日々の戯れ・その11・海鮮丼を広めたいが‥‥
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
マチュアはのんびりと街道を箒に乗って飛んでいた。
目的地はサムソン東方にある港町・マクドガル男爵領。
そして目的は鮮度の良い海産物を手に入れる為。
カナン王都で海産物を手に入れるには一度カナン辺境国に向かい、そこから河口の港町まで川を下らなくてはならない。それ以外の街道は山を越えたり深い森を突き進まなくてはならず、そしてかなり危険度が高い。
そのためラマダ公国時代から水路が発達していたらしく、今でも河川を使った交易がメインのようである。
マチュアとしても港町までの距離を考えると、サムソン王都まで転移門で移動し、後は街道沿いに10日程のんびりと飛んでいけば目的地のマクドガル領まで向かう事が出来るし、その方が早くて安全であると判断した。
そして現在、マチュアは、のんびりと箒に乗って旅をしていた。
急ぐ旅でもないし、のんびりとしたいマチュアとしても、この旅は実に快適であった。
海岸線にある街道をゆっくりと飛ぶ。
時折すれ違う旅人に手を振ったり、休憩地点で休んでいる商人とこの辺りの売れ筋商品や相場について話をしたり。
街道から少し離れた草原で魔物の解体をしている冒険者に魔法薬を売ってあげたり。
つい今しがたも、前方でゴブリンとオークの混成部隊に襲われている隊商を見て微笑んで‥‥る暇なんてない。
「助太刀します!! 光の矢に自動追尾を付与。それイケェェェ」
すぐさま箒で接近すると、マチュアは簡易詠唱で第二聖典の『光の矢』と第三聖典の補助魔法『自動追尾』を合成発動した。
一斉に放たれる光の矢は、瞬く間に隊商近くのゴブリンに次々と突き刺さっていく。
「ゴブッ」
「ゴゴブッ」
「ヒデゴゴブッ」
頭を貫かれて死んでいくゴブリン達。その間にも、筋骨隆々なオーク達は美人冒険者に腹パン入れて肩に担ぎ、森に向かって全力疾走して行く。
「あ、ああ……すまない」
一人の傷だらけの男がグッと拳を握って呟く。
いやいや、すまないじゃないよ、早く助けないとクッ殺案件だよ!!
そう心の中で叫びつつマチュアは箒の速度を上げて森に向かう。
後ろを振り向くと、ゴブリンの軍勢は全滅したようで生き残っている冒険者がなんとか立ち上がり始めていた。
だが、森に向かって追いかけて来そうな雰囲気はない。
「まあ、あの傷なら仕方ないといえば仕方ないか……と、オーク発見、距離180m、数は10。クッ殺案件の攫われ女性は8か」
前方の確認。そしてすぐさまマチュアは指を鳴らすと、周囲に真空の矢を生み出した。
「風の矢に自動追尾を付与……〇クロスアターック!!」
次々と打ち出される風の矢。それは木々を躱し障害を避け、的確に側面からオークの頭を貫いていく。
第一聖典の魔術は詠唱発動後は対象に向かって一直線に飛んでいく。が、それは遮蔽物でカバーできたり盾で防ぐことができる。そのため第三聖典の『自動追尾』を補助として付け加えることで、発動した魔術は障害物を避けてある程度自在に操る事が出来るのである。
尚、第二聖典の『光の弾』『炎の弾』などは自動追尾がもともと備わっているのだが、敢えてマチュアは第一聖典を主に使うようにしている。
保有魔力量が高すぎて、第二聖典以降は瞬殺間違いなしであるから。
そして女性を攫っていた8匹のオークが死ぬと、残りはさらに加速して森の奥へと駆け抜けていった。
マチュアは取り敢えず攫われていた女性に近寄ると、意識がないだけで大した外傷はないことを確認。すぐさま空飛ぶ絨毯を広げて全員を乗せると、ゆっくりと隊商に戻って行った。
………
……
…
「いやぁ間一髪でしたなぁ。はい、無事に攫われた冒険者は救助しましたよー」
隊商で待機していた冒険者達の元にやって来ると、マチュアは絨毯をゆっくりと下降させる。そして意識が戻って来た女性達を冒険者達の元に戻すと、パーティーのリーダーらしき男性に話し掛けた。
「す、すまない。まさかゴブリンとオークの混成部隊に襲われるとは思っていなかったもので‥‥」
「まあ、その二つが手を組むなんて普通は考えないだろうからなぁ。それで、この隊商は何処まで行くんですか?」
そう問いかけると、今度は隊商のリーダーらしい男性がマチュアの元にやって来る。
「うちらはサムソンのライネック商会だ。俺は隊商のリーダーを務めているドロイド・ハッシュ。この先にあるマクドガル男爵領にある支店に商品を納めに行く所だ。おじょうちゃんは凄腕の冒険者みたいだが、よかったらこの先の護衛に雇われてみないか?」
禿頭に右目に縦一文字傷のリーダーであるドロイド。元冒険者でもあり、10年前の戦争で右目を失い引退、ライネック商会の隊商警備責任者として雇われているらしい。
マチュアとしても特に急ぐ事はないので、別に雇われてもいいかなーと。
「ではよろしく。私は‥‥マーリンとお呼びください、駆け出しの魔術師です」
「魔術師のマーリンさんですね。ではよろしく。という事でこの嬢ちゃんも雇ったので、仲良く頼むぞ」
「ああ。俺はキャデラック、チーム『海洋の銀龍』のリーダーを務めている。後はまあ、おいおい挨拶していってくれ。あっちはもう一つのパーティーで『黄昏の魔術団』。女性のみの魔術師オンリーパーティーだが、さっきの襲撃で全員攫われてしまってな‥‥まあ嬢ちゃんが助けてくれたのでよかったが、今は馬車の中で休んでいる」
ガシッと握手するキャデラック。すると、その手から探査系魔力が流れてこようとしているので、マチュアは普通にレジストしてしまった。
「‥‥へぇ、探査系魔力、鑑定スキル持ちですか」
「おっとばれたか。まあ、そういう所だ、ギルドカードがあれば提示してほしいんだが」
「色々とありまして無登録でして。そもそも私は商会の雇われ魔術師でしてね」
「成程ねぇ、じゃ、深く詮索するのはやめておこう。という事だ、お前達もあまり突っ込むなよ」
「「「「おう(ああ、はい、了解でっすー)」」」」
うん。いい連携のパーティーである。
そして黄昏の魔術団も魔力が回復するとマチュアと挨拶し、隊商はゆっくりと出発した。
‥‥‥
‥‥
‥
そして5日後。
何度かモンスターや盗賊の襲撃を撃退しつつ、一行は無事にマクドガル領に到着。中継都市レイダース正門で入領チェックを待っているのであるが‥‥。
「次、魂の護符かギルドカードを提出して」
マチュアの順番になったのだが、ふと周りを確認する。
前の方では隊商の面々が待機し、後ろではこれから入領する人たちが並んでいる。
「あ、あの‥‥このことはご内密に‥‥普通に接していただけると助かるのですが‥‥」
こそっと門番の耳にだけ届くように呟いてから、マチュアは魂の護符を取り出して提示する。
金色に輝く王族のカード、それを受け取った門番は引き攣り、そして名前にマチュア・フォン・ミナセの文字があるのを見てゴクッと息を呑む。
「こ‥‥これ‥‥は・よし、通ってよし、次!!」
お、立ち直った。
門番の騎士はサムソンでの通達をしっかりと思い出したらしい。
マチュアとストームが冒険者スタイルの時はそのように接すること、騒ぎ立てない事。
これが徹底されていたので、マチュアはすぐに門を越えて隊商に合流する事が出来た。
そして隊商は町の中心街にあるライネック商会の前までやってくると、冒険者達はそこで任務完了。
「ご苦労。これ護衛任務は終了だ、あとはこの書類を冒険者ギルドに提出してくれ、任務完了証明だ」
ドロイドが二つのチームリーダーに書類を手渡す。そしてマーリン‥‥マチュアには小さな金貨袋を取り出して手渡した。
「嬢ちゃんにはこっちだな。早い所冒険者ギルドに登録した方がいいぞ。腕は確かなんだからな」
「てへへへへ‥‥いやいや、私なんてねぇ」
そう笑っているが、集会から出てきた支店長がマチュアの姿を見た時、思わず駆け寄ってしまった。
「あ、ま、マチュア様、どうしてここにいらっしゃるの‥‥あ」
ライネック商会の若き頭取・ウィルソン・ライネックがマチュアの前で頭を下げてしまった。
先代である父はカナン魔導王国建国の折にマチュア自らお褒めの言葉と特別交易証を与えられていた。
その父の後姿を追いかけていた彼も、事あるごとに父と共に王城に赴き、幾度となくマチュアと謁見していたのである。
「おや、ウィルじゃない、なんでここに?」
「はい、カナンの本店にいる父からの命令で、私がサムソン支店長に就任しまして。それよりもどうして陛下フベシッ」
──スパァァァァァン
久しぶりのミスリルハリセン。
幻影騎士団以外はミスリルで十分という理屈だが効果があまり変わらないのになぜマチュアの身内はアダマンタイトハリセンなのだろう。
「陛下禁止っ。あんたおやじに説明されていなかったのかよ」
「い、いえ申し訳‥‥ごめんなさい忘れていました」
「はぁ。まあいいわ。私はこの先の港町まで行くついでにあんたのところの隊商に雇われたの。それでここに来ただけよ。元気そうで何よりだわ」
ニイッと笑うマチュアだが、その後ろの『海洋の銀龍』『黄昏の魔術団』、そしてドルイドたちはその場でぶるぶると震えていた。
「あ、あれ、マーリンさんって‥‥マチュアさんって‥‥まさかカナン陛下」
「え、ええ‥‥」
そのまま跪こうとした一行の前に駆け寄ると、小声でボソッと。
「それ禁止っ。私が冒険者やっているんだからそれに合わせて、はい、全員整列して普通にね」
「「「「「「「「「「は、はいっ」」」」」」」」」」
一斉に挨拶する一同、そして既に手遅れであった。
町の彼方此方でマチュア達を見ていた者は、どうやらマチュアの正体に気付き始めていたらしく、彼方此方で跪こうとする者が出始めたのだから堪らない。
「そ、そんじゃウィルも頑張ってね、また王城に遊びに来なさいねっっっっ」
そう告げて箒に飛び乗り、一気に高度を上げて飛んで行った。
残された連中もまるで狐につままれたかのように頭を振ると、取り敢えずそれぞれのやるべき事を再開する事にした。
〇 〇 〇 〇 〇
港町・マルガレート。
かつてはマクドガル領都であった港町は、今はサムソン屈指の貿易港として栄えていた。
隣国との交流を行うにあたり、防衛面を強化すべく領都は内陸に移されたものの、今でも繁栄を続けている。
ただし、その沖合にある古代遺跡の島はいまだに立ち入り禁止とされており、さらには竜族が住まう小島として人々からは恐れられている。
「へぇ。ずいぶんと海産物は大量にあるんだねぇ」
港にある市場で、マチュアはいくつもの水産物を扱う商会を見て回っていた。
取れたての魚介類をはじめとして干物などの加工品、つくだ煮や乾物などの保存食もあり、中には冒険者や他の商会員の姿も大勢見て取れていた。
「おや、お嬢ちゃんも買い物かね? 何か欲しいものはあるかい」
「刺身にして食べたいから、生きのいい魚がほしいんだけれど」
「生きのいいのはすべてさ。それで、その刺身ってなんだい?」
「和国の魚の食べ方でね、生の魚を切り身にして、しょうゆやワサビをつけて食べる‥‥って、なんで嫌そうな顔しているの?」
それまでは楽しく話をしていた店員だが、刺身の食べ方を聞いて表情が険しくなって行く。
「あ、あんたもその和国の食べ方をするのか。だったらここの魚は売れないよ、なんだってあんな恐ろしい食べ方するんだろうねぇ」
「え、えええ? 刺身駄目なのですか?」
「当たり前だろう。魚を生でなんて食べたら腹を壊すか虫に内臓を食い破られるぞ。昔この辺りに来た和国の人間が魚を生で食べる方法を教えていったんだが、その後すぐにかなりの町の奴が腹を壊したり、治っても数か月後に内臓を虫に食い破られて死んじまったんだ」
うわ、なんて恐ろしい。
というかそんな事があったとは、マチュアも知らなかった。
「そ、そうなのですか」
「ああ、あれ以来マルガレートでは魚を生で食べる事も供与する事も禁じられているんだ。だから悪いがお嬢ちゃんには売れないよ」
「ぬぁぁぁぁぁ、だったら生で食べなかったらいいのかい?」
「そんな事言って陰でこっそり食べるんだろ、その後で何かあっても責任取れないから売れないよ‥‥ごめんな」
「そんなぁ、殺生なぁぁぁぁ」
という事で、いきなり魚を買う事が出来なくなってしまったマチュア。
目の前には美味そうな魚が大量に並んでいるのに。
「ああ、シブリームもサロモンも‥‥あ、あれはツナー、あっちにはシュリンプ‥‥貝も一杯あるのに‥‥あっちはどうだろ」
懲りずに隣の店に行くが、店員はマチュアたちの話を聞いていたらしく、マチュアにニイッと笑うが。
「ごめんな聞こえちまったよ」
「あうあうあう。駄目ですか」
「すまんね。町の条例だから諦めてくれよ」
そう告げられて周囲の店を見る。だが、どこの店員を腕を罰点に組んだりマチュアに軽く頭を下げていた。
「こ、これは何か対策を‥‥ってストォォォォム、この条例どうにかしてよぉ‥‥」
そう呟きつつ繁華街に向かうマチュア。
それでも諦めきれず次々と食堂を訪ね歩いているが、どの店もやはり生魚の提供は行っていない。
海鮮丼など存在すら知られていないことを知ったマチュアは、取り敢えず宿に戻ってふて寝する事にした。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






