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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第13部 日常どうでしょう・リターンズ

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神々の戯れ・その5・魔術と科学を融合しなさいよ

『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。

 絶望。

 もしもエルンストの今の状況を伝えるのなら、これほど適切な言葉はないだろう。

 ノアの英知を授かり、順風満帆な人生を手に入れた。

 軍部での地位も権力も、金も、すべてを手に入れ始めた。

 そしてノアの記憶をたどり、アララト山脈に眠るノアの方舟もまもなく手に入れられる。

 内部調査は順調、そして方舟には同じようにいくつもの同型艦がある事も知る。その一つが、オーストラリアを襲った浮遊大陸レムリアーナである事を知った時の、エルンストの喜びは既に狂気に近い状態になっていた。

 神々をも殺す兵器の存在、ノアの悲願。それらを全て手に入れ、叶えるのは俺の仕事だと拳を握った時もあった。

 異世界が地球(フェルドアース)によって来た時、トルコは二歩も三歩も出遅れてしまった。

 転移門ゲートを手に入れるために日本に工作員を送る計画も出ていた。だが、それが決定される前に異世界大使館は侵入した仮想敵国のエージェントがいる事を公表した。

 すぐさま工作員の派遣は中止、本国での異世界についての調査を行うようにエルンストは命じられた。

 

 だが。

 エルンストの脳裏にはすでにノアの英知があった。

 今更知らない異世界よりも、ノアの故郷である10の世界の魔術の方が上である事を世界に広めたい。

 この時からエルンストは暴走した。

 上層部の人間すべてを無意識下の隷属に成功、誰もエルンストを疑う事なく軍部の全てを掌握。

 後は手に入れたノアの技術をどうやって試すか。

 今更この世界の軍隊など敵ではない、となると、戦う相手は一つ。

 仮想敵は異世界の賢者のみ。

 彼女に勝つ事が出来たら、ノアの英知が奴らの魔術よりも上である事を実証出来る。

 そう。

 出来る筈だった。



「はーい。ミスター・エルンスト。腹を割って話をしようではないかな?」

「き、貴様はマチュア‥‥どうしてここが判った?」

「イークウエスとやらの発していた意識のリンク、それを辿って来ただけだよう。白銀の賢者を舐めてもらっては困るわ‥‥という事で、私は暴力的な解決は望まないので、周りの兵士を下がらせてもらえたらいいのですが」


 どっかりとソファーに座って足を組み直すマチュア。明らかに戦意は無いように感じられる。

 なら、今が仕掛ける時ではないか?

 今、一言命じれば、目の前の女は対魔術弾によって蜂の巣になるのてではないか?


──ハァ‥‥ハァ‥‥

 吐き出す息が苦しい。

 僅か数秒の思考、だが、実際には何十時間もこのままいるように感じる。

 手を上げるだけ‥‥だが、腕が鉛のように重い。


「わ、わかった。全員下がれ、マチュアは一方的に殺戮するような女性ではない」


 それがエルンストの調べたマチュアである。そしてそれを肯定するようにマチュアはニイッと笑うと、空間収納(チェスト)からティーセットを取り出してお茶会の準備を始める。


「ポイポイさんはそこの兵士達と一緒に別室で待機しててね。以後、私が命じるまでは『自分の意思で行動』していいので」

「了解っぽーい。じゃあ皆さんもあっちでお茶会っぽい。あなたはキノコ派?タケノコ派?」

 

 そう笑いつつポイポイも部屋から出て行く。

 そしてマチュアはハーブティーの入ったティーカップをエルンストに差し出すと、自身もゆっくりと一口飲む。

 

「それで、俺に何の用だ?」

「色々と教えて欲しい事があるのよ。まあ、勝手にトルコに潜入した私達も悪いが、一方的に全力で攻撃して来たあんたたちも悪いという事で、この件はおしまいで」

「あ、ああ、それでいい。それで何が知りたい?」

「ノアについて」


 そこでエルンストの思考が止まる。

 ノアについてだと?

 ノアの何が聞きたいんだ? 


「ノアか。旧約聖書にあるノアということか?」

「いや、異世界からの渡航者ノア。空間越境型浮遊戦艦『方舟アーク』の艦長について。どの世界から来て、どうしてここに来たのか。まずはそれを教えて下さるかしら?」

「それを伝えたとして、我々にどのようなメリットがあると?」

「危険でなければ、方舟の研究でも何でも好きにすればいいわよ。この世界の神々を滅ぼすっていうのなら方舟事全て破壊するけどね」


 そう来たか。

 だが、この女相手だと嘘は通用しない。

 そしてノアの英知についても、理解しているのか怪しい所だ。

 なら、判らない事を前提にある程度の情報を与えるのもいいかもしれない。


「いいだろう。ノアは、この世界ではない異世界からやって来た。イエソドという世界だ、ノアの知識によれば、創造神によって封じられた10の世界の一つとなっている」

「イエソド‥‥生命の樹の基礎たる世界かぁ。そして創造神の封じた10の世界? 何だそりゃ?」

「マチュアには判らない遥か過去の話だ。この世界は二つの神によって創造された。創造神と破壊神、この二つの神によって作られた10の世界だったが、ある日、この10の世界は小さな結界の中に閉じ込められた。そして神々は失敗作であった10の世界を自分たちの目に届かない世界に放出し、新たに8つの世界を生み出した」


 いきなり世界創造について語り始めるエルンスト。これにはマチュアも目を丸くしてしまう。

 カリス・マレス世界でも知られていない世界創造の秘密を、エルンストが淡々と告げているのである。

 そしてマチュアも告げられた事実が正しいのか、脳内で記憶の精査を開始する。

 すると、確かに10の世界は失敗作としてまとめて一つの結界に放り込まれ、創造神同士の唯一の接点である『幻夢境』に封印されたらしい。


「はぁ。いきなり大きな話だよねぇ」

「この世界にある世界創造とはかけ離れた物語だからな。まあ、創造神がつくった8つの世界の一つ一つは、それぞれの世界の管理神たちによって管理されているので、それ以降の世界各地の伝承などは大方本筋は正しい。それでだ、封じられた世界は次々と崩壊を開始した。それでノアはただ滅ぶのではなく新天地を求めて封印から出ようと試みた。その一つが、幻夢境にあると伝えられていた方舟の存在だ」

「まさか、幻夢境に向かったのか?」


 思わず前のめりになるマチュアだが、エルンストは頭を左右に振る。


「いや。逆だ。方舟についての知識を持つものが、ノアの元にやって来た。彼は時間と空間を旅する存在であり、遥か未来から過去にやって来たと聞く。その男が、方舟の設計図を持ってきた」

「それでノアは方舟を作って封印された世界から逃げてきたのか。そしてこの地球(フェルドアース)にやって来て、この地で亡くなったと」

「そういうことだ。その時に残したものが、このノアの碑石、ここにノアの全てが詰まっている」


 そう告げてエルンストはペンダントをマチュアに見せる。だが手渡すのではなく、すぐに自分の胸元に戻した。


「成程ねぇ。それでエルンストとしては、ノアの遺志をこの後も継ぐつもりなのか?」

「当然だ‥‥が、方舟はマチュアが回収したのだろう? 地下避難シェルターからマチュアが消したという報告が来ている。それを返すつもりはないのだろう?」

「あんたがノアの英知を使って世界を総べるとかいうのなら返す気はないよ。いくらノアの知識でも、この世界には魔術的素材は乏しいので方舟の再生は無理だろう?」

「違いない。まあ、それでも俺はノアだ。俺のやり方で神々に復讐する事に変わりはない‥‥それでどうする? 俺を殺すか?」


 そう告げられると、マチュアとしても頭を縦に振る気にもなれない。

 かといって放置する気もない。

 ようはノアが悪い。

 なら、ノアの遺志を破壊出来ないものか?

 それってどうやって?


 腕を組んだまま、マチュアは考えてしまう。

 そして思いついた技はただ一つ。


「そんじゃあ交渉決裂だ。悪いが本気であんたを消滅させてもらうよ‥‥深淵の書庫アーカイブ起動」


 いつものサイズではない、部屋全体を包み込む深淵の書庫アーカイブの球形結界。だが、エルンストもすぐさま印を組んで自身の抵抗値を高めていく。


「無駄だ。いかな魔術でも神威をもった抵抗結界には無力だと知れ」

「なら、それを上回る心力でいけばいいんだろうが!!」


 スッと首筋の痣に手を当てると、マチュアは静かに呟く。


「神威開放‥‥亜神‥‥モード7」


 突如、深淵の書庫アーカイブが深紅に染まる。

 表面にはものすごい速さでエルンストの持っている碑石の解析データが映し出されていく。


「き、貴様何をしている!!」

「あんたの持っているノアの碑石を解析させてもらっているだけ。悪いけど、これをあんたに使われるとこの世界の軍事バランスが‥‥と、それは良いわ。とにかく、あんたをノアの呪縛から解放してあげるわよ‥‥浄化封印術式の展開開始‥‥対象は碑石、その中に『生きている』ノアの意思‥‥いってこい大冥府っっっっっ」


 マチュアが叫ぶと同時に、いっきに間合いを詰めてエルンストの碑石をぶん殴る。

 刹那、碑石から霧状の物質が吹き出すと、ゆっくりと人型を作り始めた。


『オ、オノレ‥‥アト少シデ‥‥我ガ復讐ハ成セタモノヲ』

「あ、そういうのいいから。とっとと転生の枠に乗っかってらっしゃい‥‥という事で、冥府の女王プルートゥさんや、封じられし10の世界の魂の護符ソウルプレートを一つ送りますので、そこんとこよろしく」

『コクコク』


 冥府でプルートゥが力いっぱい頷いている。 

 なのでマチュアは幽体化したノアの顔面をガシッと鷲掴みにする。

 肉体はないが亜神モード7なので幽体に対して直接干渉する事が出来る。

 ミシミシと音を立てるノアの顔面、必死に抵抗しマチュアの腕をつかむのだが、力では抗う事が出来ないノアはやがてぐったりと力を失った。


──ゴウッ

 そして足元に広がる魔法陣。冥府直行便の送還術式にノアは後頭部から叩き付けられた。


「アディオス‥‥」


 即時ノアの魂は全て魔法陣に吸収される。

 そして残ったエルンストはその一部始終を呆然と見つめている。

 やや毒気が抜けたような顔でマチュアを見ているが、すぐに頭を振って立ち上がった。


「き、貴様、俺に何をした!!」

「何って、あんたを縛り付けていたノアの呪縛を解除しただけですよぉ。という事でここからもう一度本題に戻りますか。ノアの英知を使って神を倒すかな?」

「い、いや‥‥それは俺としては本意ではないが‥‥ノアが、ノアの意思が俺を支配して‥‥抗う事が出来なかったのは事実だ‥‥」

「あっそ。なら、その英知を使って、少しでもこの世界をよくするように努めなさいよ。それなら私が手を出す必要もないし、こっちの世界はこっちの世界で勝手に進化してくれればいいわ。それと」


 そこまで告げてマチュアはエルンストを睨みつける。


「もしもその力を悪用するというのなら、今度はその碑石も破壊してあんたも処分するわよ。判ったかな?」


 その言葉に、ノアの呪縛から逃れたエルンストはコクコクと頷く事しか出来なかった。

 マチュアもこれで一安心と、グイッと伸びをして入口に向かう。


「あ、あの、方舟は返してもらえないのか?」

「あれは‥‥ノアの英知があるなら再生できるでしょ? 一から作ってみなさいな。どうせ図面はその碑石にある事だし、方舟シリーズだけはまだ地球(フェルドアース)にあげる訳にはいかないのよねぇ」


 それだけを告げて、マチュアは手をひらひらと振る。

 そしていつの間にか合流したポイポイと共に、静かに転移して消えて行った。

 


 〇 〇 〇 〇 〇



 ルシア連邦・クレムリン

 深紅の広場と呼ばれている広場で、マチュアはボーっと立っている。

 右手にはボルシチの入っているカップ、左手にはピロシキ。

 約束の相手がやって来るのを、のんびりと待っていると、やがて数台の護衛車両に守られた装甲車がマチュアの横に停車した。


「寒いわ、フーディンとっとと来いや」

「済まないな、会議が長引いた。それで約束の物は?」

「ほらよ、方舟の石板の一つと報告書だよ。今回の件はトルコ軍の独断行動、方舟は危険なので私が回収した。あれはまだこの世界にはあってならないものだからね」


 そう告げられつつ報告書を手にパラパラと軽く読み始める。そしていくつかのページを読んでいると、ふとエルンストについてのページで手が止まる。


「エルンストか。トルコ陸軍の上層部にいたな‥‥」

「そ、そいつは私と同等の異世界の知識を持っているこの世界の人間。まあ、悪い事しないように監視でもしておいて、私の仕事じゃないので」

「やつをルシアが拘束して知識を得ることは危険とは判断しないのか?」

「何、フーディン私と喧嘩する気なの?」

「そうではない。が、何故それだけの知識を放置するのかと思ってな」

「どうしてだろうねぇ。本当なら全て奪ってしまった方が早かったんだけれど、何か見てみたくなったから」


 そう呟くマチュア。

 一体何が見たいのか、フーディンは気が気ではない。

 だが、マム・マチュアの事だ、大したことは考えていないのだろうと思う事にした。


「そうか。見えるといいな」

「まあね。という事で、フーディンからの依頼はこれでおしまい。また何かあったら馴染み亭にでも顔を出すんだね。一国の代表ではない、個人的な相談なら受け付けてやるよ」

「国としての相談は、どこにすればいいかな?」

「そりゃあ異世界大使館だよ。この世界の事ならそっちに話を持って来るんだね。それじゃあな」


──シュンッ

 いうだけ言って、マチュアは異世界大使館へと転移した。

 そしてフーディンもしばらくの間、清々しい顔で雪降る空を眺める事にした。



誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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