ソラリス連邦のあれこれ・その2・悪魔がきたりて、とんでもねぇ
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
──ゴウウウウウウウウウウウウウウウウッ
ソラリス連邦王都・大議会場。
その隣にある大広間に展開した巨大な勇者召喚魔法陣の内部では、灼熱の炎が渦巻き始めた。
「こ、これは予想を超えた魔王の召喚ですわ!! これであのマチュアもお終いですわ」
そう叫ぶコキリコだが、まさかその召喚術式でマチュア本人が魔王になってやって来るなど彼女自身も思ってもいないだろう。
やがて炎が人型にゆっくりと形を変え始めると、魔神ルナティクスがゆっくりと姿を現した。
頭の横から前に向けて伸びるねじれた角、腰まで伸びる黒い髪、ボンテ―ジ衣装のような黒い衣装とマントを纏い、背中からは2対4枚の翼が伸びている。
『スキル威圧、覇王の気を有効化‥‥と』
ゆっくりと周囲を見渡すが、既に殆どの人は意識を失うか失禁してガタガタと震えている。
その中でどうにか平静さを保っているのは青髪の美男子、ロリエンタール第一皇太子のみ。コキリコはその後ろで意識を失ってぶっ倒れている所であった。
「さて‥‥妾を召喚したのは貴様だな? 周囲の者たちは贄と見たがそれで構わないか?」
ゆっくりと告げるルナティクス。するとロリエンタールは作り笑顔でルナティクスを見て。
「そ、その通りでございます。私はこのソラリス連邦の第一皇太子ロリエンタール・ジョーセフ・ソララリスです。まずは彼ら贄の魂を存分に堪能してください」
(マジか‥‥こいつ、周辺国の王や代表全て贄にささげる気だったのか)
ロリエンタールの足元の魔法陣を視認で鑑定すると、彼の足元のみがセーフゾーンとして隔離されており、それ以外の床にはこっそりと呪縛の術式が仕込まれていた。
つまり、ロリエンタールは元々他国の王など捨て石程度にしか考えておらず、その魂はすべて召喚した魔王に捧げる気であったらしい。
コキリコの足元も呪縛術式によって囚われているので、彼女もロリエンタールの真意は知らなかったと見える。
ならばやることは一つ。
ゆっくりと意識を集中してストームを念話で呼ぶ。
『はーい、こちら魔神ルナティクス・第二形態のマチュアです。ストームさんや、今からそっちにソラリスに寝返った諸外国の代表を転送するから捕まえておいて』
(マッチュ、暇なんだなぁ‥‥まあいいや、サムソン王城地下の牢屋にでも転送してくれ、キャスバルに伝えておくから)
『了解さー』
そう告げてから、ルナティクスは近くの王の首をつかんで天井に掲げる。
──シュンッ
そして強制転移すると同時にゴクッと大きく喉を鳴らす。
それを次々と行う事、実に25名。全ての王や代表を牢に転送してから、やや不満気にロリエンタールをじっと眺める。
彼自身も、まさか目の前で王たちが次々と飲み込まれていくとは思っておらず、ゴクリと喉を鳴らしつつも真っ青な顔で一部始終を見ていた。
「ふん、くそ不味い贄だったな。それで、そなたは妾に何を望むのだ?」
「ま、まずはお名前をお聞かせください‥‥」
「妾は魔神ルナティクス。遥か異界より呼び出された魔神である」
「ま‥‥魔神? 魔王ではなく?」
「そんな弱いものなど知らぬわ。妾は魔にして神。すなわち魔神。神に等しい力を持つものなり‥‥そなたは妾に何を望むのじゃ?」
──ゴクッ
ルナティクスの問いかけに、ロリエンタールは息を呑む。
魔王どころか神を呼び出してしまったという恐怖と、それを使役する自分の姿を思いつつ。
「で、では魔神ルナティクスよ、我に従え、我とともに世界を支配するのだ!!」
──キィィィィィィィィィィィィィン‥‥ボフッ
ロリエンタールの叫びと同時に魔法陣が起動する。
それは魔王すらたやすく隷属する古の術式であるが、そんな子供だましがマチュアに通じる筈がない。
一瞬で隷属術式は崩壊し、足元の魔法陣は消滅してしまう。
「‥‥え?」
「え? ではないわ。そんな稚戯に等しい魔術ごときで、異界の神である妾を縛ろうとはなぁ」
スッとロリエンタールに向かって手を伸ばす。刹那、ロリエンタールの顔の横を一条の光が飛んでいき、背後の壁を穿つ。
ただの『光の矢・永続放出』という魔術であるが、創造神眷属モード1では筈か1の魔力で建物を破壊する火力を秘めてしまっていた。
(おっと、これはまたとんでもない威力だねぇ。それに消費も激しいからとっとと終わらせるか)
そんな事を考えていると、目の前のロリエンタールがへなへなとその場に座り込み頭を下げていた。
「こ、これはお許しを‥‥」
「ふん。それにしても妾を呼びつけて、たかだか世界支配とは‥‥それが本当に貴様の望みなのか?」
「は、はい。まずは隣国のラグナ・マリア帝国を破滅に追いやり、その全てを我がものに‥‥」
「ほう。それは面白そうであるが‥‥我をこの世界に留めるには贄が足りぬのう。言っておくが妾はグルメじゃて、亜神に等しい魂以外はいくら差し出されても無用じゃ、貴様にそれが用意できるのか?」
ニイッと笑いつつ告げるルナティクス。それにはロリエンタールもぶるぶると首を左右に振る。
そもそも、カリス・マレス世界において亜神が現世に存在しているという噂は殆ど存在しない。唯一の例外として有名なのが亜神とハイエルフのハーフであるコキリコの存在、そして北方大陸にいたという5つの亜神の武将。それ以外は他の大陸でも伝承程度にしか存在していない。
そんなものを揃えろと言うのかと、ロリエンタールは首を振りつつ怯えていた。
「そ。それはできません‥‥」
「それでは話が釣り合わぬな。それではどうする? 何もなければ妾は帰還するぞよ」
「で、では‥‥力を。私に力を授けてください」
(へぇ、そう来るのか‥‥なら面白いから‥‥)
マチュアはロリエンタールに向かって手を差し出す。
砕けた召喚魔法陣から溢れている魔力の放出をどうにかしないとこのあたりがすべて吹き飛ぶ可能性もある。
マチュアを召喚した程度ではそれは収まる事がないので、その魔力を有効活用する事にした。
神族系スキルの中から『大地豊穣の加護』を選択し、それをロリエンタールに限定付与する。
期間は10年、その間にロリエンタールが自国の繁栄の為に尽力するのならソラリス連邦の大地からの収穫量は1.25倍に増えるというものである。
──キィィィィィン
「これで貴様には魔神ルナティクスの加護が授けられた。今より10年の間、大地に力を授ける加護を貴様に与えよう。ただし、それは戦による繁栄ではなく自国での努力により成就するものと知れ‥‥」
「あ、い、戦の加護ではなく‥‥ですか」
「妾は魔神、夜をつかさどるもの。ゆえに豊穣の神と一対なれど、先のくそ不味い贄程度で戦神レベルの加護など与えられるものか‥‥よいか、二度と異世界より勇者や魔王を召喚しようと思うな!! その時は我が再び再臨して貴様の魂ごと全てを喰らい尽くしてやるわ」
──ヒュンヒュンヒュンヒュン
ルナティクスの体が輝く。
そして静かに消え始めた時。
「そうそう、先のくそ不味い贄は、腹を壊してはかなわんから死体だけは貴様に送り返してやるわ。そして心して聞くがよい、二度と妾を呼びつけようとするな‥‥」
そう告げてルナティクスは消滅した。
そしてようやくロリエンタールの緊張の糸は切れ、その場で静かに失神した。
‥‥‥
‥‥
‥
「という事で、後日牢獄の中の諸外国の方々は送り返す事になったので、後はそっちでよろしく」
「はぁ。なんでそういう面倒なことを俺に押し付けるかなぁ」
目の前のマチュア‥‥魔神・真ルナティクスに向かってストームはため息をつきながら呟く。
今マチュアとストームがいるのはサムソン王城・謁見の間。
敢えてそこで話をする為に、マチュアはそこで王の仕事をしていたストームの前に神々しく顕現したのである。
幸いなことにその場にはキャスバルとカレン、そして遊びに来ていたシルヴィーの姿しかなかったので、話はスムーズに進んでいく。
「マチュアよ、その姿は新しい変装かや?」
「そ。魔神様だよ。イェリネックじゃなくて別の世界の最強魔神ルナティクスさ。他の人には内緒ね?」
「はぁ。もうマチュアさんでは驚くことはないと思っていましたのに、まだまだ驚く事はあるのですね」
そう呟くシルヴィーとカレン。そしてストームはマチュアを見てハァ、とため息をつく。
「それはいいから、地下の諸外国王への対応はどうする。お前がここに強制転移してくれれば、あとは俺が始末つけてやるから‥‥ということで、シルヴィーとカレンはちょっと隠れていてくれ、キャスバル、諸王の言い分などは全て記録するように」
「了解しました。では、どうぞ」
いそいそと謁見の間の裏に逃げるシルヴィーとカレン。
そしてキャスバルが書記官を呼び寄せて記録の準備が終わった時、マチュアは足元に転移の魔法陣を作り出して地下牢獄にいた諸外国王を全てこの場に呼び寄せた。
──シュンッ
一瞬で25名の王が姿を表す。
どうやら意識は戻っていたらしいのでマチュアはすぐに威圧スキルをカット、ストームとは反対側に仁王立ちした。
「こ、ここは‥‥」
「俺たちは確か、魔王召喚の儀式を見ていて‥‥」
「そ、そうよ、魔王の召喚はどうなったのよ!!」
最後のはコキリコだなとマチュアは心の中でニヤニヤと笑う。
するとストームが王座でハァ、とため息一つ。
「あー、お前らソラリス連邦に与した王達だろ、なんでラグナ・マリア帝国に喧嘩を売ろうとしたのかなぁ‥‥その辺り、説明してくれないか?」
「ま、まさか‥‥剣聖ストーム‥‥それではここはサムソンだと? 一体どうなっているんだ」
「そうだどうしてここに俺達がいるんだ」
そう叫ぶ諸王だが、すぐに背後のルナティクスが口を開いた。
「お前達はロリエンタール皇太子によって売られたのよ。この私を召喚するのに必要な贄としてね‥‥でも、あなた達の魂はまずいから食べてあげないわ。当然あんな男の願いなど聞くものですか」
一同の背後で笑っているルナティクス、それを見て諸王たちは再びその場にへたり込んだ。
唯一コキリコのみが、ルナティクスをじっと見つめている。
「あ、貴方が私の召喚した魔王ね。なら、その男、ストームを殺しなさい!! 召喚主として命じますわ」
「それはお・こ・と・わ・り。どうして妾が、妾より弱い虫のような存在の言葉を聞かなくてはならないの? そもそも妾に向かって頭が高いとは思わないの?」
そう呟き舌なめずりをするルナティクス。すると全ての王が、その場で平伏した。
コキリコもその言葉に寒気を感じ、すぐに頭を下げる。
「魔王さま‥‥お、お赦しを」
「魔王? 妾をそんな小さなものと一緒にするでない。妾は魔神ルナティクス。魔であり神である存在‥‥此度の召喚に際して、ロリエンタールは貴様達の魂を私に捧げたわ。けれど不味かったから返してあげる。本当なら死体のまま返そうかと思ったけれど、そこのストームが慈悲をというので生き返らせてあげたのよ‥‥彼には勝てなかったからね」
そのルナティクスの言葉に、一同希望を得たかのようにストームを見る。
当のストームは今のマチュアの言葉でまたハァ‥‥とため息一つ。
「ということだ。そこの魔神は俺とマチュアが一度討伐したことがある。ゆえに俺たちには逆らえない‥‥お前たちは運がいいのと悪いのと、二つ経験したことになるな‥‥自分たちで制御できない魔神を召喚したのがお前たちの絶望で、俺たちが一度討伐した魔神だったことがお前たちの希望だった。これに懲りたら、二度とラグナ・マリア帝国には手を出すな。侵略するというのなら正面から俺が相手してやる、そうでないなら今まで通りだ、帰りの馬車は用意してやるから、とっとと俺の前から出ていけ」
そう叫ぶとすぐさま、諸王たちは一斉に立ち上がり扉から飛び出して行った。
そして最後に残っていたコキリコは、じっとストームを見つめて。
「あ、あの魔神を従えし剣聖‥‥素敵‥‥」
頬を紅潮させて目がトローンとしている。
「貴様もとっとと帰れ、そしてラグナ・マリアには二度と手を出そうとするな。特に世界樹の件もそうだ、あれはマチュアの国が管理している、悪意をもってではなく全てに等しく加護が行き渡るようにだ。それを理解して、とっとと帰れ」
「そ、そうですわ‥‥もう世界樹なんてどうでもいいのですわ‥‥」
「「「お?」」」
そのコキリコの言葉に、王座後ろの間で隠れていたシルヴィーとカレン、そしてコキリコの背後に立っていたマチュアまでが驚いてしまう。
「ストーム様、お慕い申しております‥‥私、コキリコ・ブラウヴァルト11世は、ストーム・ゼーン様に生涯の愛を誓いますわ‥‥一目惚れですわ、お慕い申しておりますわ、ぜひ私を王妃にしてくださいませ」
「駄目なのぢゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ストームの王妃は私たちで充分ですわよ!! コキリコさん、あなたの場所なんてないわ」
ついに堪忍袋の緒が切れたシルヴィーとカレンが飛び出してくる。
するとコキリコも立ち上がって二人をじっと見て。
「貧相な体つきのお子様女王、これまた貧相な胸の王妃でいらっしゃること。このわたしはハイエルフと亜神のハーフ、そしてこの豊満な胸。さらには精霊王アウレオースの加護をもつ女王。これほどの逸材でなくては、ストーム様のお傍にいる価値はありませんわ‥‥さあ、ストーム様ぁぁ」
──ガシッ
すぐさまストームに駆け寄ろうとするコキリコの後頭部をルナティクスがガシッと掴む。
そのままシルヴィーとカレンに一礼すると、マチュアはそのままコキリコをブラウヴァルトの謁見の間まで連れていった。
「ふぅ‥‥危ない危ない。あんな女こっちから願い下げた。俺には‥‥」
「俺には?」
「その続きはなんぢゃ? ちょっと申してみよ?」
そう揶揄うカレンとシルヴィーだが、ストームはニイッと笑って一言。
「最高の妻が二人いるからなぁ」
──ボムッ
その一言でシルヴィーとカレンは真っ赤になってへなへなとしゃがみこんでしまう。
もう、お前たちどっかいっていいよ‥‥。
〇 〇 〇 〇 〇
ブラウヴァルト城・謁見の間。
突然発生した巨大な魔法陣、そしてコキリコを捕まえた魔神が姿を現したことで、城内の騎士団が一斉に謁見の間に駆け付けた。
そして魔神ルナティクスを取り囲むのだが、それ以上は体がすくんで動けなかった。
「まあ、そうなるよねぇ‥‥という事でコキリコよ、お前は今までどおりにこの地を統治していろ。ラグナ・マリア帝国に対して邪なことを考えると、今度は私自らこの国を滅ぼしにやって来るので」
「そんなことは致しませんわぁ。最愛の方、ストーム様のいるラグナ・マリア帝国に弓を引くなんて愚かな真似はもうしないと、魔神ルナティクス様に誓いますわぁ」
体をくねくねとしつつ笑顔で宣誓するコキリコ。この態度の豹変に、マチュアも『お、おおう』と呟くしかなかった。
「一体どうしたらこうなるんだ‥‥」
(あーあー、こちらイェリネックじゃが。その娘、ストームの神威に当てられておるのう。なまじ亜神とのハーフであるがゆえに、ストームの神威の強さをその体で感じ取ってしまったのじゃ、その結果発情‥‥もとい恋愛感情が最初からクライマックスに跳ね上がってのう‥‥)
『あ、そういう事。じゃあ、時間が来たら治まるのね?』
(マチュアよ、卵から孵った雛が初めて見たものを親と思うのは理解出来るか?)
『あ、刷り込みね』
(それが恋愛レベルで発生したまでじゃ、それではストームには頑張ってくれと伝えておくれ)
『‥‥あ、そういう事か‥‥ってちょいまち、じゃあ同じようには亜神のハーフの男は私に惚れるっていう事じゃないのよ』
(ん‥‥アディオスじゃ)
──プツッ
それでイェリネックとの交信は途絶えた。
王座に戻ったコキリコはやや冷静さを取り戻して配下の者たちに指示を飛ばしている。魔神ルナティクスがこれ以上の害意を持っていないことなどを説明されたのか、騎士たちも数名を残して持ち場へと戻る。
「それじゃあ妾は帰るので‥‥もう呼びつけるなよ、もし呼びつけたら‥‥二度とストームとは会えなくなると思え」
「かしこまりました、ルナティクス様‥‥私かストーム様と出会えたのも、全てあなたご加護によるものなのですね‥‥」
「へ? まあそれでいいわ。では失礼する」
そう告げてマチュアは一旦、エーリュシオンの白亜の神殿へと戻る。そして元の姿に戻ってから、いつものように馴染み亭に戻っていた。
その数週間後、ソラリス連邦からラグナ・マリア帝国に親善大使がやって来る。
そして再び不可侵条約についての継続手続きを行うと、そのまま何事もなく親善大使たちは帰国していった。
ソラリス連邦に強制的に与していた諸外国もソラリス連邦より脱退し、以前のように少数王国による南方支配の時代に戻っていく。
そして、変わった出来事といえるのは、ブラウヴァルト森林王国が以前行った鎖国について完全撤廃し、ラグナ・マリア帝国と通商条約を結ぶ事となった位である。
「コキリコとかいう女狐はベルナー双王国出入り禁止ぢゃ」
「当然ですわ。私たちの夫には指一本触れさせませんわ」
何だろう、ストームに合掌。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






