徒然の章・その14・そんな簡単ではありません
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カナン魔導騎士団が酒場にやって来たので、マチュアは急ぎ食事を終えて部屋まで避難した。
予測では、この後はジョセフィーヌが慌ててやって来て、陛下、何卒お力を‥‥。
「って言うパターンだよなぁ」
「その通りっぽい。けど、そこまで問題あるっぽい?」
「だって、私がやったのは方舟の閉鎖。だから所有権争いは何も解決していないんだよ?」
「ふむふむ。なら、そこについては領主さんに任せた方がいいっぽい」
「まあその通りなんだけれどねぇ。ほら、結界を張って誰も島に上陸出来なくしたけれど、所有権さえあればそれを破壊して入ろうとするじゃない。とかく権利を主張するものの行動は何処までもエスカレートするものよ?」
「マチュアさんの神威結界、そんなに簡単に破壊出来るものっぽい?」
「ただの亜神クラスの結界だから、意外と突破できるものよ? 同じ亜神とか、忍者マスターの結界中和能力とか、後は‥‥古代の魔導具とかの類を使ってなら突破出来るだろうなぁ」
「忍者マスター? ポイポイでも可能?」
そう問いかけるので、マチュアは目の前に神威の結界壁を作り出す。
その手前でポイポイは意識を集中して、結界に手を当てると‥‥。
──スッ
難なく結界をすり抜けることができた。
「ありゃ?」
「ほらね? まあポイポイクラスの忍者マスターがこの世界にどれだけいるのかっていう所よね?」
「十四郎とマチュアさん‥‥後は、多分だけれどオネスティの臘月はいけるっぽい」
「臘月‥‥ああ、報告に聞いたオネスティの実動班かぁ。その人そんなに強いの?」
「ポイポイよりも少し遅れる程度、十四郎とは互角っぽい」
「おおう‥‥そんな奴いるのか。幻影騎士団に引き込みたいわぁ‥‥って、十四郎と同じって、生身で亜神と同等なの? そいつ欲しいわぁ」
「それはムリっぽいよ。忍者は二君に使えずっぽい‥‥ごめんなさい、十四郎みたいのもいるっぽい」
「だよねぇ。ま、それはいいわ。とにかくそうそう結界を突破出来ない事はわかったでしょ?」
──コンコン
そんな話をしていると、扉を誰かがノックする。
扉の向こうに視線を合わせて、マチュアは瞳に魔力を集めて扉を見る。
『スキル・魔力感知と視認を有効化‥‥と、これはジョセか』
「その魔力波長はジョセフィーヌだね、どうぞ」
「では失礼します」
ガチャツと扉を開いて室内に入ってくるジョセフィーヌ。
そして近くの椅子を指差し、マチュアが頷くのを確認すると、軽く一礼して椅子に座る。
「さて‥‥マチュアさん、こんな所で何をしているのですか?」
お、種族が人間族になっているので店長とは呼ばない。
服装も商人なので陛下でも賢者でもない。
流石は馴染み亭店員第一期筆頭にしてカナン魔導騎士団第三騎士、このあたりの判断力の高さと順応性はピカイチである。
ちなみに第一騎士はゼクス、第二騎士はファイズなので人間としてはカナン魔導騎士最強である。
「ん‥‥仕入れしながら行商‥‥と、範囲型沈黙‥‥これで良し。私はお忍びで諸国漫遊世直し旅だよ」
「はぁ、イングリッド宰相から話は出ていましたからそれは分かります。で、何故、種族間抗争の始まっている危険地帯にくるのですか」
「それは違う。私が来た時はもう始まっていた。なので、その大元を調べて使えなくした」
「やっぱり、昨日の浮遊大陸の地震は陛下だったのですか。あれから大変だったのですよ? 次々と床や天井から壁が生えてくるので、逃げるのに必死だったのですから」
「あはは‥‥それは御免」
「でも、怪我人はいなかったっぽい?」
「ええ、なんとか全員無事です。それと陛下の護衛はポイポイさんなのですか、宜しくお願いしますね。何かあった時は、全力で陛下を止めてくださいね?」
「了解っぽい。そのための幻影騎士団っぽい」
何か話が逸れ始めたので、マチュアは一度舵を取り直す。
「それで、あの箱舟の調査はどれぐらい進んだの?」
「調査団が第二階層と呼んでいる区画までですね。ちょうど島の中央地下にある巨大なドーム空間までです。なんとそこには伝説の世界樹の若木が生えていまして、ボウモア教授がそれを地上に移植するといいまして。他にもあの島自体が巨大な魔導具であるという仮説もありまして、大至急調査を再開したいと言って聞かないのですよ」
「あ~それは駄目」
「駄目ですか?」
「あの小島は浮遊大陸シリーズっぽい。うーんと、水晶の民の住んでいる『浮遊大陸ティルナノーグ』、幻影騎士団保有の『大陸戦艦ヴィマーナ』、ミスト連邦保有の『浮遊島レムリアーナ』、そしてカナン魔導連邦保有の『破滅の戦艦ナーヴィス・ロンガ』とおなじ種類っぽい」
そのポイポイの説明を聞いて、ジョセフィーヌは瞳を何度も瞬く。
どうやら事の大きさが理解出来たのだろう、腕を組んでしばし考え始めた。
「あの陛下、今回のあの小島の名前はなんというのですか?」
「『自律飛行型補給船ラピュータ』よ。あの島内だけで軽く一億人規模の食糧生産能力を持っているわ。それと、伝承級の植物が自生しているのも特徴。だから、あれは人目に触れてはいけないのよ」
「そうですか。では、あの島の調査は中止して、立ち入り禁止区域としましょう」
「それで納得するのかねぇ‥‥少なくとも、ここの領主であるクラフト伯爵には事情を説明したほうが本当はいいんだけれど‥‥真実なんて知ったら、すぐに立ち入って金になりそうなものを吟味し始めるだろうなぁ」
それが人間というものである。
そもそも国家レベルで保有しているものを、一領主が自由にしていいはずはない。
かといってラピュータをカナン王家で接収するのも問題あるだろう。発見場所がクラフト領なので、それなりの報酬を支払わなくてはならないし、さらに金銭以外の見返りを求められても困る代物である。
「まあ、明日にでも島全体に巨大な結界を施しますわ。当面はそれで様子見して、その間にいろいろと考えてみましょう」
「かしこまりました。それでは私たちは明日にでもクラフト伯爵の元に行ってまいります。今晩中に報告書を作成し、あの島自体は人間が手をつけてはいけない聖域であるとでも伝えておきます」
「そうしておいて。そんじゃあとは宜しく。報告書の草案で判断付かない事があったらまた聞きに来て」
「はい、それでは」
丁寧に頭を下げて部屋から出ていくジョセフィーヌ。
そしてマチュアとポイポイは、今一度ラピュータに結界を施すために、マスターキーの能力で一旦小島に転移した。
〇 〇 〇 〇 〇
クルフ大湖都市中央に高くそびえる石の塔。
古代魔法王国クルーラーの残した大いなる遺産の一つであるが、その内部には遺跡らしいものはすでに存在しない。
長い年月をかけてすべて回収され、残った塔にはクラフト伯爵の屋敷のある階層とクラフト伯爵領の執務機関のある階層、そして一般開放されている一般区に分かれている。
マチュアの元を後にしたジョセフィーヌは、まずは先日までの報告という事で必要書類を全てまとめ、午後から執務機関にやって来た。
そしてクラフト伯爵に謁見を求め、静かに応接間で佇んでいる。
「はぁ‥‥気が重いですわ。この報告書で果たしてよろしいのでしょうか」
「陛下がよいと仰ったのでしたら、それでよろしいのではないですか?」
「まあ、そうですわね」
「ええ‥‥と、どうやらいらっしゃったようですよ」
ジョセフィーヌの副官であるボルト・コルセリアが、凛とした表情でそう告げる。
彼もまたカナン魔導騎士団の精鋭の一人であり、文官としての才能はジェラール男爵にも匹敵する。
ゆっくりと扉が開き、見た感じ派手でない質素なチュニックに身を包んだ、やや細身の中年男性が室内に入ってくる。
そしてジョセフィーヌたちをみて軽く会釈すると、静かに席に座った。
「ご苦労様です。受付から話を伺いましたが、報告書が出来上がったとかで」
「はい。こちらがその報告書になります。どうぞご確認ください」
傍らに置いてあった書面を手渡す。
最終的にあの島は亜神の住まう聖域であり、島管理人である亜神が目覚めたので誰も立ち入る事が出来なくなったという事でマチュアとのすり合わせはついた。
そして手渡された書面をゆっくりと確認するように見ているクラフト伯爵。
「あの小島が亜神様の聖域であったというのは理解しました。そして島自体が目覚めた為に、もう誰も立ち入る事はできないというのも‥‥では、あの中にあった世界樹の移植についてはどうされるのですか?」
「それはすでに不可能です。あの島に張り巡らされた結界は強固であり、何人たりとも破る事は出来ません。もし無理やりにでも結界を破壊しようものなら、亜神の怒りを買う事になるでしょう」
「では、カナン魔導連邦としては調査は完了ということですね?」
「はい。伯爵さまの許可が得られれば、私たちは早急に王都に帰還します」
そう告げるジョセフィーヌ。だが、クラフト伯爵は顎に手を当てて何かを考えている。
「一つ教えてください。もしもあの結界を破る事が出来て、なおかつ中で眠っている亜神様の許可を得られれば、あの小島の遺跡は私達の自由にして構わないのですか?」
そう来たか。
クラフト伯爵がそう問いかけるのも、マチュアはすでに想定済みである。
「その件については、亜神様がカナン魔導連邦に害をなさないのであれば構わないそうです。それに、あの結界をたやすく破る事が出来る者がいるかどうか‥‥それこそミナセ陛下程の魔力保有者でなくては難しいのでは?」
「そうなんですよねぇ。まあ、それを確認したかっただけですから。では、これで調査は終了とします‥‥お疲れさまでした」
「ありがとうございます。では、ボウモア教授にも終了とお伝えしておきますので」
「はい、よろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げると、ジョセフィーヌとボルトは部屋から出て行った。
‥‥‥
‥‥
‥
「‥‥納得いかんな」
クラフト伯爵の屋敷を出て、ジョセフィーヌは調査団の宿泊している宿へと戻ってくる。
その最上階にある大きめの部屋を会議室とする為に借りて、ジョセフィーヌは調査団全員を招く。
そして調査が完了したので調査団は解散になること、あの小島ではこれ以上の調査は出来ない事を告げた。
カナン王都からやって来た調査チームと護衛の騎士は納得するのだが、ここにきてミスト連邦から来た考古学者チームが猛然と反対。
「ですが決定は決定です。あの島に住んでいる亜神により島全体には結界が施されてしまいました。もう内部に入っての調査どころか、島に立ち入る事も出来ないのですよ?」
「じゃが、あの島には我々考古学者が長年追い求めてきたものがある。何よりも、あのドームの中央にそびえたつ世界樹をおぬしも見たであろう? あれを放置しておく訳にはいかぬ」
「世界樹なら尚更、人の手に触れてはいけないのでは?」
「この世界には、もう世界樹は存在しておらぬ……もう遥かなる過去に、世界樹ユグドラシルは魔族と竜族によって滅ぼされてしまったからな‥‥世界樹からは魔力素と呼ばれるものが放出されていたのだが、それを失ってからは、この世界にただよっている魔障を魔力の源としたのじゃよ‥‥」
そう考古学的には広く一般的に伝えられている。
その推論は全てが間違いではない。だが、世界樹が消滅したのはそれを管理していた始原の種族と呼ばれている者が神の怒りに遭った為であり、結果として世界樹の代用となったのが魔晶石である。
その後、魔晶石から発している魔障が魔力素の代用となる事が発見されて現在に至る。
魔障と魔力素のエネルギー比率は1:12,800
それ程の魔力素があれば、この世界はさらに魔術的発展を遂げたかもしれない。
「ですが、今は世界樹は無くても十分に満ち足りてるではありませんか」
「それは発展には繋がらん。古きから新しきを知るのが考古学である。この後、ミスト連邦魔術ギルドは独自調査を行わせて頂く」
「何て勝手な‥‥分かりました、では今後の調査は全て自己責任とし、何か問題が発生した場合はミスト連邦に後始末をお願いします‥‥」
すぐさま羊皮紙を取り出し、それらの取り決めを書き記す。
そこにボウモア教授が責任者としてサインと魔術印を施して契約は成立した。
「これで良かろう。ワシとしても、ただ調査に来て手ぶらで帰るわけにはいかぬ。連邦王都に浮かぶ浮遊島を見せつけられてから、ワシの考古学的探求は停止するのをやめたのだからな‥‥では失礼する」
それだけを告げて、ミスト連邦側の関係者は席を立つ。
そしてカナン魔導連邦側も話し合いは終わったので、全員が帰還の準備を始めた。
〇 〇 〇 〇 〇
ジョセフィーヌがクラフト伯爵と会談をしていた頃のラピュータでは。
艦内をゆっくりと散歩するマチュアとポイポイ、汚れている部分には清掃の魔術を掛け、壊れている部分には修復を施す。
そして時間をかけて艦内を色々と調べているのだが、ふとポイポイは疑問に思った。
「マ~チュ~ア~さん、この船すごく広いっぽい」
「そりゃそうだ。現在の区画の広さだけならナーヴィス・ロンガの1250倍あるからね」
「????????」
「この船、各区画ごとに空間拡張の魔術式を施してあるのよ。特にドーム状の生命球区画は大きいねぇ。ウィル大陸にも匹敵する空間形成がされているのよ‥‥そして、それを実現可能としたのが、この魔導ジェネレーターっていうこと」
気が付くと二人はジェネレーター区画に到着していた。
その中央、中空に浮かんでいる巨大な水晶球を見て、マチュアは思わず身震いしてしまった。
水晶球の中からは光があふれ、それは室内すべてを照らしていた。
「これは‥‥ナーヴィス・ロンガのとは違うっぽい?」
「そ。これを考えて、ここに設置した魔導師は化け物よ‥‥これは『ダイソン球殻』っていってね‥‥この水晶の中には『一つの世界』が封じられているのよ」
「世界?」
「そ。その世界から力を吸収して、この水晶球に刻まれた魔法式によって外部に出力している‥‥この規模だと、第二段階、恒星とその周辺の内惑星が封じられているのかな? 例えとして簡単に説明すると、この中には『カリス・マレス世界』が封じられていて、その世界の惑星や太陽から発しているエネルギーを回収しているといえば?」
「理解っぽい‥‥」
そう告げて、マチュアはじっとダイソン球殻を眺める。
視認を使って鑑定しようとも考えたが、それはまだ時期早々なのと、これを作ったのが人間ではないような気がしたので鑑定するのをやめた。
「さて、それじゃあエネルギー出力を1%まで解放して、結界維持と艦内中央の生活区画の安定にすべて費やすとしましょうか‥‥」
そう告げると、二人は再び艦橋へと戻っていく。
そしてラピュータを包む結界が再び静かに輝き、何人も通さない聖域を形成した。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






