魔王復活・その20・本当に化け物でした
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
場所は変わって和国。
安土城・城内にある広間の一つで、レイフェは呂布と共に訓練に勤しんでいた。
実践的訓練を行うには、二人にとってはこの広間は狭すぎる。
かといって中庭などで手合わせしようものならば、他の武士たちの士気が音を立てて崩れていくし、何より周囲の建物に対しての被害も考えなくてはならない。
魔族と亜神の手合わせとは、そういうものである。
それゆえ、二人は静かな広間で、大勢の観衆の見守る中で稽古をつけているのであるが。
──パチン
「詰みですな」
「へ? あ、あ~、ここか。ここが悪手だったのかぁ」
「ああ。ここに来る前にここに猛豹を打っておけば、こうはならなかったはず。ここの読み違いが死手だったな。まだまだ修行が足りないぞ」
「へぇ。そんな手が‥‥ああ、そうかそうか、ここは返車を鯨睨になるんじゃなくて、こっちの麒麟を進めておけばよかったんだ」
「それもいい手だが、そうなると左の鳳凰が死ぬだろう。つまりここに横行を打たなくては、やはり詰むのに変わりはない。レイフェは攻め一辺倒で守りについてはあまり考えていないからだ」
「むぅぅぅぅ。そんなこと言ったって‥‥って、次は誰がやる? 藤吉郎さん?」
傍らで二人の『鎌倉大将棋』を見ていた藤吉郎にレイフェが話を振る。すると、藤吉郎も腕をぐるぐると回してレイフェと入れ替わった。
こんな感じで、戦の匂いがしなくなったここ最近は、軍議と称して武士達も鎌倉大将棋で盛り上がっている。
ちなみに現代日本の本将棋とはかなり異なり、例えば金将は成ると飛車に変わったりするので、現代人がルールを覚えるには最初はかなり戸惑うであろう。
もっとも、藤吉郎たち和国の人間にとってはこの鎌倉大将棋が基本なので、それほど困る様子もない。
むしろ他国の人間である呂布とレイフェがルールを覚えるのに一苦労していたようである。
「ほう、将棋とは、ずいぶんとお前達も暇なのじゃな」
突然ふすまを開いて信長が姿を現すと、将棋盤を囲んでいる一同を見て呆れた声を出す。
するとレイフェと呂布以外のその場にいた者達は全員平伏するが、レイフェ達はそのまま頭を上げたままで信長を見た。
「こ、これ、レイフェ殿と呂布殿、御館様の前で頭が高いですよ」
「よい蘭丸。二人にとっての主君は儂ではない。それに二人は客人にして友である。二人の無礼講実に構わぬからな」
「御意です‥‥という事です」
すぐさま二人を諫めようとする蘭丸を、信長は逆に優しく諫める。
このやり取りで、その場の緊張した空気がガラッと変わり、レイフェ達二人以外の武士達もほっと胸を撫で下ろした。
「それで、ノッブは今日は何の用事ですか? 今は藤吉郎さんと呂布の戦いですよ? 順番待ちなら後二人ですよ。見学は自由ですが勝負に対して声を出してはいけません」
「こ、これレイフェ。別にワシの事はいい、御館様が望むならこの藤吉郎、順番を替わるわるぐらい造作もございませんぞ」
「へ? そうなの?」
キョトンとした顔で信長を見るレイフェだが、信長は呆れた声を出す。
「いや、順番を守るのは大切な事。俺は権力を笠に着て順番を譲らせるような事はしない、そういう事だから、藤吉郎はそのまま続けよ」
「は、はいっ!! では呂布殿、参りますぞ」
すぐさま将棋に戻る藤吉郎。すると信長がレイフェに近くに歩み寄って、近くにドン、と座る。
それを察してか、レイフェもすぐに空間収納から3kg入り業務用ティラミスを取り出すと、それをケースごと信長に差し出した。
「南蛮渡来‥‥というか転移門の向こうの菓子でございます。あまり食べ過ぎると太りますゆえ‥‥一日一パックで」
「忝いな。こればかりは和国では食べられなくてのう‥‥レイフェよ、我はストームのように突っ込まぬぞ」
「くっ‥‥そこはこんなに食べられるか戯け!! ではないのですか。まあ、ようやく私の空間収納もマチュア師父と繋げて貰えましたので。あまり勝手に出し入れしたらダメって言われていますので、数は制限しますよ」
「それはいい。マチュア殿が帰ってからは、どうも甘いものを食べても物足りなくてなぁ」
──ゴクッ
すると、誰となく喉が鳴る音が聞こえる。
ならばとレイフェは空間収納からティラミスやケーキなどの洋菓子を取り出すと、蘭丸に差し出した。
そして信長も受け取ったティラミスが多すぎるので、それも蘭丸に差し出す。
「蘭丸さま、これを他の方にも分けていただけますか?」
「儂のもだ。これは一人で食べるには多過ぎる」
「かしこまりました、誰かいないか?」
パンパンと手をたたいて女中を呼ぶ蘭丸。すぐにやってきた女中にケーキとティラミスを手渡して分けて持ってくるように告げると、女中もまたゴクッとのどを鳴らしつつ奥へと戻って行った。
「しかし‥‥レイフェよ、なんで蘭丸や藤吉郎には様をつけているのに、俺はノッブなんだ?」
「マチュア師父がそう呼んでいたから。ノッブというのは、マチュア師父が信長公を呼ぶ際の最大の敬意だって言ってたよ」
嘘です。
マチュアは少し型月マニアなだけです。
「そうか。異国の文化はよくわからんからなぁ。と、そうそう、ここに来た本当の用事は、レイフェに会いたいという人がいるのだが、会ってくれるか?」
「ん? 誰?」
「武蔵国の無量寿寺北院に所属している僧侶でな、名を天海という。儂と同じ魔族で、今は朝廷の元に身を寄せているのだが、先日の本能寺の件を報告したところ、レイフェに会ってみたいと話してのう‥‥どうだ?」
天海といわれてもレイフェには判らない。
もしもここにマチュアがいたら一言Noと言って断るレベルである。
明らかに自分を政治利用する気満々とマチュアなら判断するから。
だが、レイフェはそんな知識を持っていない。
天海といってもよくわからず、ただ信長に頼まれたという事で素直に頭を下げてしまう。
「いいよ、それでいつ会うの?」
「明日、天海僧正自ら安土城に来る。その時に色々と異国の話を聞きたいそうだが」
「おけおけ。どうせ私は城の中を散歩しているか城下町で散歩しているだけだから」
「そうか、ではまた明日、天海が来たら呼ぶのでそのように‥‥」
そう告げてから、信長は立ち上がって広間を後にする。
それと入れ替わりに女中たちがケーキを持ってきたので、広間はスイーツパーティーの会場となってしまった。
〇 〇 〇 〇 〇
草木も眠る丑三つ時。
無量寿寺北院の天海私室、既に眠りについた天海の枕元に、小さなネズミが姿を現す。
それは周囲を伺ってから、天海に向かってゆっくりと語りかける。
『お久しぶり天海ちゃん、そろそろ動く時よ?』
──ガバッ
その声に、天海は慌てて布団から飛び上がる。
外見は既に80は超えているであろう老人・天海。
それが全身に汗をかきながら、声のする方を見る。
「まさか、リアム様でしたか。実にお久しぶりです。お声がすると言うことは、勇者の封印が解かれましたか」
「正確には、破壊神の封印ね。これでまた人間界を制圧できるかと思ったのに、何か邪魔が入っているのよ……もう董卓と曹操は殺されるし、魯粛は行方不明になるしで、エルコーン様もたいそう御立腹なのよ」
まさか自らの師である淫魔・リアムの声が聞けるとは天海も思っていなかった。
今の彼は朝廷に仕え、この和国を影から支配する事を目論んでいた。
既に正親町天皇は天海の手により自在に操れる傀儡となっている。後は一番邪魔な存在の織田信長を籠絡すればおしまい。
その段取りを一つずつ積み上げてきた最中の、リアムからの連絡である。
「それは大層お困りのようで。さて、この天海に声が掛かったという事は、私の住まう和国の魔装兵器を回収せよと?」
「和国には確か不動行光があったわよね。それ、何とかなるかしら?」
「恐れながら、既に第六天魔王・波旬が封印を解除しております。その後で、不動行光はウィル大陸の剣聖ストームの手に渡りました」
「何それ?」
ネズミから聞こえるリアムの声が、やや不機嫌に感じられる。
「それで天海ちゃんは、不動行光が奪われるのを指を咥えて見ていたのかしら?」
「相手は波旬です。魔術式については魔界随一と呼ばれている存在、そんなものを相手に正面から戦うなど自殺行為に過ぎません。それに、ストームは既に和国を離れております、逆に不動行光の犠牲となる魔族がいないというのは良い事では?」
「まあ、それもそうね。それじゃあ、そのストームのいない和国から制圧しましょ? 直ぐにでも行動を開始してくれるかしら?」
リアムの考え、それは魯粛からの報告にあった剣聖ストームや賢者マチュアのいない和国から、ゆっくりと支配していこうというもの。
人間である二人には、魔族固有の転移術など使えるはずはない、つまり和国が魔族の支配下になった時点で全ては手遅れとなる。
和国を魔族の領土とし、眷属を増やしていけばいずれは世界をも手中に収める事が出来る。
面倒な事は眷属にやらせれば良い。
それが淫魔であるリアムの策。
少なくとも、人間世界の男たちはリアムの『淫の術式』からは逃れるのは難しいだろう。
そしてそれの能力は、眷属である天海にも使うことができる。
「あと少しで、厄介な波旬も取り込む事が出来ます。いくら奴が魔族でも、私の使う隷属術式からは逃れる事は出来ますまい」
「その調子よ。それじゃあ、そっちの作戦については私からは何も言わないわ。貴方はただ、全てが終わった報告をしてくれれば良いからね……それじゃあね」
──ポン
そう言い終えると、ネズミは一瞬で塵となる。
そして天海は額から流れる汗を手ぬぐいで拭うと、障子を開いて縁側に出た。
冷たい風が湿った体に突き刺さるように染み込み、まだ肌寒い空を天海は眺める。
「剣聖ストームのいない和国、厄介なのはあの弟子のレイフェとやらのみ。魔族縛りの術式は人間には抵抗すら不可能、あの少女を使って信長を罠にかかるだけ……」
今一度、策を練る。
今までに作り出した下地に問題はない。
ストームが和国からいなくなったのは蘭丸からも報告を聞いている。
そして天海は布団に戻る。
明日のレイフェの謁見が、彼にとってのターニングポイント。
そして天海は知らない。
蘭丸の本当の主人は織田信長只一人であり、朝廷や天海の術式ごときでは、彼の忠誠心を縛り上げる事など出来なかったという事を。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日、安土城二ノ丸、朱雀の間。
普段は使われない絢爛豪華な一室、信長でもこの部屋を使うのは朝廷からの使者が来た時のみ。
その部屋に案内された天海は上座に座らせられ、レイフェがやって来るのをじっと待っていた。
(蘭丸の話では、レイフェはかなり聡明な女性剣士と聞きましたから。最悪でも、この、私の『淫の術式』で支配は可能……)
淫魔の弟子はやはり淫魔。
サキュバスであるリアムの弟子・天海はインキュバス。
女性を性の虜とすることなど実に容易い。
その目を見て甘く語り掛けるだけで、相手は天海の虜となる。
(まあ、一瞬で片が付きますし、その方が早い……)
──ガラッ
すると、襖が開かれてレイフェが姿を現した。
トラの毛皮のマントを身に纏い、虎の顔のプリントされたヒョウ柄のシャツを着ている。
見方によっては『大阪のおばちゃん』にも見える風体で天海の前に座ると、レイフェはニイッと笑って一言。
「ウィル大陸はラグナ・マリア帝国所属、ベルナー王国女王私設騎士団『幻影騎士団』が第14席、残念なレイフェでございます」
ニイッと笑いつつ、レイフェは頭を下げる。
そのふてぶてしい態度に、天海は思わず目を見張ってしまった。
しかし、その別名は何とかならないのか。
以前にもストームとマチュアが幻影騎士団の別名呼びについていろいろと協議をしていた時、レイフェの二つ名は『双璧』と決まったはずである。
賢者と剣聖の二つの能力を持つレイフェにふさわしい二つ名であるが、なぜかレイフェ自身は『双璧』ではなく誰が名付けたか『残念な』を気に入ってしまっていた。
余談ではあるが、現在の幻影騎士団はこのような形で纏まっていた。
●幻影騎士団
統括・シルヴィー・ラグナマリア・ベルナー
名誉団長・剣聖ストーム
名誉副団長・白銀の賢者マチュア
騎士団長・水晶騎士ウォルフラム
副騎士団長・黄泉送りの斑目
・実働部隊
部隊長、百錬のワイルドターキー
緑の疾風・サイノス
赤き剣刃・ロット
青き竜人・ガイスト(隠密御庭番集にも所属、ストーム付き)
白き双璧のレイフェ(遊撃任務)
・魔導部隊
部隊長、精霊姫ズブロッカ
大魔術師・ミア
英霊魔導師・赤城(異世界大使館所属)
爆炎の精霊使い・メレア
・隠密御庭番集
統括、黒夜叉のポイポイ(マチュア付き)
無音殺人鬼・十四郎(遊撃任務)
無限の矢・フィリア
影使い・十六夜(異世界大使館所属)
・学術部隊
統括、博識のメルヴィラー
魔族学者ストレイ
ざっと見て凄いメンバーであるが、この中に純粋な人間はごくわずか。
これに予備役扱いの蜃気楼旅団から任務ごとに随時加えられて、現在の幻影騎士団は機能している。
そしてレイフェは遊撃班でもあった。
さて、話を戻そう。
ストームとマチュアからは修行も兼ねるなら自由にしていいといわれたので、自分なりに天海に一泡吹かせてみようと考えての、この傾奇者スタイルである。
これには天海も顎が外れそうな程口を開けてしまうが、すぐさま蘭丸が差し出した茶を手に取って一口飲むと、何とか一息つく事が出来た。
(さて、出だしはレイフェとやらの勝ちですか。ですが、貴方が女性である限り、貴方には万が一つも勝ち目はありませんよ?)
心の中で笑いつつ、天海はレイフェと話を始める事にした。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






