イェソドから・その4・大樹の力と紋章の覚醒と
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
のんびりと街道を進むマチュア達。
冒険者ギルドから出て来て大体30分程歩いていると、やがて町の中心らしい広い草原にたどり着く。
その中心から、直径で30mもあろう巨大な樹が真っすぐに伸びている。
周囲には木漏れ日が広がり、子供達が草原を駆け回っている姿が見えていた。
「これが大樹です。各国、各都市、各町を守る生命の大樹、これがそびえ立つ所は繁栄すると言い伝えにはあります」
「こうして祈りを捧げると‥‥」
テルメアが両手を組んで祈りを捧げる。すると枝葉の一部がほんのりと輝く。
「はぁ、それじゃあ私は直接ね」
てくてくと大樹の元に歩いていくと、マチュアは大樹に右手をそっと当ててみる。
(あ、確かに膨大な魔力が流れているねぇ‥‥でも、他の大樹とのつながりが失われてこの場だけで完結しているのか‥‥このままだと、確かに人がいなくなったりすると大樹は枯渇し、大地から魔力を汲み上げる力が消滅するか‥‥なら)
ゆっくりと神威を注ぎ大樹の活性を促す。
すると大樹の根がゆっくりと大地の底へと進み始めた。
あと少しで大樹の根は世界の地下を流れる魔力層‥‥マナラインにたどり着く。
そこに繋がることができれば、この大樹は更なる活性化を始めるだろう。
そしてマチュアは空間収納から『生命の宝珠』を取り出す。
そこに記されているイェソドの紋章が少しだけ輝き活性化を始めているのが見て取れた。
「あ~成程、これが私の仕事かぁ‥‥力を失い始めた神々では出来ない仕事だわなぁ‥‥」
そう周囲に聞こえないようにボソッと呟くと、そのマチュアの意思が大樹に届いたのか、全ての枝葉がゆっくりと輝き始めた。
それは幻想的な世界。
木漏れ日や祈りによる枝葉の僅かな活性だけでなく、大樹自体が輝くなど誰も思っていなかったであろう。
木々から溢れ出す目に見えない光魔力が町全体を覆い、ゆっくりと降り注いでいく。
疲れていた体は活気を取り戻し、病に苦しんでいた者は僅かずつ病から解放されて行く。
「マチュアさん、一体何をしたのですか‥‥」
「何って、大樹に魔力を注いで活性化しただけだよ。これを続けていけば、この大樹はもっともっと大きくなる。けれど、それは私の仕事じゃないからなぁ。みんなも祈ってくれればいいと思うよ」
それだけを説明して大樹の麓に腰かけると、マチュアはそのままウツラウツラと居眠りを始めてしまった。
「ああ、何か気持ち良さそうですね。じゃあ私も」
「おいおい、こんな所で居眠りなんて不用心過ぎるだろうが‥‥ってもう寝ているよ」
ライナスが呆れた声を出していた時、既にマチュアとテルメアの二人は楽しそうに笑みを浮かべて眠っていた。
〇 〇 〇 〇 〇
夕方。
誰かがマチュアを呼ぶ声が聞こえてくる。
「‥‥ん、誰だよ」
瞼をごしごしとこすりつつ目を覚ますと、マチュアの周囲には騎士たちが集まっていた。
完全武装の騎士たちが、マチュアの周囲を取り囲み警戒している。
「ふん、ようやく目を覚ましたか。領主であるバーニーズ伯爵がお呼びだ、ついて来い」
「はぁ? 私は何も用事なんてないわよ?」
「つべこべ言うな。とっとと来い」
まあ、ここで無駄に抵抗しても後が面倒なので、マチュアは渋々騎士たちについて行く。
ふと見ると、騎士達に掴まれて身動きの取れないライナスとテルメアの姿もあったので。
「おいそこの騎士、その二人は関係ないだろうが」
「貴様を発見したのが二人である以上、色々と聞き取り調査をしなくてはならない。まあ、体罰や無理強いはしないから安心しろ」
「絶対だな、もし二人に危害を加えたら‥‥貴様のちんこを捻じり切るからな!!」
またちんこかよ。
世界が変わっても相変わらずのマチュアだが、その言葉にわずかの『覇気』を込めただけで告げられた騎士はその場で腰砕けになってしまう。
「貴様、面妖なスキルを‥‥」
「そんなのどうでもいいから、とっととそのバーニーズだかバーニャカウダだかの所に連れていけよ。とっとと終わらせて私は宿に戻るからな」
「ふん。無事に帰れたらいいだろうがな‥‥」
そう吐き捨てられてマチュアは騎士たちの後ろをのんびりとついて行く。
町の中を歩いていると、マチュアの姿を見て落胆している人の姿も見えていた。
「またあの領主の犠牲か‥‥」
「もうこんな生活は‥‥」
「あの変態領主が‥‥」
小声で領主をディスる声が聞こえてくる。
だが、騎士たちの耳には届いていない。もし聞こえていたら不敬罪で捕らえられていたであろう。
だが、思わずでもそんな声が聞こえて来るとなると、マチュアはここの領主も大した事はないなぁと感じ始めていた。
やがて町の一角にある大きな館までやってくる。
小さいながらも堀に囲まれ、ちゃんとはね橋まで掛けてある。
そこをゆっくりと進み館の中まで案内される。
大広間に案内されると、マチュアはそこで椅子に無理やり座らせられてしまう。
そこにはやはりお約束のようにでっぷりと太った男が座っていた。
両手には宝石をちりばめた指輪が、首からは金銀の飾りのついたネックレスが、そして金糸と銀糸をふんだんに使った衣服を身に着けている。
「貴様がハイエルフのマチュアか」
「はあ、そうですが」
「なら、貴様はこれから俺のためにここで働け。この地をハイエルフの奇跡でもっと豊かに、そして富をどんどん生み出すのだ」
「うむ、謹んで断らせていただく。何で私があんたの私利私欲の為に働かないとならんのじゃ。それよりもあんたが働け、そのでっぷりと太ったコレステロールの塊のような体を動かせ、このデブが!!」
あああ。何か耳が痛い。
もうやめて、バーニーズよりもザ・ワンズのHPが0なのよ。
そのマチュアの侮蔑以外なにもない言葉に、バーニーズは顔を真っ赤にしてぶるぶると震えだす。
「仕方がない。ならば、貴様は儂の力で無理やりにでも従わせるとしよう。判決確定スキルを行使する。かの存在マチュアの我に対する不敬罪は適用されるであろう。ならば、かのものを我が隷属とせよ!!」
声高らかに叫ぶバーニーズ。
だが、その瞬間にマチュアの頭上から女性の声が聞こえてくる。
『彼の存在は無罪なり』
その声に、バーニーズはワナワナと震えだす。
彼の持つ固有スキル『判決確定』は対象者の罪を問い、それが有罪ならば対象者を隷属するというものである。
罪の重さによって隷属される期間は変化するが、それは彼自身の意思によってある程度は上下出来てしまう。
だが、マチュアに対しての不敬罪は適用されなかった。
そもそも創造神の眷属であるマチュアが不敬罪に該当するとすれば、その相手は創造神ぐらいでしかない。
「そ、そんな馬鹿な!! 騎士たちよ、この女を捕らえよ!! この女は有罪だ」
震えつつ叫ぶバーニーズだが、その言葉は誰も信用していなかった。
「失礼ながらバーニーズ様。かのものの罪は無罪であると、バーニーズ様のスキルが証明してしまいました。そのような者を捕らえる事は出来ません」
「そんな馬鹿な、この儂に対しての非礼が罪でないだと‥‥そうだ、判決確定を行使する、かの存在マチュアが自らの身分を偽称している罪は適用されるであろう。ならば、彼の者を我が隷属とせよ!!」
『彼の存在は無罪なり』
「な、なら‥‥この地において不当に人々に不安を与えた。それは罪であろう。怪しげな術を使い、大樹に危害をなしたことは罪であろう」
『彼の存在は無罪なり』
「う、うるさいうるさい。誰でも構わん、その女を地下牢にぶち込め、この我が罪を認めているのだ、速やかに我の命令を聞けぇぇぇぇぇ」
「失礼ながら、我々騎士団は王都より派遣された存在。その役割は罪人を捕らえ、公的な場において罪を断罪するものであります。先程からバーニーズ様の判決確定によってこの方の罪は全て無実であると証明されました‥‥では失礼します、お客人、不当な拘束をお許しください」
丁寧にマチュアに頭を下げる騎士。
もっともマチュアにとっては、一体何が起こっていたのかチンプンカンプンである。
ただ領主がマチュアを呼び出して、スキルを使って拘束しようとして失敗して今ここですかそうですか。そんな独りよがりの自爆劇を見て、マチュアもうんざりしていた。
「あ、そうか。そのスキルね、はいはい。ではマチュアがバーニーズに問います。あなたの罪は自分勝手に私利私欲のために人々をスキルを使って陥れていたという事実。それは領主として不当なり。判決やいかに!!」
マチュアがそう叫ぶと、バーニーズの頭上から声が聞こえてくる。
『かの者の罪は有罪なり。ほんっとうに有罪。罪状は王都転覆まで目論んでいたという国家転覆罪』
その声に騎士団が一斉にバーニーズを取り囲む。
「な、何だ今のは、判決確定は俺だけのスキルじゃなかったのか」
「そんな事ないでしょ。あなたの周りに使える人がいなかっただけ。そして私はハイエルフなのでそれが使える。という事で騎士団の皆さん、今のを聞いていかかですか?」
そのマチュアの問いに騎士団長らしき男性は軽くうなずく。
「判決確定のスキルがこの者の罪を暴いた。バーニーズ、じつに残念です‥‥連れていけ、そして屋敷の調査を開始する‥‥」
「という事で、マチュアさんにはご迷惑をお掛けしました。あなたの御友人達も既に解放されていますのでご安心ください」
その一言でマチュアはほっとする。
自分のせいで巻き込まれたのでごめんと思っていた矢先に無事解放されていたという事実。
そしてなぜか自爆しまくって捕らえられた領主。
これってどうなるのか判らないけれど、少なくともマチュアは関係ないと思って屋敷の外に出て行った。
‥‥‥
‥‥
‥
屋敷の外では、遠くから無罪を叫ぶバーニーズの声が聞こえてくる。
やれやれと肩を竦めて周りを見渡してみると、近くでライナスとテルメアの姿が見えた。そして二人もマチュアの姿を確認すると、急ぎ足で駆け付けて来る。
「無事でしたか。あの領主に手籠めにされてしまったのかと心配していました」
「何もなかったですか? 嫌なことはされていませんか?」
心配そうに問い掛ける二人。だがマチュアもニイッと笑って一言だけ。
「問題なし。逆にあの領主の罪が暴露されて騎士団に連れていかれたけれど‥‥このあと領主ってどうなるんだろうね」
「さぁ? おそらくは国王が臨時的に執務官を派遣してくると思いますよ。これだけ大樹が立派に輝いている町ですから、ここを放棄するという事はないでしょう」
「そっか。ならそろそろ宿に帰りたい‥‥といいたい所だけれど、宿の予約も何もしていないんだよなぁ。どっかいい宿教えてくれる?」
「判りました。それではこっちがお勧めですよ」
二人はマチュアの手を引いて宿まで案内してくれた。
そこは二人の定宿であるらしく、受付も簡単に終わらせる事が出来た。
一泊3000ギルダ、朝晩の食事をつけると銀貨5枚とちょっと高いが、この宿には各部屋に風呂があるらしい。
そのまま部屋にダミーのショルダーバッグを置いてくると、マチュアは二人と合流して夕食を取る事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
「何と風呂ですと?」
「ええ。この町は地下水が豊富でして、それを汲み上げて沸かしているのですよ」
「薪を使うと高くつくんだけれど、ここのじいちゃんが『温水化』っていう固有スキルを持っていてね。簡単にお湯が作れるのですよ」
楽しい食事の後は情報収集なのだが、またしても固有スキルが出てきた。
そのスキルは一体何なんだとマチュアは頭を捻ってしまう。
「あの~、その固有スキルって何なの?」
「固有スキルですか? それは生まれつき持っているスキルですよ。血筋や運命、後は人が亡くなった時遺志によって受け継がれるらしいスキルでして、人の数だけ固有スキルは存在するって言われています。まあ、同じスキルを持っている人もそこそこにいたりするので、訓練では身につかない特殊なスキルだという表現が適当かと」
「その人のもつ固有スキルは、神聖大樹教会に行って司祭様に伺えば知る事が出来ますよ」
へぇ。
それであんな不可思議なスキルがあったのかと思わず感心してしまう。
なら、ギルドマスターの持つ『食物鑑定』やギャンブルの胴元のスキル『ギャンブラー』もそうなんだろうなぁ。
そう考えてみると、中々にこの世界は面白い。
自分に出来る事、そして楽しむ事。
明日からの日常にマチュアは思わず頬を綻ばせてしまっていた。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






