徒然の章・その15・さらに事態は混迷を迎える
ジョセフィーヌが帰還報告にやって来た日。
ボウモア教授は独自調査を続行する為にこの地に残ること、その際、何か問題が発生したら全てミスト連邦魔術師ギルドが責任を持つという念書を交わしたという報告を受けた。
「それでですが、私の見解では、確実に問題が発生すると思います」
「きっぱりというねぇ。それでどうするのさ? ジョセフィーヌ達は明日、王都に帰還なんでしょ?」
「はい。ここはマチュアさんにお知恵をお借りしたく‥‥」
「あっそ。じゃあジョセフィーヌも残ること。帰還については副官のボルトに一任し、ジョセフィーヌは私と合流して頂戴。ただし単独でこの地に駐留し、表向きは亜種族間抗争の顛末を見届けるという事でよろしくして」
「かしこまりました。それで、ポイポイさんはどちらに?」
「聖地の監視‥‥というか、聖地で監視。結界に近寄ってくる対象があるか監視して貰っているだけだよ。さて、ボウモア教授たちは何処に?」
「クレスト湖に最も近い宿に移ったようです。船着き場も近いですし、そこからならいくらでも調査できると思ったのでしょう」
念書があるということは、おそらくボウモア教授が何かしでかすとジョセフィーヌが判断したから。
ならば、彼女にもそれを見届けてもらうよう伝えようそうしよう。
「それじゃあ‥‥ジョセはここから監視。私の部屋からはちょうど小島も見えるのよ。何か変わったことがあったら、すぐに連絡してくれればいいから」
そう彼女に告げてつつ、マチュアは耳元のイヤリングを軽く指ではじく。
念話のイヤリングはカナン魔導騎士団は全員支給されている備品。マチュアは直接自分と会話できるチャンネルをジョセにも開放した。
「了解しましたわ。では、さっそく散歩がてら見て回る事にしましょう」
軽く一礼してジョセフィーヌは部屋から出て行く。
そしてマチュアもまた、町の中の様子を見る為に散歩に出かけて行った。
〇 〇 〇 〇 〇
前略。
あの忌々しい魔族に、わしが長年発掘調査をしていたナーヴィス・ロンガを奪われて。
結果として、わしは助手であるメルヴィラーと共にヴァンドール帝国を追い出される事になった。
いや、あれってわしのせいではないじゃろうが。
突然やって来た悪魔が、儂のオモチャ‥‥ゴホン、もとい儂の研究成果を奪い去った。
じゃが、この世界にはまだ堕ちた遺物の伝承は大量にある。
その一つがウィル大陸北方にあると聞いて、儂はできうる限りのコネ‥‥というか、オネスティの靴屋(運び屋チーム)を使いまくってウィル大陸の南方、ワグナルド共和国までやってきた。
そこからずっと北方に向かう隊商に同乗し、ラグナ・マリア帝国の北方であるカナン魔導連邦までやってきた。
そしてついに、そう、とうとう念願の遺物を発見したのである!!
「見たまえメルヴィラー女史、あのナーヴィス・ロンガよりもさらに強大な力を感じないかね?」
「ええ、流石はストレイ博士ですわ。まさか本当に石板を解読できたとは思っていませんでした」
「ほっほっほっ‥‥さて、問題はあの結界じゃが、どうしたものかなぁ‥‥ジェイ、いけるか?」
そう自信なさげに後ろにいるスチームマンに問い返す。すると、ジェイと呼ばれたスチームマンはゆっくりと立ち上がって。
「俺の名前はジェイではない。ジェイ・ノインという名前は、とあるクノイチに敗れた時に捨てた‥‥今はそう、さらにパワーアップしたたジェイ。ダブルジェイ・ノインと呼んで欲しい」
「ふむ。旋風のジェイが烈風のジェイジェイになったというのは本当じゃったか。まあいい、お前の力なら、あの結界など簡単に破壊出来るじゃろう?」
ニヤリと笑いつつ、ストレイはメルヴィラー女史に問いかける。するとメルヴィラーも静かにうなずく。
「今のジェイジェイの体内には、スチームマンの魔力核としては最高の核を使用しています。この大陸で手に入れた、ミドルドラゴンの体内より抽出した純魔石から削り出した純魔晶石、しかも二つですわよ二つ」
「その件については助かっている。もしも俺の部下が頭部にあった魔力核を回収してくれていなかったら、俺は死んでいたところだ。そして俺に新しい体をくれたお前たちにも感謝している‥‥」
「別に構わないわ。私は、あの悪魔を超える知識が欲しいのよ。そのためには、どんな犠牲がでようと気にしないわ‥‥貴方の体は先行投資、もしもあの悪魔が姿を現したら、貴方は全力でその悪魔を捕獲すること‥‥ああ、あの悪魔の体内からは、どんな純魔石が手に入るのかしら‥‥」
うっとりとした表情でつぶやくメルヴィラー。
そしてそんなことは一向に気にすることなく、ストレイは近くにあった湖畔の宿へと向かっていった。
今後のベースキャンプとして使う為に。
〇 〇 〇 〇 〇
「?????」
ポイポイは首を捻っていた。
湖畔に姿を現した三人の人物、見た感じでは考古学者とその助手、そして護衛という感じなのだが、その体内から発している反応は、二人は魔族、一人はスチームマンのようである。
「また別の考古学者っぽいね‥‥どうするかなぁ‥‥」
日本から持ち込んだ『きのこの山』を食べつつ、ポイポイが腕を組んで考える。
監視対象以外の不審人物なのか、それともただの観光か?じっと眺めてると、突然スチームマンが胸部装甲を左右に開いた。
──キィィィン
胸部から魔法陣が浮かび上がると、突然高出力の魔力反応が発生する。
「メルト……なんちゃらっぽい?」
正解。
スチームマンの胸部から二連装メルトブラストが放出された。
「喰らえ、烈風のダブルジェイ奥義、メルトスマッシャーっっっっっ」
瞬間最大温度6000度の熱量が結界に直撃する。
着弾点付近の湖水は瞬時に蒸発し、さらに水蒸気爆発を引き起こす。
──ドウムッッッッッ
鈍い爆音と巨大な衝撃に結界が震える。
そして、その衝撃は湖畔にあった宿にも直撃し、一瞬で宿とその周辺の建物を廃墟に変貌させた。
「なっ、魔導騎士団に勅令、湖畔にいた人々の救出任務を最優先、ジョセフィーヌは周辺の調査をお願い!!」
爆音と衝撃波は、街の中を散策していたマチュアにも届く。そしてそれがクレスト湖畔で起こったことを感じ取ると、すぐに念話で滞在している騎士団に命令する。
この地にいるカナン魔導騎士団には、マチュアがお忍びで滞在しているという連絡は入れてある。
ならばと騎士団は湖畔へと向かった。
「ポイポイさーん。何があったの?」
『へんなスチームマンが結界を攻撃したっぽい。破壊はされないけど、また魔法陣を展開しているっぽいよ』
「すぐ向かうわ!!」
──シュンッ
一瞬でラピュータの艦橋区画に転移すると、椅子に座ってモニターを見ているポイポイの横に立つ。
「あれが敵?」
「そうっぽい。拡大するっぽいよ」
すぐさまモニターにスチームマンたちを映し出す。
ふ?と、そこにはマチュアに見覚えのある人物が二人、ポイポイの見覚えのあるスチームマンが一人立っていた。
「あ……あ〜、あっちの大陸の魔族の考古学者たちか」
「隣のスチームマンは、ポイポイが一度倒した奴っぽい。でも、あちこちバージョンアップしているっぽいよ」
「今は魔力の充填中かぁ。メルトブラストのようだけど、何か効率悪そうだなぁ」
「どうするっぽい?」
「放っておいたら危険だから、実力で排除する……って、おや?」
モニターを見ているマチュアとポイポイの視界に、数名の人物が現れた。
そしてツカツカとストレイ達の元に向かうと、何やら怒鳴り散らしているように見えた。
………
……
…
いよいよ今日から単独調査が始まる。
先日までは、このカナン魔導連邦の騎士や考古学者たちが主導で調査をしていたのだが、突然の調査中止が言い渡され、調査チームは解散となった。
そのため、ボウモア教授らミスト連邦魔術ギルドの調査班は独自調査を開始。
その準備を終えて宿から出ようとした矢先に、遺跡のある小島の方から突然爆発音がした。
その直後にやってきた衝撃波で建物は完全崩壊したのだが、護衛の魔術師たちの瞬間結界によりどうにか衝撃波の直撃は耐えられた。
「み、皆は無事か?」
「はい。教授、今のは一体何が起こったのですか?」
「知らん。だが、あの遺跡に何かあったに違いない、動ける者は行くぞ!!」
すぐさまボウモアと数名の護衛魔術師たちが動く。
そして湖畔までやってくると、一人のスチームマンが遺跡のある小島に向かって魔法陣を展開しているところに出くわした。
「貴様たち、こんな所で何をしている!!あの小島は古代の遺跡が眠っているんだ!そんな攻撃をして、遺跡に何かあったらどうするんだ」
真っ赤な顔で叫ぶボウモア。
すると、メルヴィラーがダブルジェイの魔法砲撃を一旦止めるように指示した。
「ダブルジェイ、一旦中止よ」
「ほう、お主はあの小島が遺跡だと知っているのか?」
メルヴィラーの言葉の後に、ストレイがボウモアの前に出て問いかける。するとボウモアも、ストレイの言葉に少し冷静になる。
「当然だ。我々の調査隊はあの中まで入った事もある。だが、突然壁や床がせり上がって通路が封鎖されてしまったんだ。その直後からあの結界だ。これからどうやって調査するから考えていたのだが……お主達は何者だ?あの遺跡を知っているのか?」
「当然だ。我々もあの遺跡をずっと探していたのじゃ。ワシの研究によれば、あれは古代の超兵器、浮遊戦艦と呼ばれるものじゃ」
そのストレイの言葉の直後、ボウモアは感動に震えた。
「そうか……あれも浮遊大陸の一つだったのか。なら、是非ともあれを手に入れて、本国に持って帰りたいものだ」
「何を言う。あれをずっと研究していたのはワシらじゃ。なので、我々はあの遺跡の、小島の所有権を主張するぞ」
胸を張って叫ぶストレイ。だがボウモアも一歩も引かない。
そして先の爆発の原因に興味を持った野次馬達が次々と集まり、先のストレイとボウモアの言葉にさらに反論を開始。
「おいおいふざけるな、あの遺跡を最初に発見したのは俺たち獣人族だ、所有権は俺たちにもある」
「またその話を振り返すのか、発見したのはドワーフじゃろうが、獣臭いやつは黙っておれ」
「ドブ臭いドワーフも黙りなさいよ。あれは私たちエルフの物よ。獣も酒樽種族も下がって頂戴」
「御三方冷静に。あれは我がリザードマンが所有権を持つ。貴殿らは下がりたまえ」
「なんじゃお前らは。ワシらは遠路はるばる海を渡ってここまで来たのじゃ、そんな言葉で引きさがれると思うな」
「ワシらもあれを持って帰る。国にある浮遊大陸は王家所有で内部調査もできない……なら、我々魔術ギルド所有の浮遊大陸があっても良いではないか!!」
「「「「「なんだと(じゃと、ですって!!)」」」」」
もう一触即発の状態である。
だが、その後方から大勢の騎士や自警団が駆けつけるのに気が付くと、全員が一斉に逃走を始めた。
唯一ストレイ教授達とボウモア教授一行のみがそこに留まり、更に話を続けているようだが。
「さっき、王家所有の浮遊大陸が有ると言っていたな?」
「うむ。ミスト連邦所有の浮遊大陸はある。幻影騎士団から親善として贈られたもので、王都上空に浮いておるが」
「そ、それはどこに言ったら見られるのだ?それはまさかナーヴィス・ロンガではないのか?こう、巨大な戦艦の形をしていてな……」
両手でナーヴィス・ロンガの形状をなぞって見せるストレイ。だが、ボウモアの知っている浮遊大陸はレムリアーナ。形状も大きさも違う。
「陛下のお話では、我らの国の上空のあれはレムリアーナと言うのだが」
「なっ、レムリアーナですって!!」
その名前にストレイは言葉を失い、メルヴィラーは叫ぶ。
何故なら、レムリアーナは異世界侵攻に向かったものであり、ここにあるはずがない。
もしあると言うのなら、それは彼女達に命令していたブライアンやカーマイン達が敗北したと言うことを意味するのである。
「うむ。ベルナー王家の幻影騎士団が鹵獲し、シルヴィー女王から賜ったものと聞く。それに、幻影騎士団も浮遊大陸は一つ所有しておるぞ。ええっと……大陸戦艦なんと言ったかな?」
「大陸戦艦?まさかヴィマーナ?」
「おお、それじゃ。それも幻影騎士団が鹵獲したらしいぞ……」
メルヴィラーは紅潮した頬を両手で抑える。
夢にまで見た浮遊大陸シリーズ、それの稼働しているものがこの国に二つも存在する。
そして目の前には、まだ誰も手を付けていない浮遊戦艦。
これをなんとしても手に入れなくてはならない。
そしてそれはストレイも同意である。
幸いなことに、目の前の結界はダブルジェイでも破壊不可能、なら、人間如きに開けられるはずはない。
「ううむ。メルヴィラー、ダブルジェイ、ここは一旦宿に帰ると……」
「ええ、それがよろしいか……と?」
ストレイ一行、そしてボウモア達はいつのまにか騎士団に囲まれていた。
「さて、この爆発事件について、ちょっとお話を伺いたいので、同行宜しくお願いします……全員確保ぉぉぉぉぉ」
ジョセフィーヌの号令と同時に、騎士団が一斉に動く。
そして必死の抵抗も虚しく、全員が逮捕されてしまう。
なお、常人では抑えきれる筈がないダブルジェイは、こっそりとマチュアが変装して合流したアルフィンによって捕獲されたのは言うまでもない。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






