イェソドから・その9・錬金術師のできる事とやりすぎたこと
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
のんびりと馬車は進む。
後ろの座席で完成した魔法薬を樽に詰め直すマチュア。
22リットルバケツに三種類三つずつ、濃度も300%なので薄めることで一つにつき実質66リットルの魔法薬を作ることができる。
この原液を5リットルの樽に丁寧に詰めてコルク栓で蓋をして魔法薬原液の出来上がりである。
一般的な効果は一瓶100㏄必要なので、希釈する事で樽一つにつき150本分の魔法薬が完成する。
これが三種類。これを一体いくらで買い取ってくれるのであろうか。
「ふぅ。これは余ったからテルメアとライナスの分ね。一人10本、緊急時には飲むように。早いところテルメアが神聖魔術を覚えてくれればいいんだけれど、こればっかりは時間との戦いなのでねぇ」
「ま、まずは一般魔術からです!! いきなりあれもこれもなんて無理ですってば」
「まあ、そうだよなぁ。教会で神の加護を受けないとならないからなぁ」
神聖魔術を覚えても、神の加護を与えてくれる神がいないので無理である。
マチュアは自分が神なので問題ないという裏技を使っているので問題はないが、知っている人に言わせてみたら何だそりゃと呆れられる案件である。
そんなこんなとしている内に、マチュア一行は商人ギルドに到着する。
馬車はそのまま放置し、保護魔法でロックを掛ける。
そもそもマチュアと、今はライナス、テルメアでなくてはゴーレムホースは反応しないので盗まれる心配もない。なので外に放置である。
ギルドマスターのパンナコッタを先頭に建物の中に入って行く。
そのままマチュアとライナス、テルメアは奥にある応接間に案内されていくと、そこで沈みそうなソファーにゆっくりと腰を下ろしてようやく一安心。
「ふぁ~。ようやく落ち着いたわ。飲み物出していいですか?」
「はははっ。どうぞ。こちらで用意しようと思いましたが、飲み慣れているものがある‥‥な‥‥ら‥‥へ? え‥‥えええ?」
次々と空間収納から出てくるティータイムセット。
アプルティーの入っているポット、色とりどりのケーキが載せられているケーキスタンド、そして取り皿とフォーク。すぐさまテルメアがケーキを取り分けてパンナコッタの前に差し出す。
マチュアも熱々のアプルティーをカップに入れて同じようにパンナコッタの前にまず差し出すと、残りを均等に分けてライナスとテルメアにも差し出した。
「ささ、アプルティーは熱いうちに、ケーキはそのままどうぞ」
「は、はい‥‥なんだか、私が接待を受けているようですね‥‥ではいただきます」
まずは気になっているケーキという存在にパンナコッタは釘付けになってしまう。
白い生地の上に載っているこの赤い実はなんだろう?
となりのケーキは薄茶色で、なにか独特の香りがしている。
奥にある丸いわっかは何?それに掛かっている白いのはまさかシュガー? そこまで白いシュガーがあるなんて信じられない。
いやいや待ちなさい、まずはこの白いのを食べてから、そう、私は商人ギルドマスター、今までだって見た事も聞いた事もない商品を手掛けて来たのよ。
これもその一環、そう、これの商品価値を調べなくてはならない。
そう自分自身に言い聞かせているが、恐る恐るパクッと食べたケーキの甘い口溶けが口の中いっぱいに広がっていく。
見たことも聞いた事もない味わい。
王都でもこんな極上の甘味に出会う事なんてない。
それを、私が味わっている。
このケーキの生地の中にも白いのが重なっているのね。その中に入っている赤い実は、この上のやつつかしら?
‥‥なにこれ、甘酸っぱい。
でも周りの白いのが程よく口の中で混ざり合っていいわ‥‥。
パンナコッタはトローンとした目でケーキを黙々と味わっている。
口の中が甘ったるくなると、すぐにアプルティーをのどに流し込み、今度は別のケーキを食べている。
「はっはっは、俺も初め食べた時はこうなったよなぁ」
「私もですわ。マチュアさんの空間収納には、どれぐらいの甘味が入っているのでしょうねぇ」
「甘味ちゃうよ、デザート。食事の後とか疲れた体を癒す時、何もしないでのんびりとしたい時にデザートは食べるんだよ。判ったかな?」
「はい。それでこれは一体どれぐらい?」
「ざっと100種類以上。材料さえあれば自分でも作れる簡単なものが殆どだからねぇ」
そう説明してから、マチュアも少しだけ食べる。
そしてパンナコッタが落ち着いて来てから、早速話を始める事にした。
「では、早速ですが査定をお願いします」
「はい、では商品を出していただけますか?」
ヒョイヒョイと空間収納から魔法薬を三種類取り出して並べる。するとパンナコッタはえ? という顔になって‥‥。
「あ、そ、そうでした、回復薬の鑑定でしたね」
「おやぁ‥‥まさかケーキの鑑定と思っていませんよねぇ」
「そ、そんな筈ないじゃないですか‥‥では鑑定版をこちらに用意して‥‥え?」
最初は簡易魔法薬。次が万能薬、そして最後が上級魔法薬。その全てを鑑定して、パンナコッタはどうしていいか判らない表情になっていた。
「‥‥これの処方は? どう見ても普通の回復薬ではないですよね?」
「これは私が作った魔法薬です。そんじょそこらの回復薬などと比べられては困りますわ。それで鑑定額はいかほどで?」
「それでは。こちらの簡易魔法薬は一本が1億ギルダ、万能薬は1憶五千万ギルダです。そして上級魔法薬は10億ギルダとなりました。流石にこの金額を一括でということは難しいのですが‥‥」
日本円で1億、1億5千万、10億かぁ。
あれ、おかしいな、なんでこんな金額なんだろう。
明らかに桁を間違えているよね。
「ちょっと待ったぁ。それはおかしいわ」
「そ、そうですよね?この薬の価値はそんな安いものではないですよね?」
「ちゃうわ、査定が高すぎるっていっているの。この簡易魔法薬なんてうちの国では1万クルーラ、金貨一枚よ、こっちの国でいう銀貨10枚しかしないのよ? 他のだって万能薬は5万クルーラ、上級は少し高いけど30万クルーラで取引されているんだから‥‥こっちでは銀貨50枚と金貨3枚ってところだよ?」
「え? そんなことはありませんわ。これの成分については私たちの知らない『幻の素材』というものを使っているのですから‥‥」
あ。
そうか、それで鑑定額が高くなったのか‥‥。
なら、こっちの世界の素材ならもっと安くなるはずだけど‥‥。
「いや、いい。簡易魔法薬は一瓶1万ギルダ、万能薬は5万ギルダ、上級魔法薬も15万ギルダでいい。それでいい」
「そ、そんな端金でいいのですか? 原価どころか材料費にも満たないのでは?」
「全て栽培しているから構わない、ただし今回限り、次はこの国の素材で作って来るからもっと効果は下がるし安くなる筈だからいいね?」
「私どもとしても、その価格でお譲りいただけるのでしたら助かりますわ。ここ最近は王都のアルバンッィオ商会が優秀な薬師を囲い込んでしまって、回復薬の価格が高騰してしまっているのですよ」
ん?
アルバンツィオ商会?
それってディーノ?
「そのアルバンツィオ商会の頭取ってディーノだかっていうおっさん?」
「はい。ご存じでしたか。何日か前に隣町まで薬師を探しに行っていまして、間もなくこちらにもやって来ると思われますが」
その情報を得られたのならやることは一つ。
マチュアは魔法薬の原液の入っている樽を取り出してテーブル横に並べる。
「これはさっきの魔法薬の原液です。水2対原液1の割合で調合すると、この魔法薬になりますので、これも直接先程の値段で卸します。ただし、アルバンツィオ商会には絶対に流さないでください」
「ははぁ。なにかあの男爵と確執があるのですね?」
「へ? 男爵?」
「はい、ディーノ男爵です。王都では『薬品取扱許可』を王家から賜っています。彼の元には優秀な錬金術師や薬師が囲われているという噂ですから、マチュアさんも気を付けてくださいね?」
はい、時遅し。
なのでマチュアは思わず笑ってしまう。
「はっはっはっ。もう目を付けられているわさ。でも、回復薬ってその許可がないと売ってはいけないのでしょ?」
「我が商人ギルドもそれを持っていますよ。正確にはわたくしが『薬師』のスキルを持っているので、私自身が王家より『薬品取扱許可』のライセンスを賜っています。当商人ギルドは王都でも数少ない回復薬の卸しも行っていますので」
「それで私の錬金術スキルに目をつけたのか。そんじゃ契約成立ね、これ1樽で150本分なのでよろしく。樽は全部10樽ずつ、支払いは分割でギルドカードに振り込んでくれればいいよ」
そう説明してマチュアはパンナコッタにギルドカードを手渡した。
するとパンナコッタも了承したらしく、それを持って部屋から出て行くと‥‥。
「はい、お待たせしました。これで契約は成立です。そしてマチュア様は今日からBランク商人となりましたので」
「へ? もう?」
「はい。Cから上に上がるためには、どれだけ商人ギルドに貢献したかが決め手となります。それは税金を納めるという事が最短なのですが、今回の魔法薬の卸しについてはマチュア様は損得抜きで大量の魔法薬を卸していただきました。その貢献度は計り知れません。本来ならAランクまで昇格していただける貢献度ですが、一度に上げられるランクは一つだけですので」
「ほほうほうほう。では遠慮なく」
丁寧に頭を下げてギルドカードを受け取る。
そしてパンナコッタも樽を全て別室に運ばせると、またマチュア達とのんびりとティータイムを楽しむ事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
初めまして。
私はリンシャン商人ギルドの若きエース受付嬢のマリンダと申します。
本日いらした不思議なお客様について、受付では様々な噂が流れていました。
隣町に突然姿を現したハイエルフの聖女であるとか、領主の不正を正して領地を解放したハイエルフの英雄であるとか。
様々な噂は届いていましたが、まさか本物に出会えるとは思っていませんでした。
そしてマチュアさんというハイエルフのお客様が頭取室に案内されてから、何やら甘くて不思議な香りが漂って来たのです。
これは王都での研修時、宮廷御用達の甘菓子店から流れて来たものよりも甘く、そして食欲をそそる香りです。
一度ギルドマスターが部屋から出て来た時、室内から溢れる香りにみんなは心を奪われてしまいました。
しばらくして、パンナコッタ様に見送られてハイエルフの方は笑顔で出て来ると、楽しそうにギルドから出て行きました。ですので私は部屋の片づけをする為に、ギルドマスターの部屋に向かったのですが、そこでとんでもないものを見つけてしまいました。
甘くてふんわりとした香りのする、見たことのない菓子。
それをパンナコッタ様が嬉しそうに食べていたのです。
え? 一口頂けるのですか?
これは一体なんでしょうか?
え? ハイエルフの国の菓子? それではいただきます。
そこで私の記憶は消えていました。
気が付くと部屋の片づけは全て終わり、私は受付業務のためにカウンターに座っていました。
あの甘くて素敵な菓子は一体何だったのでしょう。
あれを我が商会で独占できれば、毎日あれが食べられるのに‥‥。
またハイエルフさん来ていただけませんかねぇ‥‥。
〇 〇 〇 〇 〇
商人ギルドを後にして。
マチュアはこの後どうするか考えていた。
もしやるとするなら、この世界の材料で高スペックな魔法薬を作る事。
その為には材料がどこに売っているのか調べなくてはならないので。
「回復薬の材料ってどこに売っているの?」
「あ、大抵は道具屋か雑貨屋ですね。冒険者ギルドでも買えますよ?」
「それじゃあ買いに行きますか‥‥安いのは?」
「冒険者ギルドですね。でも下処理されていないので手間がかかりますよ?」
「構わん構わん。それじゃあレッツらゴー」
そのままマチュア一行は冒険者ギルドに向かう。
空いているテーブル席に向かうのではなく真っ直ぐに素材取り扱いカウンターなる場所まで案内されたので、マチュアは一言。
「回復薬の材料をくださいな。あるだけ、全てを」
「は、はいっ。回復薬ですね、そうなりますと『カリッカ草』と『マルムートの花』、そして『トリコル油』となりますがよろしいですか?」
その説明を聞いて、マチュアはすぐさま脳内でデータを調べてみる。
うむ、その三つで十分だ。煮だして煮詰めて油と混ぜて軟膏にするのだけれど、そこで魔力水を使って大樹の葉をすりつぶして加えるだけで上級魔法薬は作れる。
「はい、それをあるだけ。あとは‥‥カノッサ草とララクラ草をいただけますか?」
「え? それはありますが、それってカリッカ草と紛らわしくて誤納品されたゴミですよ?」
「はい。それもあるだけ。おいくらですか?」
そう告げて提示された金額を一括で支払う。
後は購入した大量の薬草を全て空間収納に放り込むと、いよいよ最後の素材を取りに大樹に向かう。
「あの、マチュアさん、どうしてここに?」
「あれが最後の素材ね‥‥」
テルメアが問いかけるので、マチュアは頭上の大樹の葉を指さした。
最後の素材は『新鮮な大樹の葉』。
試しに落ちている葉をつまむのだが、既に光魔力が抜けてしまって使い物にならない。なのでマチュアは大樹に近寄って手を添えると、一言だけ。
「この世界にない、それでいてこの世界でも作れる薬をつくりたいので、新鮮な葉を分けてください」
丁寧にお願いする。
すると大樹がうっすらと輝き、マチュアの頭上からハラハラと葉が降ってくる。
それを地面につく前に手に取って空間に入れると、全部で15枚の葉が手に入った。
「マチュアさん、これも今落ちてきたやつですけれど、これは使えないのですか?」
「地面に落ちた葉には、もう光魔力が宿っていないのよ。それに無理やりむしり取ってもダメ。これはちゃんとお願いしてもらった、光魔力の宿っている葉なのよ。それじゃあ作ってみますか。どこか調合とかやらせてもらえる場所はないかしらねぇ‥‥」
「この辺りでは錬金術ギルドなんてありませんから無理ですよ。でも城塞外でなら問題はないかと思いますよ?」
「それじゃあ行きますか‥‥」
そう告げてマチュアはゴーレム馬車に移動する。
相変わらず大勢の商人達が馬車の近くをたむろしているのだが、そんな事気にせず馬車を走らせた。
「‥‥あの、商人達も何か商談を持ち掛けたいように見えますけれど」
「どうせこの馬車を売ってほしいとかでしょ? でも、価値が判るのでうかつに商談出来ないのよ、この馬車っておそらく10億ギルダでも買えないはずだから」
「そっ、そんなにするのですか?」
「まあ、私が作るなら‥‥10万ギルダで材料買って来て作れるけれどね。つまりはそういう事。私にとってはそれ程の価値はない、ただの遊びの道具だけれどそれを知らない人にとっては計り知れない価値があるっていう事」
「成程‥‥それはすごいですね」
「ライナス、マチュアさんのいっている事の意味判っているの?」
「いや、何となく凄いとは理解した」
そんな楽しそうな話をしつつ、馬車は城塞の外に出て行った。
そしてマチュアの馬車をこっそりとつけて行く大勢の冒険者がいた事にも、マチュアは全てオミトオシであった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






