反撃の狼煙・その9・切り札は最後まで使い切る
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
死屍累々。
全世界の命運を賭けた無貌の神の眷属との戦い。
現在までの勝敗は以下の通り。
・カーマインサイド
グランアーク(カーマインの神核)、オフィル・アニマス(カーマイン吸収)
・幻影騎士団サイド
フェルドアース(神核の回収)、ジ・アース(悪魔マチュアの神核)
・マチュアサイド
カルアド(マチュア管理の世界)、バルクフェルデス(真マチュアの神核)
・残りの分身体
ルーンスペース、カリス・マレス
そして現在。
創造神ザ・ワンズと無貌の神ナイアールは、世界の中心空域である絶対座標にて、双方が放った攻撃により身動きが取れなくなっている。
絶対神でもある双方の力は均衡。破壊を司るナイアールの方がやや強いのであるが、それも分身体の神核すべてが集まった時。今はそれが揃うまでどうにか均衡を維持し続けている状態である。
そして流石のカーマインも、ここに茶々を入れる程馬鹿ではない。
創造神クラスの神威を纏った攻撃の余波を受けるだけで、カーマインの魂は消滅してしまう。
なので、カーマインたちは分身体の神核を回収し、ナイアールに捧げようと行動を続けている。
分身体の神核さえ手に入れば、それを吸収できればナイアールはザ・ワンズに打ち勝つ事が出来る。
その時、ザ・ワンズの世界は崩壊を開始、それらすべてを吸収したナイアールは近隣の創造神の世界にまで侵出を始めるだろう。
そうならないように、幻影騎士団はマチュアとストームの命令で、分身体の神核を奪われないように回収を続けている。
未回収の3つ、カルアド、ルーンスペース、カリス・マレスの神核。これがどちらに渡るかが勝負の行方である。
そしてこの戦いは、誰の目にも留まる事はない。
世界の命運にも拘わらず、双方ひっそりと、そして気付かれる事なく活動している。
それゆえ、最悪の事態に気が付いていない。
カーマインサイドに、ジョーカーが存在していた事に。
〇 〇 〇 〇 〇
カリス・マレス、ウィル大陸ラグナ・マリア帝国。
カナン辺境、竜骨山脈中腹、深淵の回廊。
「ハアハアハアハアハアハア‥‥」
息を切らせつつ目の前のターゲットを睨みつけているのはゼクスとファイズ。
クィーンからの命令で、二人は深淵の回廊最下層にある無貌の神の分身体を警護していた。
カリス・マレスの分身体の名称は『冥王竜ブラックモア』。それが現在活動を開始し、ゼクス達に牙をむいていた。
「はーーっはっはっはっはっはっ。見よ、人間がまるでゴ」
──パシィィィィィッ
ローブを深々とかぶった老人・ヨギ導師に向かって力いっぱい突っ込みを入れているのは一人の青年。
ただし、その肉体は朽ち果てた不死人であり、ゆっくりと再生を続けている。
「それ以上はあぶねぇと俺の本能が告げている。で、これからどうするんだヨギさんよ。この俺を冥府から引きずり出して、新しい肉体をくれた事には感謝するが」
不死人‥‥ベネリ。
ヨギ導師が冥王竜に頼み込んで、ベネリの遺品から魂を再構成した存在。
魂が縛られているため、ブラックモアの配下となり深淵の回廊から外に向かうべく邪魔ものであるゼクスとファイズを翻弄していた。
「くっそう。なんで今更魔人ベネリが復活しているんだよ‥‥」
「ええ、本当に予想外です。まあ、この地にカーマインがいなかったのが何よりですが‥‥」
どうにか立ち止まり剣を構える二人。
しかし、マチュアの分身体でもある二人であるが、冥王竜の全身から伸びる触手の攻撃を捌くのが精一杯。その最中にベネリとヨギの魔術攻撃が組み込まれているので、明らかに防戦一方である。
──シュルルルッ‥‥ドッゴォォォォッ
振り落とされる鞭のような触手、そして魔人化したベネリのメルトブラスト、ヨギは冥王竜とベネリのためにバリアを張り巡らし、回復魔術を唱え続けている。
「どうしたどうしたぁぁぁぁ。マチュアはいないのか、ストームは何処にいったぁぁぁ。あの二人を出せ、今こそやつらに俺の真の力を見せつけてやる!!」
ベネリはそう叫びつつ、手の中に圧縮したメルトブラストをレーザーのように打ち込んでいく。
広範囲殲滅型ではない直線のメルトブラストのため、ゼクスもファィズもどうにか躱し続けているのだが。
「アマイナ‥‥」
──ビシィィィィィィッ
二人がメルトブラストを避け切った時、その軌道上に冥王竜の触手が叩き落される。
ファイズはそれを躱しきれず、洞窟内の岩盤に力いっぱい叩きつけられた。
「生身の人間なら、ぐふっ‥‥と叫ぶ所だろうけど‥‥あいにくと、こちとらマチュアさま謹製のクルーラーゴーレムなんでね。内臓器官や脳が致命的ダメージを受けるなんて事はないのさ‥‥まあ」
立ち上がりつつ呟くファイズだが、今の一撃で左肩が砕け散り、左脚も膝から千切れ飛んでいる。
残った右足と手にした剣でどうにか体を支えているが、もう自在に動く事は出来ない。
「ウルサイ‥‥シネ」
──ドッゴォォォォォォッ
そのファィズの頭上から、冥王竜の触手が叩き込まれる。
その一撃をファイズ躱すことは出来ず、触手によって潰されてしまう。
一撃で岩盤に叩きつけられ、ファイズは全身がボロボロになり動けなくなってしまった。
「ファイズ!!」
急遽潰されたファイズのもとに駆け寄ると、ゼクスは潰されたファイズを空間収納に収納する。
「貴様ら‥‥」
「お、ゴーレムのくせに一丁前に怒るのか。マチュアの作ったゴーレムは疑似的な感情を持っているのか? 生身の人間のように‥‥でも、おまえだって、さっきの奴のように潰されるんだよ!! 神威を持てないお前程度じゃあ、冥王竜には傷一つ付けることはできないんだよ!!」
下卑た笑いを顔中に浮かべつつ、ベネリは叫ぶ。
そして冥王竜はファイズ達との戦いに飽きてしまったのか、頭上をゆっくりと見上げる。
──キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
その巨大な顎の中に神威が集まりつつある。
冥王の咆哮、神威を纏った暗黒のブレス。
それが口の中に収束を開始し、今にも放出されようとしている。
「よ、よせ、やめろ!!」
素早く冥王竜の向いた方向に向かって転移すると、ゼクスも残った魔力を集めて結界を張り巡らす。
だが、それでも完全に防ぎきる事は出来ないだろう。
今、ここで起こっている事はクィーン達も知っている。
だからこそ、このブレスの向いている方角‥‥カナン魔導王国王都にブレスを打ち込ませてはいけない。
「オワリダ‥‥」
──ビシッ
冥王竜の咆哮が放たれる。
それはゼクスの結界に一瞬だけ阻まれたが、見る見る内に結界に亀裂が走っていく。
「フォッフォッフォッ、横がお留守じゃな」
「全くだ!!」
ヨギの放った雷撃が、ベネリの放ったメルトブラストがゼクスの体を穿つ。
かろうじて魂のスフィアに直撃する事はなかったが、二つの攻撃でゼクスの下半身が溶解し、結界を維持する魔力が体外に放出されていく‥‥。
「ぐっ‥‥アハツェ‥‥あとを‥‥」
それ以上の言葉はでない。
結界が破壊され、ゼクスの頭部が完全に吹き飛んだ。
──ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
そして冥王竜のブレスが岩盤に届いたと同時に、それは地上まで一直線に突き抜けて‥‥。
「甘いな。この地を守るのが人種のみだと思っていたキサマタチの敗北だ」
岩盤の手前。黒い結界壁が生み出されると、冥王竜のブレスがそれに吸収されていく。
その背後には、黒いローブを纏った老人が、空中にたたずんでいる。
その背には漆黒の翼が、その頭部には4対の角が伸びていた。
「き、貴様、一体何者だ!!」
慌ててヨギが叫ぶ。
すると、その背後からも気配が現れた。
ドラグーン、すなわち竜人。
黒神竜ラグナレクの眷属たちが、洞穴内部に結集している。
「私は影竜マグナス。ラグナレク様の側近にして、ドラグーンを統べる存在。ではあなたにはご退場願いましょう」
──スパァァァァァァァッ
マグナスが軽く手を振る。
その瞬間発生した真空の刃は、ヨギの胴体を真っ二つに切断した。
そしてベネリの前にも、一人の女性が立ち止まっていた。
「貴様がベネリか。素直に冥府で静かにしていれば、逆鱗に触れる事はなかったであろうが‥‥」
真っ赤に輝く瞳に見据えられ、ベネリは身動きすることができない。
「き、きさまは何者だ‥‥俺はベネリだぞ、かつて地上の竜族を、クロウカシスを支配していた男だ」
そう力いっぱい叫んでいるものの、一歩、また一歩とベネリは下がる。
「そう。きさまはクロウカシスを支配していた。そして全ての竜族をも支配しようとした。そのような存在を、私は‥‥ラグナレクは、生かしておくと思ってか?」
──キィィィン
漆黒のドレスを身にまとった女性‥‥ラグナレクが呟くと同時に、ベネリの足元に魔法陣が展開する。
「こ、これは何だ、黒い、黒い光が纏わりつく‥‥」
輝く魔法陣の中から、煙のような魔力が溢れ出す。
そしてゆっくりとベネリの体に纏わりつくと、その動きをゆっくりと奪い始めた。
動きを奪われた四肢から、再生したばかりの血肉が零れ落ちていく。
骨がむき出しになり、腹腔から臓腑までもが落ちていく。
「な、何だ、何が起こっている‥‥まさか、いや、いやだ、そんな筈が‥‥」
「なあに。貴様の『時間を戻した』だけだ。灰は灰に、塵は塵に、土は土に‥‥せめて苦しまず‥‥なんて言うと思ってか!!」
──ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥツ
醜い肉の塊となってしまったベネリを、巨大な炎の柱が包み込む。
ベネリは何が起こったのか理解出来なかった。
ただ、ほんのひと時だけ与えられた仮初めの魂、それさえもラグナレクの炎によって完全に燃え尽きてしまった。
そしてその光景を、冥王竜はじっと見ていた。
ラグナレクを、自身をずっと監視していた黒神竜を。
「イマイマシキ竜ノ王。地上ニデルマエニ、キサマヲクライツクス」
巨大な腕をラグナレクに向かって振り落とす。
だが、それをラグナレクは細い右腕一本で止めてしまう。
慣性も、反動も、物理法則すら無視した受け。
まるで自身が、それらを統べているかのように。
「ふん。相も変わらず力任せ一辺倒か‥‥マグナス、再生は終わったか?」
傍らに広がる魔法陣。その中で詠唱を続けているマグナスは、目の前で再生を終えた『ゼクス』をじっと見ている。
「ええ。我が王よ、マチュアの眷属の再生は成されました」
「よい。あの者は、私の忠告を真摯に受け止めていた。同胞でもあるクロウカシスを滅する事なくな‥‥」
ニイッと笑うラグナレク。
その笑みを見て、冥王竜もまた寒気を覚えてしまう。
自分を封じていた存在。
それが、今動き始め、我に牙を剥いていた。
忌々しい結界を作り出した人間達、それらを喰らいつくし、地上を蹂躙しようと考えていたのだが。
今はそんな余裕もない。
「イ、イマハヒカセテモラウ!!」
そう叫んだと同時に、冥王竜の肉体がスッ、と消えていく。
己の欲望よりも、今は神核をナイアールのもとに、本体に届けなくてはならない。
冥王竜の誤算は一つ。
復讐に身を任せ、その目的を見失っていた事。
そしてそんな存在を、ラグナレクが、ゼクスが見逃す筈はない。
「位相転移‥‥神威のなせる業か。じゃが」
ゼクスは立ち上がり、空間を見つめる。
その手には、影竜マグナスが変異した剣・ドラゴンファングが握られていた。
「届かせませんよ‥‥」
スッと構えて一気に振りぬく。
それは時間も空間も越え、位相空間を進んでいた冥王竜を真っ二つに切断した。
だが、その神核までは切断する事は出来なかった。
真っ二つに切断され絶命した冥王竜は、そのまま誰にも知られる事なく、時空潮流に飲み込まれて何処かへと漂っていった。
‥‥‥
‥‥
‥
──ガクッ
ゼクスが膝から崩れる。
そしてマグナスも元の姿に戻ると、倒れかかったゼクスを右腕一つで支えた。
「力が‥‥入らな‥‥」
体内の魔力残量がほとんどない。
自然回復するまでに、一体どれぐらい掛かるのかわからない。
「我が主。冥王竜は」
「ふん。どこぞの空間で野垂れ死んでいるだろうさ。カリス・マレスから外に出たなら我々の管轄ではない。そのゴーレムも、地上に送っておけばいい」
まるでゼクスに興味はないという感じに呟くと、ラグナレクはスッとその場から消える。
そしてマグナスもゼクスを伴って地上に転移すると、ゼクスをカナン王城外に置いて消えて行った。
ゼクスが無事回収されて意識を取り戻したのは、それから10日の後であった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






