世界樹騒動・その4・あってはならないもの、あると困るもの
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
──ガヤガヤガヤガヤ
早朝の魔術師ギルド。
大勢の冒険者、とりわけ魔術師たちが来店しては、冒険に必要な魔導具の魔力補充や魔法薬の購入に訪れている。
そのギルドの外で、厳也とアルフォード、エリーゼの三人はのんびりと人がすくのをじっと待っていた。
尤も、アルフォードは厳也の馬車に繋がっているゴーレムホースに跨ったり、そのボディを撫でたりと目を輝かせながら堪能していた。
当然ながら出入りしている冒険者たちも厳也のゴーレムホースを見て近寄っては来るが、商人とは違いすぐに交渉を持ち掛けたりはしない。どこで手に入れたのか、どうやって動いているのかと興味深々であるが。
やがて人が少なくなった頃合いに厳也たちは空いているギルドカウンターに近寄って行く。
「いらっしゃいませ‥‥って、アルフォードですか。今日はどんな用事かしら? 魔力補充かな?」
「いや、この老人の持っている魔法薬の鑑定をお願いしたいのですが。ブラウヴァルト製ではなく、カナン製の魔法薬らしくてですね」
そうアルフォードが説明すると、ギルド員の女性も、ああ成程と悟った顔をした。
「質の悪い魔法薬か、もしくはブラウヴァルト製の魔法薬を水で薄めた劣化薬でしょうね。今から鑑定球をお持ちしますけど、手数料は銀貨一枚になりますがよろしいですか?」
「うむ。ならついでに、この5本すべて頼むぞ。どれもカナン製ということでカナン魔導商会で購入してきたものじゃから」
ゴトゴトッとテーブルに水晶瓶に収められた魔法薬を並べる。そこへギルド員が鑑定球を持って戻ってきた。
「始めますね。では最初に銀貨5枚お願いします」
「うむ、よろしくな」
すぐに銀貨を支払うと、ギルド員は魔法薬を一本右手に取る。そして左手を鑑定球である水晶にかざすと、水晶がボウッと輝き、魔法文字が次々と表示される。
『上級ポーション、瀕死ダメージを全快まで回復する』
『再生ポーション、欠損部位を完全再生する』
『解呪ポーション、魔術の有無にかかわらず、全ての呪いを解呪する』
『魔力回復ポーション、失った魔力を全快にする』
『エリクサー、死以外の全てを回復する』
あ、しまった。
エリクサーを間違えて出したのか‥‥。
そう思ったときはすでに時すでに遅し、ギルド員の顔が真っ青になっていた。
もっとも、表示されている魔法文字はアルフォードにはちんぷんかんぷんだったらしく、え?という顔でギルド員と厳也の顔を見ているが、エリーゼは両手を組んで天に祈りを捧げている始末である。
「ち、ちょっとお待ちください。どうやらこの鑑定球が故障しているようですので、急ぎ代わりのものを持ってきますから」
「あ~、そう? 特に壊れているとは思えないんじゃが」
「絶対に壊れています。でなければ、このような魔法薬を作り出す事など出来ませんので」
そう告げて奥に走っていくギルド員。その後も何度か同じような事があったが、4つ目の鑑定球でも同じ表示が出た時、ギルド員は諦めたらしい。しかもこの騒動でギルド内にはかなりの野次馬が集まっており、更にはどこかで噂が流れたらしく商人達が手揉みして後ろで待っていた。
「そ、それでは鑑定額をお伝えしますが、ここでは危険ですので奥の部屋へどうぞ」
「はぁ。ということらしいから、アルフォードとエリーゼも来るじゃろ?」
「あ、ああ」
「ぜひ、喜んで」
そのまま奥の上質な応接間に案内されると、既にそこには一人のくそばばあ‥‥もとい老婆が座っていた。
「こ、これはギルドマスター。どうしたのですか?」
「あ、よいよい。この方の相手は私が務めるでな、シファは通常業務に戻るがよい」
「かしこまりました。それでは失礼します」
丁寧に頭を下げて、シファと呼ばれたギルド員が部屋から出ていく。
それと同時に室内に遮音結界が張られたのを、厳也は見逃していなかった。
「さて、それでは話をすすめようかのう。私はこのブラウヴァルト魔術師ギルドのギルドマスターを務めているラシュクーレという。今後も付き合いがありそうじゃからよろしく頼むぞ」
「そうですなぁ。十六夜厳也じゃ、よろしく頼むぞ」
そう告げて握手をする。その瞬間、厳也の体内に何かが入り込みそうになったのだが、すべて体表ではじいてしまう。
それが『対人鑑定魔術』である事は瞬時に見抜いたので、握手を終えてから厳也はニイッと笑った。
「中々いたずらが好きなババアですなぁ。それで、魔法薬の件はどうするのですか?」
「ヒッヒッヒッヒッヒッ。これは手強いのう。全てまとめて売ってもらいたい。エリクサーについては価値が計り知れぬのだが、そちらの言い値で買い取ろうではないか。済まないが全て並べてもらえるかのう?」
「それは構わぬが」
すぐにテーブルに魔法薬を並べる厳也。するとラシュクーレは一つ一つ手に取って鑑定する。
「製作者はストレイ、調合レシピはマチュア・ミナセと出ているのう。エリクサーの原材料は世界樹の葉とアンブロシアの花弁、そして魔法純水の三つ‥‥カナンから持ってきたという事、これを作ったのが誰なのかも、すべて理解出来た。そしてこれを持ってきたお前さんはそういう事でいいのだな?」
「察しのいいばあさんじゃなあ。そういう事だ。で、買うのか?」
「当然‥‥といいたいところじゃが、先客はそっちのアルフォード達じゃろ? どうするのかな?」
ラシュクーレはすぐさま話をアルフォードに振る。するとアルフォードはその場で完全に硬直している。
伝説級の魔法薬がずらりと並んでいる。
そのうちの一本を手に入れるだけでも、転売すれば莫大な財産が手に入る。 ゴクッと喉がなるのだが、アルフォードはキッ、と表情をきつくして一言。
「ここにある薬ではない、一般の魔法薬を売って欲しいのですが」
「お、そうくるか。ならこっちだな」
厳也はすぐに別の魔法薬を取り出す。
中身は中級万能魔法薬であり、ある程度の怪我の回復、失った部位一部の弱再生、病気の快復などが効能である。
これだけでもかなりのものだが、万能薬などは一般には出回っていないので価値は不明である。
「これは?」
「アルフォードの仲間の回復には使える薬だ。まあ、多少は値は張るが、最初の約束通り一本金貨5枚でいい」
そう説明していると、ラシュクーレがひょいと中級万能魔法薬を手に取って鑑定する。
「中級の万能薬か。まともに買ったら一本白金貨1枚というところじゃなぁ‥‥お前さん、本当に欲がないのう‥‥どうじゃアルフォード、これを売ってもらってから、うちに卸さないか?」
「そ、それは‥‥お断りします。それだと厳也さんの優しさを踏みにじる事になるので。では、それでお願いします」
そう告げて、アルフォードは懐から財布を取り出すと、ジャラッと金貨25枚を取り出して厳也に手渡す。それで交渉成立ということで、厳也も中級万能魔法薬を5本、アルフォードに手渡した。
「さて、それじゃあここからが本当の交渉じゃな。厳也殿、さっきの5本の魔法薬、あれは売り物か?」
「まさか。いくらこの国が鎖国して魔法薬やその材料を国外に売らなくなっても、ラグナ・マリア帝国は盤石の備えを持っていますと忠告しに来ただけですから。まあ、さっきの5本はさすがに市井に売る気はないですが、それぐらいの技術も材料もカナンにはある。という事をミナセ女王が申しておりましたので」
「ほっほっほっ。その言い方だと、明らかに宣戦布告にも取れるが‥‥うちの女王は亜神とハイエルフのハーフであるぞ、敵うとでも思っているのか?」
「カナンには世界樹があります。そして過去に失った古代魔術の全てがね。その意味はギルドマスターならご理解いただけるかと」
そこまで告げて厳也は口を閉ざす。そしてラクシューレもまた、腕を組んでフゥムと考えてしまう。
「よかろう。ならばその5本の魔法薬は、わしから女王に差し出すとしよう」
「あ、それなら売る気はないので。あんな強欲女王になど、一本も売る気はないでござるよ。そうですなぁ‥‥瓶に1/5ほど分けてあげる故、宮廷魔導士殿にでも鑑定してもらえばご理解いただけるかと」
そう告げて、別に取り出した小瓶に1/5ずつ分けて差し出す。それを受け取ったラクシューレはすぐに鑑定するが、この量では効果は不十分であると表示されたのを確認して、ウンウンと頷いている。
「では、この話はこれでおしまいという事でよいですかな?」
「そうじゃな。厳也殿はここに来て魔法薬の鑑定を行った、そしてそれを魔術師ギルトが研究用として購入した。その体でよいじゃろうて」
コトッと白金貨を一枚机に置くラクシューレ。厳也はそれを頷きながら受け取ると、ついでにギルドに領収書代わりの証文を書いてもらった。
これで正式な売買は完了となり、厳也の手には先程の完全な魔法薬は残っていない事になる。
「さて、厳也殿はいつとまで滞在予定で?」
「仕事が終われば‥‥ですなぁ。拙者は商人、仕入れが終わらないと帰るに帰れないでござるよ」
「ヒッヒッヒッ。また困った事があったらいつでもここに来なさい。そうそう、厳也殿が来たという連絡は、商人ギルドにも伝えておくのでな」
「よろしく頼むでござる。まあ、ラクシューレ殿なら、お約束事はご理解いただいているかと思うゆえ」
「商人ギルド総括のマーシャル・クロウとは同期でな。心配ご無用じゃよ」
その名前が出て、厳也はほっとした。
このババァ、かなり色々な所ににコネ持っているなぁと改めて感心してしまう。
そして隣で座って呆然としているアルフォードとエリーゼがそろそろ限界のようなので、厳也は二人を連れて一旦裏口から逃げるように出て行った。
〇 〇 〇 〇 〇
翌日早朝、ブラウヴァルト森林王国王城
ラクシューレは朝一番で王城にやってくると、すぐに宮廷魔導士である知人のサクリス・ショコラータとの謁見を申し込んだ。
本来ならば厳しい審査があるのだが、相手が魔術師ギルドのギルドマスターという事ですんなりと入城し、すぐさまサクリスの執務室まで案内された。
「ラクシューレ殿、こんな朝早くに来るとは、何か急ぎの用事でもあるのか?」
「ああ。この件については他言無用で頼むぞ。とにかく国の一大事にも繋がる事じゃて、事は慎重に対処してもらわねばと思ってのう‥‥」
そう告げると、ラクシューレはテーブルの上に5本の魔法薬の小瓶を並べた。
どれも淡い魔力光を発しているで、サクリスも興味津々である。
「お前さん、鑑定の魔術は使えるか?」
「カナンの魔導女王が広めたやつならな。これを鑑定しろというのか?」
「うむ」
そう告げられて、サクリスは静かに詠唱を始める。
秘薬代わりの触媒となる胸元のペンダントがゆっくりと輝き、そこに付与されている魔力が少し失われると、すぐに魔術は完成した。
そして小瓶を一つ一つ手に取るとサクリスは、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁと深いため息をついて椅子の背もたれに崩れていく。
「カナンの魔法薬か。こんなものがほいほいと出回ったら、それこそブラウヴァルト森林王国は大打撃ではないか」
「うむ。それでなくとも魔導具の開発についても我が国の錬金術師ギルド以外には不可能といわれいてたが、カナン魔導連邦が出来てからは、あの国こそ魔導具開発の第一国となってしまったじゃろう。そして今回の魔法薬の輸出禁止政策が出るとなると、すぐにカナンでは魔法薬の開発が始まった。しかも原料は世界樹‥‥これは、このままあの国と争っていては勝ち目がないと思わぬか?」
そう進言されると、サクリスも頭に手を当てて考えてしまう。
そもそもブラウヴァルト森林王国はコキリコ女王自らが統治する魔法国家、その地下に眠っている古代魔法王国の遺跡を発掘し解析し、その技術を売り物として他国に追従出来ない体制を整えて来た国である。
だが、カナン魔導王国の建国によりその地盤は大きく崩れた。
古代魔法王国の技術を全て無視した斬新な魔導具開発、ゴーレム技術の解読とその量産化、その直線の上にゴーレムホースもあったのだが、実験的に購入したゴーレムホースはその解読の最中に突然塵となって消えてしまっていた。
他国に一切の技術を公開しない独創的なスタンスで、カナンはこの大陸で魔導国家にふさわしい地位を確立した。
だが、それでも不可能なものがあった。
それが魔法薬の精製である。
既にカナン魔導商会ではアハツェンとマチュアがその技術については解読したのだが、材料だけはブラウヴァルト森林王国にしか自生していない。
それが何か? まさかの世界樹の発見、そして魔法薬の材料の自生場所の発見。その上でこんなもの出来ましたよーといわんばかりの、目の前のサンプルである。
現在のブラウヴァルト森林王国の錬金術師ギルドでは、ここまで効果の高い魔法薬の精製は不可能。せいぜいが病気を癒す薬や外傷を癒す薬、再生能力を高める代謝薬などが関の山である。
それでも、これは冒険者には売れるという事で、かなり高額な値段で魔法薬を売っていた。
そのツケが、ここに来て回ってきたのである。
「‥‥これは何処のだれが持ってきた?」
「カナンの馴染み亭商会の商人じゃよ。路銀が足りないので魔法薬を買って欲しいと言われてな、しかしこんな効果の魔法薬など、国庫をひっくり返さんと支払えまい。という事で、サンプルに分けてもらったのじゃよ‥‥まあ、完品ではないので効果は期待出来ぬが、それでも欲しいという輩は大勢いるじゃろうなぁ‥‥」
「‥‥事は緊急性が高いか。陛下にこの件は進言して構わないのだな?」
「むしろ急いだ方がいい。我が国が鎖国してすぐに、これの劣化版の魔法薬が出回っているらしいからのう‥‥あの国の量産能力を考えれば、いずれ我が国の魔法薬は売れなくなってしまうかもしれぬぞ。効果も低くて値段の高い薬など、誰も買わないじゃろうからなぁ」
それで話は終わった。
ラクシューレは王城を後にし、サクリスもまた女王の元へと急ぎ駆けて行った。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






