徒然の章・その7・再会‥‥かーらーの無茶ぶり
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
カナン魔導連邦王都を出て、既に一か月半。
マチュアはトリストン子爵領から北東にあるアレクトー西方森林区へとやってきた。
道中様々な事件があったが、広大な森林を抜け草原を越えた先にあるアレクトー伯爵領の領都シルバーホーンが見えてくると、ようやく緊張の糸がほぐれていった。
一体何があったかというと‥‥。
「はっはっはっ。この森林は動物資源が大量ですなぁ」
「まあね。ノッキングバードの群れがいたのには驚いたけれど‥‥グランドドラゴンの幼生体とか、水神竜クロウカシスの眷属のスモールドラゴンとか、デモンズベアーとか、ダイナマイトバッファローとかマーダーマンティスの群れとか、ハイオークの集落とかゴブリンの旅団とか‥‥この森林街道、よく商人が通れるわねぇ」
森林に入ってから、マチュアの馬車はずっとモンスターの群れに襲われっぱなしであった。
こんな危険な街道、よくも通れるものだと思わず感心してしまう。
事実、街道途中にある休憩地点には、襲われて破壊された馬車の姿や、殺された冒険者の亡骸などが彼方此方に散乱していた。
可能な限り荼毘に付して町に向かって来たのだが、森から出るまでに倒したモンスターの資源だけでも売り飛ばせば軽く数年は遊んで暮らせるレベルである。
「はっはっはっ。それを全て瞬殺している賢者殿が一番怖いでござるなぁ」
「ぬかせ。十四郎だって嬉々として戦っていただろうが‥‥お、森を抜けるぞ」
そのまま森を抜けると草原地帯。
先程までの殺伐とした風景から一転して牧歌的な風景に切り替わる。
そして道中にあるいくつもの村を経由し、ようやく到着したのがこのアレクトー伯爵領の領都シルバーホーンである。
高さ10mにも及ぶ巨大な城壁、その下にある正門でマチュアは通行証を発行してもらうと、ガラガラと町の中に入って行く。
‥‥‥
‥‥
‥
「ここが何とか伯爵領っぽい。すごーいおおきーいっぽい」
「そうだねぇ‥‥って、あれ? 正門の外までは十四郎だったんだけれど、ポイポイさんいつのまに?」
「今っぽい。ウォルフラム騎士団長の命令で、ポイポイは暫くマチュアさんの影当番っぽい」
「暫くって、いつまで?」
「マチュアさんにもいいって言われるか、十四郎が代わって欲しいって言うまでっぽいよ」
何とフレキシブルなブラック職場であろう。
そのポイポイの言葉にマチュアはハァ‥‥とため息をつきつつも、アレクトー伯爵領領都であるシルバーホーンの中央街道をのんびりと進む。
──ガラガラガラガラ
すると、マチュアの馬車の後方からものすごい勢いで走ってくる一台の馬車。
その横に記されている紋章はアレクトー伯爵のもの。
現在、マチュアの馬車に並走する形で横を走っているのである。
そして窓からマチュアの馬車を眺めているジョージ・アレクトーと御者台のポイポイの隣で座っているマチュアの目が合う。
「マ、マチュアへ‥‥っっっっ」
驚きのあまり叫ぶアレクトーだが、そこで口をふさいで腕を組むと、しばし苦々しい表情で何かを考えている。
そして葛藤を乗り越えて、ぴったりと馬車を寄り添わせて呟いた第一声がこれである。
「貴様マチュア、何でこんな所にいる!!」
「あ‥‥どなたかとお間違えでしょうが、私は商人のマチュアと申しますが」
「何処の世界に幻影騎士団の殺人姫を従えた商人がいるんだ!! 一体ここに何しに来た」
「あ~、ひょんなことでばれるものだねぇ」
「あのなぁ‥‥幻影騎士団のお披露目の時とか、ミナセ陛下の演説の時とかで背後に従えていただろうが。一般人はともかく、俺たち貴族には似顔絵も回ってきて色々と言明されているんだが‥‥それよりも、さっきの話だ!!」
流石はアレクトー伯爵。マチュアの姿を見てただの商人として話をしている。これにはマチュアも感心し、そのまま話を合わせていく事にした。
「ただの旅ですよぉ。ひっそりこっそり世直し旅というか、こっそり王国内視察の旅?」
「はぁ。わかった、それならいい。うちの領内ではあんまり目立ったことはするなよ‥‥もし困った事があったらうちの屋敷か町の中央にある商人ギルドの隣に、うちの政務事務所があるからそっちに来い」
「かしこまりました。私のようないち商人に暖かい温情をいただきありがとうございます。何か困った際にはぜひとも立ち寄らせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
マチュアも最後は周囲に聞こえように丁寧な声で頭を下げる。
するとアレクトーもフン、と疲れた顔で座りなおして、そのままマチュアの馬車を追い抜いていった。
「はぁ、マチュアさん、ポイポイも変装したほうがいいっぽい?」
「なんか適当にお願い」
「了解っぽい」
ごそごそと馬車の中に潜り込み、じっくりと変装するポイポイ。
そして再びマチュアの隣に座った時の姿は、どこから見ても初心者冒険者の少女であった。
田舎臭いといえばそうなのだが、まだ何もしらない初心な少女という雰囲気がよく似合う。
「うわぁ、詐欺だ」
「詐欺じゃないっぽい」
「あーはいはい。名前はどうするるの?」
「ポイポイでいいっぽいよ。裏の仕事の時は黒夜叉っていう名前だし、そっちのほうが有名っぽい」
「うわ、物騒な‥‥まあ、それでいいか」
取り敢えずガラガラと馬車を走らせると、途中で倒したモンスターの買い取りを頼む為に冒険者ギルドへと向かう。
道が判らなかったので途中の人に訪ね、10分程走ったらギルドの建物が見えて来る。
大きさ的にはカナン王都の冒険者ギルドよりも一回りほど大きく、資源買い取り用の建物は隣接していた。
そのまま買い取り小屋の前に馬車を止めると、マチュアは堂々と建物の中に入って行く。
「たのもーう」
「頼まれたくねぇなぁ‥‥威勢のいいねーちゃんよ、一体何の用だ?」
建物の中には幾つかのカウンターがあり、丁度3つのグループが買い取りの相談をしている所であった。なので一番端にあるカウンターに向かうと、そこにいた強面のおやじに話し掛ける。
「商人ギルドのカードしかないんだけれど、買い取りは可能?」
「‥‥商人がどうやって‥‥って、その護衛が倒したのか。護衛さんは冒険者登録はしていないのか?」
「やった事ないっぽい」
胸を張って堂々と告げるポイポイ。するとおやじはハァとため息をつく。
「冒険者ギルドのメンバーなら買い取りは交渉価格の100%、商人ギルドの奴なら75%で買い取ってやる。解体していないのなら更に解体料として10%の手数料を引かせて貰うがいいんだな?」
「依頼のターゲットの場合は?」
「そもそも依頼内容にどの部位が必要とか書いてあるんだよ。それ以外の部分の買い取りとなる‥‥で、キラーラビットでも捕まえてきたのか?」
そう告げるおやじ。するとマチュアは肩から下げている拡張バッグからノッキングバードを一羽取り出した。
総重量300kgの巨大な鳥、それがカウンターからはみ出している。
これにはその場にいた冒険者たちも目を丸くして驚いていた。
「‥‥はぁ、まさかこいつをそっちのお嬢ちゃんが倒したんじゃないよな?」
「馬車ではねた。まさか真っ直ぐに馬車に向かって来るとは思わなかったわよ」
そのマチュアの言う通り、ノッキングバードには何かにぶつかったような跡しかない。
切り傷一つ付いていないため、かなり高額で引き取って貰えそうである。
「まあ、大体買い取りはこれぐらいで‥‥それよりも、こんなのどこで捕まえたんだ? このあたりの草原ではめったにお目にかかれない代物だぞ」
「あ、途中の森の中で。あの森の生態系無茶苦茶だわ、何であんなに化け物が一杯いるのよ」
マチュアが目の前に積まれた金貨を拡張バッグに仕舞いつつ呟く。すると、買い取り小屋の空気が変わった。
「あ、あの森を越えてきたのか?」
「よく無事に抜けられたな‥‥途中でホブゴブリンとかハイオークの集落もあっただろうが」
「たかが商人が抜けれる筈ないんだが‥‥その護衛のねえちゃんはそんなにすごいのか?」
「おいおい、こりゃあひょっとしたらひょっとするぞ」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
もっともマチュアにはチンプンカンプンな会話なので、目の前のおやじに改めて問いかける。
「あの森って、何かあるの?」
「あるのも何も、つい半年前に『ダンジョン』が生まれたんだよ」
‥‥‥
‥‥
‥
カリス・マレスのダンジョンには幾つかのパターンがある。
例えば自然洞や廃坑などにモンスターが住みついた『生息型』。
古代遺跡などに住み着いた生息型と、その遺跡を守護するモンスターによって構成される『遺跡型』。
これらは一般的なダンジョンであり、攻略にもそれほど面倒ではない。
そしてもう一つが一番厄介な『生体型』である。
魔障濃度が高い地域などに存在する魔晶石が、ある日突然生体活性化し巨大洞窟を形成する。
魔晶石は『ダンジョンコア』となりダンジョンの奥深くに住み着き、どんどん魔障を吐き出していく。その魔障の中から魔物が生み出されたり、魔族の聖地である『メレス』とつながるゲートを作り出し、洞窟の中を魔物で満たしていく。
この生体型の厄介なところは、ダンジョンの生まれた地域が土地ごと『ダンジョン』という名のモンスターとなってしまう事。つまり大地は皮膚であり、爪であり、顎となってしまう。
そしてダンジョン内の魔障濃度が飽和状態となると、内部に生息していたモンスターが外に溢れ出してしまうのである。
これが『ダンジョンスタンビート』と呼ばれる現象で、古代の文献によるとダンジョンスタンビートで滅んでしまった王国も存在するのである。
スタンビート化したモンスターは人里を襲い、殺し、奪い、犯し、姦す。
まさにモンスターによる蹂躙が始まるのである。
‥‥‥
‥‥
‥
「はあ。それは大変ですねぇ‥‥では私はこれで」
「同じく、井坂十蔵」
ポイポイさん、そのネタやめーや。
話だけ聞いて、そのまま買い取り小屋を後にするマチュアとポイポイ。そんな大事件に巻き込まれるのは御免であるという事と、その程度は冒険者でどうにかして欲しいという切実な願いが込められている。
実際、『生体型』ダンジョン程度なら、マチュアが一人で突入して最下層のダンジョンコアを破壊すればはいお終いである。が、その中には大量のモンスターや、人間を誘い込むために魔障と魔力によって生成された魔導具が大量に転がっている。
それらを餌にして冒険者を誘い込み、内部で殺してダンジョンの養分とするのである。
どう見ても初心者冒険者と商人のコンビ、そんな二人にダンジョンをどうこうして欲しいという依頼が来る筈もない。
そのまま冒険者ギルドをそーっと覗いて見ると、軽く150人程の冒険者達が出入りしているのがわかった。
見た感じの初心者から、ベテランAランクパーティーっぽいのまでいる。
ならマチュアたちには出番なしと判断し、そのままその場を後にしてここでしばらく活動するための宿を探す。
どの宿も冒険者で溢れかえっていたのだが、幸い都市の外れにあった宿の一室が開いていたので、マチュアとポイポイはそこを10日程前金で借りる事にした。
「はぁ。ここは町の中の犯罪どうこうよりも、ダンジョンスタンビートを警戒したほうがいいんだろうねぇ。見たところ強そうな冒険者もいるし、マーダーマンティスやダイナマイトボア程度ならどうにかなるでしょ‥‥放置確定」
「でも、スモールドラゴンは無理っぽいよ。それに、多分野生のレッサーデーモンもいるっポイ」
「マジ?」
「シルヴィー様から学んだっポイ。なのでマジ」
「そっか‥‥レッサーデーモンかぁ‥‥」
感慨深く考えるマチュア。もう他人事モードに突入していたので、自分には関係ないと思っていたのだが。
災いは、忘れた頃に歩いてやって来る。
──コンコン
部屋の扉がノックされる。
そして聞こえてきた声は絶望であった。
「商人のマチュアさまにお客様です。アレクトー伯爵さまの使いのものがいらっしゃっています」
「いないって言って欲しいんだよなぁ‥‥はいはい、今行きます」
そのままマチュアとポイポイは、半ば強制的にアレクトー伯爵の屋敷へと案内される事になってしまった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






