魔王復活・その2・魔王と魔族と
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
魔族のカナン辺境国襲撃から一日。
カノン辺境国王城周辺は、未だ瓦礫と煙に包まれている。
巻き込まれた人々はどうにか救助されたものの、死傷者合わせて125名と甚大な被害が出ていた。
大勢の市民や冒険者、建築ギルドなどのギルド員が瓦礫の撤去を開始、秩序の女神パスティの教会からは司祭たちが派遣され被害者の治療に当たっている。
「……しっかし、随分としっかり壊してくれたわねぇ」
瓦礫の山となった王城城壁を眺めつつ、マチュアが呆れたような声を出す。すると、隣で王城を眺めているカナン王も苦笑するしかなかった。
「対魔法城壁をあっさりと破られましたから。もう一度、魔術強度の計算をし直さないとなりません。しかし、私には何故ここが狙われたのか皆目見当がつきませんが」
「そうだよねぇ。今の所、ここを襲った理由はここがラマダ公国だったからなんだよなぁ。首謀者は未だどこにいるか分からないし、一旦情報を集めて来ないとならないかぁ」
「マチュアさまは今回の襲撃について、もう何かを掴んでいるのですね?」
「掴んでいる? ん〜、確定じゃない不確定要素だからなぁ。取り敢えずそれを確定してくるからちょっと待っててね。十四郎とポイポイさんいる?」
──シュタッ
マチュアの呼び掛けに、十四郎が何処からともなく姿を現す。
「マチュアさま、拙者に何か御用で? ポイポイ殿は周辺調査の最中でござるよ」
「そっか。ならポイポイにはそのまま続行って伝えて。十四郎はカナン王の警備を、そして、この街にまた魔族の襲撃があった場合の護りを固めて頂戴」
「はっはっはっ。一人では無理ですなぁ。幻影騎士団かカナン魔導騎士団から人員を確保して欲しいでござるよ?」
「転移門でこっちに十人送ってもらうわ。それと合流して頂戴な」
「了解でござる」
そのままカナン王の影に潜む十四郎。マチュアもすぐにイングリットに連絡を入れ、カナン魔導騎士を10名送ってもらった。
そしてすぐさまサムソンに転移すると、馴染み亭サムソン支店へと向かった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──サムソン辺境国王都・馴染み亭
すっかりサイドチェスト鍛治工房となってしまった馴染み亭。
店内に入ると相変わらずの盛況ぶり、店員であるアーシュ以外にも、三名の店員が忙しそうな接客していた。
まともに店内に入るとまた騒動になると思って、マチュアは一旦厳也にアバターチェンジしてから店内に入る。
そのまま陳列棚を見回りつつ客が少なくなるのをじっと待っていたのだが、店員の一人にあっさりと捕まってしまう。
「いらっしゃいませ。お侍さんは何をお求めですか?」
「お、おおう‥‥そ、そうだ、研ぎを頼みたいのだが」
「研ぎですか? では状態と金額の査定をしますので、その武器を出していただけますか?」
「あ、そ、そうか、ではこれを」
──ドガッ
刃渡り1m50cmの、真紅の刃の両手剣。
マチュア愛刀の『両手剣ザンジバル』をカウンターに置く。すると店員は初めて見る武器に目を白黒するが。
「お客様、そちらの武器は二階で見せて貰えますか?宜しければこちらへどうぞ」
アーシュがマチュアたちの方を見てそう告げる。なのでザンジバルを仕舞って二階にある居間に向かうと、アーシュがマチュアの方を見て呆れた声を出す。
「あのねぇマチュア、裏口という発想はなかったのか? 何で自分の店なのに遠慮してくるかなぁ。それにその変装はなんなのよ? 一瞬誰かと疑っちまったじゃないか」
──シュンッ
そう言われて素早く白銀の賢者モードに戻ると、マチュアもポリポリと頬を掻く。
「あ~裏口なぁ、忘れていたわ。ま、それじゃあちょっとメレス行ってくるわ。最近はメルキオーレは顔出しているの?」
「ここ一週間は来ていないなぁ。何だかメレスも色々と忙しいらしくてな」
「あー、やっぱりかぁ」
その忙しい=魔王復活とマチュアは判断した。
ならばやっぱり直接行った方が早いと判断。
「そっか。なんかメレス七使徒も大変そうだからなぁ。そんじゃまたね」
それだけを告げて、マチュアはすぐに転移門の設置してある部屋からメレスへと向かって行った。
‥‥‥
‥‥
‥
転移門の先は、廃墟でした。
「あっれ?確かメルキオーレの屋敷の転移門に繋いだはずなんだがなぁ。何で廃墟なんだ?」
キョロキョロと周囲を見渡す。
何処となく見覚えのある建材、壊れた装飾、血まみれのメルキオーレの配下たち。
そしてその向こうで、結界を張り巡らせて倒れているメルキオーレの姿。
「ん〜襲撃受けたのか。しかし、死臭というか、全滅ではないようだなぁ」
魔力感知には大勢の反応がある。魔力の大きさから推測するとメルキオーレの修道士たちらしく、マチュアは急ぎ倒れている配下の修道士の元に向かう。
そしてまだ息があるのを確認して治癒の魔術を施すと、その傍らで倒れているメルキオーレの結界に近寄り、忍者の結界中和スキルでス〜ッと結界をすり抜け倒れているメルキオーレに触れる。
「深淵の書庫起動……と。魔障枯渇による昏睡状態ねぇ。生きてはいるが、ただそれだけの存在であると」
そっとメルキオーレの身体に触れて、魔障をゆっくりと注ぐ。
マチュアの魔力を魔障に組み直して注ぐだけなのだが、一度体内から枯渇すると、魔力回路のようなものが全て閉じてしまうので、そこを開きながら注がなくてはならない。
これは血管が血栓で詰まったので、溶かしながら広げるようなものとマチュアは理解している。
大体一時間ほどで体内の魔力回路が細いながらも開いていく。そしてメルキオーレも意識が戻ったらしく、傍で魔障を注いでいるマチュアに気がついた。
「これはマチュアさん……助かりました」
簡潔に問いかける。「やったのは蘇った魔王だな?」
その問いかけに、メルキオーレは目を丸くする。だが、マチュアが全て知っていると考えて、静かに頷いた。
「いえ‥‥魔王ではありません‥‥それよりも魔王軍が‥‥まだ近くにいます‥‥私の子供達を連れて逃げてください」
「子供達? ああ、修道士たちか。それよりもメルキオーレ、あんたも逃げるんだよ」
「まだ、身体が自由に動かないのです。奴らがくる前に、早くお願いします」
メルキオーレの悲痛な叫び。
そして一瞬、マチュアとメルキオーレの頭上を巨大な影が横切る。
──ブワサッ
それは竜であった。
全長20mほどのミドルドラゴン、体色は赤黒く、体表面を覆っている鱗が時折赤黒く輝いている。
「視認……オブシディアンドラゴン?初めて見るぞ」
「魔王軍の配下の竜です……早く」
そう告げると、メルキオーレはまた意識を失った。
そしてオブシディアンドラゴンは高速で天空を飛び跳ねると、マチュア達に向かって一気に急降下してきた。
巨大な前脚の爪を構え、大きく開いた顎の中はプラズマ発光を始めている。
「高出力のレーザーブレスか。ウルルドラゴンのあのブレスよりは軟弱だな」
──キィィィン
大きく開いた顎から、マチュア目掛けて一直線にブレスが吐き出される。だが、マチュアは瞬時に魔神の腕で印を組むと、身体の前方に結界を施した。
──キン
角度をつけた結界に弾かれ、オブシディアンドラゴンのプラズマブレスは上空に飛んでいく。
それを見て怒り心頭のオブシディアンドラゴンは、真っ直ぐにマチュアの頭上をすり抜けようとする。
当然、すり抜けざまに前脚の一撃を忘れていないのだが。
──ガシィィィッ
その攻撃を魔神の腕で受け止め、そのまま前脚を掴んでオブシディアンドラゴンを地面に叩きつける。
慣性の法則を魔力でねじ伏せ、反動も全てオブシディアンドラゴンに指向変換して叩き返す。
絶対に千切れない鎖を地上と胴体に固定された高速で飛んでいく戦闘機のようなものである。
ピン、と張りつめた鎖と慣性により、そのまま大地に叩きつけられていくのである。
──グゥォォォォォォォォッ
絶叫を上げつつ立ち上がるオブシディアンドラゴン。だが、その顔面に魔神の腕の一撃が叩き込まれた時に勝負は決した。
一撃で頭部が吹き飛び、オブシディアンドラゴンは絶命したのである。
「ん〜。ただの亜神モード・神威開放レベル2でこの程度か。思ってたよりも制御は難しくないか」
ゴキゴキと手首を回し、マチュアはオブシディアンドラゴンの死体を空間収納に収める。
そしてかろうじて生き残っていた修道士達とメルキオーレを連れて、一度転移門を超えてサムソンの馴染み亭へと戻っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
メレス辺境・魔王城
かつて封印されていた魔王城。幾重にも施された神々の結界も今は存在せず、長い眠りから覚めた魔王城は周辺の魔障を吸収して活性化を始めていた。
その魔王城の最上階に位置する広間、謁見の間の玉座にて、目覚めた魔王は椅子に座っていた。
濡れたように黒い長髪と金銀の瞳、真っ白い肌と右側頭部より伸びる一本角。
これがジ・アースなら真祖と呼ばれていたであろう。
角の本数こそ悪魔ルナティクスよりも少ないものの、保有する魔力はそれに近しいものがある。
彼の目の前には、魔力によって映し出された外の映像が映し出されていた。魔王を封じていた『破壊神の結界』は消滅し、魔王とともに封じられていたもの達は一人、また一人と眠りから覚めていく。
そして目覚めた魔族は、魔王のもとに挨拶に向かうと、すぐさま魔王城を後にする。
全ては魔王のため、このメレスを、そして地上全てをその手に入れるために。
「クックックッ。我を封じたラグナとマリアも、その封印に手を貸した破壊神ナイアールも今はいない。ならば、今、この私を倒す事が出来る者は存在しない……そうであろうリアム?」
傍に控えているサキュバス型魔族のリアムに問いかける。
すると、リアムは恭しく頭を下げると。
「私の持つ『神魔の瞳』によりますれば。創造神THE・ONESもまた、ナイアールとの戦いで力を失い、眠りについたようです。これより先は、我が主人であるエルコーン様の世界が生まれるのです‥‥ああ、何という歓喜‥‥これぞまさに至福」
背筋をゾグゾクとさせつつ、リアムは恍惚にも似た笑みを浮かべている。
「それで、七使徒の粛清はどうなっている?」
「報告によりますと、暗黒騎士セシル・ファザードはエルコーン様に忠誠を誓いました。抵抗を続けている背徳者メルキオーレはセシルによって討伐。竜人カレラ・ファザードの治めている都市は我が軍によって既に崩壊しております。残りのアーカム、ゼフォン、波旬はメレスに存在しないため手出しができない状態です。なお、ファウストについては情報がないため、現在も手の者に捜索させております」
その報告に、エルコーンは不満はない。
だが、最後の一人であるファウストはすでにストームによって消滅しているため、どれだけ探しても見つかることはないだろう。
やがてエルコーンはすっ、とリアムに手を指し延ばすと、彼女も静かに頷いてエルコーンに近寄っていく。
「まだ時間はかかる。が、それもまた摂理。我々を封ずるものが存在しない以上、焦ることはない。リアム、四天王を招集したまえ‥‥」
その言葉にリアムは静かに頷くと、謁見の間から出て行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
サムソン・馴染み亭横バーベキューコーナー。
メレスから逃れたメルキオーレと修道士達は、熱々の焼肉を頬張っている。
メレスから人間界にやってきた時に、精神体から肉体を構成した彼らには、人間と同じように食事を摂らないといけない。
目立った傷こそ回復したものの、まだ魔力は完全ではない。そんな状況を襲われでもしたら、無事では済まないだろう。
「いゃあ。助かりました。まさか旧友が訪ねてきて殺しに掛かって来るとは思ってもいませんでしたから」
「へぇ。その旧友って、やっぱり魔族?」
ワイルドバッファローのリブステーキを堪能しつつ、メルキオーレが何があったのか説明してくれる。
なのでマチュアも、修道士と近所の子供達のために次々と肉や野菜を焼きつつ話を聞くことにした。
「ええ。セシル・ファザードと言いまして、元々は七使徒の一人で誰ともつるまない孤高の剣士と言われていました。なので久し振りに訪ねてきたときは警戒も何もしていなかったのですが、まさかいきなり殺しに来るとは思ってもみませんでしたよ」
「ふぅん‥‥そのセシルって、半端なく強いの?」
「オブシディアンドラゴン程度なら単騎で討伐できるレベルです。私の屋敷も剣風で破壊されましたから」
その割には詰めが甘い。
それほどの実力なら、殺す気になればメルキオールや修道士など瞬殺できたであろう。
にも関わらず、自力で回復できる程度の怪我で済んでいる。
「つまり、簡単明瞭に告げるとセシルはあんたたちを討伐したと見せかけて逃がしたんだろうねぇ。そうでないと、私が到着した時にはあんた達全滅している筈だよ」
「そこなんですよ。結果として私は魔力の殆どを失っていました。ですが命は奪われていません。セシルなりに何かを考えていたのでしょう。ですが、その後に来た八大竜王のディランに見つかっていたら、私は焼き滅ぼされてしまったでしょうね」
「ふぅん。そのディランとやらは何処にいるんだ?」
そうマチュアが問いかけると、修道士の一人が傍らに置いてある肉の塊を指さす。
「オブシディアンドラゴンのディラン様です‥‥」
「あ、あーあー。急ぎ解体したさっきのやつかぁ。あれで八大竜王の一角とは‥‥まさかあれが最強なんていわないよね?」
「ディランはまだ若き竜王です。ですが、実力はこちらの世界のラージドラゴン程の実力はあるはずです。知識こそトカゲと大して差はありませんが」
「脳筋かぁ。確かにラージドラゴンクラスなら、以前の私達では敵わなかっただろうなぁ」
モグモグとディランだった焼き肉を頬張るマチュア。
バイアス連邦との10年戦争の体験が、ラグナ・マリア帝国の騎士や冒険者達を強くしている。
単騎では未だ無理な者も多いが、スモールドラゴン程度ならちょっと難易度の高い討伐対象として依頼はそこそこにある。
「しっかし。その魔王っていったい何者なのさ?」
「私の知る限りですが、今から2000年ほど昔に地上侵攻を開始した存在です。『破滅の瘴気』という特殊な霧を発生させ、地上の全ての人間を滅ぼそうとしました」
「へぇ。そんなのと戦って、よくこの世界無事だったねぇ」
「ええ。その当時、創造神から加護を得た勇者ラグナと、破壊神の加護を受けた巫女であるマリアが魔王と戦い、魔王はメレスの遥か彼方に封印されたと聞いています‥‥ですが、ここ最近破壊神の結界が綻んでしまい、封印の効力が失われたという報告がありました‥‥って、どうしました?」
メルキオールの説明には心当たりが多過ぎた。
「つまり、ラグナ・マリア帝国初代皇帝たちの封印した魔王が、破壊神の封印が解けたので復活したと。いゃあ、これは私の案件だわぁ」
その通りである。
破壊神の分身体を殲滅した挙句に次代破壊神となったのはストームとマチュア。二人が破壊神の消滅に関与しているのは否定できない。
そしてラグナ・マリア帝国の勇者が関係しているということは、現代の王室顧問であり白銀の賢者であるマチュアには見逃す事は出来ない事案である。
「仕方ないなぁ、積極的に関与しますか‥‥と、先に皇帝にこの件は伝えておきますかねぇ」
「そうしていただくと。ですが、魔王エルコーンは神竜族という今は存在しない最上位神竜です。並大抵の事では傷一つ付きませんよ」
「ん‥‥ああ、そういう事ね。何とかなるっしょ‥‥困った時はストームを呼んだらおしまいだし」
「それは無理でしょう。ストーム殿は竜の呪いを受けています。あの呪いがあると、神竜族には絶対服従、最悪ストーム殿は敵に回る可能性がありますが」
「マジ?」
「そのマジというのは分かりませんが、多分マジかと」
そう告げられて、マチュアは考え始めた。
が、考えていても埒が明かないので、この件はひとまずケルビム皇帝に報告しておこうと、食後になってから帝都ラグナへと向かう事にした。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






