日々の戯れ・その5・日本政府の接触
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
マチュアとストームが居酒屋・冒険者ギルドを訪れたという情報は、翌日には日本政府の元にも届けられていた。
すぐさま政府は異世界に関する情報収集、及びその対策を話し合う為に与党野党問わず専門家を集めた『異世界対策委員会』を設立した。
そして直ぐに北海道に『異世界対策委員会』の議員を派遣し、彼らの助力を仰ぐべく交渉に出向く事が決定、翌日朝には異世界対策委員会の波多野徹議員ら4名が札幌へと旅立ったのである。
「ふぅん。何だか忙しい事になっているわねぇ」
「それで、善は裏の連中をどうするつもりなんだ?」
いつもの昼下がり。
ランチタイムに訪れたマチュアとストームは、いつものメニューを注文してのんびりとしていた。
そして客がある程度少なくなった1時過ぎに昼休みの看板に切り替え、今後の対策を練る事にしたのである。
「どうもこうも、裏の連中は俺達を連れて帰るのが任務ですよね? どこまで戦っていいのか難しいのですよ。迂闊に本気出すと素手で殺してしまいそうで」
「それは俺もですよ。魔術の火力調節が何だかあやふやでして、魔力調節がうまくいっていないのは理解しているんですが‥‥」
「トロ火で充分。火力全開になんてしたら人間なんて一発で蒸発しちゃうわよ。なまじ魔力が高いんだから、そこん所の加減を覚えないとねぇ‥‥」
「それは善もだな。素手で手加減出来ないんだったら、何か武器を持ってコンバットアーツを使う方が楽だぞ? 素手で手加減出来るのは修練拳闘士のマチュアの領域だからな」
そう説明されてメモを取る真央と頷く善。
そんな感じの話し合いが続いていると、ふと入口扉を叩く音が聞こえて来た。
「敷地内だから敵対意思はなしか。どちらさまですか?」
扉に近づき問いかけつつ開けると、そこにはスーツ姿の4名の男性が立っていた。
そして真央の姿を見てニイッと笑いつつ名刺を差し出す。
「初めまして、日本政府異世界対策委員会の波多野と申します。こちらは田川、そちらは大泊と児玉です」
順に紹介されて名刺を出す議員たち。真央もそれにつられてポケットから名刺を取り出して差し出して。
「どうも、水無瀬真央です。それで異世界対策委員会といいますと?」
「実はですが、とある筋から貴方とそちらの友人が異世界に出向いているという噂を聞きつけまして、是非とも日本政府の為にご協力を要請したいのですが」
「はぁ、立ち話もなんですからこちらへどうぞ」
そのまま店内に案内された波多野議員の目の前では、ティータイムを楽しんでいるストームとマチュアの姿があった。
これには波多野も絶句し田川はすぐにどこかへ電話で連絡を始めているのだが、ストーム達はそんな事気にする素振りもなくのんびりとティラミスと紅茶を楽しんでいる。
だが、波多野はすぐさまストームの前に進むと、頭を下げて名刺を取り出す。
「日本国政府の異世界対策委員を務めています波多野と申します。本日はお会いできて光栄です」
「そりゃあどうも、さてマチュアや、波多野さんは真央たちに用事があるようだから、俺たちは事務所にでも戻っているか」
「せやな。そんじゃ後はよろしくねー」
手をひらひらと振ってストームとマチュアは事務所に移動。その姿を波多野が手で追いかけるのだが、ふたりはそのまま扉を閉めてしまう。
──パタン
はぁ。とため息一つ付いて、波多野は真央と善に改めて挨拶すると、勧められるままに席に着く。
ちなみに席の下には、ストームの放った『闇の精霊・レクス』が、天井に付近にはマチュアの放った『光の精霊ルクス』が待機しており、ここでの会話や映像は全て筒抜けとなっているようで。
事務室で別のティーセットを取り出して、ストームとマチュアはのんびりと聞き耳モード状態である。
「そんじゃ、何を話しているのか聞かせてもらいましょうかねぇ」
すぐさまマチュアは大型クリアパットを取り出してルクスから送られてくる映像とレクスの聞き取った音声を再生。ここで楽しい悪だくみモードがスタートしていた。
‥‥‥
‥‥
‥
「では、単刀直入に申し上げますが、お二人には日本政府のために異世界に関する情報提供と、我々が異世界に向かう為の協力をお願いしたいのですが」
波多野が切り出した内容は、真央と善に協力要請をお願いするという事。だが、そんな事は不可能であると思っている為、真央も善も回答は一つ。
「折角の協力要請ですが、俺達では荷が重過ぎるのでお断りさせていただきます」
「そもそも、俺達の持っている知識程度ならとっくに日本政府が持っているんじゃないですか?」
「いえいえ。確かに我々もそれなりの知識を蓄えてはきています。ですが、それは以前マチュアさんがやってきた時に得た知識程度、YTVが異世界で行なった取材を見て、我々がどれ程異世界に対して興味を持ったか分かりますでしょう?」
「まあ、あの報道はたしかにショッキングでしたからねぇ。でも、あれ以上の知識を俺達が持っているとでも?」
そこまで告げると、波多野がふと笑みを浮かべる。
「白亜の扉、我々は異世界とつながる扉についてそう読んでいます。今は世界中どこを探しても見つけることができないのですが、最近になってこの建物の事務室にそれが設置されているという話を伺いました。それに関する知識を頂きたいのですが」
「あ〜、それを何処から?」
「日本政府にも諜報機関は存在しますよ。そこからの報告書を参考にさせていただきました。どうですか?」
つまり、裏のマンションには日本政府も諜報員を、配置しているという事になる。そして日本の諜報員が同じ建物にいるであろう他国の諜報機関に気付いていない筈がない。
何らかの密約があるのか、それともお互いを牽制しているのか、そこがまだはっきりとしない。
「へぇ。それなら一昨日の件も知っているという事ですよね? 俺や真央が襲われた件についても?」
「それを知っていて、同じ日本人を守らなかったという事ですかそうですか。お帰り頂きたいのですが」
あっさりと告げる善と真央だが、波多野は顔色ひとつ変える事はない。
まるでその件は自分には無関係と言わんばかりに、何かを考えていた。
「まあ、その件については私は政府内の人間じゃないので何とも言い難いですね。異世界対策委員会は、日本と異世界を繋ぐ架け橋として設立されましたので。諜報がどう動こうと我々には関係のない話です。それと、今、事務室にマチュアさんとストームさんでしたか? お二人がいらしていましたよね?宜しければ我々にも紹介して頂けますか?」
「あの二人はうちの客です。何で国会議員に紹介する必要があるというのですか?」
「今後のお付き合いも考えたいのですよ。如何ですか?」
何か含みのある言い方であるが、真央と善としてもこれ以上話をする気は無い。
──ガチャツ
すると事務室からマチュアとストームが出てくる。それを見て波多野が立ち上がるが、ストームがはそれを手で制する。
「真央、善、俺たちはそろそろ帰るが、何か用事はないか?」
「またご飯食べに来るけどさ、うちらもほら、王様チームじゃない。執務仕事とか残してあるのよね?」
「いえ、何もありませんよ。こっちの話も終わってますから」
「ああ。こちらの話も大体終わったのでね」
あっさりと波多野達を切り捨てる真央と善に、波多野が渋い顔をする。そして波多野は真央と善を無視してストームに近寄ると、スッと右手を差し出した。
「是非ともお二人には日本国に協力して欲しいのですが。我々としても他国に先立って異世界との関係を深くしたいと思っています。どうでしょうか?」
「折角の申し出だがお断りさせてもらう。我々としても今現在の状況を把握しており、今の地球に魔術を広めていくのは時期尚早と判断している」
「という事ですので、ご了承ください〜」
あっさりと波多野たちの提案を切り捨てる二人。たが、波多野は引かない。
この交渉の成果を上げられないとなると、委員会でどれだけ叩かれるか分かったものではない。
しかも波多野の所属している党は『国民権利党』という野党第一党、ここで異世界関連で成果を上げられれば、次の参院選では有利になる。
ここは何としても協力体制を取ってもらわなくてはならない。
「そこをなんとかお願いできませんか? 今の日本国の立場を考えますと、どうしても異世界との協力関係を築く必要がありまして。私共としましても、手ぶらで帰る訳にはいかないのですよ」
「はぁ。それはそちらの都合でこちらには何の関係も無いのですよね? カリス・マレス代表としてきているわけでもありませんし、そもそも私たちはラグナ・マリア帝国の一属国の、国王でしかありませんよ」
「悪いが、正式に国交をという話なら、一度我が国の皇帝に謁見していただく必要があるがいかに?」
ここまでの説明で、波多野は大きな勘違いをしてしまう。
今の今まではマチュアとストームが異世界の代表だと思っていたのだが、今の説明で二人も帝国の一属国の王でしかなく、決定権は皇帝が握っていると理解した。
それならこんな若造に媚びへつらう必要はないと判断したのか、やや態度がきつくなってくる。
「成程ねぇ‥‥それでは、貴方達の責任で皇帝との謁見を申請していただけますか? 我々としてもそれが最大譲歩ですが」
「何で私達があんたの為に譲歩してあげないとならないのよ?」
「そういう事だな。悪いがこれ以上の話はないな」
「ほう。確かに貴方たちはそう考えるかもしれませんが、貴国の皇帝はどう判断するでしょうね。異世界である我々との国交により得られる利益、皇帝としても得難いものではないのですか? それをあなたたちが独断で国交断絶を決定するというのは、それこそ皇帝の意に反するかもしれないのですよ?」
やや強気な発言。これでストームもマチュアもようやく理解した。
波多野は交渉相手に皇帝を指名し、異世界の恩恵を盾に色々と要求してこようとしているのだろう。
なら、ここの締めはマチュアに任せるとストームは判断した。
「という事だ、ラグナ・マリア帝国王室顧問で異世界関連の最高責任者のマチュアさんよ、どうする?」
ストームがそう呟くと、マチュアは波多野達を見てから右手親指て首を掻っ切るポーズを示した。
「まあそうだねぇ。波多野さんだったかしら? 私はラグナ・マリア帝国王室顧問であり、異世界については国交や交渉その他全ての権限を与えられています。その私が宣言するなら‥‥日本国とは今後一切話をしません。相手を見てもう一度話してみやがれ‥‥です」
ストームのセリフ、そしてマチュアの宣言を聞いて、波多野は最初は何を言っているんだこいつらは? という顔をしている。だが、隣に座っていた児玉が彼の耳元で何かを告げると、すぐに顔色が真っ青に変わっていった。
「え? いや、マチュアさんはカナン魔導連邦の女王ですが、それもラグナ・マリア帝国の一属国ですよね? そんな権限をお持ちなのですか?」
「まあ、そう思うのも無理はないけどねぇ。更に付け加えると、私はラグナ・マリア帝国の王室顧問で世界最強の白銀の賢者だ。私の宣言は皇帝にも覆す事は出来ない(かもしれない)。何だか勘違いして皇帝を引っ張り出そうとするのなら、あんた達も総理大臣呼んで来いや」
「そ、それは出来ない。そんなことを約束したら、私の立場というものが」
「知らん」
「以上で交渉は終了ですね。私はこれ以上話すことはありませんので、どうぞお引き取りを」
努めて事務的に話をするストームとマチュア。だが、今度は児玉が二人に一言だけ。
「ここは我々の提案を受け入れていただいた方が得策ですよ。あなた達に害はないかもしれませんが‥‥あなた達の知る誰かが不利益を被ったりしたら、それこそ取り返し‥‥」
──ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
マチュアの右で炎の槍が具現化する。そしてストームは日本刀を引き抜いてトントンと自分の肩をたたきつつ一言。
「それは悪手だなぁ。何でこうも議員というのは、自分達が上であると思っているかねぇ」
「悪いけれど、ストームの言う通りですよ。この交渉の後、万が一にも善と真央の二人にとって不利益が生じるような出来事が発生した場合‥‥日本国が無くなると思っていただいても構いませんので。私の持っている浮遊戦艦がどれ程の火力を持っているのかは、皆さんご存知でしょう?」
「そ、それは脅迫になるぞ。そんな事をしていいと思っているのか?」
慌てて波多野が叫ぶが、マチュアはパチンと指を鳴らして炎の槍を消滅させる。
「そうですね、脅迫ですが何か? 私はもっとこの日本が話の分かる人達で一杯と思っていましたけれど、やっぱり議員というのはクソでしたわ。本当に自分達の利権しか考えていないのですね‥‥」
「という事だ。悪いがもしも日本と話をするとしても、あんた達とは一切話はしないので。自分達で信用出来る人間を見つけて、そいつと直接交渉する‥‥以上だ、そろそろ営業に差し障りが出るので失礼してくれないか?」
ここまで否定され続けて、波多野はどうしていいか判らなくなっていた。
異世界の要人に助力を求める、それが完全に失敗したのである。それも自分のミスで。
こんな事が異世界対策委員会に報告されたらどうなるか、そう思って左右に座っている児玉達を見るが、その二人も波多野を冷ややかな目で見ていた。
「き、今日の所はこれで失礼する。また来るので」
「来てもあんた達は相手しないよ。それにここに来たって私達と話が出来ると思わない方がいいわよ。それに、あなた達と、この世界と無理に国交を行う気もありませんし」
「俺達は既に、別の地球と国交を締結している。それもその日本に大使館を置いてだ。異世界魔法等関連法案や様々な法案で我々異世界人と呼ばれている者達は守られている。それぐらいの気概を見せてみる事だな」
「で、では、その地球はあなた達の世界で資源や土地を手に入れる事が出来たのですか?」
「そんな訳あるか‥‥俺達の世界は地球の植民地ではない。そんな考えでいる限り、俺達はこの世界に友好的な門を開く事はないと思え」
それ以上の言葉はなかった。
波多野達は深く謝罪して店から出て行く。その姿を見て、真央と善も呆然としていた。
「はぁ。本当に同じ人間とは思えないなぁ」
「全くだわ。ここまで違うと別人だよな」
「そもそも魂が分割されてからの人生はこっちの方が長い。環境によって人は大きく変わるからな」
「そういう事。という事で、真央も善も早いところ対処方法を身に着けてね。いつまでも私達があんた達を守っているなんて思わない事。特に各国政府はあんた達の存在を手に入れようと必死だろうからねぇ」
「どうしても難しくなったらカナンにでも引っ越せばいい。あんたらとその家族程度ならマチュアの国は受け入れてくれる筈だ」
そのストームの言葉でようやく二人もほっとする。
ここまで別人格が生まれていると、ストームもマチュアも自分達とは別の存在であると改めて認識する事になった。
そしてマチュアとストームはカリス・マレス世界へと戻り、真央と善も日常へと戻って行った。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






