マチュアの章・その16 魔導の真髄・悪は成敗だぁぁ!!
ストーム達を襲ったシーフらを成敗した後、マチュアはストーム達と再び合流する事にした。
その後二次会に移動してから、全員が酔いつぶれたのを確認して、マチュアはとっとと酒場から撤収する。
「一度独房に戻りますか」
と人気の無い裏路地でマチュアは影に潜り込むと、急ぎ独房へと向かう。
影が繋がっていればどこまででも行けるのだが、建物などの中には入ることが出来ない。
そのため、上手く建物の中に入るのは中々テクニックがいるのである。
―ースッ
とどうにかエンジのいる部屋まで戻ってくると、エンジはあれから何もなかったらしく静かに眠りについている。
その額に指を当てると、魔力を注ぎ込んで命令の上書きを開始。
「ひたすら抵抗して、それで時間を稼いで頂戴。薬物を使うといっていたけど、使われたら薬が効いているフリをして、それでも否定して‥‥以上、後はお願いね」
「はい‥‥」
と虚ろな瞳で返事をするとエンジは再び眠りにつく。
マチュアはまた影に飛び込み、街の中へと戻る。
「後一つダメ押しが欲しいけれどねー。ガリクソン伯爵の家はどこじゃらホイ」
と情報収集を開始。
武器マニアの貴族というキーワードを使い、酒場へと聞き込みに向かった。
結果、ここから馬車で1日の所にある小さい領地を治めているらしいという情報を入手する事が出来た。
「ふむふむ。往復2日、調査で2日というところか。明日朝イチで定期馬車を使って行って来ますかーー」
ブリュンヒルデがこの街に到着するまではまだ時間がある。
それまでに情報と証拠をあらかた回収しておこうという所だろう。
その日はゆっくりと体を休めて、翌日にはガリクソン領へと向かう事になった。
サムソンから山の中腹に向かった先にある、帝国管理下の巨大な採掘場。
その一角に、ガリクソン領がある。
特にこれといった特産品などはないが山越えに半日かかってしまう為、商人や冒険者達にとってはこの街が途中の宿場となっている。
その為であろう、街には大勢の人々が溢れていた。
鉱山に向かう採掘師や冒険者、山向うに広がる様々な都市へと向かう商人達で賑わっている。
「さてと。取り敢えずは‥‥」
聞き込みの為にマチュアはエンジの姿でこの街に潜入した。
サムソンの独房にいるエンジが此処にいるとは、まさか誰も気づかないであろう。
認定審査の期間は、ガリクソン伯爵も此処へは戻って来ない。
という事で今が調査のチャンスと、屋敷を探し出すと物陰から影に飛び込んで屋敷へと潜入する。
『‥‥意外と人はいるんだなぁ‥‥』
使用人が意外と多い為、中々影から外に出る事が出来ない。
それでも使用人の影に潜んで屋敷の中をうろついて内部をじっくりと観察すると、屋敷の奥にある大きな部屋がいかにも怪しい事に気が付いた。
常時二人の見張りが立っており、交代は恐らく一日3回。
建物の外側から回り込んでも、その部屋だけは窓がない。
まるで倉庫のような作りになっている。
初日は大体建物の見取り図と見張りの配置、その見張り達の休んでいる場所を確認すると、エンジは一度街に戻って宿を取る事にした。
宿屋で食事を摂ると、一旦マチュアに戻って部屋の中でスキルの確認をする。
「見えない場所へと移動するスキルは‥‥ないよなぁ」
がっくりと肩を落とす。
流石にチート過ぎるステータスやスキルがあっても、不可能なものは不可能である。
実力行使で突破する事も出来るが、あまり荒事にはしたくはない。
となると、どうにかしてその部屋の扉を開いて貰うか、もしくは壁でも破壊するかの二択である。
「‥‥うん、諦めて執務室で書類でも探そう」
という事で、一休みして深夜、再びガリクソン伯爵の屋敷に忍び込む事にした。
――リーーン、リーーン
と庭では虫の鳴き声が響き渡る。
エンジは再び月明かりの中、屋敷の影に飛び込むと、真っ直ぐに執務室へと向かう。
庭を抜けて窓をそっと開けると、気配を消して内部に忍び込む。
(『隠密』起動)
と姿をスッと消すと、室内に『範囲型・沈黙』を発動する。
司祭の範囲型設定と忍者の沈黙をリンクさせたのだが、リンクした結果、効果時間が意外と短くなってしまった。
その為、急ぎ調べる必要があった。
――ガサゴソガサゴソ
と無音で室内を調べまくるエンジ。
書類棚や夏場なので使われていない暖炉など、調べられる限り調べまくったが、特に何も怪しいものは見つけられない。
(これは参ったな‥‥)
とゆっくり室内を歩いて見ると、建物の間取りとこの部屋の位置をもう一度確認する。
壁側に置かれている本棚。
この壁の向こう側が、例の倉庫らしき場所のようである。
(えーーっと、思い出せ。目覚めろ、私のオタ知識っ!!)
まるでコスモでも燃やすかのように、エンジは頭の中で何かを探す。
(あ、隠し扉だ。建物の配置を考えると、大切なものは倉庫。でも、重要書類などを隠すのも、人が滅多に入れない場所。そして、癒やしを求めるならば、わざわざ部屋の外に出て、もう一度入り直すような事はしない)
という判断で、本棚を調べるエンジ。
――カチッ
と本棚に留め金のようなものがあるのに気が付く。
(ビンゴぉぉぉぉぉ)
と本棚に手を掛けると、それを左にずらす。
――ゴゴゴゴゴゴゴッ
と本棚全体がスライドし、隣の部屋がむき出しになる。
(さて、それではもう一度。『範囲型・沈黙』と)
倉庫のようになっている部屋内部を沈黙で覆い尽くすと、エンジはそっと中に侵入し『光源』の魔法を小さく絞って室内を調べ始める。
恐らくは違法な手段で入手したのであろう、大量の武具が綺麗に並べられている。
そして書類のびっしりと納められている棚を確認すると、その中から証拠になるものをピックアップし、『複写』で次々と入れ替えていく。
(複写の効果時間は大体7日か。取り敢えずは回収出来るだけ回収して、後は撤収だな)
と証拠を一通り押さえると、エンジは元の形に戻してから部屋から出る。
そして本棚を閉じると、窓からそっと外に逃げた。
○ ○ ○ ○ ○
翌日にはマチュアに戻り定期馬車に飛び乗る。
そして翌日にはサムソンに戻って来た。
そこからはスピード勝負。
まだサムソンに到着していないブリュンヒルデに一刻も早く会いたいのだが、何処にいるのかがわからない為に転移をする事も不可能。
ストームは大会中なので邪魔してはいけないと考え、結局はサムソンの宿で数日を過ごす事となった。
そして決勝の前日、ブリュンヒルデが貴賓のために用意された屋敷に到着するのを確認すると、物陰から『影潜り』で屋敷内に侵入する。
そしてブリュンヒルデが一人の時にコンコンと扉を叩くと、そのまま影から姿を表した。
「おまたせしま‥‥」
――チャキッ
とマチュアの首筋にロングソードが当てられている。
「何だマチュアか」
「‥‥見えなかったのですけれど、今の攻撃」
「ああ、全力だったのでな。影からスッと現れると、曲者と思うだろうが」
カチャッと剣を鞘に納めると、ブリュンヒルデは椅子に座る。
マチュアも正面に座ると、サムソン鍛冶組合とガリクソン伯爵邸から回収した書類を広げる。
「シーフギルドよりも仕事が早いな。それでいて確実とは」
「それはもう。今回の調査ほど、魔術師としての魔法の使い勝手の悪さに思い知らされましたよ」
と告げてから、この街で起こった出来事について一通り説明した。
「では、マチュアの分身が投獄されていると。助けないでいいのか?」
「明日全てが終わったら術式を解除します。それで大丈夫ですので。後、ストームがどうやら決勝まで残っているので、ひょっとしたら何かやらかすかもしれません‥‥」
と一枚の書類を指差す。
「決勝の課題がドラゴンスレイヤーねぇ」
「そこで難癖付けてくると思いますので、これを」
とバックの中からボルケイノの鱗を数枚用意する。
「そういう事か。万が一の時には使わせて貰おう」
「余ったら差し上げますので」
と告げると、ブリュンヒルデは瞳をキラキラとさせた。
「それはありがたい。ドラゴンのこういう物は貴重でな。鱗とか牙とか皮とか。特にドラゴンレザー等は、かなり高価で取引されていてなぁ」
「要ります? ボルケイノの皮ならありますよ。まだレザーアーマーとレザーローブしか作ってませんし」
と告げると、2m四方に切断してあるボルケイノの皮を4枚、バックから取り出した。
「いやいや、これは買い取りさせて貰おう。全てが終わったら取りに来てくれ」
「毎度ありがとうございます。牙がご所望でしたら、ストームは既に何本かドラゴントゥースソードを作っていますので、交渉するのが宜しいかと」
ブリュンヒルデの瞳がキラキラと輝きっぱなしなのは仕方ない。
「では、明日は私も会場の近くで待機しています。ガリクソン伯爵を見かけたら、彼の影の中に移動して待機していますので。それでは失礼します」
と告げると、マチュアはスッと影の中に消えていった。
○ ○ ○ ○ ○
技術認定審査の最終日。
残ったのは地方から来た二人の鍛冶師とサムソン鍛冶組合のランディ、そしてストームの四名である。
課題はマチュアが入手した書類通り『ドラゴンスレイヤー』である。
城内はかなり盛り上がっているらしく、マチュアは関係者入口の近くで待機している『ブランシュ騎士団』と打ち合わせをしている。
「では、会場で暴れられると困るので、外まで誘導するのですね?」
「ええ。席の配置から察するに、ここの通路を使うのが濃厚です。他の通路にはブランシュ騎士団の方を配置してそっちには逃げられないようにしてください。ここに来たらそのまま通して結構です。この先で私が動いたら駆けつけて後ろから捕縛して下さい」
白銀のローブに身を包んだマチュアが、てきぱきとブランシュ騎士団に指示を飛ばす。
ローブの胸元と背中に羽織っているマントに『幻影騎士団』の紋章が入っている以上、ブランシュ騎士団といえどもマチュアに逆らう事は出来ない。
もっとも、マチュアもその程度で権利を行使する必要はないと判っているので、予めブリュンヒルデと打ち合わせをしておいたのである。
「了解しました」
「では、私は伯爵の監視に向かいますので」
と告げてスッと影の中に消えていく。
――ゴクッ
と騎士団の者達が息を呑む。
「あれが幻影騎士団の参謀。『白銀の導師マチュア』か‥‥」
いつの間にか変な呼び名が付けられているマチュアである。
やがて会場内が最高に盛り上がった後、通路の向こうから二人の人影が走ってくる。
――タッタッタッタッ
コッソリと会場から抜け出して、人目の付かない路地裏を駆けて来たセドリックとガリクソン伯爵である。
「貴様がランディを推薦しろと言ったのだぞ。何だあのザマは。最初から審査員全てを私の息の掛かった者にしておけば、こんな事にはならなかったのだ」
「伯爵、そんな事をしたら全て出来レースとバレてしまいます。彼が腕のいい鍛冶師だったのは、このサムソンの帝国鍛冶工房の連中から聞いていますが、まさかあそこ迄とは」
「言い訳はいい。それにあの男、王家とベルナー家の紋章の入ったマントを着けていたぞ。あんな偽物のマントを着けていれば、今頃は騎士団に捕まって‥‥」
そこで、ガリクソン伯爵の脚が止まる。
「‥‥何‥‥帝国とベルナー家の紋章だと?そんな、馬鹿な」
どうやらガリクソン伯爵は、今になって帝国から届いた通達を思い出したのであろう。
ベルナー家が再興して王国となった事を、そしてベルナー家再興の時に尽力した、皇帝陛下直属と同等の権力を持つ、女王専属騎士団の事を。
――スッ
と伯爵の足元から伸びる影から姿を現すマチュア。
「馬鹿な、ではありませんよ。幻影騎士団は存在しますわ。さて、貴方達の話は全て聞かせて頂きました」
黒い笑みを浮かべて、口元に手を当ててクスクスと笑っている。
(わーーい、たーのしーーーい)
何時もながらこういう時はノリノリである。
白銀のローブの胸元と背中に羽織ったマントには、帝国王家とベルナー家の紋章を組み合わせて作られた『幻影騎士団』の紋章が入っている。
ストームの鍛冶場で作ったミスリル繊維と、なめしたドラゴンレザーで作った手作りのローブである。
「で、出たな。だが。伯爵、こいつさえ始末すれば大丈夫だ」
セドリックはガチャッとナイフを引き抜いて、マチュアに飛びかかった。
「ふぅん、この紋章相手に手を出すという事は、この帝国に対して手を出すと同じ。じゃあ、死んで」
ニッコリと笑いながら、マチュアは静かにセドリックを指差す。
(『拘束の矢』‥‥)
――ドシュツ
と指先から発せられた魔法の矢が、セドリックの心臓辺りに突き刺さる。
そのままドサッとセドリックはその場に崩れ落ち、動かなくなった。
「ば、馬鹿な、誰か、誰かいないか、私だ、ガリクソン伯爵だ、誰でもいい、こいつを捕らえよ、さすれば褒美を」
と叫んだと同時に、路地裏に大勢の騎士団員が飛び込んでくる。
全て予定通りの動きなので、騎士団も若干驚いているようだ。
「おお、この者を捕らえよ、いや、切り捨てろ。王の威光を騙る偽者を」
勝った。
そう確信してニィッと笑うガリクソン伯爵。
だが、捕らえられたのは伯爵本人であった。
「な、何故だ、相手を間違っているぞ、彼奴だ、捕らえるのは彼奴だぞ」
と叫んでいるが全て無視。
「ご無事で何よりです、マチュア様」
とブランシュ騎士団のヘッケラーがそう告げる。
「後の処分はお任せするわ。転がっているやつは『拘束の矢』を打ち込んだだけなので。暫くしたら意識は戻るのでよろしくねー。ではブリュンヒルデ殿に宜しく伝えてねー」
と手をヒラヒラさせながら、よいしょと影の中に入っていった。
そのまま騎士団に連れられて、ガリクソン伯爵とセドリックの二人は騎士団の詰め所へと移動した。
○ ○ ○ ○ ○
全てが終わった後、マチュアはブリュンヒルデの滞在している屋敷に正面から訪ねた。
そのまま応接間に案内されると、差し出された紅茶に舌鼓を打つ。
「あら、また影から来ると思っていたのに残念ですね」
と屈託のない笑顔で告げるブリュンヒルデ。
「首筋バッサリなんて事にはなりたくありませんから。伯爵達の処分はどのように?」
と努めて冷静に問い掛ける。
「あの後は簡単よ。サムソン伯爵に命じて、ガリクソン伯爵邸を調査したわ。大量の証拠物件が出てきたのでガリクソンは爵位を剥奪。一緒につるんでいた帝国鍛冶工房のセドリックは解任。もっとも、二人に唆されていたランディについては、サムソン鍛冶組合の大勢の署名が届けられたので、情状酌量となったわ。それでも5年は犯罪者労働の刑ですけどね」
まるで大したことがなかったかのように告げるブリュンヒルデ。
「では、これで私の仕事はおしまいですね」
パチンと指を慣らして、独房にいるエンジの魔法を解除する。
これで独房にいるエンジは消滅する。
「ええ、長い間引き止めてごめんなさいね。次の仕事が決まったらまた連絡するので」
「‥‥まだあるのですか?」
「そうねぇ。しっかりとした管理の行き届いている国でも、必ず何かは腐敗するものよ。それは仕方が無い事だとは思うわ」
少し寂しそうに告げるブリュンヒルデ。
「そうですね。では、私はこれで失礼します。何かある場合はベルナー城か、もしくはカナンの私の酒場まで連絡をください。酒場の『ジェイク』という執事は私の事を知っていますので、話は通るかと思います」
と告げると、マチュアはそのまま退室して‥‥再び戻った。
「そうそう、。今回の件の必要経費と報酬、それとドラゴンレザーの代金は王都ラグナの執務官にでも預けておいて下さい。それでは」
と話をして、今度こそ屋敷を後にした。
「さーてと。それじゃあ始めますか」
とマチュアはそのまま真っ直ぐに『建築ギルド』へと向かった。
目的は一つ、2階建ての酒場を建ててもらう為である。
この街も拠点の一つとするため、マチュアはちょうど手に入った報酬で家を建てる事にした。
「すいません。建築依頼なのですが」
と受付にいる男に向かって話しかける。
「これはようこそ。どのような建物をお望みですか?」
「二階建てで、一階は酒場にして欲しい。大きさは、大体‥‥『鋼の煉瓦亭』の半分ぐらいで」
「二階は住居で?」
「ええ。少し大きめの礼拝所も作って下さい。一階と二階は建物の中で出入りできるように」
と説明を開始する。
奥から設計技師がやってきて、こと細かに打ち合わせを開始する。
大体の説明が終わったので、次は予算である。
「この程度だと、金貨で3500枚ですね」
日本円でだいたい3500万。
安いように感じたが、この世界で一般の人達の収入を考えると、とてつもなく高い。
「あ、白金貨でいいですか?」
「は、はい」
「では‥‥」
と白金貨35枚をカウンターに置くと、マチュアはにっこりと笑う。
「それではお願いしますね」
まさかの一括払いに、建築ギルドの人々は驚いている。
「では、魔術師ギルドにも連絡を取ります。基礎を築くのは魔術師の仕事でもありますので」
「出来るだけ早くお願いします。私は冒険者兼商人ですので、この街から離れている事も多いので。何かありましたら、隣の『サイドチェスト鍛冶工房』のストームに話してください。彼とは友人ですので、それでは‥‥」
とダメ押しをして、マチュアは建築ギルドを後にする。
確実に足場を構築し始めたので、そろそろ趣味の研究を開始しようと考え、一旦カナンへと戻る事にした。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
 






