イェソドから・その12・移動する屋敷? いえただの馬車です
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
「さてと。ずいぶんと懐かしい術式になるなぁ‥‥」
ゴキゴキッと肩を回しつつ、マチュアは馬車の幌を外して木造の壁を組み始める。
もっとも内部はアルミ合金製フレーム、そこに木製の壁を組み込んでいくだけの簡単魔改造。
後部扉には内部拡張の術式を施し、魔術によって鍵を作成してリンクさせる。
これで普通に開くとただの馬車だが、鍵を使うと内部拡張空間へと入ることができるという、実にややこしい馬車の出来上がりである。
「パスカル商会の内壁拡張と同じ術式で大丈夫とはこれいかに。いやぁ、色々とやってみるものだなぁ」
うんうんと頷きつつ、今度は扉を開いて内部空間の整理を始める。
扉の中は巨大な屋敷、部屋数20以上、大浴場も客間も厨房もある二階建て構造。
完全に移動式の屋敷が完成したのである。
内部空間の屋敷は全て土系魔術と錬金術により構成、インゴットに変異を施して形状変化させて様々な備品を作るという優れものである。
これで旅の途中でも気楽に生活する事が出来る。
「うん、これで良いか。後はこのデータを記憶水晶球に登録して……これで量産も可能と……お、ゴーレムホースも一緒に登録しちまったか。まあ良いか、まとめてワンセットだ」
などとやりつつ、馬車の外から完成した馬車一式を眺めていると、宿に宿泊していた商人達も集まって来る。その中の一人が、満を持してマチュアに話し掛けて来た。
「この馬車は見た事のないタイプですね。この車輪はなんで出来ているのですか?」
「あ、ゴムですね。鉄のフレームにゴムを履かせているのですよ。そうすればクッションが効いていてガタガタ言いませんから。ゴムってこの辺りにはありませんか?」
「成程。私共としても初めて聞く素材ですね、実に興味深い。それによく見ると、細かい所に様々な工夫が凝らしてありますねぇ。この馬車はどこの工房に注文したのですか? もし差し障りがなければ紹介していただきたいのですが」
そう言われても、基本フレームは地球の自動車メーカー、パワード・バイ・HONDAの特注品である。
それを改造したのは東京は葛飾の下町工房だし、その他の内装などは自作、ゴーレムホースも手作りの逸品なので返答に困る。
「海の向こうの国にある工房でして。あ、内装とゴーレムホースは自前ですよ?」
「な、何ですと? 貴方は錬金術師でしたか‥‥いやいや、中々に強そうなゴーレムホースですな。商人としてもこのようなものがあると移動に楽でしょうなぁ」
「あ、商品としては考えていないのですか?」
そう問い掛けてみると、商人も軽く頭を振っている。
「残念ですが、これは入荷しても私には売れませんよ。個人でゴーレムホースを購入出来るだけの資金を持っているのは上級貴族程度ですし、私のような商人はそこまでのコネはありません。ただ、馬車を引く馬よりもゴーレムホースの方が餌も要りませんし、その分だけ余計に荷物が詰めますからいいですねぇと」
「あ、わかっていますねぇ。自己紹介遅れまして、私はカナン商会のマチュアと申します」
「王都で雑貨店を営んでいるライデンと申します。もしも雑貨でお入り用の際は是非ともいらしてください」
簡単な挨拶をして、マチュアはふとライデンに何か懐かしい感じを思い出す。
「あ〜、マルチやフィリップさんと同じ雰囲気か。そうだ、それでは折角ですので良いものを差し上げますよ、ちょっと待っててくださいね」
そう告げて、マチュアは足元に深淵の書庫を起動。すぐさまアニメイトの術式を組み込んで材料を放り込むと、時間短縮の為に神威を注いでゴーレムホースを創り出す。
その時間、僅か5分。
魔法陣の中に入っていた屑鉄が、みるみるうちにゴーレムホースに変化するのを、ライデンは、そして周囲に集まっていた商人たちは口を開いたまま見ていた。
や がてゴーレムホースが完成すると、すぐさまライデンを登録する。
「コマンドセット‥‥マスター権限を私に、セカンドをライデンと彼の認めた者に‥‥はい、どうぞ?」
そう告げて、マチュアはゴーレムホースの手綱をライデンに手渡す。
「これは?」
「折角知り合ったのですから、私からの贈り物です。このゴーレムホースは貴方と、貴方が認めたものにしか扱う事が出来ないようにしてありますので、無理やり奪われても動く事はありませんし、他人が乗って逃げる事も出来ませんので」
「え? いやいや、このような貴重なものを頂くなんて、せめて代金をお支払いしますよ」
「良いから良いから。どうしてもと言うのなら、私が王都に行った時に観光案内でもしていただけたらそれで良いので。それに、もう貴方がオーナーとして登録しましたので、持って行ってください」
そう告げて手綱を無理やり手渡すと、ゴーレムホースはライデンの近くに歩いて行き、ゆっくりと身体を寄せていく。
「こ、これは‥‥分かりました、大切に扱わせていただきます」
「ライデンさんを信じてますから、それでは」
手を振って馬車に戻るマチュア。すると彼方此方の商人がギルドカードを提示してマチュアに挨拶を始める。
「初めまして、王都のクラウン商会と申します」
「私はエネオース領のクラックス商会です。もしもエネオース領にいらっしゃるなら是非とも当商会をお尋ねください」
「俺は王都のバルザック商会のものだ。俺にもゴーレムホースを頂きたい」
「それなら私も。フィット領のハリーと申します。鍛治工房でお困りの際は是非。王都にも支店を持っていますので」
「はぁ……ではその時にはお尋ねしますので」
そえ告げて馬車の後ろ扉を開いて荷物の整理を始めるが、商人たちはワクワクして待っている。
「あの、そこで待ってても何もありませんよ?」
「「「「「え?」」」」」
「え? じゃありませんよ。何を期待しているのですか?」
「先ほどのライデン商会にはゴーレムホースを作ってあげていたではないか。何故俺はもらえないのだ?」
「その言い方はバルザック商会だな。私が私の作ったゴーレムを誰にあげようがいいじゃない。あんた達には関係ないんだし。そもそも他人が貰えたからって自己紹介して貰えると思っている時点で甘いわ、ザッツスイートだわ‥‥ 」
そう呟くものの、追加で魔法陣を形成すると、さらにゴーレムホースを一頭、ゴーレムロバを一頭作り出す。それはすぐに空間収納にしまい込むと、マチュアは商人達を無視して商店街へと買い物に出掛ける事にした。
………
……
…
マチュアはのんびりと商店街を散策する。
目的は家具の購入。
馬車内の部屋に設置する家具がないので、とりあえず必要な数だけ買い揃える事にした。
自分で作れない事もないが、ここは商人らしく町にお金を廻す事にしようと考えた。そして相変わらず、後ろからは諦めきれない商人達がちらちらと見え隠れしている。
「はぁ、無視無視……家具を買わないとねぇ」
そのまま家具屋で大量の家具を購入、雑貨屋で日用品を買い込むと、その後は食料品の買い付け。
ジ・アース式買い物術『これ全部ください』を敢行しても構わないのだが、あれをやると近所の人達の分まで買い占めてしまうので、今日は自重して買い物を続ける。
その後も彼方此方で買い物三昧を続けてから、ようやく宿に戻って来た。
そして酒場で一休みすると、やはり諦めきれない商人達が近くの席に座っていた。
「みなさん、中々粘りますねぇ。そこまでしてゴーレムホース欲しいのですか?」
「あ、いえ、私達は違う目的でして‥‥商人ギルドで受付の皆さんが食べていた甘味、あれを売って欲しいのですよ、個人的にですが」
「あ、そっちかぁ。それなら明日の昼にでも、大樹の近くに来てくれたら販売してあげるよ。流石に宿の酒場で商売する訳にはいかないからさ」
軽く手を振って説明すると、商人たちもホッとしている。
更に店員の女性がその会話に食い付いて来るのは、やはりお約束なのだろう。
「え? 甘味ですか? マチュアさんは甘味売りの旅商人さんなのですか。どんな甘味を売っているのですか?」
「えええ? ここで出して良いの? 出したら多分みんなが売ってくれって言うと思うけど、ここで商売する訳にはいかないでしょ?」
「あ、別に構わないぞ、酒や肴を売る訳ではないんだろう?」
と笑っているのは店長さん。
熊のようなマッシブな外見にもかかわらず、宿の料理も担当している。その繊細な味付けが、この宿の評判の一つであるらしい。
「‥‥何だか、今、失礼なこと考えていなかったか?」
「そんな事は無いなぁ。そんじゃあ軽く5品程並べてみますか」
空間収納に手を入れて、ご存知のマフィンと業務用ティラミス、そしてレアチーズケーキを取り出して並べる。
初めて見る甘味の山にゴクリと喉が鳴る音も聞こえて来ると、マチュアは試食用に小分けに切って皿に並べると、爪楊枝を刺してとなりの空いているテーブルに配置した。
「そっちは試食用ね。食べてみて美味しかったら売ってあげるけど、どれでも一つ銀貨一枚なので。あ、試食用だからって独り占め禁止ね」
その言葉に、商人ギルドにいたらしい商人達は恐る恐る試食を一口。
「んんっ!!」
「ほほう。これ程のものとは‥‥これは感服仕りましたなぁ」
「い、いやまて、これを当商会で独占販売すれば‥‥マチュア殿、如何ですかな?」
そしてすぐさまマチュアのテーブルに商人達が集まって来るが、マチュアは指を左右に振って一言。
「悪いけれど、どこともつるむ予定はないのでね。ほら」
ちらりと見せた商会証。金字に天秤の文様が記されているのはAランク商会の証である。
それを見せられた商人達はかーなーり落胆した表情を見せるが、すぐに立ち直って一言。
「では、ここにあるもの全てうちが買い取ろう。それなら構わないですな?」
「何を言う。これはうちが買い付けることにしたのだ、マチュア殿、即金で支払う」
「そ、それではうちも‥‥」
「あ、おひとり3品までね。じゃないと子供が買えないので」
「「「「「な、なんですと?」」」」」
せっかくの金儲けのネタが、子供の為という理由であっさりと却下されてしまった。
これには商人達も並んでいるケーキをみてグヌヌとうなり声をあげている。
「この赤い実の奴を二つと、マフィンとやらをいただきたい」
「俺はこのマフィンを全種類だ‥‥え?三つまで、いや待ってくれ、全部で五種類あるではないか‥‥ぐぬぬぬぬ」
「この焼いているやつを二つくださーい」
「うちも子供にお土産だ。赤い実の奴を三つたのむ」
「お、俺もだ。これは何て言うんだ? ブラウニー? それを三つだ」
「じゃあ俺はこっちの‥‥ゼリー? え? ゼリーってウナギを固めている奴じゃなくて?」
などと楽しい買い物タイムが始まった。
やがて30分もしない内にテーブルの上の商品は全て売却したのである。
「あ‥‥あれ? 考えているうちにケーキが無くなったぞ?」
「遅過ぎだあね。また作ったら売るので‥‥別の町で」
「ここじゃ売らないのかよ? カナン商会って本拠地は何処になるのですか?まさか王都ですか?」
「外の馬車。あれがうちの商会の建物だよ。うちは移動式商会でね。旅から旅へと商売をするものでね。それじゃあまたいつか‥‥ありがとうございました」
集まっていた商人達に頭を下げると買い物を終えた商人達は我先にと宿を後にしたり、自室へと戻って行った。
そして入れ違いに買い物袋を抱えたライナスとテルメアがやって来たので、マチュアは二人を連れて外の馬車へと向かう事にした。
「ほい、これがライナスの鍵、そしてこっちがテルメアの鍵ね。部屋割りは二人で相談して決めてくれればいいからね」
そう説明して鍵を手渡すのだが、ライナスたちは訳が分からずちんぷんかんぷんである。
「はぁ‥‥これはどこの宿の鍵ですか?」
「宿じゃないわ、この馬車の鍵。試しに鍵を開けてごらん」
そう告げられて、テルメアが恐る恐る馬車の後ろ扉に鍵を指して捻る。
カチャッと音がしたので、そのまま扉を開くと、そこには30畳ほどある屋敷の大ホールに繋がったのである。
──ザワッ
テルメアの後ろから、興味津々でのぞき込んでいた商人達は言葉を失ってしまう。
そしてテルメアとライナスは馬車のタラップを登って屋敷の中に入っていくと、そのまま扉を閉じた。
「あ、あの、マチュアさん、それは一体どのような仕掛けなのですか?」
「私は錬金術師ですので、あのように小さな扉に家一軒程度の空間を作り出す事ぐらい造作もないのでございます。あ、売らないし教えないからね」
それだけを告げると、マチュアは宿に戻る前に馬車の屋敷へ移動。大量の家具を大広間に放置すると宿に戻って一休みする事にした。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






