イェソドから・その8・錬金術師としてやっていいこと悪いこと
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
ガラガラガラガラ
のんびりと馬車は進んで行く。
ライナスとテルメアは、その馬車の乗り心地にも驚いていた。
悪路でも揺れる事なく安定した走り。
座ってもお尻が痛くならないクッションの効いた椅子。
寝台も設置されており、マチュアの商売用の道具が入っている木箱も満載。
足回りのサスペンションも日本製の最新型、車輪に至ってはパンクレスタイヤを履いている。
フレームは強化ステンレス製の特注品にマチュアが魔法で強化を施してある、竜の体当たりにも耐えられる代物である。
道中の食事はマチュアが空間収納から取り出したり、ライナスが道中で狩りをして得た獲物で作ったりと温かいご飯が朝晩付いて来る。
こんな贅沢な旅はかつてあっただろうか、否、無いと二人は自負出来た。
さっきまでは……。
「まあ、気持ちはわかるよ。それはさて置いて、仕事はちゃんとしようね」
「無理無理無理です、いくら護衛でもあればモンスターレベル200オーバー、戦闘強度は12万あるんですよ」
「と、とにかく逃げるのが最優先ですわ。あれはモンスターという名前の災害なのですから」
全力で街道を走るゴーレム馬車の後ろ上空を、体長5m程のスモールドラゴンが飛来して来る。
マチュア達を餌と認識したのか、かなりの上空からゆっくりと降下して来た。
「ドラゴンですよ、あれはドラゴンですよ……マチュアさんも知ってますよね?」
「ん?ええ、知っているけど何か?」
「何かじゃ無いてますわ。飛来する災厄、人間殺し、空の帝王、そんなもの相手に逃げられるのかどうか……」
そんなに大げさなものじゃ無いんだがなぁ。
そう考えて馬車の上にひょいと飛び乗ると、飛来するドラゴンの顔を睨みつける。
『ピッ……タイニードラゴン、レベル250、戦闘強度A+、単体危険度A、集団危険度SS』
「あ〜、雑魚いなぁ。魔神の腕……と、そら来い!!」
フィフスエレメントをガギーンと鳴らし、タイニードラゴンに向かって挑発スキルを起動する。
するとドラゴンもマチュアを敵と認識したのか、急降下して右爪で引き裂こうとするが。
──ドンッ
ドラゴンの顔面めがけて右フック……かーらーの左アッパーカット。その二撃でタイニードラゴンの頭部は粉砕し、ずしっと地面に落下する。
「ひゃぁぁぁぁぁ」
「ま、マチュアさん、マチュアさーん」
「何だよ、もう終わったよ。馬車止めてドラゴン回収するから」
幌の上からそう叫んで、落下したドラゴンに飛んで行く。
マチュアの声で慌てて馬車を止めると、ライナスとテルメアは信じられないものを見た。
頭部が粉砕されているドラゴンの死体。
恐る恐る近寄ると、既にマチュアが解体を開始している。
足元にはブルーシート、そしてドラゴンの身体の彼方此方には針が差し込まれている。
体内の血を全て抜き取る為に、針にはチューブが接続されており、横にあるバケツに血が流れている。
「うわ……マチュアさん、ひょっとしてドラゴンの解体出来るのですか?」
「うん。いい食材だからね。血はポーションの原料だし、骨は武器や魔導具になる。皮は防具、内臓は下処理をして食材。魔石は純魔石ででかいから、いい魔導具の素材になるよ」
そう告げつつ、ざっくざっくと解体を続けている。
その様子をライナスとテルメアは呆然と立ち尽くして見ている。
「ねえライナス、ここ最近でドラゴンを討伐したのは誰だったかしら?」
「王都にドラゴンの襲撃があったのは三十年前で、その時も王都の騎士団が全滅しかかったんだよなぁ。それを何で一人で、それも殴って倒すのかなぁ…」
「こんなん、武器を振るのも面倒いわ。それに傷がついたら皮の価値が下がるでしょ?その騎士団本当に騎士なの? 騎士を騙った戦士?」
「王都の騎士団は全員が聖騎士です。聖剣術を支えるエリートなんですよ?」
ふうんと半分だけ納得するマチュア。
よくよく考えてみると、ドラゴンに普通の武器は通用しない。
そしてこの世界の心力系スキルは効率が悪い。
加えて魔法がない。
そりゃあドラゴンが災害といわれる理由も理解出来る。
そう考えて二人をちらりと見る。
どちらも宝石の原石、しかもテルメアに至っては、この世界では初めての魔術師かも知れない。
「これは、この先楽しみだわ。魔族って強いのかなぁ」
「魔族も災害級モンスターですよ。私達の武器なんて通用しないですからね」
「あの光る攻撃を受けたら、どんな防具も切り裂かれてしまうんですよ?」
「あ、それって武器に闘気か魔力を纏わらせているんだろね。そりゃあ普通の武器じゃ守りきれないなぁ。でもライナスが闘気を身につけたら別だよ、多分ね」
ふんふんふーんと鼻歌を歌いつつ解体を続ける。
後ろから来た隊商の邪魔にならないように街道を横に避けて解体をしているが、隊商はマチュアたちの馬車の横で止まり、ドラゴンを見て驚愕し、何か話がしたそうにソワソワとしている。
「ん、そこの人、何か用事ですか?」
血塗られた解体用ナイフ片手に、マチュアが隊商の責任者らしき商人に問い掛ける。
するとその商人も揉み手をしながらマチュアの元に近寄って来ると。
「いゃあ、まさかとは思いましたが、これは本物のドラゴンではないですか。それにあの馬車を引いている鉄の馬、恐らくはゴーレムかとお見受けしますが」
「あ、そうだけど目利きがいいね。あなたは?」
そう問いかけると、商人もギルドカードを提示する。
「王都で商いをしているディーノ・アルバンッィオと申します。アルバンッィオ商会と言えばわかるかと思われますが」
ニコニコと話してくるのは嬉しいのだが、この世界の住人でないマチュアには誰だかさっぱりわからないので、そのまま話を聞く事にした。
「これは丁寧に。私はマチュアという旅商人です。彼らは護衛の冒険者ですが、どのようなご用件ですか?」
「では単刀直入に。あのゴーレムホースとドラゴンの素材、私が買い取ってあげますよ?」
あ、こいつダメな奴だ。
すぐにマチュアの中の危険感知が警鐘を鳴らしまくっている。
上から目線で、しかも、買い取ってあげると来ると答えは一つ。
「うん、お断りだ。では商談はこれで終わりという事で」
「い、いやいや、まだ終わっていませんぞ。あなたはそのドラゴンの価値をわかっているのですか?ここ数十年間討伐もされておらず、市場にも出回っていないドラゴンの素材。王宮の錬金術師が喉から手が出る程求めていた素材、それを持ち込めばどれだけの報酬を受け取る事が出来る事か」
「なら、私が売るからいいよ」
そう告げると、ディーノは大げさに頭を抱えて一言。
「あなたの商人ランクはどれ程ですか?王宮に出入りできるランクは最低でもAランク商会ですぞ?それをただの旅商人ごときが……」
「それなら、別に売らないからいいわ。自分で全て無駄なく使うのでご安心を」
「では、あのゴーレムホースは?あれこそ貴方のような商人には無駄だと思われますが。ゴーレムホースのメンテナンスは錬金術師にしか出来ないのですよ?」
へぇ、そうなの?
そう考えて思わずライナスたちをみると、コクコクと頭を縦に振っている。
なら答えは一つしかあるまい。
「自分でメンテナンス出来ますし、そもそも私は錬金術師でもありますからね。では交渉は終了ですのでお引き取りを」
「な、何ですと?この私自ら買い取って差し上げると言うのに、この旅商人風情が‥‥この先、商売が出来なくてもいいのですね?」
「その言葉は私に対して宣戦布告と受け取ってあげよう。では、そろそろ出発しますので」
そう告げてから、マチュアは解体の終わった肉や素材を全て空間収納に放り込む。
その光景を見てディーノは更に驚いていたが、問題はその後である。
「血塗れだわ。清潔と。これで良し」
マチュアにしてみればいつもの事。
テルメアも第一聖典保有者なので使えるから驚く事なく、ライナスもテルメアに掛けてもらっているので驚かない。
だが、魔法を始めてみるディーノにとっては、今起きた奇跡が何なのか理解出来なかった。
「な、何ですか今のは?どんなスキルなのですか?魔物の血は瘴気を含んでいるので衣類についたら取れなくなるのですよ?それをあっさりと綺麗にするなんて……そのスキルは何なのですか?」
「何って、魔法だよ魔法。あんた王都の商人なのにそんなことも知らないの?」
「そ、そんな馬鹿な事がありますか。魔法というのはイスフィリア帝国上級貴族にしか所持する事が許されていない上級スキルですぞ?貴様のような小娘が持っていていいスキルではないのですぞ?」
「「「へぇ、初めて知(ったわ、りましたわ)」」」
逆にマチュアたちが驚いてしまう。
何だ魔法あるじゃないと思ったが、世界の知識では魔法はこの世界には存在していない。と言う事は、魔法を騙る何かであると推測される。
「ま、いいわ。これ以上あなたと話をしても無駄だから、先に行かせて貰うわね」
「ま、待ちなさい、まだ話は終わっていませんよ」
「終わり。それでは失礼します」
急ぎ馬車に乗ると、マチュアは手綱を掴む。そして魔力を一気に注ぐと、後ろに乗ったライナスとテルメアに一言だけ。
「どこでもいいから掴まっててね」
「「はいっ!!」」
刹那。馬車が轟音を上げて走り出す。
一気に速度を上げていくと、時速80kmで駆け出した。
これにはディーノも呆然とし、追いかける事も出来なかった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ディーノたちを撒いた後は何事もなく平和な旅であった。
無事に城塞都市リンシャンに辿り着くと、商人ギルドカードを提示して銀貨5枚を支払う。
後は依頼完了の書類をライナス達に手渡し、それを冒険者ギルドに提出して依頼は完了である。
「おおお、ここの大樹もでっかいなぁ。隣町と同じぐらいだけど、やっぱり元気ないよな」
「まあ、それは仕方ありませんね。どの国のどの街の大樹も年々力を失っているそうです……ここでもやるのですか?」
「やらいでか。それが仕事だからね」
そう告げて馬車を大樹のある街の中心部へと向かわせる。
道中、マチュアの馬車は悪目立ちしていたらしく、大勢の人がゴーレムホースに興味を示し、商人などはウズウズとしていたのがわかる。
そして中央、大樹の麓に到達すると、マチュアは今更隠す必要はないとフードを外して大樹に触れる。
「うっわぁ。カダッシュの街よりも酷いわ。これでよく持ち堪えられていたなぁ。爺さんの反応も感じられないわ、これは時間掛かるぞ……」
そう呟いてから、ゆっくりと神威を大樹に注ぐ。
すると大樹が淡く輝き、枝葉から光魔力が溢れ始める。
根から目に見えないマナが地中深くへと伸びていくのも感じられるが、それは途中で止まってしまう。
これでようやく隣町のマチュアが神威を注ぐ前に追いついた感じである。
「ふむふむ。明日は大樹に神威が馴染むまで一度お休みして明後日から再開って所だね。大体三日って所か。そんじゃまた明後日来るわ」
ポンポンと大樹を軽くたたいて離れる。
するとマチュアの行っていた行動を見ていた者が、その場に跪いて祈りを捧げていた。
「ありゃ、またか‥‥私じゃなく大樹に祈ってね。そうすれば大樹はもっと元気になるから‥‥」
そう周囲に聞こえるように告げてから、ライナスたちの待っている馬車へと向かう。
馬車の周りにも大勢の人が集まっており、二人にゴーレムホースについて色々と聞いている所であった。
「ま、マチュアさん助けてくれ」
「あ、あちらが馬車のオーナーですよ。ですが先程の説明通り販売はしていませんので」
「そうか。初めましてお嬢様。私はこの町の商人ギルド総括のパンナコッタ・テラコッタと申します。このゴーレムホースについて色々とお話を伺いたいのですがよろしいですか?」
「はあ、これは売りませんよ?」
「それは構いません。それでですが、このゴーレムホースの制作者名があなたの名前になっているのですが、これはあなたが作ったのですか?」
おぉっと。この世界って鑑定眼スキル持っている人多いわ。
そういうことなら隠し立ては無用であると判断して。
「ええ。ゴーレムホースもこの馬車も私が作りました。私は錬金術師でもありますので」
「やはりそうでしたか。それでは回復薬なども作ることができるのですね? 今、リンシャンとカダッシュの町では回復薬が非常に不足していまして。腕のいい薬師がほとんど王都に引き抜かれてしまっていて、この町でもまともな回復薬を作るものがほとんどいないのですよ」
「それで、錬金術師である私に回復薬を作ってほしいと」
「はい。正規の価格の2割増しで引き取らせていただきますがいかがでしょうか」
ふむふむ。値切るどころか割増料金とは。
どっかのディーノのおじさんよりもとても善人でいらっしゃる。
それなら断る道理はないのだが、ここで一つ問題が出た。
「申し訳ないけれど、私の作った回復薬を商人ギルドで鑑定していただけるかな。それで価値を決めて欲しいのだけれど」
「分かりました。それでは向かうとしましょう」
そう頭を下げるパンナコッタ女史。
周囲の商人たちもマチュアと話をしたがっているようだが、それは全てパンナコッタが制してしまっていた為、話も出来ない。
更に商人ギルドまで向かうというので、マチュアの馬車の後ろには大勢の商人達がぞろぞろとついて来る。
「‥‥何だかとんでもない事になっていますけど‥‥」
「そうだよねぇ‥‥って、ライナス、それにテルメアも。もう依頼は終わったんだからどこでも好きな所に行っていいんだよ?」
「まあ、それはそうなのですが、まだ魔法の修行が終わっていませんし」
「俺も闘気の修練が終わっていませんから、マチュアさんさえよろしければ同行させていただきたいのですが」
「あ、そっか。なら手綱お願いね‥‥ちょっと後ろで回復薬作ってくるから」
そう告げて馬車の後ろに向かう。
床面に魔法陣を形成して空間収納から簡易魔法薬の材料を取り出してぶち込む。
さらにバケツも3つほど放り込んでアニメイトを起動。
「よし‥‥アニメイト起動、データベースは『記憶珠』から簡易魔法薬を読み取り。バケツに三つ分の濃度300%原液を製造‥‥って15分か、まあいいわ」
「あ、あの、マチュアさんは今、何をしていらっしゃいますか?」
「ん? 錬金術で魔法薬を作っているんだけれど」
「魔法薬?」
しまった、また存在していないアーティファクトだったか。
そう考えてマチュアも暫し思考。
「ええっと、怪我とかを治す薬ってある?」
「回復薬ですね。飲み薬か軟膏で売っていますけれど結構高いですよ?」
「病気を治す薬は?」
「様々な薬草を煮詰めますけれど」
「骨折とかは?」
「添え木を当てて痛み止めの軟膏を塗りますが」
「出血したら」
「傷口に酒をかけてから圧迫して止めて軟膏を塗ります
「はぁ。今作っているのは魔法で怪我を治す魔法薬よ。錬金術師のスキルでできる簡単なやつで、たぶん材料もこっちのせか‥‥国でも手に入るんじゃないかなぁ」
そう説明して別の魔法陣を起動、今度は病気を治す万能薬のレシピを放り込んでそれを作り出す。
最後に骨折も直し切断された四肢も治す上級魔法薬を作り出す。
まだまだ材料はたくさんあるし、何よりも空間収納はツヴァイたちと接続されているので問題はない。
足りなくなったと思ったら勝手に追加してくれるとと思うので、思う存分使う事にした。
「はぁ‥‥これって凄いのですか?」
「そりゃあもう。怪我を治す魔法薬なので、実際に試して見せると痛いのでパスだけれどね。取り敢えずこれでも問題はないわ‥‥納品分は作れたし、このまま何事もなければいいんだけれどね」
おっと、その一言は死亡フラグですぜマチュアさん。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






