反撃の狼煙・その21・ウルルドラゴン攻防戦・序
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さて。
マチュアが北海道から帰還して、のんびりと東京のYTV本社に戻ってきた頃。
アメリカでは、不穏な空気が流れ始めていた。
──ピッピッ
「またウルルドラゴンの反応か。場所が東ではなく西に移動して、また消えたぞ」
「目標地点がワシントンDCでないのですかねぇ‥‥いずれにしても、マチュアさまに一報入れた方がいいですね」
「ですね。しかし、この動きには何の意味があるのやら‥‥」
モニター越しに確認したウルルドラゴンの映像。それは一瞬だけ実体化すると、何かを探すようにきょろきょろと周囲を見渡し、そしてまた消滅するというもの。
以前なら眼下の都市部に致命的なダメージを与えていた存在が、今はまるでそんなものなど気にする様子も見えていない。
そのため、何か裏があるのではと思いノインはすぐさまマチュアに念話で連絡を入れた。
──ピッピッ
『はいマチュアです』
「ウルルドラゴンの反応が出ました。ですがすぐに消滅しています」
『ふぁ? どういう事?』
「真っすぐにワシントンDCに向かうかと思っていたのですが、突然進路を西に変更しまして、一旦サウスダコダのスーウォールズ上空に姿を現したかと思ったら、すぐに次元潜航して消失しまして」
『へぇ、何か探し始めたのか、アメリカで行動すると危険と判断して別の場所に向かったのか、どっかだろうねぇ‥‥』
「そう予測できますが。どうしたものかと」
『何だろ、嫌な予感しかしないわ‥‥データをクリアパッドに送って頂戴』
「こっちの世界のwi-fiって対応していますか?」
『既にコンバート済み。ナーヴィス・ロンガ待機中は暇だったのよ』
「了解しました。では早急に」
──ピッピッ
そう連絡をしてから、すぐにノインはデータを送信する。
そしてマチュアも取り敢えずはYTV東京本社の会議室を陣取ると、そこでクリアパッドを開いてデータを受け取っていた。
‥‥‥
‥‥
‥
日本国・東京・YTV東京本社
「あの、マチュアさん、それは何ですか?」
クリアパッドを開いてデータをやり取りしているマチュアに、佐藤がそーっと珈琲を差し入れつつ問いかける。
ちなみにお茶請けには、フェルドアースでマチュアが好物だったパティスリーシイナのガトーフレーズ。迂闊にに表立って好物だといった日には、その店が大炎上しかねない。なので、佐藤に頼んでそっと買ってきて貰っていた。
マチュアはそれを食べつつ、クリアパッドからは目を離さない。
表示されているデータはノインから送ってもらったウルルドラゴンの映像。
それをじっくりと解析しつつ、今後の対応を考えていたのだが。
「これは魔導式クリアパッドっていってね。私が開発した、魔力で動くタブレットと言えばわかる?」
「ふぁぁぁぁぁ。つまりマジックアイテムであるという事ですか」
「どっちかというと、アーティファクトかなぁ‥‥」
普通なら魔導具で正解なのだが、既に亜神を通り越して創造神の眷属となったマチュアの作ったもの、つまりは『神器』という分類に当てはまってしまうものが多くなって来ている。
「アーティファクト!! まるでファンタジー映画の世界ですね」
「いやいや、これも私も本物だし。魔力で動くから電気代も掛からないし、こっちの世界のwi-fiにも対応しているから」
「でも、近くにwi-fiがないと使えませんよね?」
「これ自体に電波探知するセンサーみたいのを搭載していてね。クリアパッドから半径1km以内のwi-fiを探知してそこに接続できるのよ。まあ、探知できるのは一般開放されている奴だけれどね」
「そ、それって、メールアドレスの登録はできますか?」
「あ~フリーメールなら可能よ。HardBankとかKTTとかOUのような大手通信会社のメールアドレスを登録するのは面倒だけれど、出来なくはないかなぁ」
「で、では、スマホはありますか、電話代が高いのです」
「それは私もお願いします」
横で話を聞いていた梅津も話に参加してきたので。
「はぁ。スマホは作ったことないなぁ。その代わりにいいものあげるわよ」
と、空間収納から拡張バッグを二つ取り出すと、そこにクリアパッドと空飛ぶ絨毯、翻訳指輪を放り込む。
そして纏めて二人の魂の護符とリンクすると、それの使い方をレクチャーした。
流石は報道局のアナウンサー、理解力はかなり早く、一時間もすると完全に使いこなせるようになっていた。
「でも、こんなに良いものを貰ってしまっていいのですか?」
「何か申し訳ないのですが」
そう頭を下げる二人だが。
「まあ、あんなに物欲しそうな顔をされたら、渡さない訳にはいかないでしょ? 買い取りなんてなったら高くつくから貸与でいいわ」
「そうなのですか?」
「ええ。空飛ぶ絨毯はフェルドアース価格で一枚18億円、クリアパッドは非売品で一つ12億。翻訳指輪は全世界対応で一つ2億2千万。合わせて32億3千万と、拡張バッグが1億なので33億3千万円‥‥って、おーい、帰ってきなさーい」
マチュアの説明を聞いている内に意識が遠くに行ってしまった二人。
まあ、いきなり33億ものマジックアイテムを貸与されたらそうなるのは理解出来る。
10分程でようやく二人は戻って来た。
そして丁寧に何度もマチュアに頭を下げると、早速クリアパッドで作業を開始した。
‥‥‥
‥‥
‥
「んー。まだ予測出来ないなぁ。西海岸に何かアメリカの重要拠点あったかなぁ‥‥」
クリアパッドで色々と調べていても情報が少なすぎる。
いくら真央の故郷の世界で勝手知っているとはいえ、世界各国の裏の事情などまったく知らない。
これがフェルドアースなら、強引にロナルド大統領を締め上げて何かないか聞き出す事も出来るのだが、まだこちらの世界ではお客様。
そんな事出来る筈がない。
──ピッピッ
『ウルルドラゴン出ました!! 出現座標転送します』
「了解」、すぐ向かう!!
──ピッピッ
突然の緊急連絡。
そしてクリアパッドに映し出された映像と座標を確認すると、マチュアはすぐさまGPSコマンドを起動、出現地点の上空1000mに転移した。
〇 〇 〇 〇 〇
アメリカ・ワイオミング州イエローストーン国立公園。
その上空に突然亀裂が走ったかと思うと、ウルルドラゴンがゆっくりと姿を現した。
だが、その姿は以前のようなドラゴン形態ではない。
ウルルドラゴンの首から上には、本来ある筈のドラゴンの頭は存在せず、その代わりに人間の上半身が生えていた。
全身を竜の鱗に覆われた女性。それはまるで、伝説に出てくる悪魔にも似た姿をしている。
もしもマチュアが見たら、おそらくこう呟くだろう‥‥魔人竜ベネリの出来損ないと。
『足りないわ‥‥恐怖が。私の体を構築する混沌の瘴気が足りないわ‥‥聖気ではダメ。それでは対抗できないから‥‥』
クククッと笑いつつ呟くウルルドラゴン。そして眼下に広がる公園に向かって両手を伸ばすと、そこから巨大な火球を次々と発射していく。
──ズドドドドドドドド
次々と大地に叩き込まれる火球。それは大地を溶かし建物を破壊し、広大な森林地域を次々と燃やし尽くしていく。
必死に逃げていく人々を感知しては、そこに向かってさらに火球を撃つ。
やがて大勢の人々の死体から黒い瘴気が生み出されると、ウルルドラゴンはその瘴気を全身に浴びて輝き始める。
『あはぁぁぁぁ、いいわ、人の狂気が、恐怖が、絶望が染み渡るぅぅぅぅぅ』
恍惚にも似た、うっとりとした表情。
瘴気が染み込む度に全身に快感のパルスが駆け抜けて行く。
何度か快楽の限界を超えていく内に、更に貪欲となったウルルドラゴンは更なる快楽を集める為に、ゆっくりと南下して行くのだが。
「どっ‥‥せい!!」
──ドッゴォォォォォォォォォッ
巨大な両手剣を構えたイーディアスⅢが上空から一直線に急降下していくと、ウルルドラゴンの背中に向かって渾身の一撃を叩き込む。
神威を纏ったその一撃は背中の竜鱗を叩き割り、皮膚に深々と突き刺さって行く。
『貴様マチュア!! ついに出たわね』
「かーらーのー。神威開放、収束型雷撃弾っっっっっっ」
間合いを外して印を紡ぐ。
イーディアスⅢの周囲に4つの魔法陣が展開するとそこから背中に突き刺さった両手剣めがけて次々と雷撃が発していく。
──バリバリバリバリバリバリバリバリ
『おのれ、またしてもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』
プラズマの放電現象のごとく荒れ狂う雷撃が両手剣を伝ってウルルドラゴンの体内に浸透する。
それは体内器官を次々と焼き始めていくが、またしてもウルルドラゴンはスッと姿を消して一。
「‥‥ふぅ。また逃げた。この一撃でも消滅しないんだから、本当に化け物よねぇ‥‥っていうか、あれって魔人竜ベネリみたいよね‥‥本当に嫌になるわ」
ウルルドラゴンの消失した空間でホバリングしつつ、空間の歪みがないか確認する。だが、それらしいものは発見できない。
やがてアメリカ軍の救援部隊が眼下で活動を開始するのを確認すると、マチュアは一旦ナーヴィス・ロンガに帰還する事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
未だ修復を続けているナーヴィス・ロンガ。
その上空に転移して甲板に着地すると、マチュアはイーディアスⅢから降りて艦橋に向かう。
そして現在の状況を確認すべく艦長席に座ると。
「これが現在までの出現座標ですね。戦闘強度と回復速度を考えると、今回は以前よりも出現タイミングが早くなっています」
「ナーヴィス・ロンガの修復は75%まで終了。ただ、神滅の咆哮は破損がひどく、自己修復では追いつかない状況です」
次々と報告が伝えられると、マチュアもモニターを見て腕を組んでしまう。
「神滅の咆哮、もう使えない?」
「使えなくはないですが、魔導ジェネレーターにかかる負荷が半端ないです。以前よりも不安定ですので、最悪ナーヴィス・ロンガが吹っ飛ぶ可能性もありますね」
「あっちゃあ。そりゃあ駄目だ、こいつ吹っ飛んだら帰れなくなる‥‥神滅の咆哮は魔導ジェネレーターから外して。緊急時にはバイパスを繋いで出力を下げて使う事にするから」
その指示に合わせて、ララが調整を開始。
そしてマチュアは、今の戦闘データをもう一度解析するべく、じっとイーディアスⅢで撮影していた映像を再生する。だが、どうしてもウルルドラゴンとの戦闘において決定打が見い出せていない。
「いゃあ。一定のダメージが入ると逃げて回復し、またやってきて破壊して回復して、また私がダメージを与えて逃げて‥‥いやいや、トランキーロ あっせんなよって感じだわ」
「そこでそう来ますか。それで、次の出現予測地点が全く見い出せないんですよ。共通点が無さ過ぎます」
ノインの言葉に、マチュアは今までの出現地点を線で結ぶ。
まあ、それで何か文字や紋章のようなものができたら、それはいいヒントになるのだが。
それらしいものは全く感じられない。
「んんんんん。深淵の書庫起動、現在までのデータ及び私の考えそうな事を参考に、次の出現予測地点を算出」
──ピピピピピッ
すぐさま深淵の書庫が展開すると、大量の魔法文字列が走り出す。
そして15分後。
「‥‥十日後、アイダホ州の北部のどこか‥‥なんで?」
『ピッピッ‥‥』
表示されたデータはウルルドラゴンの回復速度からの算出。位置は単純に直線状かと考えたが。
「何だろ、何か引っかかる‥‥って、延ばしていくとバンクーバーから海を通って日本‥‥っおいおい、まじかよ」
そう呟くマチュア。
アリューシャン、千島列島に沿って日本という部分で、マチュアはピンときた。
「札幌かぁ‥‥そっかぁ、ウルルドラゴンのやつ、水無瀬真央の神威に気づきやがったかぁ‥‥」
やや冷たい表情で呟くマチュア。
もしそれが事実なら、次の出現の後、ウルルドラゴンは海を越えて北海道に向かって飛来する。
根室沖合から上陸し、北海道を縦断して札幌まで来るだろう。
そうなると、半端な被害では済まなくなる。
「それってやばくないですか?」
「やばいなんてもんじゃないわ。次の出現で仕留めないと、最悪一月後ぐらいに根室上陸だよ。真央のやつ、予想外にステータスが変貌していたからなぁ。ありゃあ、私がカリス・マレスに転移したばっかりの時とほぼ同じだよ。神威はまだ薄いけれど」
そう呟いてみたものの、対応策はない。
まさか真央に向かって『貴方が狙われている、すぐに避難してください』なんて言えるはずがない。
どこに逃げてもウルルドラゴンは何等かの方法で感知している。
地球以外の場所におびき出しでもしないと‥‥。
「ん、一週間でナーヴィス・ロンガを完全修復するわ。私は今からジェネレータールームで魔力タンクになってくるから、後の処理を全て任せる」
そう告げて、マチュアはジェネレータールームに籠ると、深淵の書庫を接続してナーヴィス・ロンガ全体に魔力を注ぎ続けた。
次の決戦までに、ナーヴィス・ロンガは動けるようにしないとならない。
〇 〇 〇 〇 〇
日本国・東京
永田町にある国会議事堂では、現在異世界のマチュアを受け入れるための法案の成立に向けて、様々な議論が繰り広げられている。
マチュアが日本と正式に会談を行ったのは一度だけ、それ以降はすべてYTV東京支社がマチュアと異世界についての情報を独占している。
政府がその情報提供を求めたのだがYTVはそれを拒否、YTVは自社の特番で少しずつ情報を小出ししてくるという策に出た。
そして佐藤と梅津の二人についても国会に彼女たちを参考人として招致し、異世界とマチュアについての情報を聞き出そうとしたのだが、またしても彼女たちはそれを拒否。
日本国政府としては、どうにか異世界の恩恵に預かりたくて必死になっている。
「現行法では、彼女や異世界を日本国の法律に縛るのはムリでしょう。あまり締め付けると、彼女はこの日本国から撤退してしまうでしょう、そうなると、おそらくはアメリカが抱え込んでしまうのは目に見えています」
異世界等対策委員会の席で、安倍川首相が集まっている委員たちに熱弁をふるう。この機に乗じて、今まで進んでいなかったいくつかの法案もまとめてからめて進めてしまう気満々である。
「ですが、彼女はパスポートもない存在、法律で縛らなくては危険です。あの魔法についてなど、どう法律で対応していいかわからないのですから」
民主党の後原議員が安倍川に対して反撃を開始。だが、安倍川ら与党も引く訳にはいかない。
副総理である朝生太郎が壇上に出ると、あらかじめ用意してあったフリップを立てて話を始める。
「まずですね。今の日本では魔法による犯罪を取り締まるという事は出来ません。魔法は証拠として使用できませんから、そしてそれを立証する方法もありません。なので、まずマチュアさんを異世界からやってきた親善大使として迎え入れ、その立場を利用して制御するのが一番かと思います」
淡々と説明する朝生。それには野党も頷くしかない。
「そしてですね。ついでといっちゃあなんですが、今の未確認生物が日本国にやって来た場合、どこの省が防衛すればいいのかも検討しましょうや」
そう呟く朝生だが、すぐさま立憲民進党の辻原が壇上に出る。
「自衛隊に決まっているじゃありませんか」
「そうですよねぇ。では、自衛隊の存在をあなたたちは認めるという事でよろしいのですね? さんざん自衛隊は違憲だなんだと叫んでいましたけれど、こういう時には前に出て戦えというのですね?」
「確かに自衛隊は法律上違憲です。この日本は軍隊など持ってはいけない。それはご存知ですよね?」
「まあ、あんた達の言うことはわからんので、この後、憲法改定案を出しますので。そこで改めて決議しましょう。あなた達の嫌いな自衛隊に日本を合法的に守ってもらう為にね‥‥」
「今はそんな事を話し合っている場合ではないでしょう?」
「いいや、この際だからはっきりしましょうや。という事で、日本国憲法9条改正案を後程提出します。とっととこれを成立させないと、いざ巨大敵性生物が日本までやって来た時に、戦争だ兵器だなんだかんだと騒がれると迷惑ですので。以上です」
うまくマチュアの話を憲法改正にまで持っていく朝生。フェルドアースといい、ルーンスペースといい、朝生太郎という存在は、野党にとっては脅威の模様。
「その巨大敵性生命体ですが、今はアメリカでマチュアさんとアメリカ軍が対応しているではありませんか。それをここで話し合うなんてナンセンスでは?」
「いやいや、しっかりと準備しませんとねぇ。いざ緊急事態になって、そして戦闘になった時に違憲だなんだと騒がれて活動しにくくなってもねぇ‥‥それに、そういうときの為の日米安保ですよ。なのに沖縄はいつまでもぐちゃぐちゃと‥‥っと、これは沖縄にいる、沖縄県民でないどっかの人々に対しての話ですけれど」
うわあ、かなりギリギリの話をしている朝生。これにはあちこちの政党もギリギリと歯ぎしりをしている。
せっかくマスコミを操作してそれらの情報が流れないようにコントロールしているのに、ここで堂々とそれを告げられてしまっては。
まあ、それでもマスコミは報道しない自由というのを巧みに使い、与党の都合の悪い事ばかりを流しているのでたまったものではない。
ならばと、与党はマチュアたち異世界を使ってこの政治の膿を取り除きたいのだろう。
マチュアの知らない所で、そんな戦いが続いているとは、彼女も露知らずという所である。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






