反撃の狼煙・その5・いともたやすく行われるえげつないマチュア
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今から10年前。
マチュアが灼熱の回廊にて無貌の神の罠に掛かった時、彼女は持てる神威をすべて開放し、この世界との繋がりである虹色の鍵を破壊した。
それにより、マチュアは世界の理に従ってこのジ・アースからはじき出された。
これが彼女の行った緊急回避。
そして創造神は、マチュアなきジ・アースの理を正すため、地球にて過去に殺された水無瀬真央の魂を時間を遡ってマチュアの中に封じていた。
フェルドアース・真央はマチュアがジ・アースからはじき出された時に解放された。
だが、その為にはマチュアとしての肉体が必要。それも神威を自在に操る亜神クラスの肉体が。
創造神は自由自在である。
望めば、ほぼ、どのような願いも叶えられる。それが神にとっての自然の摂理であるが、それでも不可能な事はある。
無からの魂の創造と、神威を持つ肉体の創造。
これだけは、今の創造神には出来ない。
かつて無貌の神と創造神、二つの神によって8つの世界は作られた。
その時には行えた事であるが、無貌の神と袂を分かった時、この力を二つの神は完全に失ってしまった。
ルーンスペースの水無瀬真央の『魂の修練』の終わり、創造神は崩壊しつつある真央と善の魂を『分割』し、マチュアと真央、善とストームとして構成した。
これは元の魂があったから出来た事。
そして悪魔マチュアがジ・アースから弾き飛ばされたとき、新しいマチュアの肉体を作る必要があった。
そこで創造神が眼をつけたのが、聖域に封じられている『無貌の神の分身体』である。
幸いなことに真央の魂はマチュアの中で充分に熟成された。
それならば、その肉体は自在に使いこなす事は出来るだろう。
そう思って、『無貌の神の分身体』から悪魔マチュアの肉体を再構成したのである。
結果、今の悪魔マチュアはオリジナルのマチュアよりも魔力量が桁外れに多い。
望むなら、リミッターなど何度でも開放出来る。
しかし、それは悪魔マチュアは知らない事。
生まれ変わった真央は、今の悪魔マチュアの肉体に満足している。
それ以上は望まないが、本人もその能力を制御しきれていない。
いや、正確には把握しきれないので、考えるのはやめたという所である。
しかし、その真実が、ひょんな事で突きつけられた。
「はわわわわわわわ‥‥」
酒場カナンに戻ってきたマチュアは、取り敢えずエールをグイッとのどに流し込む。
切れがあってコクのある、神聖アスタ公国製のエールである。
いまでは主要輸出品として各国に収められているぐらい有名なエールであるが、それでもマチュアののどの渇きは癒される事はない。
「どないしよ。悪魔と思ったら破壊神でした‥‥わっはっは。笑えるかーい!!」
一人ボケ突っ込みを堪能しつつ、少しずつ冷静さを取り戻す。
そして再び深淵の書庫を発動して、マチュア自身のステータスを今一度確認するが。
種族の部分が『神族』に変化し、全てのステータスが桁3つ上がっている。
それでも『日常的リミッター』というスキルが起動しているので、日常生活には全く支障がない。
どうだ、おそれいったか‥‥。
「って、そうじゃない、そうじゃないわ‥‥私、このままだと赤城さんに滅されるんじゃない? カウンターでやり返せない事も‥‥やりかえせるかーい。でこぴんで殺してしまうわ、いやいや、そうじゃい、そうじゃない‥‥」
──ギィィィィッ
マチュアがオロオロしつつエールを呑んでいると、装備を整え直したウォルフラム達が戻って来た。
予めグラントリ商会にはマチュアが話を通しており、支払いはマチュア持ちという事で新しい装備を整えて来た。
「これ程までの装備が町の商会で買えるとは思っていませんでしたよ」
「うむ。日本刀も一振り手に入れられたが、何故にストーム製なのか理解しがたいのう」
「私は魔導士の杖とローブ一式ですよ。今まで使っていたものよりも丈夫で、魔力増幅と消費魔力軽減の加護も付与されています」
「うう、忍者刀がないのが残念でしたけれど、苦無も手裏剣も手に入ったので、私は満足ですわ」
じつに嬉しそうな一行。
それを見て、マチュアは更に動揺する。
あ~、その装備の魔法付与、全て私の施したやつですねありがとうございました。
グラントリで普段は店頭に並ばない商品でしたか。手加減ないなグラントリ。
そんなことを考えつつ、マチュアはどう切り出していいか考えていた。
そして、あっさりと考えるのをやめた。
「無貌の神の分身体、見つけたよ」
──ブッ
その爆弾宣言に、その場の一同が思いっきり吹き出す。
ウォルフラム達はすぐさま戦闘態勢に切り替え、赤城は周囲を魔法によって警戒する。
「そ、それで、分身体は何処にいます?」
「まだ我々の勝てる相手ならいいのだが‥‥最悪、差し違える覚悟もあるが」
うんうん。
もう覚悟は決まった。
マチュアはグイッと右手親指で自分を指さすと。
「この肉体が無貌の神の分身体だ。神によって作り替えられて、今は私の肉体になった。さっき深淵の書庫で調べたらそういう結果になった、どうだ参ったか」
もう半ばヤケクソである。
それでも、だらだらと長引かせるよりもいいだろうとううマチュアの判断。
そしてマチュアの宣言を呆然として聞いている一同。
「そ、そうでしたか‥‥いや、マチュアさんの肉体が分身体‥‥いや、そうか」
「またとんでもない事を言うのう。我々の知るマチュア殿は堕天して行方不明であるし、もう一つのマチュア殿は分身体の再構成であるか」
ウォルフラムの言葉に腕を組んで答える斑目。
十六夜に至ってはマチュアと赤城をちらちらとみているし、その赤城も斑目のように腕を組んだまま沈黙している。
「‥‥という事で」
ボソッと赤城が小声でつぶやく。
「え、赤城さん、今なんて?」
「結果オーライという事で。分身体が敵対存在なら覚悟を決めなくてはなりませんでしたが、マチュアさんが分身体であるのなら敵対意思はないですよね? なら結果オーライです」
「あ、あっさりね。でもそれには一票。赤城さんの知っているマチュアさんが、私達の敵になる事はありませんよね?」
十六夜がマチュアに問いかけると、マチュアもコクコクと頷いてしまう。
そしてウォルフラムもハァ、とため息を一つ。
「なら、それでこっちの世界の調査はおしまいだ。次の世界に向かう準備を始めるとしよう
「では、拙者がツヴァイどのに報告をしておくでござるよ‥‥もしもし‥‥」
すぐに振り向いて耳元の水晶に手を当てて念話を始める斑目。
だが、当のマチュアはポカーンとしている。
「‥‥しっかし、何でこうも信用するのかねぇ。あんた達にとって、マチュアってそんなに信用あるの?」
「信用というか‥‥そういう存在だからなぁ」
「何といいますが、マチュアさんって私たちにとっては空気なんですよ」
そう告げる十六夜。
「空気? 存在が薄いの?」
「うーん。いつでも近くにいるのが当たり前で、そしてどこにいてもおかしくなくて」
「いないと大変困るのですが、でも気付かなくても問題なくて」
「目に見えなくても心配する事はあまりないですよ。それだけ信じていますから」
「それがマチュアさんですね。今頃、何処かでのんびりとしているに決まっていますから」
うわあ。
とんでもない存在なんだなぁと、こつちのマチュアも腕を組んで考えてしまう。
──ヒュンッ
そんな話をしていると、ツヴァイが酒場カナンに転移してくる。
そして悪魔マチュアをジーッとみて。やっぱりため息一つ。
「本当ですね。まぎれもなく無貌の神系列の神威に間違いありません‥‥それで、どういう話し合いになったのですか?」
「うむ。このままこっちのマチュア殿に後は託して、我々は次の場所に回収に向かう事になった」
あっさりと告げる斑目に、ツヴァイは静かに頷く。
それ以上の回答はないと、報告を受けた時に予測はしていた。
「それじゃあ、早速次の場所に向かいますか」
「あ、あの、せめて明日にしませんか? 今日はその‥‥」
赤城がオズオズと手を上げて告げると、十六夜とウォルフラム、斑目も頷いている。
「まあ、せっかく来たのですから、それもいいでしょう。明日の夕方に帰還しても地球では144分、二時間ちょいですから‥‥」
その言葉で一同ほっとする。
その日は盛大なパーティーが行われる事になった。
そして翌日。
悪魔マチュアの見守る中、ツヴァイ一行はヴィマーナに転移する。
そしてゆっくりと次元潜航を開始すると、ジ・アースから撤退して行った。
‥‥‥
‥‥
‥
「さて。そんじゃこっちも仕事に戻りますか‥‥と、ガイア、ファーマス、ジ・アースの結界は無貌の神の干渉力を防げるのかよ?」
そう天井を見上げて問いかける。
『残念だけれど、創造神と対をなす存在ゆえに』
『私たちの持つ世界を守る結界では干渉力を止める事は出来ないのよ』
「あっそ。そんじゃあ、もしも結界に干渉して来たらすぐに連絡ぐらいは貰えるよね?」
『まあ、その程度なら』
『私達にとっても、あなたの存在は大切なのよ。創造神の告げる8つの世界、その中に存在する二つのマチュアの片割れ。カリス・マレスのマチュアは自由奔放に世界を旅しているけれど、あなたらは別の目的があるから‥‥』
「まあ、そうだよね。ここを含む三つの世界の再生か‥‥ってあれ?」
ふと頭を捻るマチュア。
「それって、あっちのマチュアも同じ事していない?」
『それは私たちには判らないわ』
『けれど、悪魔マチュアの転生した後の目的は、創造神の告げた通り。つまり、あっちのマチュアでは無しえないものなのか、それともまた別の‥‥世界の可能性もありえる』
「そっか。まあいいわ、そんじゃ、あっちの敵が来たら教えてね」
『『了承。神の名において‥‥』』
そこでガイアとファーマスの意識が途絶える。
そしてマチュアもまた、一度隣の大陸に転移して、やりかけた仕事を続ける事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
次元潮流。
その中を、ヴィマーナはゆっくりと流れていく。
次の目的地は『バルクフェルデス』。
カリス・マレスとの時差は1:2、カリス・マレスの2日はバルクフェルデスの1日。
これはストームから聞いている情報、ゆえに今までのようにのんびりなどしていられない。
尤も、バルクフェルデスなら空間収納を用いた手紙のやりとりも可能。
それゆえ、あちらの状況はいつでも把握できる。
──ピキーンピキーン
すると、ヴィマーナの次元レーダーに不審物が確認された。
「おや、次元潮流を漂う物体を発見ですか」
そう呟いてモニターに対象物を映し出す。
それは巨大な戦艦。
浮遊戦艦ナーヴィス・ロンガが漂っている。
「ツヴァイさん、敵性反応は?」
「さすがにこの潮流の中では、調べられませんよ。まあ、見た感じですと、ただ流されているだけですから‥‥この次元に取り残された浮遊大陸シリーズという所ですか」
「あれは持って帰れますか?」
そう十六夜が問いかけるが、ツヴァイは頭を左右に振る。
「無理ですね。あっちの方が流れは速いですし、ヴィマーナには次元空間を流れている対象を引っ張る力はありませんよ。まあ、誰かが乗っていたとしても‥‥救出は不可能です。では、進路を修正しますので」
そう告げてツヴァイはヴィマーナの進路をバルクフェルデスに修正する。
こうしてナーヴィス・ロンガの中のマチュアは、まさかヴィマーナに発見されていたとは露知らずに更に次元潮流を流れていく事になったそうな。
あの、早く帰って来てくれませんか?
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






