徒然の章・その17・敵かな、味方かな?
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ヨハン・クラフト伯爵は昼行灯である。
彼がこの地の伯爵位についた理由は実に簡単、普通に親の爵位を相続しただけである。
先代クラフト伯爵はラグナ・マリア帝国元貴族院の重鎮であり、跡目を息子に継がせる事に対して誰にも文句は言わせなかった。
彼の引退後に貴族院にミスト女王のテコ入れがあったが、その時の彼はすでにクラフト伯爵領内の小さな町に引っ越し、町長としてのんびりと悠々自適な生活を送っていた。
跡目を継いだヨハンは、これまたこの世界では珍しい民主制度を採用、領内で選ばれた者達を中心に領地の運営を行っている。
当然ながら賄賂や脅迫などで票を集めた領内議員も存在したが、ヨハンの子飼いの冒険者によってその罪は白日の下に晒され、議員を首になっている。
結果クラフト伯爵の元に集った優秀な議員に領内運営は一任され、本人は領内で貴族にしては比較的穏やかな生活を送っているのである。
そんなクラフト伯爵の元に届けられた『新たな遺跡』の発見報告。
領地が豊かになるのは良い傾向と冒険者を派遣して調査に向かわせた。だが結果は芳しくなく、やむなくカナン王都に調査団の派遣を打診、同時に遺跡についての情報を何処からか入手していた魔術ギルドの干渉により、ミスト連邦からの調査団も合流。
そして地下一層の発見報告の直後に起こった、何者かの遺跡攻撃。
犯人達は捕らえたものの、未だ遺跡の所有権についての陳情書は山のように届けられていた。
‥‥‥
‥‥
‥
そして、とある日の定例領内議会。
いつものようにあらかじめ届けられていた陳情書や報告書をもとに議事録は作られ、それについて一つ一つ議論を繰り返している。
そして最後になって、問題になっている遺跡の所有権争いについて、各々が意見を交わしあっていたが。
「‥‥私が思うのに、この件は陛下に采配を振るって頂くしかないのかと思います。種族間の軋轢については、我々人間ではどうしようもなく、かといって放置しておけるほど生易しい案件ではありません」
議会場に響く、クラフト領冒険者ギルドマスターの声。
彼の提案には議員達全てが納得し、満場一致で可決した。
だが、『領地内の揉め事は領内で』がカナン魔導連邦の方針である。最悪の場合は魔導騎士団、そして白銀の賢者が出陣するのだが、それは悪手でしかない。
領主自ら問題が解決できなかったので女王もしくはその側近達に話をまとめて貰う‥‥見方によっては、領主は無能のレッテルを貼られる。
だが、全ては領民の為と言う方針を宣言したヨハンに隙はない。
「では、私はすぐにでも陛下に連絡を取ってみます。まあ、それ程時間はかからないかと思いますので」
その言葉で全てが丸く収まった。
ヨハン・クラフト伯爵なら何とかしてくれる。 そう議員も領民も信じているから。
‥‥‥
‥‥
‥
領都の宿にて
「それで、なんで私の所に来るかなぁ」
自国は丁度昼過ぎ。宿でダブルジェイについての対策を練っていたマチュアの元に、ヨハン・クラフト自ら尋ねてきたのである。
それも、そこに宿泊している『商人のマチュア』を指名しての来訪である。
「貴方が王都からやって来たアルバート商会の関係者という噂を聞きました。もし宜しければ、マチュア陛下と連絡を取っていただきたいのですが」
「そりゃあまあ、そこまで言うのなら連絡ぐらいはしてあげられるけれど‥‥何で私がいる事知ってるの? まだ商人ギルドに滞在申請出してないよ?」
「それはまあ、陛下そっくりの商人が宿にいたと言う報告は受けていますから‥‥」
あ〜。
これは事情を知っているパターンだな。 なら、そろそろ茶番は止めた方が無難だな。
そう考えて、マチュアは白銀の賢者モードに換装する。
外見も元のハイエルフに戻してどっかりと椅子に座ると、クラフト伯爵は丁寧に頭を下げた。
「これは白銀の賢者殿。まさか商人殿からもう連絡が?」
「もういいわよ。で、今回の件、落とし所は何処にあると思う?」
「私としても、遺跡の所有権はどの種族にも与えない、その上でクラフト伯爵領のものならば誰でも調査に向かう事が出来る、ある種ダンジョンのようなものであると宣言するのが良いかもと考えていました」
そうなれば、遺跡内部にあるものの所有権は早い者勝ちとなる。
それはそれで冒険者ギルドではよくあるルールなので問題はない。
ただ、その発掘品の価値が現時点では想像できない。
あまりにも高額であったり、歴史的大発見であった場合。最悪の場合、遺跡内部で種族同士の抗争も起こり得るだろう。
「悪くない‥‥けど、誰でもと言う所に問題があるね。それなら所有権は全ての種族が持つ、但し調査については領主の許可を取った限定人数のみ。調査期間は全て均等とし、その範囲内で発見したものの所有権はその種族が持つという事はどう?」
「それでは、最初に調査したものが所有権を多く持ったしまうのでは?」
「所有権を宣言できるものは持ち出せるもののみ、それ以外の発見物は全て領主が権利を所有する。最初に調査した種族は、次に調査に向かうものに対して情報を共有する‥‥という所では?」
早く行けばより良いものが手に入るかもしれないが、手に入らなかった場合はそこまでの調査報告を次の種族に引き継ぐ。地図や罠、出現する魔物などの情報全てを。
こうなると、早く向かった方がいいか、後がいいか、その判断は種族代表が行わなくてはならない。
ある意味、全て平等である。
「それならば文句も出ないでしょう」
「以上の事を、ラグナ・マリア帝国王室顧問の名前で公布します。ほら、楯突くなら私が相手になる‥‥でしょ? もし情報共有の際に虚偽の報告をした種族があった場合、それが故意ならばその種族の調査は一回休み、三回の虚偽報告で遺跡の所有権を剥奪する‥‥これでどや?」
「実に素晴らしい、では、それでいきましょう」
そう告げて、クラフト伯爵は深々と頭を下げた。
もし目の前のマチュアが陛下モードであったなら、クラフト伯爵は不敬罪どころではない。だが、かつてマチュアとクイーンが同時に宣言した言葉がある。
陛下ではないマチュアは普通の人。
それにしても、今のマチュアは白銀の賢者、対応次第では首が飛ぶだけでは済まされない。
だが、白銀の賢者であるマチュアは自分で冒険者の延長と考えているので、今のクラフト伯爵の対応には眉一つ動かす事はない。
「後は‥‥このご恩、どのように返せば良いのでしょう」
「ん〜それじゃあ、まず一つ、先の遺跡調査班については、私の直接の配下であるカナン魔導騎士団と幻影騎士団は全ての条件について対象外とする。ついでに、今騎士団に投獄されているダブルジェイ・ノインの身柄をこちらに渡して。あれはラグナ・マリア帝国カナン魔導連邦女王、マチュア・ミナセの名において断罪します。すぐに街の正門まで護送して来て」
「は、はい、それでは直ちに‥‥」
そう告げて、クラフト伯爵は頭を下げてから退室した。
そしてマチュアも、急ぎ元の姿に戻ってから正門の前まで移動する事にした。
〇 〇 〇 〇 〇
──ガラガラガラガラ
護送車が正門前までやってくる。
そしてそこでダブルジェイ・ノインが引きずり出されると、その場で待機していたジョセフィーヌに引き渡される。当然その場にはマチュアもいた為、護送した騎士達もマチュアに軽く頭を下げてそのまま引き返して行く。
「‥‥この俺をどうするつもりだ? まさか自由にしてくれるのか?」
「さあねぇ。それはあなた次第だねぇ、ちょいとこっちへついてきて‥‥」
そのまま正門の外に出ると、少し開けた場所に移動する。ちょうど草原地区もあったのでそこまで移動すると、マチュアは白銀の賢者モードに戻る。
「それじゃあ、あんたを自由にする条件を教えてあげるわ。私の指定するものと一騎打ち、それで勝てたらあなたは自由よ。もしも負けた場合、貴方は私の傘下に入る‥‥どうかしら?」
そう告げて、『強制の宝珠』と呼ばれる契約の魔導具を取り出す。
かなり古い年代物であり、マチュアも複製する事は出来ない。
ポイポイが拾ってきたメイド・イン・深淵の回廊の一品であり、竜族の宝物の一つであろう。
そしてそれをダブルジェイに差し出すと、一も二もなく契約を施した。
──キィィィィィィィィン
宝珠が赤く輝き、契約が成立したことを告げる。
そしてそのタイミングでポイポイがマチュアの陰からスッと現れた。
「お久しぶりっぽい。まだ生きていたとはびっくりだけど」
「おおおおお‥‥貴様か‥‥待ちに待ったぞこの時を‥‥俺は、あの大陸では最強の傭兵だった。誰にも従わず、誰にも頭を下げない。そんな俺を、人は『旋風の無頼牙』と呼んでいた‥‥だが、貴様に敗れてからは、ただ貴様を倒すために修行と強化を続けていた。そんな俺の今の名は『烈風の爆進牙』とあだ名されるに至ったのだ」
「なら、今度は私に負けて流離う牙、『疾風の流離牙』って呼んであげるっぽい」
あんた達もうやめて。
もうギリギリどころかアウトに近いのよ。
もう創造神様のHPは0なのよ。
「貴様は知るまい……我々の住むこの世界は、丸い橋の上に存在する。その星々が集まったものを銀河と言う……俺は、この星最強程度の力では満足しない、そう、いずれは銀河で最強の牙となる。その時こそ、俺は『銀河烈風爆進牙』の称号をフベシッ!」
「ありゃ、間に合わなかったっぽい」
──スパァァァァァン
舌を出してテヘペロしているポイポイ。
その手にはアダマンタイト製ハリセンが握り締められていた。
「ちょ、ポイポイ、あんな危険な名乗り口上放置しないで……」
「それは申し訳ないっぽい。では、早速試合するっぽよ」
その言葉と同時に、ポイポイの姿が黒い忍者装束に変化する。
お色気満載くノ一ではなく、実戦用実用本位の装備。
すかさず背中に背負った忍者刀を引き抜くと、目にも留まらぬ早業でダブルジェイとの間合いを詰める。
──ガギィィィィン
ポイポイの放った神速の二連撃がダブルジェイに向かって叩き込まれるが、それは彼の右腕から発した小シールド型結界によって受け止められた。
「およ?」
「ふはははは!! これぞ新しい俺の力だ。焔と冷気、二つの魔力を持つ俺に隙はない!!」
──ガチャッ
ダブルジェイの胸部装甲が開くと、そこから冷気のブレスが吹き荒れる。
一直線にポイポイに向かって放たれるブレスの中で、ポイポイは身動き一つ‥‥しながら翻弄‥‥いや楽しんでいた。
「これぞクロウカシスの放つ冷気のブレスよ。如何なるものをも凍りつかせる絶対零度、この吹雪に耐えられるものはいない!!」
『うん、残念だけれどマイナス30度は絶対零度じゃないよ‥‥クロウカシスのブレスは魔術中和の光のブレスで、冷気は副産物なんだよなぁ‥‥』
努めて冷静に突っ込むマチュア。
ポイポイなど、その吹雪の中で準備体操を始めていた。
「な、何故動ける、さては貴様、冷気耐性を持っているのか?」
「う〜ん、あるけど、これはそんなに寒くないっぽい。占冠と同じぐらい?」
「何だその占冠とは、それはどのような技なんだ?」
「技じゃないっぽい。バナナで釘が打てるって……」
グルグルと腕を回すと、そのまま心力で生み出した手裏剣を飛ばしていく。
「超絶、大回転魔力弾っっっっぽい」
「なんのう。スーパー三節棍っっっっ」
ダブルジェイも太腿から折りたたみ式三節棍を引き抜いて、ポイポイの放った手裏剣を次々と叩き落としていく。
──ガギガギガギガギ
やがてお互いが剣を引き抜き近接戦闘に移行した。
忍術と技術、気力と気力、神の加護と竜の核、それぞれの全力がぶつかり合い、やがて戦いは1時間を超えていった。
「ふぅ、そろそろ終わりにしよう……ウォォォォォォ」
ダブルジェイ渾身の震脚。
大地に亀裂が走り、そこから炎が吹き荒れる。
そして亀裂から巨大な劔が噴き出すと、ダブルジェイはそれを両腕で身構えた。
「なっ!まさかの大張式必殺術か!!」
思わす叫ぶマチュア。
そしてダブルジェイの全身から大量の魔力が放出されると、一瞬でポイポイは金縛りにあってしまう。
「マジカルストームブリザアァァァドォォォォォ!!」
「こ、こんな恥ずかしい名前の技如きニィィイっっっっっぽい?」
必死にもがくポイポイ。
すぐに両腕のガントレットに魔力と心力を注ぎ込む。
──ミシミシミシミシッ
力いっぱい魔力の吹雪を引きちぎるポイポイ。
だが、それと同時にダブルジェイが両手剣を構えて突っ込んできた!!
「これで終わりだぁぁぁぁぁ。今、必殺の、爆進剣・銀河流星斬っっっっっ」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ、魔力の右腕ぇぇぇぇぇっぽい」
──ガッギィィィィィン
一気に振り落とされた爆進剣に向かって、ポイポイは右腕のストレートを叩き込む。
それで爆進剣は基部から完全に砕け散る。
「ポイポイの右の小手には魔力が宿るっぽい。そして左の小手には心力が宿るっぽい‥‥魔力と心力、それを一つに合わせて‥‥」
──ドッゴォォォォォッ
さらに心力を纏った左のフックが、ダブルジェイの右わき腹に叩き込まれた。
「光になるっぽぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
右わき腹から心力がほとばしる。そしてさらに顔面に向かって右拳が叩き込まれると、頭部を一撃で破壊しむき出しになったスチームマンの魔力核を握り、力いっぱい引きちぎった。
──ミシミシミシミシ
それでダブルジェイの体が活動を停止する。
そしてポイポイは手に入れたダブルジェイの魔力核を両手で包み込むように握り締めて‥‥。
「マチュアさん、これでおしまいっぽい」
「ほいほいお疲れ様。それにしても、ずいぶんと強くなったわね」
「マチュアさんからもらった籠手とか装備の力もあるっぽい。あと、ダブルジェイの体の核も回収するっぽい。竜核が二つ収まっているから、色々と調節するっポイよ」
そう告げられて、マチュアもダブルジェイの体表面装甲を素手で難なく引きちぎると、体内の核や生体パーツをすべて回収する。
「そんじゃ、この勝負はポイポイの勝利。ということで、さっそくダブルジェイの新しい体を作って幻影騎士団候補生として登録してやるか‥‥」
「そんじゃあ、ポイポイはアハツェンさん呼んでくるっポイ」
スッとポイポイが消えると、マチュアもまたラピュータに転移して行った。
ここからは時間の勝負である。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






