世界樹騒動・その1・ハイエルフの憂鬱
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
ストームとシルヴィー、カレンが結婚して一か月後。
お祭り気分だった帝国全土はいつもの静けさに戻り、いつもののんびりとした、争いのそれ程ない日常を送っていた。
そんなある日の事。
「‥‥ブラウヴァルト森林王国が鎖国するだと?」
ラグナ・マリア帝国王都ラグナ王城にて、ケルビム皇帝は目の前のハイエルフの使者に対して受け取った書状に目を通してからそう問い掛けた。
「はい。正確にはラグナ・マリア帝国及びその近隣諸国に対してですね。今後我が国は、隣国であるソラリス連邦王国とのみ正式な国交を行う事になりましたので」
「それは、移動商人についても同じ事なのかな?」
「今まで我が国で取り扱っていた魔法薬、及びそれらの原料は全て国外持ち出し禁止となります。正式に国交を行っているソラリス連邦の、それもとある商家にしか卸す事はありません。ですので、もし今まで通りに魔法薬を必要とするのであれば、そちらからの購入を考えていただきたいとの女王からの通達でございます」
淡々と説明をする使者。
そしてケルビムも顎に手を当ててフゥムと考えています。
このウィル大陸においての魔法薬の精製については、各国にある魔術師ギルドもしくは錬金術師ギルドが中心となって行っていた。
そもそも魔法薬は古代魔法王国クルーラーの秘術であり、それをブラウヴァルト森林王国のハイエルフ達が解析し、現代に蘇らせたものである。
それらに使用される秘薬や製造方法などは全て錬金術師ギルドにて管理されており、その責任者も全てブラウヴァルト森林王国から派遣されたハイエルフの錬金術師が任命されている。
一部それらの知識が魔術師ギルドにも流れていたものの、必要な秘薬を購入する為には錬金術師ギルドを通す必要があり、しかも高額であった為に一般に広がることはなかった。
。
そもそも秘薬自体がとても貴重なものである事に付け加えて、ブラウヴァルト森林王国でしか自生出来ない貴重な植物を用いる必要があり、この魔法薬の製造権利を握っている事で、かなり強気な交易で発展を遂げている。
「しかし、突然な申し出だな。魔法薬の流通が滞ってしまえば、冒険者達の命も危険となるのは理解していないのか?」
「それはそちらの都合で。では、この件、確かに通達しましたので」
「‥‥世界樹の一件か?」
そう問われて使者の耳がピクッと動く。
いくら冷静さを装っていても、感情が現れてしまうのは仕方のない事。
それがハイエルフの場合は耳に出てしまう。
「さあ? 我らが女王陛下は寛大なお方です。その事を踏まえて、改めてこちらの国の『ハイエルフの女王』が謝罪し、すみやかに世界樹を返還するのなら、このような事態はすぐに解決するのではないでしょうか‥‥では失礼します」
そう告げて、使者は静かに謁見の間から出ていく。
「はぁ~。一難去ってまた一難か。儂は出かける、護衛を二人付けてくれ」
「はつ、かしこまりました」
傍らに立つ宰相にそれだけを告げると、ケルビムは玉座を立って奥へと下がって行った。
‥‥‥
‥‥
‥
「それで、何で皇帝がうちの店のベランダ席でご飯食べているのかなぁ」
昼下がりのカナン魔導連邦。
ご存知馴染み亭のいつもの指定席で、マチュアはのんびりと昼ご飯を食べている頃であった。
その向かいには、ケルビム皇帝が座って、のんびりと卵サンドを美味しそうに食べている。
「昼食はついでだな。あ、心配しなくても、この店の食事については毒見不要とのお達しが出ているからの。それよりも、先に頼んだドラゴン肉のソテーがまだなのだが」
「あ‥‥それは私しか材料もってないわ、仕方ないなぁ‥‥ちょっと待っててよ」
そう告げてマチュアはコックコートに着替えて厨房に入っていく。
そして20分後にしっかりとケルビムと護衛、そして自分の分のステーキセットを手にベランダ席に戻って来た。
「おお、すまないな‥‥」
「別に構わないわよ。それで、まさかお昼ご飯食べに来ただけなんて言わないよね? それだったら他国の国王とかも一緒にいる筈だから」
「ああ、食べながら話を進めよう‥‥ブラウヴァルト森林王国が鎖国を宣言した」
モグモグとステーキを嬉しそうに食べつつ、ケルビムが話を切り出す。そしてマチュアもその一言を聞いた瞬間、テーブル付近に『遮音結界』を施した。
どう聞いてもその先の話は他言していいものではない。それを知っていて、そしてマチュアが結界を施すであろう事を見越した上でケルビムはマチュアに話を切り出したのである。
「ハイエルフの国だよねぇ。そりゃまたこのご時世に鎖国とは、ハイエルフ滅びる気満々かよ」
「それで、魔法薬の流通が止まる。再開してほしければ、マチュアが頭を下げて、世界樹を返してくれたら考えると」
「‥‥それならいいわ、再開させなくて結構。現状出回っているポーションよりも質のいい魔法薬をうちの国で開発するから」
「出来るのか?」
「さあ? ちょっと調べてみるわよ」
それだけを告げてマチュアは魔導書を換装する。
すぐさま巻末の索引のページを捲って魔法薬などの精製方法を検索すると、確かに様々な調合パターンが記されていた。
「ふむふむふむ‥‥ありゃ、これはうちでも厳しいなぁ。材料のいくつかはブラウヴァルト森林王国からの輸入だ‥‥」
「やはりか。錬金術師ギルドからは材料を入手する事も出来なくなる。そうなると、今出回っている魔法薬とその材料が切れると、もう作る事は出来ないのか‥‥」
やや落胆するケルビム。だが、マチュアは調合パターンの中でいくつか可能なものを探し出す。
「‥‥ちょっと実験してみない事には何とも。だけど、何とかなる可能性もあるよ‥‥カナン魔導商会謹製魔法薬になりそうだけど、今までの魔法薬の仕入れ値で卸してあげるわ」
「出来るのか?」
「ん~、やってみて駄目だったら別の方法を考えてみるよ。でも、こんな事もあろうかと、うちにある世界樹の周辺の畑で、ブラウヴァルト森林王国に自生している薬草だって栽培してあるからねぇ」
「そうかそうか‥‥しかし、相変わらずだな」
「切り札は常に用意しておく。何かあった時にすぐに対処できなくて、どうして帝国の賢者を名乗れますかってね」
そこから先はただの談笑。のんびりとした食事をとってから、ケルビムは二階の転移門で王都ラグナへと戻って行く。
そしてマチュアも出掛ける用意をすると、二階から転移して行った。
‥‥‥
‥‥
‥
自律飛行型補給船ラピュータ内、中央管制室
現在のラピュータの責任者であるメルヴィラーとストレイの二人は、いつものように結界を突破してやって来た冒険者の対応を楽しんでいる。
入口となる島の地表にある洞窟から一歩踏み込むと、そこから強制転移で中央ドームの中に作られた隔離空間へと飛ばされる。
そして破壊不可能な立体積層構造として作られた人工ダンジョンに冒険者達をいざなうと、そこに自然発生したモンスターとの戦いや宝箱の回収を楽しんでもらっている。
尚、この人工ダンジョンはマチュアがアレクトー辺境伯領にある『タルタロスの迷宮』に住んでいるダンジョンコアから分けてもらったものが設置されている。
つまり放っておいても勝手に成長してくれる優れものであり、メルヴィラー達の手をあまり煩わせない造りとなっていた。
そのラピュータ中央ドーム内にある世界樹。
その麓に転移したマチュアは、すぐさま周囲に生えている植物を視認によって鑑定しているところであった。
「あ~、あかんあかん。この辺りの材料だと、伝説級の薬がゴロゴロ出来てしまうわ。これを濃度を薄めたとして‥‥ふむふむ」
空間収納から取り出したテーブルセットとティーセット、そこに腰かけて魔導書を開いて採取した植物を調べている。
傍らでは、ポイポイがあちこちから採取してきた様々な植物を仕分けしており、なぜかストレイ教授もどこから持ってきたのか調剤道具を広げて魔法薬を作り始めている。
「おおおおお‥‥こ、これはエリクサーではないか、生きている限りいかなる傷も病も、そして魔法による呪いなども一瞬で解呪してしまうすぐれもの‥‥こんなにあっさりと作れるとはのう」
「そりゃそうだ。ストレイ教授、暇ならこっちのレシピも試してみてよ」
鍋に魔法で生み出した純水と世界樹の葉、アンブロシアの花弁を放り込んで煮詰めただけ。
ただそれだけでエリクサーは完成する。
調合方法を知らない錬金術師達は頭を抱えそうであるが、そもそもこの材料が手に入らないので調合不可能。ただ薬草の薬効成分を煮詰めたり抽出するだけで出来るとは、現代の錬金術師には理解出来ないだろう。
マチュアから受け取ったメモを見て、ポイポイの仕分けた薬草から必要な種類の薬草を持って行く。
ストレイは薬研で葉をゴリゴリと潰したり、煮出したりと色々大忙しである。
まあ、一番簡単な魔法薬のレシピが、薬草を煮出すだけというおおざっぱなものである事にはストレイも苦笑するしかないのだが。
「んんん~。そうか。そもそもこの辺りの薬草って、世界樹からあふれている『光魔力』を吸収できるから自生できるのか。それがない土地では自生も難しいと‥‥お、ブラウヴァルト森林王国には元々世界樹があって、一部の森にはクルーラーの加護が残っているから自生出来ると‥‥おお、面白いなぁ」
「マチュアさーん。光魔力って何っぽい?」
「あ、光魔力とは、かつての魔導士達にとって必要な魔力の元じゃよ。魔力素と人間は呼んでおったはずじゃな。それも世界樹が滅んで枯渇してからは、魔晶石に宿っている魔障を媒体に魔術を行使出来るように進化したのじゃ」
「へぇ。なら、ここでは光魔力が溢れているので、強い魔法が使えるっぽぃ?」
そうストレイに告げてから、ポイポイは立ち上がって懐から巻物を取り出す。
そして静かに意識を集中して掌に炎を生み出そうとして‥‥。
──ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
大きさこそいつもの炎だが、その色は空色に近い青白。15000℃を超える熱量が生み出されている。
「ふ、ふぁぁぁぁぁぁぁ」
「惚けていないでとっとと消しなさいよ‥‥今何の魔術使ったのよ」
「灯火っぽいけど、アフターバーナーになったっぽい」
「ちゃうわ、白色矮星レベルの超高温よ、とっとと消しなさい」
──プスッ
すぐさま灯火を消す。魔術的結界によって熱量が周囲に溢れないのが灯火の利点であるが、もし違う魔術なら一瞬でこの辺りは消滅しているレベルである。
「ポイポイさんや、この辺りで攻撃魔術の使用は禁止ね。今ので分かったでしょ?」
「り、理解したっぽいよ」
「それがいいじゃろうなぁ。と、マチュア殿、これが完成した魔法薬じゃが、何かしょぼいぞ。市販されている奴と寸分変わらぬではないか」
「それを一発で作れるストレイ教授がすごいわよ。私としては、ここにある材料で市販レベルに落としたものを作って売りたかったのに‥‥何でこうも、簡単に作るかなぁ」
完成した魔法薬を受け取って鑑定してみる。すると、確かに市販のものと寸分違わないしょぼさが滲み出している。
「必死に魔法薬を研究していたアハツェンがかわいそうに見えるけど、あれだって錬金術師ギルドから材料買っていたからなぁ。グランドカナンで栽培しようとして失敗したって言っていたからなぁ」
「それで、マチュアさんはこれを売るっぽい?」
「ん~売る。ストレイ教授、これってここで量産できる?」
別の薬の調合を始めたストレイに問いかけると、ストレイは手を止めて考え始める。
実際に量産するとなると専用の施設が必要となる。が、このラピュータには広大な土地があり、その気になればいくらでも作る事が出来る。
問題は、そこで働く人間が足りない事。
この場所は秘匿されているため、一般の人間を雇うなど不可能。ということは、ここに自由に出入りする事の出来る人間のみとなり、幻影騎士団以外にはここに来る事は出来ない。
「濃度の高いものを作って、カナンで薄めるというのは? それなら難しくはないが‥‥原液程度の生産なら儂一人で充分じゃが」
「それで頼める? この辺りに適当に建物作っていいから」
「承知したぞ。毎日冒険者の相手で退屈しておったから、こんな暇つぶしが出来るとメルヴィラーも喜ぶじゃろうて」
「よし、そうとわかったらいくつか面白い魔法薬を作りますか。ポイポイさん、ここの分だと足りないからもっともっと材料採取してきて?」
「了解っぽーーーい」
その後はとにかく魔法薬製造祭りとなった。
使えるもの、使えないものをしっかりと区分し、使えるものは高濃度の原液を作り出す。
それらはストレイが主導で開発し、マチュアはただひたすら出来た魔法薬を鑑定し続けていた。
そして一週間後、ブラウヴァルト森林王国の鎖国が大々的に宣言され、ラグナ・マリア帝国領域内にある錬金術師ギルドが閉鎖されていく。
市井に流通している森林王国製ポーションはたちまち枯渇し、高値が付き始めた所で。
「カナン魔導連邦製魔法薬ですよー。値段は今まで通り、しかも状態によって使い分けられる5段階の魔法薬がありますよー」
カナンから大量の魔法薬が流通し始める。
これによりもほんの一瞬だけ高騰していた魔法薬の価格はいつも通りに戻り、人々の間にはそれ程混乱は起こらなかったという。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






