日常と非日常・その6 魔族と計算ミスと最悪の事態
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
グランアーク・蘇陽。
異世界公司地下にある封印の間では、マチュアの細胞から生み出されたクローン魔族が着々と成長を続けていた。
既に全身は完全再生が完了し、今はポルトロンがマチュアの神威をゆっくりと注いでいる。
未だ意識は目覚めてはいないが、それも間もなく時間の問題であろうとヨギは告げている。
「それで、このできそこないはいつ頃目が覚めるのだ? もう10日は経っているのだぞ」
ブライアンが不満そうな顔で、結界の中に立つマチュアもどきを睨みつける。
未だ自分達の失態を取り戻すどころか、その存在まで明らかに無視されている。
ヨギは地球のエルサレムとグランアークを行ったり来たりし、時折カーマインもこの蘇陽にまで足を運んでいる。
そのカーマインすら、ブライアンとは軽く話をしているものの、戦闘や反撃の件についてはブライアンには関係ないという言葉を掛けている。
「まあ、ヨギ様やカーマイン様にも何かあるんだろうねぇ。僕達はまだ待機なんでしょ?」
「ああ。ジェネラの言う通り。今しばらくは、この結界の間でマチュアもどきの再生を手伝うようにと言われている。しかし、カーマイン様も何でこんなものに執着しているのか‥‥」
「わから‥‥ない。でも、あと少しで、マチュ‥‥アの神威は、移し終る‥‥」
結界の中にいるマチュアもどきに手を翳すポルトロン。やがてその手から発していた神威が途切れると、ポルトロンはその場にゆっくりとしゃがみこんだ。
「ハアハアハアハア‥‥これで、おしまい。後はわからない」
安堵の表情を浮かべてポルトロンが呟く。
すると、部屋の扉がゆっくりと開くと、カーマインがそこに立っていた。
「あら、ようやく終わったのね、ご苦労様。それじゃあ、三人に命じますわ‥‥そのマチュアもどきが目覚めたら、それ破壊して頂戴」
は?
そのカーマインの言葉に、ブライアンは驚愕する。
今まで必死に再生していたマチュアもどき、それがようやく完成したと思ったら今度は破壊しろという。
カーマインの真意はいったい何なのかと頭を捻るブライアンだが。
「カーマイン様。それは、我々に『神威を持つマチュア』を超えてみせよという事ですね」
察しのいいジェネラはにこやかに告げる。するとカーマインもニィッと笑った。
「さすがジェネラ、察しがいいわね。あなた達にこのマチュアを超える力を身に着けて欲しいわ。そうすることで、あなた達はストームをも超える力を有する事が出来る。これは、その為の前準備よ。ほら、マチュアらしいものはゆっくりと目覚め始めたわよ」
──ドクン‥‥
目の前のマチュアもどきが眼を覚ます。
スッ、と全身に白いローブを身に纏い、ゆっくりと首を左右に傾ける。
ゴキゴキと固まっていた関節が鳴ると、ようやくマチュアらしいものは最終変化を始めた。
長かった髪はショートヘアーになり、体形もスレンダーな体付きに変わる。
性別はなく中性となる、そして吊り上がった瞳は真っ赤に輝いている。
今までのマチュアとは全く違う外見に変化した。
「マム・カーマイン。私の名前は?」
生まれたばかりのマチュアもどき。それはカーマインの方を見ると、ゆっくりと跪いて問いかけた。
「そうねぇ。マチュアではないもの。マチュアを超えるもの‥‥エクストラではいかが?」
「エクストラ、拝命しました。それで、私の最初の任務は?」
「この三人と戦う事。それだけです」
そうカーマインが告げた時、ブライアン達は完全装備になってエクストラの前に立つ。
「という事でして。生まれたばかりのあなたには申し訳ないのですが、我々はマチュアを超える為に、あなたと戦います、覚悟してください」
ゴキゴキッと拳を鳴らすブライアン。
ポルトロンも一振りのダガーを構え、ジェネラは灼熱に輝く杖を手にする。
その様子を見て、エクストラも両手にショートソードを生み出すと開口一番。
「私の糧になりなさい‥‥かかってこいやぁぁぁぁ」
笑顔で絶叫しながら、エクストラは三人に向かって走り出した。
ブライアン達もまた、己の能力を全開にしてエクストラを迎え撃つ。
その光景を見て、カーマインはゆっくりと扉を閉じる。
そして建物の最上階に向かうと、そこで待機していたヨギに合流する。
‥‥‥
‥‥
‥
「カーマイン様。マチュアもどきはどうなりましたか?」
椅子に座っていたヨギが立ち上がり一礼すると、部屋に戻って来たカーマインに問い掛ける。
その様子を手で制すると、カーマインもソファーに座って一言。
「たった一つの予想外以外は問題なしね。地下施設では、あの三人の魔力と能力を吸収する為に、エクストラが戦っている筈よ」
「そうですか。それでは最終段階という事ですな?」
何か嬉しそうなヨギ。
「ええ。それで、地球の『無貌の神の分身体』はどうなっているのかしら?」
「石棺の結界は解除されています。後はそこから地下にある玄室に転移して、分身体を回収するのみ。それは魔神マチュアの仕事でしたな? しかしマチュアを殺して味方に付けるとは‥‥」
既にカーマインの計画はヨギも知っている。
魔神マチュアが無貌の神の分身体を吸収し、新しい神体となればいい。後は無貌の神の意識体を移し、マチュアは消滅する。
魔神マチュアはそれまでの依り代でしかなかった。
しかし、マチュアと同じく綿密な計画を立てていたカーマインだが、ここに来て最初の計画が根底から覆される事態になっていた。
「それなんだけどねぇ。ナイアール様の分身体の回収はエクストラに任せる事にします。依り代としての役割も、対ストームの戦いもね」
「そ、それはどういう事ですか、魔神マチュアに何があったというのですか?」
計画のとん挫を聞いて動揺するヨギに、カーマインは呆れた声で一言。
「魔神マチュア、どっかいなくなっちゃったのよ‥‥無貌の神の支配の感覚も消滅してるわ。何か、私の予想の斜め上にいっているわ、あいつは‥‥でも大丈夫よ、エクストラの能力はマチュアの遥か上。これからナイアール様の分身体を取り込んでいけば、マチュアなど恐るるに足りないわよ」
何か自分に言い聞かせるカーマイン。
自身もナイアールの分身体の一つを吸収している、実力ならマチュアの上であるという自負はある。
だからこそ、今は落ち着いて計画の微調整をしなくてはならなかった。
そしてカーマインに心酔しているヨギもまた、彼女の言葉を聞いて穏やかな表情をしていた。
2時間後。
結界の間では、ブライアンとポルトロン、ジェネラの三人を抹殺し、その肉体を、魔力を、そして全ての武具を取り込んた゛エクストラが静かに眠っていた。
この時点で、すでに亜神マチュアの能力は大きく上回っている。
今はただ、消耗した神威を回復する為に、ゆっくりと眠りに就いていた。
〇 〇 〇 〇 〇
カリス・マレス、ヴァンドール大陸。
アルマロス公国・イェット山脈・公営坑道の中を、魔人マチュアはゆっくりと歩いていた。
この先にあるもの、それを回収する。
それだけが、今の魔神マチュアの仕事である。
無貌の神の神核を持っているマチュアは、かの神が残したという浮遊戦艦を回収しなくてはならないと考えている。
それが今の魔族にとって必要な事であり、ひいてはナイアールの為に必要であると感じていた。
「クックックッ。この先だ。この先に破滅の戦艦‥‥ナーヴィス・ロンガが眠っている。わかる、私にはわかるぞ」
『あ、そーなんだ。でも、それって一体何なの?』
悪い笑いをしている悪魔マチュアの声で、その魂の奥底でのんびりと昼寝をしていた真マチュアが目を覚ます。
「フッ。目覚めたかマチュアよ。ナーヴィス・ロンガは無貌の神ナイアール様が作りし浮遊戦艦シリーズでも一二を争う破壊兵器。それを手に入れれば、ナイアール様はすべての神をも破壊する事が出来る。そう、これはナイアール様の為なのです」
『解説乙!!』
立ち止まって真マチュアに告げる魔人マチュア。だが、真マチュアも魂レベルで腕を組んでウンウンと頷いている。
『そりゃあ大変だわな。とっとと回収しないと、それで、それがここに眠っているのか?』
「ああ。これが場所を教えてくれる。真マチュアよ、よくこれを回収していたな」
そう呟きつつ、魔神マチュアは空間収納から魔導制御球を取り出す。
遥か昔、ラグナ城地下に転がっていた古い遺跡で発見したという魔導具。
マチュアはこれと深淵の書庫をリンクし、様々な魔導具を開発したり魔術を生み出している、いわばマチュアにとっての『知識のメインウェポン』のようなものである。
だが、それが何の関係が?
『あ、それ私のおもちゃ。私にしか使えないわよ』
「ああ。でも、これをこうすれば‥‥魔導制御球よ。今ここにその真なる力を開放せよ。そなたの真なる名前、魔導制御球によって」
──キィィィィィィィィィィィィィィィィィン
魔神マチュアの言葉に、魔導制御球はゆっくりと回転を開始する。
表面装甲版がフッ、と周囲に浮かび上がると、それが反転し変形して元の位置に戻って行く。
深紅の輝きと魔導文字配列を持った、魔導制御球が完成した。
「それでいい。わが名、魔神‥‥」
『我が名マチュアで命ずる。魔導制御球よ、我に従え』
すぐさま契約をはじめようとする魔神マチュアだが、真マチュアの方が一歩早かった。
【拝命。我、魔導制御球ハ、マチュア様ト共ニアリ】
「ちょ、おま!!」
『引き続き命ずる、そなたの真の名前は‥‥とする。私と共に』
【真名拝命‥‥同化開始‥‥】
魔神マチュアの手の中の魔導制御球がゆっくりと融解し、消滅する。
そして真マチュアの魂と一つとなった。
「うわぁぁぁぁぁ。お前殺す、絶対に殺す」
『へっへ~ん。私とあなたの魂は(表向きは)一体化しているんだよ。私を殺すという事は、あんたも死ぬんだよ‥‥』
「ちっくしょぉぉぉぉぉ」
がっくりと膝をつく魔神マチュア。
こっそりと魔神マチュアに聞こえないように呟いた声は届いていないらしい。
『まあまあ。今しばらくは協力してあげっから。まずはそのナーヴィス・ロンガとやらを回収しましょうよ、話はそれから、回収までは協力すっからさ』
そう魂レベルで慰める真マチュア。
それでようやく落ち着きを取り戻したのか、魔神マチュアは掌に魔導制御球を生み出す。
「クッ‥‥マスター権限は真マチュアかよ。まあいいわ。これって名前長くない?」
『そうねぇ。では‥‥最初の名前をとってタブラさんということで』
いや、それ駄目。
至高の四十一人と同じ読み方しないで。
「ほ、他のにしなさいよ。私も何か寒気を覚えたわよ」
『そ。そうだね。至高の御方はこっちの世界軸ではいないけど、外なる世界にはいるかもしれないから‥‥なら、あなたの仮称はデウス・エクス・マキナで。略称はデウスでよろしく』
【拝命。デウス・エクス・マキナ受ケ賜リマシタ。デウストオヨビクダサイ】
新しい名前を持った魔導制御球は、静かに魔神マチュアの手の中で輝いている。
それをジッと睨みつけると、魔神マチュアは魔導制御球を空間収納にしまい込んだ。
「さて、間もなく発掘現場ね。素直に渡してくれるといいんですけれど」
『無理じゃね?』
「それはほら‥‥ここの管理ってオネスティだから問題ないわよ。権力に身を焦がしていない限りはね」
そう呟いてから、魔神マチュアはゆっくりと発掘現場に足を踏み入れた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






