反撃の狼煙・その26・後始末と別れと
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
──シュウウウウウウ
ゆっくりと修復していく建物。
エクストラの襲撃を受けて燃えた民家やビル、そして衝撃で倒壊しかかった酒場・冒険者ギルドが、巨大な魔法陣の中で修復していく。
戦闘の直後、マチュアは集まって来た警察関係者に状況を説明し、聖域範囲で範囲を拡大した修復の魔術によって壊れた全ての物の修復を開始した。
完全修復まで4日、それまで居所を失くした人々の宿泊料金と収入などは全てマチュアが補償し、その場の一件は何とか丸く収める事になった。
集まった警察や自衛隊の上層部には、エクストラの件についてはウルルドラゴンに寄生していた悪魔の所業と説明し、北海道にまでやって来た理由は不明と告げる。
そしてマチュアは一旦体を休める為、札幌上空までやってきたナーヴィス・ロンガに転移してその日は熟睡した‥‥。
そして翌日。
「うぉう、昨日の戦闘シーンって中継していたのかよ」
インターネットに流れているニュースなどで、先日のエクストラ戦の全てが動画に収められていた。
撮影していたのは居酒屋・冒険者ギルドの隣の駐車場に停まっていたどっかの中継車、さすがに衝撃で中継車は横倒しになってしまっていたが、一人のADがハンディカメラで一部始終を撮影。
魔術による戦闘が世界中に公開されてしまっていた。
「そりゃあもう。今でもこのナーヴィス・ロンガの周辺には自衛隊の護衛ヘリが旋回していますよ。とっととどこかに移らないと、この船が襲撃された時に札幌まで巻き添えにしますよよ?」
「まあ、やらかしそうな国はいくらでもあるからね。ララ、進路変更して石狩湾まで移動。そのまま沖合10kmに停泊して」
「了解ですわ。魔導ジェネレーター出力上昇、指定座標に向けて自動航行開始と」
ノインの説明を受けて、ナーヴィス・ロンガは再び動き出す。
そして石狩湾沖合まで到達すると、そこでゆっくりとした時間を過ごす事にした。
せめて建物の修復が終わるまでは、札幌で警戒したいのだろう。
「あの、マチュア様、一つ聞いていいですか?」
のんびりとしているのなら好都合と、ノインはふと思った疑問をマチュアにぶつける。
「何? 私に答えられる範囲でなら構わないわよ」
「エクストラの魂を、どうして魂のスフィアに封じられたのですか? それに、空間収納には生き物は入れられないのでは?」
その疑問はごもっとも。
「うん、そうだねぇ。いい所に気が付いたねぇ」
そこで、マチュアは生命の定義について説明を始めた。
‥‥‥
‥‥
‥
まず、創造神管理の8つの世界、これは全て一つの冥界に通じている。
全ての生きとし生ける存在は死ぬ事でその魂が冥界に集まり、新しい命として転生するまで仮初めの生活を送る事となる。
その保管期間に様々な事があるがそれは割愛して(日本風の地獄だったり西洋風の地獄だったりと)、生まれ変わる為の定義が揃った時、その魂は1/3ずつに分割されて新しい生命として転生する。
まず、転生するためには肉体的受肉を必要とする。
これには卵子と精子の結合による受精が必要であり、受精時、冥界にあった『誰かの魂』の1/3が神の祝福を受けて宿る。
卵子には母体となった女性の魂の1/3の複製分割体が、そして精子には男性の魂の1/3の複製分割体が備えられており、この二つと冥界からの1/3の魂が合わさって一人の人間として生まれて来る。
そして子供は成長する事で外界からの情報を得、一人の人間として成長する。
この時、冥界からやって来た魂の部分には『成長した記憶』が刷り込まれて消滅し、母体と男性から得た魂もまとめて一つに融合する。
これが生命の定義。
神の祝福を受けていない魂など、何らかの要因によって冥界にたどり着けなかった浮遊霊と同義である。
それゆえ、クローン体には不自然な魂が宿っている事が多い。
自然でない受精には神は祝福を与えない。
ゆえにエクストラの肉体にも、マチュアの細胞に宿っていた記憶から導かれた疑似的な魂のようなものが生まれていた。
これにその辺の浮遊霊が結合して受肉しただけ。
記憶は持っているのでマチュアの一つではあるのだが、神の祝福を受けていない。
そこに神威を注がれて、疑似的な魂として結合しただけである。
余談ではあるが、異世界転生の場合、冥界にあった魂の1/3が受肉する時に送られるのではなく、魂全てが送り届けられる。
そこに母体と男性の情報が上書きされるのだが、元々の魂は消える事なく上書き部分は『記憶』として蓄積されていく。
結果、何らかの弾みで魂は前世を取り戻す。
これが『創造神The.Ones』と『無貌の神ナイアール』の作りし8つの世界の異世界転生理論である。
なお、転移者にはただ祝福が追加されるだけであって、この理論は当然当てはまらない。
‥‥‥
‥‥
‥
「えぇっと、魂が神々の祝福を受けていないと生命として認識されていない、という事ですか?」
「そういう事らしいよ」
「しかし、冥界にある全ての魂ですか。動植物、昆虫まとめて全ての魂が集まっているとは‥‥」
「それを一人で管理しているからすごいよねぇ‥‥で、滅んだ世界は魂が帰らないので、冥界に溜まると。でも、生物が一度生まれるには1/3の魂で十分なのよ。つまり魂のストックはどんどん増えていく訳」
その説明には、ララもノインも背筋が寒くなって行く。
「いつか飽和しませんか?」
「するよ。でも、その対処方法もあるんだわ‥‥私の中の無貌の神の神核が教えてくれたのよ。人類創造についての定義をね‥‥と、これ以上は言えない、神々クラスの極秘情報だから」
そんなの聞きたくもないとララとノインは心から思う。
迂闊に聞いてその後どうなるか、考えるだけでも寒気がする。
それに、一介のゴーレムがそんな事を知った所でどうにか出来る訳でもない。
これでこの話はおしまい。
しばしマチュアは十六夜老人の姿に変化して、のんびりと札幌市内観光を楽しんでいた。
〇 〇 〇 〇 〇
そして4日後、全ての建物や車両の修復が完了した。
戦闘現場周辺は自衛隊と警察によって立ち入り禁止区画となっており、居住者以外は予め登録していない限り出入りは出来ない。
この修復までの4日間、住民たちにはマチュアから慰謝料として大人一人あたり50万円、未成年は一律20万円の見舞金が支払われた。
これも後日報道されたのだが、それを知った周辺住民たちが日本国相手に慰謝料の追加請求を行ったりと大変な事になる。
そして引き渡しを行った翌日、マチュアは静岡県にある富士総合火力演習所へと移動を開始する。
日本にある各国の大使館からの要請により、マチュアはイギリスとインド、ドイツ、ロシア、中国に一騎400億円で魔法鎧を譲渡、その搭乗員たちはまとめて富士総合火力演習所で5日間の訓練が開始される事となった。
補佐としてアメリカ海兵隊のランディ曹長たちも参加し、僅か5日間で各国代表の搭乗員達は基礎動作は完璧にこなせるようになった。
ちなみにこの合同訓練については報道関係はすべてシャットアウト、演習場周辺は全て厳戒態勢のまま立ち入り禁止となっていた。
なお、そんな中でもマチュアの強権によりYTVのみ報道許可を得て撮影を開始、搭乗員や各国代表などは全てモザイク処理がされたものの、大量に並んでいた魔法鎧による訓練は壮観なものになっていた。
そして全ての演習が終わった翌日、マチュアは一通の手紙を朝生副総理に託して、ナーヴィス・ロンガに転移する。
そしてゆっくりと次元潜航を開始すると、ルーンスペースから立ち去って行った。
‥‥‥
‥‥
‥
「み、みず‥‥」
「ううう‥‥すっぱいものがほしいですわ‥‥ウップ」
次元潜航中のナーヴィス・ロンガの中は大変なことになっていた。
約束通りに佐藤と梅津の二人を異世界カリス・マレスへと招待し、一緒に向かう事になったのは良かったものの、ついでという事で異世界報道チームもまとめて招待、突然の取材旅行となった。
しかし、初めての次元潜航により、ルーンスペースの御一行は一人も残すことなく船酔いならぬ次元酔いに突入、第一寄港場であるフェルドアースに到着するまではずっと自室に籠っていたそうな。
そしてルーンスペースを出発して実に22日後、ようやくナーヴィス・ロンガはフェルドアースの異世界大使館直上まで辿り着いた。
「さて、カナン魔導連邦の旗の準備よーし。航空自衛隊と防衛省の通信準備よーし‥‥」
「ジェネレータ安定、次元潜航解除と同時に、防御結界張ります」
ノインとララが指差し、準備を始める。
この時にようやく具合のよくなったYTV御一行も艦橋に集まって来ると、巨大モニター越しに外を静かに眺めていた。
「これからいよいよ異世界なのですね?」
「そ。まずはあなた達のいた世界とほぼ同じ世界、フェルドアースに降ります。そして異世界大使館転移門を通ってカリス・マレスへと向かいます。現地では7泊8日で自由に取材をしてください、会話については現地で通訳をつけますので、それで対処してください。おやつは250万ガバスまで、バナナと凍らせたカルピスはおやつに含みません」
淡々とマチュアが告げると、一部ADが思いっきり吹き出している。
「250万ガバスって・」
「それが判るあなたの年齢を知りたいわ‥‥ノイン、ララ、準備はいい?」
マチュアがそう問いかけると、ノインもララもマチュアにサムスアップ。
「ナーヴィス・ロンガ、次元潜航停止。浮上開始!!」
──ザザザザザザザザザサ
突然異世界大使館上空に次元の波が立ち始める。
ひと月以上前までは、その場所にはヴィマーナが停泊していたので、近隣の住人はそれほど驚く事はない。
だが、異世界大使館の職員たちは何事があったのかと驚いて外に飛び出した。
その飛び出した中には、ポイポイとミアの姿もあった。
「ヴィマーナがこっちに来る予定はないっぽい。何か緊急事態っぽい?」
「判りません‥‥ストームさん緊急連絡です、大使館直上に次元浮上する未知の物体が‥‥ああ‥‥あれは‥‥」
「「戦艦です(っぽい)」」
ポイポイとミアの叫びと同時に、ナーヴィス・ロンガはその姿を完全に晒す。
そしてララとノインは関係各所に一斉に通信を入れ、マチュアは艦橋の外に出て『カナン魔導連邦』の旗を立てていた。
「あ、あれ? マチュアさんの帰還っぽいよ?」
「ス、ストームさん、マチュアさんが帰還しました!!」
そのマチュアの姿を見て、ミアもポイポイも涙を溢れさせている。
隣では赤城や十六夜、三笠といった職員達もマチュアを見て手を振っている。
「さて。それじゃあ上陸するか‥‥」
マチュアは一度艦橋に戻ると、YTVの報道チームを連れて大使館中庭に転移する。
──シュンッ
一瞬で風景が変わり動揺する報道チームと、呑気に手を振るマチュア。
「やあ、マチュア・ミナセ、ルーンスペースの分身体を退治して帰還しましたよ。みんなは元気だった?」
そう問いかけると、三笠がズイッと前に出て一言。
「異世界大使館一同、欠員無しで全ての任務完了です」
「それは重畳。ツヴァイ、こちらは異世界ルーンスぺースからやって来た報道局の方だ。国賓扱いで対処して欲しい。ちなみに滞在はカリス・マレス、期間は7泊8日、全ての取材を許可したので、通訳を付けてあげてください」
マチュアを見て素早くハリセンを引き抜いたツヴァイだが、マチュアが『女王モード』でツヴァイにそう告げたので、すぐさまハリセンは仕舞い込んだ。
そして丁寧に頭を下げと、梅津たちの前に出て。
「初めまして。ミナセ陛下の直属の補佐官を務めていますツヴァイと申します。長旅でお疲れでしょう、まずはこちらへどうぞ‥‥」
そう告げて、ツヴァイは梅津たちを大使館へと案内する。
「マチュアさ‥‥いえ、ミナセ陛下、この度は色々とありがとうございました」
「それでは取材に行ってまいります」
佐藤と梅津が頭を下げてからツヴァイについて行く。それを見届けると、マチュアはパンパンと手を叩いて一言。
「さて、感傷的なのはこれでおしまい。三笠さん、後程記憶のスフィアで報告をお願い。ミアは私が戻って来た事をストームに連絡して。明日にでも分身体の件で話を詰めたいから」
「「「「「「「了解しました」」」」」」」
そう返事を返して、大使館職員は事務局へと戻って行く。
そしてミアも三笠も急いで戻ると、マチュアは一番最後に大使館へと入って行った。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






