神々の戯れ・その3・先祖返りという転生者
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
トルコ共和国東端、アララト山。
標高5,137m成層火山であり、大アララト山と小アララト山の二つの山によって構成されている。
麓周辺には大小様々な街があるのだが、過疎化が進みいくつかの村は廃墟のようになっている。
その村の一つ、バリズには、トルコ軍から派遣された部隊が駐留していた。
「へぇ。発掘キャンプ近くに魔力反応ですか。敵の姿は確認しましたか?」
「斥候部隊の報告では、異世界大使館のマチュアではないかと」
報告を聞いて、駐留部隊司令官のエルンスト・ムスタファは軽く手を叩く。
彼がこの地にやって来てから、ただ毎日が暇であった。
方舟発掘現場から掘り出された遺物を回収した所までは良かった。
だが、そこに記されている文字を誰も読み取る事が出来なかった。
エルンストを除いて。
‥‥‥
‥‥
‥‥
彼の実家はこのバリズ村にあった。
幼い時から、彼の村はアララト山を守護する村であると伝えられていた。
村に古くから収められていたノアより授かった碑石、それをずっと守っていたらしい。
彼が16歳の時、十年に一度の祭りの場において碑石が公開された。
その時、エルンストの体内で何かが蠢いた。
碑石が呼んでいる。
その夜、エルンストはこっそりと村の祭壇に収められている碑石を手に取った。
その時。
彼の頭の中にさまざまな知識が流れてきた。
彼の魂に『何かが』侵入してきた。
ノアの方舟の正体、ノアがこの世界に持ってきた知識。
方舟の中は無限に広がる空間があり、そこに彼の故郷にあったさまざまな物質や生命体のサンプルが収められていた。
だが、異世界からやってきたノアの存在を、この世界の神々は良しとしなかった。
結果的にノアは神の眷属によって滅ぼされたのだが、その血筋は方舟の停泊したアララト山の麓に広がっていった。
エルンストもノアの血を受け継ぐ存在。
そして彼は碑石に収められていたノアの意識を、知識を全て受け継いだのである。
それから十年。
エルンストは必死に学んだ。
ノアの知識を外に出す事なく、いつかこの世界の神に復讐する為にひたすら勉学に励んだ。
トルコ軍に編入され、いくつもの戦争を経験し、地位も手に入れた。
ならば行動を実行する。
時折しも異世界からの来訪者がいる。
それも、ノアのいた世界ではない別の世界。
奴らに悟られず、この世界の神を滅ぼす。それこそがノアの望んでいた事。
エルンストは知識を解放した。
この世界にある物質を使い、魔術を再生する。
神々を滅ぼす為に、魔力を阻害する術式を生み出した。
後は、それが実践に耐えられるか。
アララト山で方舟の痕跡が見つかった。
そう情報を漏洩し、それまで友好的であったルシア科学アカデミーを追い出した。
これでお膳立ては万全、ルシアから異世界の女王に連絡は入るだろう。
さあ、トルコ魔導兵団よ、ついに実践の時はきた。
あの女王を排除できれば勝ち、負けたら何も残らない。
‥‥‥
‥‥
‥
「迎撃準備を。術式探査を強化しろ。対魔術弾を各部隊に配布、怪しい者は全て排除しろ」
「はっ!!」
エルンストの命令が部隊に告げられる。
相手は仮想・魔術師。術式を封じれば勝てる。
エルンストの作り出した『対魔導装甲服』『術式阻害用ジャマー』『魔法薬』もある。
全ての兵士が『身体強化魔術』により常人の三倍近い身体能力を得ている。
「さて、異世界の女王マチュアさん、そのお手並みを拝見しましょうか。貴方の賢者としての力が上か、ノアのもたらした消滅魔術が上か……」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
白亜の空間をのんびりと歩く。
距離と方角は完全に目測、目的地は発掘キャンプ。
視認した場所に開くのは容易いが、出来る限り魔力は抑えたい。
神威開放でかなりの力を使っている為、長距離空間を繋げる為に魔力を割きたくはない。
「よし、この辺りだと思うんだけどなぁ。ポイポイさん、それじゃぁいくよ?」
「了解っぽい」
──ブゥン
空間が開きマチュアたちが外に出る。
目的の発掘キャンプまであと300m、方向は正面。
そして300m先には完全武装した部隊が待機している。
「ターゲット補足、撃て!!」
──broooooom
指揮官の声で戦闘が始まった。
一斉に撃ち出された銃弾を、マチュアは背中から抜き出した魔剣ザンジバルを振って叩き落とす。
「ポイポイさん今だよっ」
「いくっぽいよ!!」
マチュアの背後から飛び出したポイポイが、敵めがけて苦無を放つ。それは一直線に最前線の敵に向かって飛んでいくと、彼らの目の前で無数の苦無に分裂した。
──シュトドドドドドッ
マチュア達に向かって銃を構えていた兵士たちの身体に苦無が突き刺さる。
その直後、苦無に仕込んであった術式が作動し爆発する。
威力はないが、周囲に眠りの術を発動する苦無。
「忍法・睡蓮の術っぽい……ありゃ?」
自信満々に叫んだものの、二、三人の兵士は術に囚われることなくポイポイに向かって銃を構えた。
「チェックメイトだ。悪いがあんたにはサンプルになってもらう」
「貴重な異世界のサンプルだからな。悪く思うなよ」
「そっちこそ悪く思わないでよね……暗黒騎士マチュア参る!!」
叫びつつポイポイに向かって銃を構えている兵士の横に縮地て接近すると、ザンジバルの刃部分に心力を通して斬れ味を鈍らせる。
「かーなーり痛いよ!!強打撃・無限刃っっっ」
──ドッゴォォッ
マチュアが横一閃に振るったザンジバルから衝撃波が撃ち出される。それは扇状に広がると!兵士たちに直撃、そのまま後方へと吹き飛ばした。
「おまけっぽい、影縫い百花繚乱っ」
更に倒れている兵士の影に向かって、ポイポイは苦無を投げ放ち影を縫い止めた。
これで兵士たちは指一つ動かす事が出来なくなる。
──キュラキュラキュラキュラ
その直後、発掘キャンプに停められていたMBTが一斉に動き出し、砲身をマチュア達に向けた。
「あ〜。ストームから聞いていたが、対戦車戦って怖いよなぁ」
マチュアは叫びつつザンジバルを両手に構えると、一番近くにいるMBTに向かって一気に駆け抜けた。
『ま、まさか、正気か?』
『かまわん、撃て!!』
戦車長の声に射手がトリガーに指を掛け、一気に引き絞る。
刹那、轟音と同時にアルタイと呼ばれているトルコ軍のMBTの120mm 55口径滑腔砲が火を噴いた。近くを掠めるだけで人間の皮膚など引き裂き、その衝撃波て挽肉のようになってしまうだろう。
だが、体表に心力を流し込み鎧の強度を上げたマチュアには、普通に突風が過ぎ去るような感覚しかない。眼前に飛んできた砲弾を躱し、そのままカウンターでアルタイ戦車正面装甲に向かってザンジバルを叩き込む。
──ガガガギギギギギギ
鈍い金属音を響かせつつ、正面装甲が真っ二つに切断される。そこから見えた兵士たちの表情は恐怖に引きつっている。
『何をしている?一号車に向かって撃て!!』
『この距離では無理です、友軍射撃になります』
『構わん、任務が最優先だ、撃てぇぇぇぇ』
──ズバァァァァア
続く二号車の砲身がマチュアに向けられたが、一瞬で砲身が輪切りにされてしまう。
ヒュンヒュンと響くミスリル鋼糸の音。ポイポイは二号車に向かって鋼糸を飛ばすと、砲身を輪切りに切断した。
「あと6っつっポイ」
「残りは無視、一気に発掘現場まで抜けるよ!!」
「了解っぽい」
グッと腰を低く構えるマチュアとポイポイ、その後一気に加速してアルタイの横を通り過ぎ、発掘現場まで続く下り階段に突入した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「アルタイ一号と二号は戦闘不能。対魔導部隊は全員戦闘不能……」
「地下発掘エリアの回廊に潜入されました」
「報告です、敵侵入者二名、地下発掘エリアBー2にて交戦、指示をお願いします」
バリズにある前線基地、その司令室でエルンストは次々と届く報告に震えていた。
どうしてこうなった?相手はたかが魔術師二人ではなかったのか?
虎の子であった対魔術装甲服はどうなった?それよりもアルタイが破壊されただと?
アルタイ表面にも対魔術コートを施してある、それを抜ける威力の魔術などある筈がない。
ノアの残した叡智が、異世界のたった二人の魔術師に破られているだと?
ワナワナと震えるエルンスト。
彼の経歴に初めての傷がつき始めている。
そんな事は認めたくない。
「地下発掘エリアのすべての回廊を封鎖、内部にある調査隊は緊急避難だ、10分後に回廊を爆破し埋没させろ!!」
「10分では無理です。最深部の方舟を調べている者もいます、彼らが外に出るまで、最低でも30分は掛かります」
「奴等には最深部から出るなと伝えろ、万が一のための非常区画に逃げろとな。あそこは大丈夫だ、ノアの叡智が方舟を護っている」
エルンストは叫び終えると、どっかりと椅子に座る。
懐に手を伸ばし、ノアの碑石がはめられたペンダントを取り出すと、静かに魔力を注いだ。
すると、エルンストの魔力に反応して碑石がゆっくりと輝く。
「そうだ、まだ終わりではない。方舟にはあれが積まれているではないか……」
クククッと笑うエルンスト。
静かに目を閉じると、意識を方舟の中の『あれ』に移し始めた。
………
……
…
「そこのバ〇タン星人見たいな顔の男、どけぇぇえぇぇ」
絶叫しつつ、ただひたすらに走るマチュア。
斜め後ろのポイポイは後方警戒を続け、追っ手の影を次々と縫い止める。
正面で銃を構える兵士に向かって『威圧』をピンポイントで叩き込むと、どんな屈強な兵士も一瞬怯んでしまう。
その隙にポイポイが苦無で影を縛ると、また回廊をひた走る。
それまではコンクリートで補強されていたら壁が、突然自然洞になる。
しかも壁自体滑らかに磨き上げられており、明らかに異質さだけが見え始めていた。
「そろそろ核心かなぁ。ポイポイさん、周辺警戒宜しく」
「了解っぽい。それでマチュアさん、方舟どうするっぽい?」
「危険度が低かったら放置、高かったら私の空間収納に回収するだけだよ。流石に神威開放でないと対処出来ない敵ってやばいしょ?」
「成程。それで放置するレベルは?」
「んー。今の地球の技術で対抗できるかどうか、かな。ほら、最深部到達だよ!!」
──ドコドコドコドゴォオォォォ
マチュアが回廊の先を指さした時、後方から爆音が次々と響いてくる。
爆発が回廊を駆け巡り、二人の後方から熱風が駆け抜けてくる。
「ぬぁぁぁぁ、フラッシュオーバーかよぉおおおお」
「熱風は駄目っぽい、肺がやられるっぽいよ」
「そのとーり、回廊抜けたら左右にゴー」
──シュタッ
素早く回廊を抜けて左右に飛ぶ。
その直後、回廊から爆風と廃材、熱風か噴き出した。
「おおお、死ぬかと思ったわ」
「流石のマチュアさんでも死ぬっぽい」
「気分の問題だわさ。いくら平気だからといって、皮膚が焼けたり爛れるのは痛い感覚があるのよ」
「何となく理解出来るっ……ぽい?」
そこまで呟いてポイポイは気がついた。
今いる場所、発掘エリア最深部には、船体の6割が掘り出された木造船の姿がある。
あちこちに様々な計器類が接続されており、木造船の分析を行っているようだ。
「これが方舟?」
「まあ伝承通りだね。長さは300キュビト、幅が50キュビト、高さ30キュビトの三層甲板構造。動力は知らないけど。神の怒りで地上のすべての生き物は洪水によって全滅する。で、神はノアにそのことを告げると、ノアは神より授かった設計図を元に方舟を作ったっていうわけ。これには、地上の全ての生物が番いで乗っていたらしいよ」
淡々と説明しつつ、マチュアは方舟に近づく。
そして剥き出しになった木造船船体に触れると、視認によって材質を鑑定するが。
『Unknown』
という結果のみが伝えられた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






