魔王復活・その15・天鳥船と董卓と
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
張角が消滅した少し前。
董卓は人間界に残る魔装兵器の最後の一つである方舟・天鳥船を確保すべく、終焉の地であるカナン北方にやって来ていた。
クラフト伯爵領の三つの湖に囲まれた都市・クルフ大湖都市。
その湖の一つクレスト湖上空には、結界に囲まれた浮遊島がある。これはマチュアが発見し支配下に置いている浮遊戦艦シリーズの一つ・自律飛行型補給船ラピュータであり、今もなお内部の解析は幻影騎士団の手によって進められている。
その浮遊島を湖畔から眺めている董卓は、ゆっくりと右手を浮遊島に向かって差し出す。
「さすがは陛下の見つけ出した天鳥船だな。自己修復機能があるとは聞いていたが、ここまで完全な形で発見できるとは思ってもいなかったぞ‥‥さあ、天鳥船よ。今こそ目覚めてこの地を破壊せよ‥‥魔導ゴーレム・アポカリプスよ‥‥」
静かな湖畔に董卓の声が響く。
やがてその声に導かれ、浮遊島から『七つの頭を持つ竜』が姿を現すはずであった。
だが、浮遊島は何も反応を示さない。
ただ静かに沈黙し、時折機器が精霊光を瞬かせているだけであった。
これには董卓も動揺の色を隠せない。
かつて董卓の支配下として与えられていた浮遊島の起動鍵、それは既に失われてしまっているものの、未だ外部からの制御の為に必要な詠唱祝詞は董卓の知識としてある。それによって浮遊島は今一度目覚める筈であったのだが、うんともすんとも言わないのである。
「な、何故だ? どうして浮遊島は動かない? どうして言う事を聞かないんだ!!」
董卓はザバザバと湖の中に歩み入ると、両手を広げて再度祝詞を告げる。
魔族特有の詠唱、それは人の耳には届く事はないのだが、周囲には静かに染み入るように広がって行く。
だが、それでも浮遊島は沈黙したままであった。
「だってねぇ。今の浮遊島の支配者は魔王エルコーンではなく、我が盟主であるマチュアさまですから‥‥お久しぶりですわ、董卓さま」
ふいに背後から聞こえてきた声。
それは董卓にとっても実に2000年ぶりの配下の声である。
それも、死んだはずの部下の声。
「まさか生きていたのか、メルヴィラー‥‥いや、我が四天王の一人、胡軫よ。我はあの戦いで貴様が浄化されたように見えたが」
「それは私の分身体ですわ。あの後、私は失った肉体の再生に時間が掛かってしまいましたから‥‥それで、董卓さまがここに来たという事は、あの浮遊島が目的ですか?」
「うむ。しかし胡軫がここにいるという事は、貴様もあれが目的であったか‥‥」
「はい。2000年前には、天鳥船については話として聞いていただけでしたし、そもそも私のように下位魔族にはお声が掛かる事もありませんでしたから‥‥」
静かに頭を下げるメルヴィラー。そして董卓もその態度にウンウンと笑みを浮かべている。
「過去はいい。今は魔王エルコーン様の軍を率いる為にあの船が必要なのだ、それで、貴様の盟主とやらは何処にいるのだ? 胡軫の事だ、うまく取り入ってあの船を手に入れたのだろう?」
「我が盟主はここにはいらっしゃいませんわ。私はあの船の全権を委任されてここにいますので」
──パン!!
その言葉で充分である。
董卓は手を叩いて歓喜すると、メルヴィラーの近くへと歩み寄る。
「でかしたぞ。それでこそ我が配下である。早速だが、起動鍵を渡してもらおうか」
スッと手を差し出す董卓だが、メルヴィラーはその手を眺めているだけである。
「何故、私があなたのような下等な魔族の言う事を聞かなくてはならないのですか?」
侮蔑の笑みを浮かべて董卓に告げるメルヴィラー。それには董卓も立ち止まって彼女を睨み付ける。
「今、何と言った?」
「下等な魔族、と申しましたわ。董卓、私はあなたの配下ではありません。我が盟主はマチュアさま、我が所属は幻影騎士団。我が任務は全ての箱舟の管理と解析ですわ‥‥ああ、今更あなた達のような下衆な存在に手を貸す事などありませんので」
自身の言葉に酔いしれるメルヴィラー。
左右の上腕を抱きしめるように掴むと、ゾクゾクッと恍惚の笑みを浮かべている。
「‥‥堕ちたか。なら貴様は必要ない、ここで灰塵に帰してくれるわ!!」
素早く腰の剣を引き抜くと、メルヴィラーに向かって素早く切り掛かる。
だが、その手前にスッと姿を表した老人が、その一撃を容易く受け流していた。
──キン
メルヴィラーの前に現れたのは幻影騎士団の斑目ただ一人。
そして董卓の振り落とした剣あっさりと払うと、そのまま董卓の背後に移動した。
「き、貴様は何者だ?」
「拙者か。名は斑目、幻影騎士団では『大剣豪・斑目』の名を授かっている。本来ならば生け捕りにして色々と聞きたかったのだが、加減が難しくてのう」
董卓に振り返りつつ、斑目は手にした刀を腰の鞘に納める。
「な、何だ? この場で武器を収めるとは正気か? まあいい、ごちゃごちゃいわずに死ね!!」
叫びつつ董卓が斑目に向かって切り掛かる。だが、斑目はそれを何なく躱すと、再び手にした刀を鞘に納めた。
「ふん、一体いつのまに抜いていたんだ? そしてまた収めるとは‥‥」
再び董卓が斑目を切り付ける。だが、やはり斑目の動きを捉える事は出来ず、斑目は躱す度に手にした刀を鞘に納めた。
そして7度目の納刀を終えて、董卓に向き直すと。
「さて、これでお終いじゃな。秘剣・北辰黄泉送り‥‥これにて終わりじゃ」
「ふん、貴様が何を言っているのか全くわからないな‥‥それに、死ぬのは貴様だっ!!」
再び剣を手に切り掛かる董卓。
だが、その刹那董卓の肉体は蒸散し、光になって一瞬で散って行く。
肉体と精神体、その二つを同時に断ち切られ、董卓は一瞬で全ての世界から消滅した。
「ふう。この技だけはまだストーム殿にも伝授しておらぬからなぁ‥‥まさかこの歳になってようやく会得出来るとは思わなかったでござるよ。さて、メルヴィラー殿、そろそろラピュータに戻るとしましょうか」
「あ。あはぁ‥‥あああ‥‥」
にこやかにメルヴィラーに問いかける斑目だが、先程の秘剣の余波によりメルヴィラーの魂も1/3程散り掛かっているのにようやく気が付いた。
「お、こりゃいかん、急いで戻らなくては、マチュア殿、すまんがやり過ぎてしまった、メルヴィラーの魂が消滅してしまう、何とかしてくれぬか!!」
『はぁ? 何やったのよ!!』
「董卓とやらを消滅させたのだが、その余波でメルヴィラー殿も危険なことに」
『何でそうなるかなぁぁぁぁぁぁ。早くラピュータに戻りなさい、私もすぐに向かうから!!』
「う、うむ、つい‥‥な」
その後、ラピュータに戻ったメルヴィラーはマチュアの魔術により無事再生。斑目はやりすぎと叱責されたものの、それ以上のお咎めなしとなった。
但し、一か月間の異世界移動禁止という、『銀富士』ファンの斑目にとっては過酷な罰が与えられたのは言うまでもない。
〇 〇 〇 〇 〇
ラグナ・マリア帝国王都ラグナ
ラグナ王城最上階、六王の間に、その日、全ての六王と白銀の賢者、剣聖、そして先帝が集まっていた。
円卓を囲んでいる六王と皇帝ケルビム、そして窓際のテーブルに賢者と剣聖、先帝が座っている。
「さて、マチュア殿からの報告で、この地に進軍を始めていた魔王の先兵である董卓軍は全滅したとの事だ。今後も警戒を緩める事はないようにという事だが。問題は魔装兵器という魔王軍の兵器についての対処だ」
ケルビムがそう告げると、ミストがスッと手を上げる。
「その魔装兵器ですが、王家にはそれらの文献は残っていないのですか?」
「箱舟についての説明はある。が、それは既にマチュアが回収しているので問題はない。残る三つの魔装兵器こそ問題があると思っている」
「皇帝どの、ちなみにその魔装兵器とはなんなのぢゃ?」
ケルビムの言葉にシルヴィーが問い返す。
「ストームからの報告では、魔装兵器とは全部で6つ存在するらしい。『神魔の瞳』と『不動行光』、『創生の硬筆』、『脱魂の軟筆』、『宝石竜の勾玉』、そして『天鳥船』。マチュアの捕獲した箱舟は天鳥船に当たるらしい」
「全部で6つなら、残りは5つだろう? なぜ三つなんだ?」
ライオネルの問いに一同うなずく。が、これにはストームが口を挟む。
「その中で俺は『不動行光』を所持している。魔王の四天王の一人が『神魔の瞳』を持っているとの情報も確認済みだ。そしてマチュアの天鳥船で三つ目、となると残りは二つの筆と宝石竜の勾玉となるんだが‥‥何か情報ないか?」
そう問われても、六王は頭を捻るだけである。
流石に2000年も昔の話となると、今直ぐこの場でという訳にはいかない。自国の図書館なり書庫をひっくり返す勢いで調べなくてはならない。
「旧ラマダ公国地下の封印にそれらの一つが眠っているらしい。ということでだ、ライオネル、ちょっと俺に付き合え、その封印を開くにはお前の血が必要だ」
「剣聖ストーム、まさかその場で俺を殺す気では?」
「殺す理由がないわ。王家の血のみが封印を開く鍵になる。少しだけ血を寄越してくれば構わない」
「うむ、そういう事なら構わん。しかし血が封印とはまた大層なものだな」
「ああ。少なくとも後二か所、何処かに封印がある筈なんだが」
そう告げられて、シルヴィーが頭を捻る。
どこかで聞いたような見たことあるような?
王家の血で反応する結界?
「‥‥シルヴィー、何か引っかかっているの?」
「ミスト殿、なにかこう、妾は大切なことを忘れているのぢゃが‥‥」
「大切な、ねぇ。それって今の封印の話かしら?」
「う、うむ。それがになんであったのか‥‥血 と封印結界と‥‥おおおおおおおお!!」
そこでシルヴィーは思い出した。
ベルナー王家に伝えられている『越境の鏡』を。
巨大な鏡であるそれは、シルヴィーの血によって虹色に輝き、鏡自体の結界を解除して異世界へとつながる。
実際にその向こうに行ったことはないが、あのベネリのベルナー城侵攻の際には、シルヴィーの血に鏡が反応してその中の『何か』をベネリが狙っていたのである。
つまり、ベネリはそこに何かあるのを知っていた。
ということなら、その鏡こそが『魔装兵器』の封印ではないのか?
「ストーム、妾が殺されかかった時を覚えておるか? あの鏡ぢゃ、あれこそ王家の血によって解放される結界なのではないのか?」
そう話を振られるのだが、ストームは腕を組んでしばし考える。
もしそうなら、またシルヴィーが狙われる。それだけは可能な限り避けなくてはならない。
「という事だ、マチュア、そっちの回収に俺は行くからライオネルの方はマチュアに任せる」
「あ、私がおっさんの同行者なの?私は可愛い女の子の方がいい」
「俺こそおっさんは御免だ。それにシルヴィーは俺の婚約者だ、それを守るのが俺だからな」
「はいはい、なら私がおっさんの相手をしますよ。という事でいいかな?」
「お、お前らなぁぁぁぁぁ。堂々と俺の事をおっさん呼ばわりするのはやめろ!!」
真っ赤な顔で叫ぶライオネルに、その場の一同も爆笑である。
それでも何とか落ち着くと、まずはその二つの結界の確認と可能ならば魔装兵器の回収を行うという事で話はついた。
「では引き続き、残りの結界のあるであろう場所を調べるように‥‥それでは以上だ」
ケルビムの言葉で会議は閉幕する。
そして背後の扉から六王が出ていくと、最後にマチュアとストーム、レックスの三人だけが残っていた。
その三人も、のんびりとティータイムを堪能した後で、部屋から出て行った。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






