徒然の章・その21・二つの国のお家騒動
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ミスト連邦王国西方・タッカード子爵領・辺境都市カステリア。
ミランダの息子の婿入り先であるトリンシア男爵家は、ミランダ・タッカード女子爵からカステリアの直接支配権を授かっていた。
この都市はもともと大した特産品も珍しいものもなく、ただちょっと大きめの貿易港があるだけの中継都市でしかなかったのだが、それでも市民はそんな状況を苦に感じる事はあまりなかった。
その理由は、トリンシア男爵のお人好しな人柄と陸と海の中継都市ゆえに集まってくる商人たちが大金を町に落としていってくれるからであろう。
だが、そんな平和な時代も、10数年前のバイアス連邦侵攻の折に海から押し寄せてきた海竜たちによって壊滅的な打撃を受けてしまった。
領民はみな内陸にある各都市に避難し、かろうじて人的被害は最小限に止めたものの、残された都市の被害は甚大なものであった。
大勢の人で賑わっていた中央街道も、常に多くの帆船が停泊していた港も、すべてが破壊され、燃やされ、そして蹂躙されていった。
戦後すぐにミスト連邦とラグナ・マリア帝国から復興支援が行われたものの、未だ全ての復興が終わった訳ではない。
だが、そんな復興しかやる事のないカステリアに、ジェフリーは飽き飽きしていた。
元々はトリンシア家令嬢と『出来ちゃった婿入り』ジェフリーにとっては、このカステリアは全くといっていい程魅力を感じていない。
「ふぅ。いくら男としての責務を果たせっていったって、トリンシア家に入ったら実質縁切りみたいなものじゃねぇかよ‥‥いやいや、俺はこんなところで男爵家に甘んじている男ではない。じいさんのような武勲を立てていつか侯爵家にのし上がって‥‥」
志は立派だが、冒険者適性も魔術適性もない、ただのんびりと甘やかされて生きていた一般ピープルのジェフリーにとっては、それは正に夢そのものであった。
そんなジェフリーの特技といえば、『女性に対しての対人鑑識能力』だけ。
それでも使い方によってはかなり強力なのだが、とうのジェフリーはそれを『手軽に遊べる女探し』と『母親の顔色をうかがう』事にしかしか使っておらず、もしもその能力を他の者が知ったらどれだけ羨ましがるであろう。
退屈で代わり映えのしない日常に辟易していたジェフリーは、妻であるリリアンナ以外にも大勢の妾を家の外に作っており、幾人もの妾を孕ませては子供を産ませ、そしてまたあっさりと捨てて別の女を求めていた。
そんな生活もやがて噂となり、ついにはトリンシア男爵の耳にも届いてしまう。
これは一大事と、ジェフリーは母であるミランダに事の顛末を相談するが、ならばとミランダが立てた一計が、ジェフリーをトリンシア男爵家から放逐してミストガル侯爵家を継がせるというものであった。
「私に全て任せておきなさい。貴方はまず、その女癖を治すのが先よ。いい、トリンシア家はあなたの息子に継がせる、そう宣言すればトリンシア男爵も体面を気にして頷くでしょう。そのことを貴族院に申請すれば、貴方は爵位相続権を失うわ‥‥けれど、ここからが肝心。ジェフリーはミストガル公爵家を継ぐと貴族院に宣言しなさい‥‥後は私がうまくやっておくから」
そもそもミランダは、アマンダが侯爵家を受け継いだ事に反対であった。
女系血族であるミストガル家としては、血の存続のために外から夫を迎え入れることが慣例となっているのだが、好きでもない男性に突然婿入りされるなどミランダには耐えられなかった。
その結果、ミランダは外で遊び歩いているうちにタッカード家の長男と関係を持ってしまい妊娠、そのまま暗黙のままにタッカード家に嫁ぐ事になったのである。
タッカード家としては侯爵家令嬢が息子の妻としてやって来た為、突然目の前に開いた出世街道に翻弄され始めてしまう。
だが、そんなタッカード子爵も流行病によって倒れ、そして夫もまた両親の後を追って発病し命を落としてしまった。
さらには息子であるジェフリーがトリンシア家令嬢を孕ませてしまうという失態、そのままジェフリーもトリンシア家に婿入りしミランダは一人になってしまった。
それでも彼女の領地経営の手腕は高かったので、取り立てて問題もない日々を過ごしていた。
そんなある日、王都貴族院に納税のためにやって来た時、その場にいた大勢の貴族達が話していた噂話に耳を傾けてしまったのである。
「そろそろ伯爵家の中から侯爵を選定する必要がありますなぁ」
「全くです。侯爵家不在という事態はできる限り修正しなくてはなりません‥‥ですが、今の伯爵家の中で新侯爵を選定するとなりますと‥‥中々に難しいものがありますなぁ」
「全くです。せめてミストガル家がこの地に残っていれば、これほど悩む必要はなかったのに‥‥」
そして立ち話をしていた貴族院代表副官であるロータス卿は、ふと自分に向けられている視線に気が付いた。
ミランダも慌てて目を背けるが、ここでロータスはある一計を企んでだのである。
そのままミランダを軽く手招きし、他の者に席を外すように告げると、ロータスはミランダにこっそりと一言。
「貴族院としてはミストガル侯爵家再興を考えているが、一計乗りたくはないかね?」
「え? そのようなことが可能なのですか? 父の爵位を持つ姉はすでにカナンの貴族ですが」
「ええ、実は色々と伝手とコネを使わなくてはなりませんが‥‥その為には少々資金も必要でして。実はですね‥‥」
そこからは、淡々と話が進んでしまった。
ミストガル家の爵位はミスト王国によるものである為、降爵位や廃爵などは全てミスト女王の名で行われる。
だが、今アマンダから侯爵位を取り上げるとカナンとの外交問題に発展する。そのため、ロータス卿はミスト連邦貴族院を使って極秘裏にカナン貴族院の一部の貴族と手を組み、努めて合理的に侯爵家を分家となったジェフリーに叙爵させてしまおうと考えた。
爵位を失ったものは領主にはなれない。その為カナンからは改めて貴族院よりアマンダ・ミストガルに伯爵位を授けてもらう事で解決すると考える。
そしてジェフリーが当主となったミストガル侯爵家には王都貴族院に入って貰い貴族院の後援者となり、様々な協力をしてもらうという事で話は合意した。
‥‥‥
‥‥
‥
──ミスト連邦王都貴族院
とある日の夜。
すべての職員が帰宅したあとの貴族院執務室。
貴族院代表副官であるロータス卿族が一人の男爵と密談を交わしていた。
「それで、後の手筈は、全て終わっているのだね?」
「ええ。王国執務官であるランド・パトレック卿直筆の署名も入っています。全て法に則った正式な書面であり、王国発行の手続きも全て終わっています。既にタッカード女子爵自ら引導を渡すために、書面を手にカナンへと向かいました」
「それでいい。このミスト連邦に侯爵家不在などあってはならない。ミストガル家は我がミスト連邦でも屈指の侯爵家でありその知名度も高い。あとは我々の選んだ何名かの伯爵を順次侯爵家に格上げしていけば、ミスト連邦貴族院も安泰だ‥‥そうだろう?」
「その通りです。カナン連邦貴族院の協力者の元にも書状を送ってあります。ミスト連邦王国執務官の名でミストガル侯爵の除爵に伴い、カナンよりあらたな爵位を叙任してほしいと。すべて正式な書面として送ってあります‥‥それに、カナン王家がそれを手にした時点で、既にミストガル家は除爵した後でしょう。いろいろと手違いがあって書状が届くのが遅れてしまったようですし」
「うむ。このラグナ・マリア帝国では王家だけがうまい汁を味わっているからな。ミスト陛下のおかげで貴族院など以前よりも締め付けが厳しくなっており自由などないではないか‥‥我々貴族が国をコントロールする時代を、今一度取り戻さなくてはならない、わかるね?」
「仰せのままに‥‥それでは、また後日改めて参りますゆえ‥‥」
静かに部屋の明かりが消えていく。
そして室内には、誰もいなくなった‥‥。。
〇 〇 〇 〇 〇
ミランダ達がやってきた日の夜。
アマンダは執務室で、届けられた通達書を手に頭を悩ませていた。
「書面もサインも魔法印も本物ですわね。ミランダは、私から侯爵家を奪い取って息子に継がせようというのね‥‥あんな女癖の悪い甥っ子になんて、栄誉ある侯爵家を任せるなんて出来ないわ‥‥」
そう考えるものの、アマンダは途方に暮れている。
全てが正式通達である以上、しかも王室執務官の正式な書面であるがため、異議を唱えるのにも覚悟がいる。
それに時間もない。
ミランダが書状を届けた時点でタイムリミットは目の前になっていたのである。
‥‥‥
‥‥
‥
ラグナ・マリア帝国の貴族は、皇帝ないしは各国の国王によって叙爵される。
だが、帝国内に大勢いる貴族候補すべてに皇帝自らが叙爵していては時間が足りないので、大抵のケースは六大王家および王爵を持つマチュア・フォンミナセとストーム・フォンゼーンが叙爵するようになっている。
貴族となる者は、まずその候補者の功績を自分の属する王国貴族院が審査し、その結果を自国の王家に勤める王国執務官に申請、それを国王が認めて王国内で叙爵。
その結果を帝国貴族院に報告し登録となる。
最後の帝国貴族院は、以前は腐敗の象徴であったが現在は改革され、ここでふるいに掛けられるような事はまずない。
問題なのは各国の貴族院。未だに汚職や身内贔屓が蔓延している国もある為、貴族院に睨まれた候補者たちは絶対に貴族になる事はない。
もっともどのような場合にも例外はあるもので、直接その国の王自ら審査し、その場で叙爵するという事も起こりえる。
マチュア・フォンミナセ女王のよくやるパターンでもあり、そのおかげでカナン魔導連邦貴族院は常々頭を抱える事になっている。
もっとも、伯爵位以上の審査についてはマチュアは厳しい。
うかつに貴族を乱立させると、暗躍する悪貴族も現れる。そうなると最悪、国が傾く可能性もある。
それを管理しているカナン貴族院の手腕がよいので、今はそれ程大事ではないが。
‥
‥‥
‥‥‥
書面はすべて本物、告発者の名前にはミランダとジェフリーの署名もある。 そして女王が認めた決定に対して、貴族は絶対に逆らう事は出来ない。
もしもアマンダを叙爵した王家がミナセ王家であったなら、これほど大事にはならなかったのかもしれない。
だが、アマンダを叙爵したのはミスト王家。
とかく犯罪に対しては鋭い目を光らせている王家でもあり、今回のように王家に仕えた正義感の高い侯爵家がすべて消滅してしまう危機を考えると、アマンダ・ミストガル公爵家を再びミスト連邦に帰属させたいというところが正道であろう。
だが今回の通達書によれば、 ミストガル侯爵家をジェフリーに継がせないなら侯爵家取り潰しというものである。このようなものをみすみす認めるわけにはいかない。
幸いなことに期限までは僅かながら時間はある。
それまでに今回の決定に対して異議を唱え再審してもらえれば、あるいは解決の糸口は見えるのかもしれないのだが‥‥。
「‥‥そして採決決定までの時間はあと二日。私の誕生祝賀会当日が期日だなんて‥‥」
ここからミスト連邦王都にある貴族院まで、どんなに頑張っても40日、早馬で25日である。
ミランダはそのことも計算に入れて、期限ぎりぎりになって書類を持ってきたのだろう。
そして侯爵位を剥奪されれば、どんな言い訳も貴族院は受け入れないだろう。
「ミスト連邦王都までは、カナン王都から転移門で向かえるけれど、カナンまで急いでも20日以上‥‥魔法では無理。もう手遅れなのね‥‥」
ハァ。とため息一つ。
今まで守ってきた侯爵家の名前が、ただ権力を欲しただけの欲塗れの妹に、その息子に奪われてしまうなんて。
アマンダの頬を、悔し涙が伝って零れていった。
〇 〇 〇 〇 〇
場所は変わって木陰の山猫亭
夕方まで祭りを堪能した厳也とポイポイ。豪華な食事を楽しむためにわざわざ追加料金を支払い、アプルジュースとシードルを大量に買い込んできた。
「お待たせしました。お祭りシーズン限定メニューです」
「おおおおお、超豪華っぽいよ」
「うんうん、美味い料理を味わえるのも旅の醍醐味じゃのう」
素早く空間収納からマヨネーズやドレッシング、香辛料の収められている小さな壺を取り出すと、すぐに食事を開始。
味付けが物足りなかったりしたら使おうと思って出したのだが、どうやら杞憂だったらしい。
「うっ‥‥美味ぁぁぁぁぁい。なんだこの味は、以前よりもさらに腕を上げたな料理長!!」
「ムグムグムグムグ‥‥っぽい」
「いや、ポイポイさんそれじゃわからんぞ」
「‥‥ゴクッ。これ、北方大陸の魚料理っぽい。ずーつと昔に食べたことあるっぽいよ」
「そうかそうか。ならお代わりだ!! 後、生野菜のサラダも頼む」
「し、少々お待ちください!! 生野菜ですか」
「そうだ。料理長に伝えてくれ、ドレッシングは持ってきている、すまんが割増料金を払うから頼むと」
そう告げられて、慌てて店員が厨房にかけていく。そして厨房の扉がそーっと開き、中から料理長がちらっと顔をのぞかせた。
なので厳也もエールの入ったジョッキを掲げてニイッと笑うと、料理長もウンウンと頷いて厨房に戻っていく。
そして10分ほどして、大きなボウル皿に盛られたサラダが運び出されると、厳也とポイポイのテーブルに置かれた。
(おいおい、どこの田舎侍だ? あんな生の野菜なんて家畜くらいしか食べないだろうが)
(本当、この店の品位が疑われるようなものを注文するなよ)
(貧乏人が、あんな味のしないもの、どうやって食べるのやら‥‥)
などなど。
厳也とポイポイに向かって侮蔑にも似た視線を送ってくる貴族たち。
冒険者たちも厳也たちを見て笑っていてるが、数名の商人は厳也たちの目の前のサラダ、そして香辛料とドレッシングの入っている壺を見て思わず立ち上がった!!
「よしよし、流石わかっているのう。トメトとリーフ、チコーリにアスペル、お、オニヨンのスライスまで盛り付けてあるか。これは重畳じゃな」
「うんうん、いっただきまーす」
──シャクッ‥‥ポリポリ‥‥ムグムグ‥‥
まずは生で、そしてマヨネーズやドレッシングをふんだんに使う。
おぉっと、黒コショウも忘れてはいけない。
ペッパーミールを取り出して勢いよく荒削りの黒コショウを振りかけると、貴族たちも思わず驚いている。まだウィル大陸では香辛料は高級品、貴族といえどもおいそれと使う事は出来ない。 それを惜しみなく振りかける厳也とポイポイ。
──ガチャッ
「さて、お客様、当店の裏メニュー『季節の生野菜サラダ』はいかがでしたか?」
「うむ。大変美味である。ミナセ陛下の考案したこれを、ここで食べられると聞いてのう」
「うんうん。ポイポイも満足っぽいよ」
その厳也とポイポイの言葉ににっこりと笑う料理長。
10年以上経っているのに、今だに現役で一線級の料理を出せるとは、更に腕に磨きが掛かっているようで。
「まことに申し訳ございません、実はお客様に頼みがありまして」
すると、料理長が厳也に頭を下げる。
一体何かと問い返すと、料理長はゆっくりと一言。
「明後日のアマンダ侯爵の誕生日パーティーの料理に彩りを添えたいのです。ぜひ、そちらの調味料を売っていただけませんか?」
そういうことなら。
すぐに厳也は空間収納から未開封‥‥というか手つかずの調味料一式を取り出して、テーブルの上に並べる。
「では、ここにあるすべて持っていくがよい。代金はいらぬ、それで侯爵殿に思う存分料理を振る舞ってくれるか?」
「喜んで。では有難く頂戴します」
深々と頭を下げてから、調味料の入った壺を持って厨房に戻って行く料理長。
そして厳也とポイポイも再び楽しい晩餐を開始。
なお、食事が終わってから、貴族と商人の『是非とも調味料を売って欲しい』という攻撃があった事は言うまでもない。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






