徒然の章・その20・お久しぶりの森林都市
一体何年ぶりだろう。
のんびりと馬車に乗って、やって来ましたミストラル領・森林都市ルトゥール。
マチュアが北方大陸に向かう前なので、この地にやって来たのは実に10年以上前である。
ちなみにこのルトゥールには、カナン魔導連邦ではごく少ない『他国王叙爵による侯爵家』が存在する。
それがこの領地を治めているアマンダ・ミストガル侯爵。
元々ミスト連邦ファナ・スタシア王国の領地であったミストラル領。そこを切り盛りしていたアマンダは古くはミスト・ラグナ・マリアに功績を認められて上がってきた侯爵家の長女であり、この地がミスト連邦から切り離されてカナン王国として分裂した時も快くカナンにやって来てくれたのである。
久しぶりの彼女との再会もあり、マチュアは心躍らせて馬車を走らせていたのだが。
――ヒャッハーーーッ
後方から久し振りに聞いた野盗の声。
この地では二度目、冒険者となってはしょっちゅう見掛けた野盗の皆さんである。
以前よりも進化‥‥した様子もなく、大勢の‥‥と言うほどでもない十人ほどのメンバーでマチュアの馬車の左右と後方から馬に乗って走ってくると、いかにも悪人ですという表情で御者台のポイポイをマークした。
「あ〜、昔よりも歳は取っているけど、以前のヒャッハー盗賊御一行だわね。ポイポイさん、一定の距離をとって付かず離れずで宜しく」
「了解っぽい」
ポイポイが手綱を巧みに操作して、そのまま速度を調整する。
そしてマチュアは馬車後方の荷台に移動すると、後方の幌をばさっと開いて後ろの盗賊達を睨みつける。
──??????
すると、戦闘を走っていた盗賊がマチュアを見て、何故か頭を横に傾けて何かを思い出しつつ一言。
「い、良い女だなぁ、身ぐるみ置いて行ってもらおうか?」
「ついでに馬車も置いて行ってもらおうか?」
「お頭、奴隷商人に売り飛ばす前に味見しても良いっすよね?」
などなど。
下衆い台詞のオンパレードである。
これにはマチュアも首を捻るが、盗賊頭らしいモヒカンヒャッハーに一言。
「あんた達、10年ぶりなのに相変わらずよね。良く私の言葉を覚えていたものだわ」
「ヘッヘッヘッ、あんたに教えられた台詞は忘れちゃいないぜ。さあ、どうする?」
──キィィィン
盗賊頭の言葉とほぼ同時に、後方の馬に乗っていた魔術師らしき男が全ての盗賊に対魔術防御を展開した。
これにはマチュアも思わず口笛を吹いて感心してしまった。
「ヒュ~、10年は盗賊をも進歩させるものなのねぇ」
「おうよ。さぁ、これであんたの魔術は効果を発揮できないぜ。うちのジャックマンは元は魔術ギルドの職員も務めたことのあるエリート魔術師だ。この防御膜を破れるものなら破ってみろやぁぁぁぁ」
「はぁ〜。何だか懐かしいわ、このやり取りも‥‥」
──パチィィィィン
マチュアは軽く指を鳴らす。
以前よりも強化された却下により、盗賊たちに付与されていた防御膜は全て解除される。だが、ジャックマンはすぐさまマチュアにターゲットを切り替えると、ゆっくりと詠唱を開始する。
「風の聖霊よ、かのものより言葉を奪い去り給え‥‥沈黙!!」
──キィィィン‥‥ボフッ
風の中位魔術である沈黙。これによりマチュアの魔法を封じようとしたのだろうが、残念ながらそれはあっさりとレジストされてしまう。
これには他の盗賊たちも驚いたものの、マチュアはニイッと笑い返す。
「それで、どうするのかな?」
「へっへっへっ‥‥この先は森林都市ルトゥールだ。もうすぐ領主さまの誕生日、盛大なお祭りがある‥‥せいぜい祭りを楽しむんだな!!」
そう捨て台詞を吐いて、盗賊たちはそのまま撤退する。
以前よりもスムーズに、そして迅速に。
「マーチューアさん、あれ放っておいていいっぽい?」
「あ、ああいう盗賊退治は冒険者の仕事。私達が取っちゃダメでしょ? 私とポイポイの二人なら、あっさりと捕まえられるのだから」
「ん、確かに一理あるぽい。彼らを討伐して生計を立てるのも冒険者の仕事‥‥」
「ま、ルトゥールはお祭りみたいだから、ヒャッハー達のことは忘れてゆっくりと楽しむ事にしましょ」
そのままのんびりとした旅を再開するマチュア。
そしてルトゥールの町にたどり着いたのは、それから7日後の事であった。
‥‥‥
‥‥
‥
人工的な城塞はない、自然の植物や木々を使用した自然要塞。それが森林都市ルトゥール。
巨大な樹木の枝や樹々の間に張り巡らされた、分厚い地盤の上にある樹上都市であり、地上部分は外国から来る観光客や商人、冒険者でも自由に出入り出来る一般区。そして樹上はこの地の者達の住まう市民区となっている。
そのルトゥールの街の中は一般区、市民区共に活気ついていた。
建物や街道沿いがお祭り一色に彩られ、彼方此方で楽しそうな喧噪も聞こえてくる。
よくよく見ると、北方のファナ・スタシア王国からやって来たらしい商人達の露店も彼方此方で見かけられており、大勢の人々が集まって見た事ない織物やアクセサリーに心をときめかせている。
「うっはぁ。これはすごいっぽいねぇ」
「ハハッハッハッハッハッ。それは、もうすぐこの町の領主であるアマンダさまの誕生日パーティーがあるからでござるよ」
御者台に座っているポイポイと、その横で楽しそうに笑っている男装の麗人・十四郎。
ちなみにマチュアは、馬車の後ろからのんびりと街の風景を眺めていた。
「へぇ。アマンダの誕生日か。なら、私も何かしてあげようかな?」
「マチュアさんなら、手作りの魔導具あげるのがいいっポイよ」
「そういえば、聞いた話によりますと今から10年ほど前から、アマンダさまの誕生日パーティーでは、魔導具のお披露目とかもやっているようですからなぁ」
「へぇ‥‥って、あれ? 私のせい?」
「はっはっはっ。左様でござる。陛下自ら参加した魔導具お披露目パーティーが原因でござるなぁ。幸いなことに、この領地は魔導具についてはかなりいいものが出回っているでござる。というのも、近くに古代魔法王国クルーラーの遺跡がありまして、今もなお冒険者によって調査は続けられていますからなぁ‥‥では、拙者は任務に戻るでござるよ」
──シュンッ
言いたいだけ告げて十四郎は姿を消した。
いつものように陰から護衛しているのか、それともマチュアの為に有益な情報を探しに向かったのか。
同じ幻影騎士団のメンバーとはいえ、任務まで隠密性が優れすぎて困ったものでもある。
「あ、あんがと。さて、それじゃあこっそりとお祝いを考えましょうか」
「でもまずはマチュアさんは変装するっぽい。いくらハイエルフが人間に変わっているとはいえ、名前でもうバレバレっぽいよ」
「そ、そうか‥‥なら」
馬車の入り口をしっかりと閉じてマチュアはこっそり変装する。まあ、いつものアバターチェンジであるが、今更新しいアバターを作るのもなんである。
なので、以前使った日本人男性・十六夜。それをコピーし改造して名前も和国風に。
魂の護符もすぐに製作して完成。
「わっはっはー。ポイポイさん、これでどうだ?」
そう呟いて出てきたのは一人の老人。
大体60台後半初老の男性、銀髪ロングストレートを後で綺麗に纏めてる。
いでたちは和国風の着物と羽織袴、腰には和刀を下げたやや筋肉質の細マッチョというところであろう。どことなく外国映画に出てきそうな『なんちゃって侍』にも見えなくもない。
「うっわ、面影何処にもないっぽいよ?お名前は?」
「十六夜厳也。和国からきた流れの剣士で、馴染み亭商会の職員だな」
「へ~。これは驚きっぽいよ。では、ポイポイはいつも通りで」
「それでいんでない? 馴染み亭商会の雇われ護衛冒険者ということで」
「了解っぽい」
そのまま御者台まで出てくると、ポイポイの横に座って街を眺めている。
カラカラカラカラと馬車は進み、そしてマチュアたちのお目当てである宿『木陰の山猫亭』へとやってくる。
この宿は一般区ではなく市民区にあるため、一旦馬車を一般区の停車場に預けて、後はのんびりと散策がてらにやって来た。
「いらっしゃいませー。お二人ですか?」
「うむ。しばし逗留するゆえ、少しいい部屋を頼む。部屋は一つでいい、日数は10日程で朝晩の食事込みでいくらになる?」
袖の中に手を入れて財布を取り出す厳也。
すると店員の少女は嬉しそうに。
「一泊二食付きで銀貨八枚です。二人部屋でしたら二人で銀貨15枚でいいので、合計銀貨150枚です」
「ではこれで頼む」
ジャラッと金貨15枚を取り出して並べる。それを数えて受け取ると、店員はすぐに鍵を厳也に手渡した。
「二階のシラカバという部屋です。ごゆっくりどうぞ、食事はそこの酒場でいつでも食べられますので、食べたくなったら席に着いてお申し付けください」
「うむ。では参ろうかポイポイさんや」
「了解っぽい」
そのあとはいつもの通り。
部屋に向かって一息いれると、ポイポイとマチュアは別行動で町の雑踏の中へと情報収集に走った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
楽しそうな人々の顔。
そして聞こえる声、声、声。
祭りということもあって、中央街道には大勢の人々が溢れかえっていた。
そんな中、ファナ・スタシアへと続く街道から豪華4頭立て馬車がやって来る。
それも1台ではない、ざっと数えて12台。
6台ごとに彫り込まれている家紋が違うことから、ミスト連邦の二つの貴族がアマンダの誕生を祝いにやって来たのだろう。
「ほえー。どこの家紋っぽい?」
「お、お嬢ちゃん知らないのか?あれはタッカード子爵家とトリンシア男爵家だよ」
「へー、どっちもこの領地の貴族様?」
「あ、いや、どちらもミスト連邦の貴族だな。まあ……タッカード家はアマンダ様の妹のミランダ様の嫁ぎ先で、もう一つの家紋はミランダ様の息子のジェフリー様の馬車だな」
「息子はタッカード家を襲名しなかったっぽい?」
「あ、ジェフリー様は同じ領地のトリンシア家に婿養子として結婚したから。まあ、その辺は色々とあってね……どうせまた、本家筋のアマンダ様を田舎貴族だのと馬鹿にしに来たんじゃないかって噂だな」
──ガラガラガラガラ
ポイポイと露店のおじさんの目の前を、ゆっくりと馬車が通り過ぎていく。
それをのんびりと眺めつつ、まるで無関心と言わんばかりに近くの露店に買い食いに向かうポイポイであった。
………
……
…
場所は変わってミストガル邸。
ルトゥールで最も大きな巨大樹に作られた樹上要塞が、このルトゥールを治めている『アマンダ・ミストガル侯爵』の屋敷である。
その要塞のような屋敷の前に、ミランダとジェフリーの乗って来た馬車が整然と並んでいる。
その屋敷の一角、応接間には、リラックスした面持ちでのんびりとソファーに座っているミランダ・タッカード女子爵とジェフリー・トリンシア次期男爵の姿があった。
その正面で、アマンダはいつものようにニコニコとテォーカップを手に、ミランダの話に耳を傾けている。
「アマンダ様、いえ、姉さん、お誕生日おめでとうごさまいます」
「アマンダ伯母さん、おめでとうございます」
「ありがとう。でも、わざわざこんな遠くの地まで来なくても良かったのよ?ミランダもジェフリーも領地では忙しい身でしょうから」
「ええ、その事もあって、今日はお願いに来たのですよ」
ミランダが申し訳なさそうにアマンダに話しかける。
すると、ジェフリーもずいっと姿勢を正して、ミランダの言葉を待っていた。
「貴方が私にお願いって珍しいわね。一体何かしら?」
「貴方の家督であるミストガル家を、このジェフリーに継がせて欲しいのよ」
ミランダの言葉とともに、ジェフリーが頭を下げる。
だが、突然の申し出にアマンダも呆然とする。
「家督って、それって『ミストガル侯爵家』をジェフリーに継がせるっていうことかしら?でもジェフリーはミスト連邦の貴族よね?嫁ぎ先は男爵家だった筈。順当に行けば、次期トリンシア家当主になるじゃない。何が不満なのかしら?」
「僭越ながら。僕は男爵家程度で満足する男ではありません。そもそも今回僕がトリンシア家に婿入りした理由は、女系血族だった彼女の家の血筋を残すためです。既にあの女との間には一男一女の子供も儲けてありますので」
自分の妻を『あの女』呼ばわりするジェフリーに、アマンダは嫌悪感を露わにする。
だが、ミランダはそのアマンダの表情をすぐ気が付いたらしく、横で偉そうな顔をしていたジェフリーの脇腹を軽く肘で突く。
「何ですか。自分の妻をあの女などと……」
「これは失礼しました」
すぐに頭を下げるジェフリーだが、既に時遅し。
アマンダの顔からは笑顔が消えている。
「それで、貴方の孫にトリンシア家を継がせて、ジェフリーにはミストガル家を継がせたいと言うのかしら?ミランダ・タッカード女子爵さん」
「そうね。でも、正確にはミストガル家の爵位ををミスト連邦に返還して欲しいのよ。私と姉さんの父、ロバート・ミストガル侯爵家は代々ミスト連邦王家に仕えている騎士の家系、いくら領地が他国に分割譲渡されたからといって、王家に仕えていた侯爵家を他国に使わせることはないと、ミスト連邦貴族院で判決が下ったのよ」
「その件なら、ミスト女王が問題なしと判断したじゃない。だから私はカナン魔導連邦に仕えたのよ?」
「でも、10数年前と今は違うのよ。ミストガル家と双璧をなしていたアルデバラン家がミスト女王に謀反を企てて、爵位返上の上領地没収されたのよ。それで、王家に仕えていた侯爵家が全て消滅したの……元々いた六大侯爵家も10年前のバイアス連邦侵攻の時に当主が全て殺されたわ」
「それで、ミストガル侯爵家をミスト連邦に帰属させたいと?」
「そういう事。それで、私にという話があったのですけれど、私はタッカード家を守らなくてはならないのよ。そうしたら、ジェフリーが息子にトリンシア次期男爵を譲って、自分はミストガル侯爵家を継ぎますって……良い話でしょ?」
「寝言は帰ってからにして。私はミナセ陛下に忠誠を誓った身です。ミストガル侯爵家はカナン魔導連邦と共に歩むと、剣に賭けて誓いましたから」
そう告げると、アマンダはスッと立ち上がる。
「本日は遠路からわざわざありがとうございました。私も執務がありますので、これで失礼します……ドミニク、お客様がお帰りよ、玄関までお送りして」
「畏まりました。ではタッカード子爵殿、ジェフリー殿、こちらへどうぞ」
「そうね。では、私達はこれで失礼します。それと、最後になりましたが、こちらがミスト連邦貴族院からの公式通達書ですので。期日以内にミスト連邦貴族院に廃爵もしくは爵位譲渡の手続きを行わない場合、アマンダは貴族の爵位を失います。爵位譲渡ならアマンダは新しい男爵家に降爵しても良いとの事ですので」
満面の笑みを浮かべるミランダと、鼻息荒く部屋から出て行くジェフリー。
それを忌々しそうに睨み付けると、アマンダはテーブルの上に置かれている通達書を手にとって確認する。
そこには、ミスト連邦王家執務官の署名と魔法印がしっかりと施されていた。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






