日々の戯れ・その13・食祭にやってきた不埒存在
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
マチュアが馴染み亭で料理の仕込みをして数日。
マチュアがカナンで料理の修業と研究を行っている内に、気が付くと開港祭前日である。
急いで全ての仕込みを終えると、マチュアは港町マルガリータに戻って来た。
食祭は明日から三日間、その間に露店の料理を食べた者が投票してどの露店が一番おいしかったかを競うものである。
といっても、一番の露店になにか賞金や賞品が出るわけではなく、あくまでも料理人の名誉を賭けた戦いとなっている。
宿から出てきたマチュアを待っていたのは、マチュアの料理に興味津々の商人たちではなく、冒険者ギルドのギルドマスターであった。
「あの、すまないが馴染み亭の主人に頼みたいことがあるのだが、ちょっとギルドまで来ていただけないか?」
「おっやぁ、いきなりなんでしょか‥‥まあ、ご同行しますわ」
そう返事をしてマチュアはギルドマスターについていって一緒にギルドまでやってくると、そのままギルドマスターの執務室まで案内される。
「俺はギルドマスターのエルトリアという。あんた‥‥の正体については十分に熟知している事も含めて頼みがあるんだが‥‥」
そこまで言うなら何か緊急事態なのだろうと思い、マチュアはすぐに白銀の賢者モードに換装する。
それを見たエルトリアもほっとしたらしい。
「まあ、お約束を丁寧に守っているからとやかくはいわないわよ。そんでもって、一体何があったの?」
「つい昨晩になる。昨日の夕方に到着した船団が、この町の沖合で巨大なシーサーペントを見たという報告があったらしくてな‥‥それですぐに港湾関係者とうちのAランク冒険者チームに頼んで沖合ちかくまで偵察を頼んだのだが‥‥噂は本当で、巨大なシーサーペントが一頭と、その子供らしいシーサーペントが5頭ほど確認された」
「ありゃ、それは大変だわ。それで冒険者たちでどうにかなったのかしら?」
「そ、それは無理だ。あのサイズのシーサーペントなんて、足場の悪い船でなんて戦う事も出来ない。この辺りではシーサーペントなんて災害以外の何物でもなく、時間が経って離れてくれるまでは漁も何もかも諦めないとならない。それに、一度でもシーサーペントがやって来たら、その海域には魚は近寄って来なくなる」
つまり、ここの沖合に出たということは、しばらくは上質な魚も手に入らなくなるという事である。
最悪近海の魚は食い荒らされてしまうのだろう。
「そりゃあ災難以外なにものでもないわね」
「ああ。シーサーペーント、ギガントテンタクル、クラーケン、海の三大モンスターが出たとなると冒険者ギルドとしても討伐任務を出したくなるんだが、相手は海の魔物、まともな戦いになんてなる筈もなく、うかつに討伐になんか出たものなら最悪全滅も覚悟だ。だから諦めていなくなるのを待つしかないんだが‥‥今日から開港祭だ、近隣諸国から船でやって来る貴族たちもいる」
「あ、それが襲われるとなると、サムソンとしても大打撃だわな‥‥という事で、私にどうにかしろと?」
「無理は承知で頼みたい」
真剣に告げるギルドマスターだが、マチュアとしてはどうしたものかと頭を捻る。
別にシーサーペント程度なら、箒に乗って飛んでいって頭上から雷撃でもぶちこめばお終いという実に簡単な案件である。
だけど、マチュアが出ると食祭にも影響される。
ここまでうまく正体が露見していなかったのに、そんなに目立つことをしたら食祭で大混雑が予想されてしまう。
「はぁ。このまま何事もなく食祭に参加したかったわ‥‥じゃあ、私が知り合いに頼んでなんとかしてみますわ」
「知り合いですか? マチュア陛下ではなく」
「そ。私の次に強い人を派遣してあげる‥‥」
〇 〇 〇 〇 〇
「海ですね」
「ええ。海ですよねー」
「私もカリスマレスの海は初めてですわ‥‥それでマ、エンジさんは私たちを集めてどうしようというのですか?」
突然の緊急招集によって波止場に集められたミア、赤城、十六夜の三名は、傍らで準備運動をしているエンジに問いかける。
マチュアでなく、さらに隠密行動特化で正体がばれていないエンジなら問題ないだろうという配慮で、マチュアは今回はエンジモード。
「では、今回のミッションを説明しよう。ここの沖合にシーサーペントが出たので駆除。倒したものは拡張バッグに回収すること。赤身か白身か判別ついていないけれど、確か食べられる筈だから」
「はぁ、食材集めですか?」
「それはおまけでね、折角の開港祭をつぶしたくないからさぁ。後、今日の午後にでも到着する筈の船団があって、ウィル南方の諸外国の貴族が乗っているらしいのよ。それが襲われたら外交問題なんだって」
至極まっとうな理由。それゆえに集められた幻影騎士団という所である。
そして4人の元には冒険者ギルドマスターのエルトリアが書類片手にやって来た。
「どうもどうも。マチュアさんたちから話は聞いているよ、あんたたちがシーサーペントの討伐を引き受けてくれた冒険者かい」
手を振ってやってくるエルトリアに、赤城たちがコクリと頷く。
そしてミアが前に出ると、ギルドカードを提示して。
「初めまして。マチュアさまからの依頼でやってまいりました、幻影騎士団のミアと申します」
「同じく赤城です」
「私は十六夜、同じく幻影騎士団のものです」
「私はエンジです。幻影騎士団補助です」
その挨拶を聞いて、エルトリアは一歩下がってしまう。
「え、い、いや、冒険者とは聞いていたけれど、まさか幻影騎士団とは‥‥助かった、これで午後までにはどうにかあいつらを退治出来るというものだ。これが依頼書になるので、討伐が終わったら討伐部位になる純魔石を回収して来てほしい。それを提示してくれれば完了とするので」
「了解しました。では、さっそく始めたいと思いますので、今から正午まで、港は完全封鎖でお願いします」
ミアがそう告げると、まずは十六夜とエンジが沖合にいるシーサーペントを探知する。
ゆっくりと広がる心力波動、それはソナーのように海底で休んでいるシーサーペントの群れを発見した。
「沖合11km、深度600mに群れ確認ですわ」
「それじゃあいっきますよーーー。『敵意放出』っっっっ」
──ブゥン
エンジがシーサーペントの親に向かって敵意を放出する。一般的には戦士の、それも楯役のものが使うコンバットアーツであるが、暗黒騎士のコンバットアーツも使いこなせるエンジならではの技である。
そして海底にいたシーサーペントは突然の敵意に反応すると、ゆっくりと海上に向かって浮上を開始、そして子供らも親に倣って浮かび上がって来る。
やがて海面近くにやってくると、敵意の塊であるエンジに向かって進み始めた。
「シーサーペントの群れ、来ますわ!!」
「「了解です、わが身に纏いし魔の魔力よ、冷たき氷を生み出し、かの者たちを永遠の世界へと導き給え‥‥」」
赤城とミアの同時詠唱。
向かい合ってお互いの両手を左右で組み合うと、体をひねって後手を前に力いっぱい突き出す!!
「「合体魔術、絶対零度の世界っっっっっっっ」」
──ビシィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ
赤城とミアから生み出された冷気の魔力が港に広がる。
それは一瞬で海水をも凍結させると、港一面を氷河の世界に作り替えてしまった。
そして襲い来る氷河の冷気に当てられ、シーサーペントの子供たちが次々と凍り、砕け散る!!
「最後は親のみ、いきますわ!!」
「あいあいさー」
十六夜が氷の上を駆けていく。
その後ろをエンジも追従すると、二人は素早く背中の忍者刀を引き抜く。
十六夜の持つ深紅の刃は『朧月』、そしてエンジの持つ深青の刃は『戦塵』といい、どちらもストームの最高傑作の一つである。
子を殺されたシーサーペントは怒り狂い、氷河を駆けてくる二人に狙いを定めるとその顎から冷気のブレスを吐き出した。
──ピシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
一直線に吐き出されるブレス、それを躱すと港町に直撃してしまう。
「随分と賢いようですわね」
「長く生きているシーサーペントは魔獣に進化するんだよ。すると人間と同等、もしくはそれを超える英知を持つようになるっていわれているんだって」
「あらら、ではあれは魔獣化したシーサーペントですの?」
──ギィィィィィン
飛んできたブレスを忍者刀を盾にして上空に弾き返す二人。
「そ。元々魔獣化する条件はいくつかあってね、長生きすること、濃い魔障にさらされていること、そして‥‥知性あるものを喰らい続けること‥‥あいつはかなりの人間を食べている、同情の余地なしだよ」
「そ、そうですか‥‥では」
ブレスが収まると再び走り出す。
やがて二人の姿は残像となり、瞬く間にシーサーペントまで接敵していた。
瞬歩と呼ばれているコンバットアーツであり、もともとは侍と忍者の基礎能力の一つ。けれど、それはほんの数歩を詰めるものであり、今の二人のように一歩で数十メートルを詰める技術ではない。
「先手参りますわ」
「んじゃ二番手ね」
そう呟くや否や、十六夜が走りつつシーサーペントの頭を兜割りにすると、さらに瞬歩で胴体まで縦に真っ二つにする。
そしてエンジは真っ二つに裂かれた直後の頭を横一線に分断し、やはり瞬歩で胴体まで横に分断していく。
そして氷河に乗っていた尻尾の先まで見事に分断すると、二人の通り過ぎた後には五枚下ろしになっているシーサーペントの姿があった。
「あ、赤身だ」
「違いますわエンジさん、これは立派な白身ですわよ」
「いやいや、身が赤いよ?」
「それは食べていた餌の色で‥‥この色はかなりのエビを食べて色が変化したものですわよ」
「‥‥という事は、最近は人間食べていないのかな?よかった、思う存分料理出来るわ」
そんな物騒な話をしつつ二人で拡張バッグに切り身を仕舞いつつ港まで戻って来る。
そして二人が波止場まで戻っていくと、赤城とミアは絶対零度の世界を解除する。
ゆっくりと氷が解け始め、10分もすると全てが元に戻っていった。
砕け散ったシーサーペントの子供達も肉片となり海に沈んでいくと、やがて離れて見ていた大勢の人々から拍手喝采が聞こえて来た。
「‥‥うわ、マジて4人で倒しやがったよ‥‥」
最前線で呆然と見ていたエルトリアの元に赤城とミアが近寄っていく。
「討伐任務完了です」
「これでシーサーペントの討伐依頼はお終いですね?」
そう告げる二人の後ろで、直径1mほどの純魔石を取り出した十六夜もにっこりとほほ笑む。
「これが討伐証明の純魔石ですわ。依頼内容は純魔石の提示でしたので、これにて依頼は完了でよろしいですわね?」
「あ、ああ‥‥それはうちのギルドに卸してくれるのか?」
「まさか。こんなに大きくて純度の高い純魔石、一体いくらで買い取っていただけますか?」
そう問いかけられてエルトリアも腕を組んでしまう。
その後ろでは、今にも交渉を始めたい商人たちが集まってきている。
彼らの目的は純魔石だけではない。
シーサーペントの肉はかなり貴重な食材として知られており、ここ10年以上も市場にも出回っていない珍品である。
さらにその骨や牙、ヒレ、内臓すべてが希少部位であり、今回討伐されたサイズのものとなると飛んでもない値段が期待されている。
せめて牙一本でもという期待が商人たちには広がっていたが、十六夜はただ一言。
「返答がないようですからこれで失礼しますわ。シーサーペントの素材は全て幻影騎士団が有効活用させていただきますので、これで失礼しますわ」
「という事ですので、私達はこれで」
「報酬その他は全てベルナー王城に届けていただけると助かります」
「じゃ!!」
十六夜に続いて赤城が、ミアが、そしてエンジが告げる。
そして商人たちが一歩踏み出したと同時に、4人はエンジの転移でヴィマーナに戻って行った。
‥‥‥
‥‥
‥
「うわぁ。こりゃまたとんでもないもの持ってきましたね‥‥」
ヴィマーナ地上区画、大広場にて4人は回収した素材を魔法陣に広げていく。
ここで4人に均等に分配し、さらにマチュアは肉と内臓を多めに貰い骨その他は他の3人で分けてもらう。
赤城もマチュアのように肉を多めに、ミアは薬品の素材として内臓を。
十六夜は武器と防具を作りたいので骨素材を綺麗に分割して分けると、マチュアは一旦開港祭のために港町へと再び転移して行った。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






