じっちゃんはまだリンクしないか‥‥まあ、明日になったらマナラインとも接続するだろうから、その時はパンナコッタさんの事も紹介しておかないとなぁ……」
──ファサッ
そんな事を考えていると、また大樹の葉がゆっくりと降ってくる。大量にと言うほどではなく、二、三十枚がチラホラと言う感じで。
そしてマチュアは地面に落ちる前に全ての葉を回収する。
昼間なら人目につくので派手な事は出来ないが、今は誰もいない。
ならばの神速で全ての葉を集めると、次々と空間収納に収納していった。
「ま、こんだけあれば色々と作れるでしょう。いつもありがとうね」
大樹に触れて御礼を告げる。
そして朝イチの仕事が終わると、すぐさま宿に戻って朝食を食べる事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
朝の宿屋は混雑している。
街道が混雑する前に旅立とうとする商人や冒険者が朝食を取っているのである。
マチュアたちは急ぎの旅では無いので、隅の方で三人でのんびりと朝食を取っている。
「マチュアさん、次の街へ向かうのはいつ頃になりますか?」
「ん〜、急がないけど、今週中には出たいよなぁ。次の街まではどれぐらい掛かるの?」
「普通に馬車で十日程ですかね。この先は山を越えなくてはならないので」
「その山が急斜面なので、街道も蛇行していまして。それでも次の都市を越えるといよいよ王都まで後少しですから、その後はどうしますかねぇ」
テルメアの説明で、マチュアはやや渋い顔をする。
王都=王家=権力=また面倒な事に巻き込まれる
この構図がすぐに脳内に浮かび上がったのだが、まさか王都だけ活性化しないという事にはいかない。
今までの情報から考えると、王都がもっとも大樹の恩恵を受けているはずなので、活性化しなくては他の大樹とのバランスが崩れてしまう。そうなると、王都が別の場所に移動するとか面倒なことになりかねない。
そうならないように、出来る限り全ての大樹に神威を注ぎ込む必要がある。
「まあ、王都についてから考えるよ。それで、次の町ってどんな所?」
「次の町はこのテラコッタ領の隣、バスカービル領です。王都の錬金術ギルドの管理を行っている侯爵家であり、大層気難しい事で有名ですね」
「へぇ。そんじゃあこの国の錬金術について色々と話が出来そうですなぁ‥‥次のてこ入れは錬金術にしますか」
「テコいれ? それってなんです?」
「いやいや、いいからいいから‥‥と、朝御飯終わったら二人はどうするの? 私はまた馬車を改造しているけれど?」
「あれ以上どこを改造するのですか?」
「本当にマチュアさんの考えがわかりませんわねぇ‥‥私とライナスは、城塞外でまた訓練して来ますわ」
「ほうほう、護衛はいるかい?」
「‥‥うーん。護衛として雇われているはずなのに、雇い主に護衛されるっていうのも何か違うような‥‥」
「そうならないように頑張ってきますし、正門も近いので大丈夫ですわ」
ふむふむ。
それならそれで頑張っていらっしゃいと、マチュアは二人を見送ってから建築ギルドに向かう。
そこで木材や石材、両開き扉などの様々な資材をまとめて購入してから、再び宿屋前に戻って来る。
「あ、店長さん、今日も宿の前で大工仕事していていい?」
朝食ラッシュも終わった宿の酒場で、マチュアはテーブルで一休みしている店主のゴーダに話しかけてみる。丁度ゴーダは熱々のお茶を飲みつつ、昨日マチュアから購入したエクレアを食べて一息ついていた。その隣では、娘である受付兼店員のコンテがイチゴのショートケーキを堪能していた。
「あ、それは別に構わないが、今日も何か作るのかい? マチュアさんが何かしていると人が集まって来てな、うちも売り上げが上がるからかまわないぜ」
「そう言ってくれると助かるわぁ。なら、これはせめてものお礼ね。今晩これで美味しいものを作って頂戴な」
軽く頭を下げてから、マチュアは空間収納からマヨネーズと中濃ソース、そしてカレー粉の入った大きめのツボを取り出してテーブルに置く。
流石はゴーダ、その香りで中に入っているものの予想はついたらしい。
「調味料か。しかし、この香りは俺も嗅いだことがない。見ていいか?」
「ゴーダさんにあげたんだから好きにしていいよ。何なら味見してみれば?」
「そうだな。コンテ、厨房からスプーン取って来てくれ」
すぐさま小皿とスプーンを二セットもってくると、ゴーダとコンテは一つ一つゆっくりと味見をする。
そして目を丸くしてやや興奮気味に食いついてくる。
「こ、こりゃあ何だ? こんな調味料見た事も聞いた事もないぞ」
「この白いのは酸っぱいけれど美味しいですね。こっちの茶色いドロッとしたものも最高ですが‥‥最後のこれって、スパイスですか?」
「お、スパイスはわかるのね。その通りです、これはミックススパイス、またの名をカレー粉。30種類程の香辛料を合わせて粉末にしたものでして、とっても独特のスパイシーな味わいになりますよ‥‥と、そうだ、ゴーダさんの所って冷蔵庫ありますか?」
そう問い掛けると、ゴーダもコンテも頭を捻っている。
「そりゃあ何だ?」
「食材を保存する冷たい箱ですが」
「あ、そんなのがあるのなら是非とも欲しい所だな。うちの食材は毎日使えるだけしか買って来ていないからなぁ‥‥」
「なら先に作ってあげますよ。使い方は後で説明しますのでね」
それだけを告げて、マチュアはすぐに外に出ていった。
‥‥‥
‥‥
‥
「さてと、そんじゃあ始めますか‥‥」
のんびりと腕まくりしつつ、マチュアはいつものように深淵の書庫を起動する。
そしてすぐさまアニメイトの術式も発動すると、中心に記憶水晶球を放り込んですぐさま冷蔵庫と冷凍庫の設計図を読み込ませた。
「ええっと‥‥制御用魔晶石は新しく創造るので、それ以外の箱の部分を‥‥四つずつは作っとくか。アニメイト拡張‥‥材料の追加投与と‥‥それいけレッツゴー」
『ピッ‥‥』
完成までの時間はおおよそ1時間。
その間に、マチュアは冷蔵庫と冷凍庫の中枢である制御用魔石を創造り出す事にした。
「さて、冷凍と冷蔵の術式を付与して、エネルギーとなる魔力は‥‥そうだなぁ、周辺の光魔力を吸収して増幅、それを使う永久機関‥‥はっはっはっ楽しくなって来ましたよぉぉぉ」
コツコツと小さな純魔石に術式を刻み込む。
こっちは最初の一個目を手作りすれば、すぐさま量産化の術式でどうとでもなるので、より慎重に創造り続けている。
そして制御用魔晶石が仕上がったころには、冷蔵庫と冷蔵庫がずらりと並んでいることに気が付いた。
「ええっと、量産化‥‥制御用魔晶石をそれぞれ‥‥ええい面倒くさい、100個ずついってみよー。と、時間短縮のために神威をちょっとマゼマゼしてと‥‥」
もう自重を知らないマチュアの暴走錬金術。周囲に集まっていた人たちもマチュアが何を作っているのか理解しておらず、それでも魔法陣の中でウネウネと形を変化させていく木板や金属に目を奪われている。
そんなこんなで昼ちょっと前にはどちらも完成し、外で試運転となった。
「さて、取り出したる制御用魔石をはめ込んで呼び水用に魔力を注いで‥‥」
──ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
冷蔵庫から起動音がする。そして続いて冷凍庫も起動確認すると、マチュアは手を入れて温度が下がっていくのを確認する。
設定温度は強冷、中冷、弱冷の三段階をスイッチで、冷凍庫は-30℃に固定してある。
これでどんな食材も長期間保存できるので、マチュアとしては満足である。
「お、マチュアさん、これが朝、話していたやつかい?」
「ゴーダさん丁度いい所へ。そっちとこっちの扉を開いてみてくださいな」
「これか‥‥と、うわ、なんだこりゃあ、冷たい風が吹き出したぞ」
「その通りです。そっちは冷蔵庫、食材を冷たいまま保存出来るという優れものです。それで鮮度を落とさずに保存出来るようになります。こっちは冷凍庫、食材を凍らせて長期間保存出来る優れものでして。これ一台ずつ差し上げますから」
そう告げて一台ずつ空間に収納すると、ゴーダの近くに歩いていく。
「いやいや、これはあれだろ、何か不思議な魔導具だろ。俺の聞いた話では、どんな小さな魔導具でも最低大金貨10枚以上はするって聞いたぞ。そんなものを貰っても支払いなんて出来ないぞ」
「それはいいのよ。ゴーダさんはこれを使ってみて、使い心地を宣伝してくれればいいわ。そして売っているのはカナン商会のマチュアさんだって告げてくれるだけでいいのよ。そうすればうちにお客が来るから万々歳でしょ?」
そう説明すると、ゴーダも腕を組んで考えてから。
「そういう事なら喜んで引き受けよう、ちょいとこれを設置して使い方を説明してくれないか」
「お安い御用さ。ついでに興味のある方もご一緒にどうぞ。まだ価格などは決定していませんけれど、これはいい魔導具ですよ」
その売り文句に誘導されるように、近所の商店の主人や通りすがりの貴族、そしてマチュアを監視していた商人までもが案内されて店内のカウンターに詰め寄る。
その中にマチュアは冷蔵庫と冷凍庫を設置すると、魔力を注いで二台とも稼働させた。
──ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウン
静かな音が聞こえてくるが、これは内部を循環している冷気の送風音。とっても静音で人に優しい造りである。
「あ、このお肉あげるから夜に焼いて欲しいのよ、よろしくお願いされてくれる?」
そう告げつつ空間収納から先日倒したタイニードラゴンのサーロイン肉10kgとシーサーペントの肉10kgを取り出して冷蔵庫に放り込む。
「それは何の肉だい? 見た感じだとトカゲ肉と魚かな?」
「あ、ドラゴンとシーサーペントね。そんな貴重なものをとか言わないように、この程度なら私は一人で取ってこれるから貴重じゃないので、晩御飯に何か作ってくれたら、後は好きに使っていいからよろしくオナシャス」
ペコッと丁寧に頭を下げると、先手を打たれたゴーダは口をパクパクとしている。
そしてカウンター越しに見ていた商人達もゴクリと喉を鳴らす。
「ゴーダ、そのドラゴンの肉を売ってくれ!!」
「俺はシーサーペントだ、全て買い取るぞ」
「ぜひ当商会に卸していただきたく‥‥」
などなど 交渉が始まるのだが、ゴーダは腕を組んで一言だけ。
「これはマチュアさんから預かった晩御飯の材料だからなぁ。おいそれと売り飛ばしちゃう訳にはいかないんですよ」
「な。なら、それを食べさせてくれ!!」
「俺もだ。伝説のドラゴンの肉なんて食べた事もない。ぜひ頼む」
「はぁ、マチュアさんが食べてからならな。まさか預かった人の料理を後にして、なんて事はいいませんよね?」
そうゴーダが商人や貴族相手に釘をさす。するとバツが悪そうに笑う御一行様である。
「む、むう‥‥確かにそうだな」
「ああ、それはその通りだるなら、夜にでもまた来るので、その時にでも頼むとしよう」
「そうしていただけると助かりますわ。俺はこれからこの材料を使って、色々と料理の研究をしないとならないのでね」
その話で一件落着。
そして商人達がふと気付くと、既にマチュアは宿の外に出てトンカントンカンと大工仕事を始めているのであった。
〇 〇 〇 〇 〇
「マチュアさん、今度は何を作っているのですか?」
買い物に出ていたらしいコンテが、大きな荷物を抱えて帰ってきたのだが、まさかマチュアが大工仕事をしていると思っていなかったので思わず問い掛けてしまったらしい。
「ん? 商会つくっている」
「‥‥え? 商会ですか?」
「そ‥‥これでよしと」
きれいに仕上がった両開き扉と枠。それを馬車の左横に設置して扉に空間拡張の術式を刻み込む。
それはすぐに効果を発揮したらしく、やがて扉の輝きはすっと消えていった。
「‥‥何もかわりませんが?」
「そりゃそうだ。この鍵を差し込んで開くと‥‥ジャーン」
魔法鍵を差し込んで勢いよく両開き扉を広げる。するとそこには石造りの巨大な空間が広がっていた。
コンテはえ? と驚いて目をごしごしとこすっているが、マチュアは気にする事なく外に置いてある階段を上って中に入ると、次々とカウンターや椅子、テーブルなどを並べていく。
先ほど創造った冷蔵庫や冷凍庫もきれいに並べて起動すると、そこに様々な飲み物が入っている小樽や食材をしまい込んでいった。
そして最後に並べるのはガラスならぬクリアクリスタル使用の陳列ケース。
そこにはケーキなどを並べていき、さながら商会は小さなケーキショップとなったのである。
「はっはっはっ。このショーケースは苦労したよ。内部に時間停止の術式も組み込んで、でも冷気を循環させて冷やさないとならないんだけれど‥‥時間が止まっていると冷えなくて、結果としていいとこどりの‥‥もしもしコンテさん、どうしたの?」
マチュアの説明をぼーっと聞いて、そしてショーケースの中のケーキを見てコンテは急いで懐から銀貨を三枚取り出した。
「イチゴのショートケーキをみっつください」
「あっはっは。それじゃあカナン商会第一号のお客さんには一つおまけだ。どれでもいいよ」
「そ、それじゃあエクレアを‥‥」
「はい毎度さん。お店にも冷蔵庫があるので、そこにしまっておくと冷たいまま食べられるからね」
その説明にコクコクと頷くと、コンテは急いで酒場へと戻っていく。
そしてマチュアも一息入れるために一度カナン商会の扉を閉じると、そのまま酒場に向かう事にした‥‥のだが。
やっぱり面倒な事はいつでも発生するものであった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






