日々の戯れ・その12・蛇の道はべビどころか、シーサーペント
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
マチュアが港町マルガレートにやってきた翌日。
「はぁ、お腹減った‥‥刺身じゃなくていいからご飯食べたい」
てくてくと宿の食堂にやってきて焼き魚を頼む。
これでライスがあればよかったのだがそんなもものはまだラグナ・マリア帝国には殆ど流通していないため、仕方なく黒パンとジャム、コーンークリームスープという複雑怪奇な組み合わせの朝食となってしまった。
焼きたての魚をはじめとして次々と運ばれてくる朝食、それを丁寧にゆっくりと味わう。
「ムグムグ‥‥ゴクッ。魚うっまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい」
「そうでしょうそうでしょう。うちのおじいちゃんが漁師でね。毎朝取れたての魚を持ってきてくれるのよ。もうお客さんも生で食べたいなんて変態チックな考えは捨てた方がいいわよ。魚は焼いてこそ至高なんだからね」
にっこりと笑ってそう告げると、店員さんは別のお客の所に走って行く。
「へ、変態チックかぁ。そうだよな‥‥ここで魚を仕入れるのは諦めて、カナンで仕入れた方がいいのか」
「流石にカナンでも生で魚を食べるのなら売ってくれないぜ。ここの町で起こった事件は国内あちこちに広がったからなぁ」
「そうそう。お嬢ちゃんも冒険者だからそういった事に興味があるのは解る。けどな、生魚だけはやめておけ」
「以前にも商人ギルドの研究者っていうのが来て調べていたらしいが、この辺りの海に住んでいる魚には全て『寄生虫』っていうのが住み着いていてな。熱に弱くて焼いたり煮たらすぐ死ぬんだけれど、生でなんて食べたら腹の中で増殖して内臓食われるらしいからな」
うわぁ、商人の皆さん丁寧に情報をありがとう。
そして異世界ラノベでは定番通り、やっぱり寄生虫は付きものでしたか。
しかし、先駆者達の知恵は伊達ではない。
過去読み込んだ異世界ラノベ系では、既に生魚の食べ方については研究され尽くしているのだよ。
鑑定眼で寄生虫が付いているかどうかを確認し、それを排除するだけ。
だけって‥‥。
うわ、面倒臭い。
「そうですか‥‥。〇コーダさんの気持ちがよく分かったよ。けれど、何で和国は刺身食べられるんだ?」
「儂らは和国の風習なんてしらないからなぁ。何か方法があるんだろうさ」
「そうそう。でも、俺たちには関係ないさ、魚の美味い食べ方なんていくらでもあるし」
「いくらでもといったって、まあこの辺りだと塩茹でが一般的だからなぁ。後は干物かそのまま焼くかぐらいだけどな」
「あー。そっかぁ。フライかトマト煮とかはこの辺りでは一般的じゃないのかぁ‥‥」
思わず呟いてしまうマチュア。だが、商人達の目がキラーンと輝いた。
「おや、お嬢ちゃんは魚の食べ方に詳しいのかな?」
「よかったらうちの商会で作ってみてくれないか?」
「いやいや、そんな新しい調理方法があるのなら。そのレシピはうちが買い取らせてもらいますぞ」
「しかし、それがどのようなものであるかわかりませんからなぁ‥‥」
何だか勝手に話が進み始めているようで。
それならそれで、美味しいものならいくらでも教えてあげようかな。
「別にレシピで儲ける気はありませんし、だからといって一つの商会で独占されるのも何か違う気がしますから‥‥」
「それなら、来週ある開港祭で行われる食祭で公開してみてはどうかしら? それなら調理する所も一般公開されますし、オープン参加できますから丁度よろしいのではないですか」
店員の女の子がマチュアに告げる。
すると商会の人々は『余計なことを』みたいな表情で店員を睨みつけるので。
「では、それに参加する事にしましょう。幸いなことに、商人ギルドのカードも持っていますし、飛び入り参加も可能なのでしょう?」
「い、いや、そんな無理に参加しなくても、レシピさえ譲っていただければ」
「ええ、当商会でも大金を支払う準備は出来ますよ」
あーしつこい。
その言葉はマチュアには逆効果である。
むしろマチュアを余計に燃え上がらせてしまったと、どうして理解出来ないのか‥‥まあ、正体隠しているし、この町までマチュアの素顔を知っている者が来ている様子もない。
「では、さっそく登録してくる事にしましょうそうしましょう。ついでに大会で出す料理のレシピは全て大会終了後にオープンにしましょう。それでいいですね、みなさん!!」
「「「「「「は、はい‥‥」」」」」」
声が小さい。もう一回といいたくなるのをぐっとこらえて、マチュアはその足で商人ギルドに向かって行った。
〇 〇 〇 〇 〇
港湾事務所と隣接している商人ギルド。
そこにマチュアは堂々と入っていくと、カウンターに座っていた受付に近寄ると、そっと小声で一言。
「ギルドマスターに会いたいんだけれど。『馴染み亭商会』の人間が来ているって伝えてくれますか?」
「‥‥かしこまりました、少々お待ちください」
最初は頭を捻っていた受付も、すぐに符丁を思い出したのか何事もなかったかのように奥に下がっていく。そして少しして、戻ってくると、マチュアを奥のギルドマスターの執務室へと連れて行った。
「失礼します。馴染み亭商会の会頭をお連れしました」
「おう、入ってくれ」
中からは威勢のいい声がする。それですぐに扉を開いて部屋に入ると、白髪の老人が机の前でマチュアを出迎えてくれた。
「ご苦労、後は儂が引き受けるので戻っていいぞ」
「はい、それでは失礼します」
バタンと扉を閉じて受付が戻っていく。そしてギルドマスターもマチュアを見て頭を下げる。
「マルガレート商人ギルドのギルドマスターを務めているボルネーゼと申します。まずはどうぞお座りください」
「丁寧にありがとうございます」
素直に椅子に座ると、ボルネーゼは周囲を見渡してから一言。
「この部屋は防音してありますからご安心を。それでマチュア陛下、こんな辺鄙な町に一体何の御用ですか?」
「あ、陛下だけ外してね。ここに来た理由は、美味しい海鮮丼が作りたかったのよ」
「海鮮丼? それは一体‥‥」
流石はギルドマスター、符丁と外見でマチュア本人と気づいてもあまり動揺することなく普通に接してくる。まあマチュアも普通に話しているのでそれほど問題はないのだが、その海鮮丼というのが一体なんであるのかボルネーゼも興味津々である。
なのでマチュアは海鮮丼について懇切丁寧に説明するが、やはりボルネーゼは渋い顔をして見せた。
「その顔はやっぱり駄目かぁ」
「駄目ですね。こればかりは国王の命令でもねぇ‥‥この町を預かっている商人ギルド、冒険者ギルド、港湾事務所、そして代官であるクレメント卿も頷く事はないでしょう。それほどあの事件は尾を引いていますからなぁ」
「そっか、そりゃあ素直に諦めるしかないかぁ‥‥」
「ええ、まことに申し訳ありません。まさか、その為だけにこの町に来たのではありませんよね? ストーム王から何かを頼まれて来たとかではないのですか?」
「ないよ。後、来週の開港祭で行われる食祭に参加したくてね。魚料理の新しい未来を教えてあげたくてね‥‥今から飛び入り参加はオッケーですか?」
「それは構いませんよ。まだ締め切りではありませんし、マチュア殿も商人ギルドカードをお持ちでしょう?受付でそれを提出して頂ければ‥‥と、それはまずいか、では今、ここで受付を済ませてしまいましょう」
パンパンと手をたたいて人を呼ぶボルネーゼ。すると先程の受付が室内にやって来たので。
「済まないが、こちらの商人が食祭の参加希望だそうでな。すぐに手続きを行ってくれるか?」
「かしこまりました。では、今、ここで受付を行いますのでギルドカードの提示をお願いします」
そう告げられたのでマチュアは商人ギルドカードを提示する。
馴染み亭商会の立ち上げでランクは上がり、さらにその売り上げとカナンに対しての貢献度が認められて現在はSランク商人となっている。
もっとも、ラグナ・マリア帝国10大商家には馴染み亭は存在しておらず、あくまでも影の『Sランク商家』という形になっている。
それだけ『馴染み亭商会』という名前は影で知られている符丁となっているのである。
冒険者ギルドカードではマチュアの正体は登録されているクラスで一発でばれてしまうので、隠密行動の時には商人として動けるのが大助かりである。
「はい、これで登録は完了しました。こちらが露店の場所です。仕入れなどは出来れば町の商会で行っていただけると助かりますが、持ち込みが禁止されている訳ではありません。テーマは魚料理ですが生での提供は禁止されていることをお忘れなきようお願いします」
「はいはい。見せてあげるわよ、魚料理の未来ってやつを」
「ふふふ、期待していますわ、では失礼します」
再び頭を下げて下がっていく受付。
「いい子ですねぇ。うちの符丁をすぐにわかってくれたし」
「ええ、ペンネはサブマスターですから。ストーム王の符丁も全て網羅していますよ。では、ごゆっくりとお楽しみください。何か困った事がありましたらうちに来ていただくか冒険者ギルドに顔を出していただくとよろしいかと」
「は? なんで冒険者ギルド?」
「王家の符丁が告げられたら、その町の全てのギルドに通達が行くようになっています、まあ、だからといって派手に動く事もありませんのでご安心ください」
その説明で取り敢えずほっとする。
昔よりもかなりカナン王家の符丁はちゃんと伝わっているらしく、マチュアが商人や冒険者スタイルの時は普通に接するように努めているらしい。
「ですが、一つだけ苦言を告げさせてもらいますれば」
「はぁ、何じゃらほい」
「陛下でない時でも、マチュアさまはギルドマスターなどの身分が上のものに対しての口調が変わっておりませぬ。そこを気付かれることは多々あるかと思われますのでお気を付けいただければ幸いです」
「あ、そうですね。これは失礼いたしました」
そうそう。
ついついギルドマスターや他の貴族に対してもため口で接してしまうのはマチュアの癖、しかもストームも同じような感じだったらしい。
もともと自由な生き方だったのだが、カナンではもうバレバレなのであまり気にしていなかったのだが、まだまだ外の国では広まってはいない。
なので気を付けなくてはと思うマチュアであった。
それからの時間。
マチュアはひたすら町の中を散策し、様々な食材について勉強していた。
食祭参加者という証明書もあるので魚も普通に購入する事が出来るようになり、まずは試作品を作る為に何処かの調理場を借りたいところであるが。
「何だろ、どこも貸してくれそうにないし、むしろライバルには貸したくないという所か。商会ではどうぞどうぞって言ってくれるけれど、そんな所で作ったらいつレシピ盗まれるか判ったものじゃないし‥‥」
そんなことを考えていても埒が明かない。明かないなら無理やり明けしまおうという事で、必要な食材を大量に購入すると宿に戻り、そこから馴染み亭三階自宅に転移した。
‥‥‥
‥‥
‥
「あれ、店長そんなに大量の魚を用意して何事ですか?」
「新しい魚料理ですか? お手伝いしますよ」
「うむ。妾も味見役を務めるとしようぞ」
厨房に顔を出したマチュアだが、何でまたシルヴィーがコックコートを着ているのかと頭を捻る。
「何でシルヴィーがいるの?」
「妾はキャリコ料理長とフランキ副料理長の弟子ぢゃ。今日は週に一度のお勤めぢゃよ」
「マジか」
「マジぢゃ」
そう告げられてマチュアはキャリコたちを見るが、二人も静かに頷いている。
「今のシルヴィーさまの腕はストーブ前二番手というところですね。まあ、大体はコール場をお願いしていますが。夜の忙しい時間はたまにストーブ以前もお願いしています」
「オーノー。なんで一国の女王に厨房やらせているのかなぁ」
「その一国の女王がやっている店だからではないのか? 3番テーブルに日替わりデザートをニ人前じゃが」
李儒が何事もなかったようにオーダーを入れるとシルヴィーがコール場に移動してデザートの盛り付けを始めている。ならばとマチュアは最近入ったらしい新人料理人二人に魚の下拵えを説明する。
そして仕入れてきた魚全ての下拵えを三人で始めると、夕方からは料理の研究を開始した。
「魚料理で至高の一品‥‥ムニエルでも構わないけれど、何かここは一発凄いものを‥‥」
いろいろと作って食べては放棄、それをシルヴィーやキャリコらが味見。そしてまた試食を作って食べてみては放棄を延々と繰り返すマチュア。
その集中力は凄まじく、気が付くと日付も変わってキャリコ達は既に仕事を終えていた。
深夜の部は別の料理人たちが担当、酒に合う軽い食事と酒がメイン。
そんな中でも、マチュアは延々と料理の試作を続け‥‥。
「取り敢えずこれでいいか‥‥」
完成したのは新鮮な魚介類を使ったブイヤベース、シーフード・ホワイトカレー。そしてヘブンシュリンプのムースを包み込んだサムソンソール(サムソン舌平目)のフィレ。最後の一品にはマルムの実のペーストを使ったソースも掛けられている。
明らかに大会用の料理ではなく、やり過ぎた料理である事に間違いはない。
「まっ、マチュアそれはなんぢゃ? きらきらと輝いているではないか」
「マルムの実だからねぇ。お酒に合うよ、これを食べながら一杯ひっかけるかい?」
そう告げてカウンターでのんびりしているシルヴィーにサムソンソールのフィレを差し出すと。
「う、うむむむ。妾は今はお酒が飲めないのぢゃ。ということで料理だけおいしく頂くことにしよう」
「そっか、元々シルヴィーってお酒はシードルしか飲まないものね」
「苦いのは駄目ぢゃ‥‥モグモグ‥‥うむ、最高ぢゃ」
「それはどうも。レシピはカッツェにも教えおくから、今度作ってもらうといいよ。さて、後はカレーとブイヤベースを更に美味く仕上げるか‥‥」
袖まくりし直してマチュアは腕をぐるぐると回すと厨房の奥に下がって行った。
それを見てシルヴィーも手を振ると、ゆっくりと料理を堪能した後、ベルナー王城へと戻って行った。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






