日常と非日常・その1・ヴィマーナの日常
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
異世界大使館上空、500m。
現在の浮遊大陸改め浮遊戦艦ヴィマーナの係留場所に指定されたそこでは、のんびりと改修工事が続けられていた。
既に地上にある都市区画には異世界大使館とサムソンに繋がる転移門が設置され、サムソンからドワーフや人間の職人達がやって来て都市の設備を整えている。
地下にある制御区画、機動兵器の格納区画、そして司令室には関係者以外には出入りする事が出来ない。
その格納区画では、カナンからやってきたアハツェンがのんびりと人型機動兵器の構造解析を行っている最中である。
──ブゥゥゥゥン
深淵の書庫に表示されているデータを読み取り、それを一つ一つメモリーオーブに組み込んでいく。
「なるほどねぇ。外部装甲は大型甲虫の外皮の加工、内部はゴーレム技術ですか。それも我々の知っているゴーレムではなく、むしろ魔法鎧のような内骨格フレームを施しているとは、これまた面白いですね」
淡々と表示されるデータを見ては、それを手に隣の魔法陣に歩いて行く。
そこでは分解された機動兵器と様々な魔術素材、ミスリルなどの魔法鉱石が並べられている。
そしてアハツェンの魔術により、それらはゆっくりと人型の巨大な兵器へと作り替えられていった。
‥‥‥
‥‥
‥
ヴィマーナ地上区画、首都ミラージュ
ドワーフ達によって作り直された城塞都市ミラージュ。カナン式対ドラゴン結界球の改良型を均等に配置し、緊急時には城塞都市だけでも堅牢な守りになるように作られている。
もっとも、このヴィマーナも全周囲に対物理、対魔術結界が常時張り巡らされているので、高度50km、いやそれ以上でも内圧に耐えられるようになっている。
その城塞都市には、現在100名程の人が集まっていた。
「さて、本日から本格的な訓練が始まる。諸君は幻影騎士団に新設された准騎士団である『蜃気楼騎士団』の所属となり、切磋琢磨していただく事になる」
集まった人々の前で、蜃気楼騎士団・団長であるサイノスが集まった者達に檄を飛ばす。
ここに集まったのは幻影騎士団に連なる新しい騎士団『蜃気楼』の新しい候補生として選ばれた人々であり、自薦、他薦構わず様々な試験を突破してやって来た者達である。
これから暫くの間、このヴィマーナとサムソンで実地訓練を行い、最終的には48名が正式な蜃気楼の騎士として選抜される事になる。
ちなみに元冒険者チームのゼファーのメレアとフィリアも既に選抜されており、今回は指導員としてこの地にやって来ている。
そして挨拶と説明が完了すると、幾つかのチームに分かれて早速訓練が始まる。
半年間の訓練を終え、最終試験を突破出来た者のみが、蜃気楼の名前を授かる事が出来るのであった。
「‥‥しっかし、随分と気合の入ったやつらがいるなぁ」
訓練設備を見学していたストームが、丁度剣術訓練を行っている候補生達を見ている。
その中の一人が、どうもストームには気になっていた。
──ヒュヒュヒュンッ
6歳ほどの少女が八極拳の型を綺麗に流している。それも全身に心力ではなく、魔力を循環させて。
マチュアの使う体術に近い波長を、ストームは感じ取っていた。
「なあサイノス、あれは誰だ?」
「ええっと。あの子は‥‥???」
ふとサイノスが手にした書類を確認する。だが、その子については、書類が存在していない。
明らかに不法侵入者である。
「あの子はリストにありません。ひょっとしたら、ドワーフたちについてきた関係者の子か何かが紛れ込んだのではないでしょうか?」
その説明にふぅんと納得するストーム。
すると、一瞬でストームはその子の前に縮地で移動すると、手にしたカリバーンで力いっぱい横に薙ぎる。
──シュタッ
そのストームの渾身の一閃を、少女は難なく躱していった。
「へぇ。大したものだな。魔力循環による身体強化、俺の一撃を起動時から既に見切る眼力、そして俺の神威にも一歩も引かない度胸。名前は?」
そうついかけつつカリバーンを鞘に納める。
すると、少女は顔色一つ変えることなく。
「レイフェ」
とだけ告げる。
そのまま訓練に戻るレイフェだが、どのみち勝手に参加している事には間違いはない。
「それでレイフェ、お前はどこの誰だ?」
「私は、マチュアだったものでしゅ」
「‥‥そういう事か」
スッ、とストームはレイフェの額に手を当てる。
「GPSコマンド起動‥‥魂のサーチ‥‥ほうほう」
レイフェから感じる魂。それはマチュアの作り出した魂のスフィアと同じ存在。長い時間をかけて、魂のスフィアが肉体を作り出したようなものである。
「マチュアの作った魂のスフィアか。野良スフィアとはまた、どうするものか‥‥って、何で野良スフィアがここにあるんだ?」
「私は転生しゅるのに異空間を漂っていましゅた。そしゅたら懐かしい匂いがしたので、レムリアーナにきたのでしゅ。そしたらストームしゃまの神威が流れてきて、私は実体化しましゅた。私はマチュアしゃまとストームしゃまによって作られた存在でしゅから」
うんうん。
ストームは一通りの説明を聞いて納得しているが、傍らにやってきたサイノスは動揺している。
「ええええええっとととととととと、つまり、その子はマチュアさまとストームさまの子供?」
──ザワッ
その言葉に周囲の時間が停止する。
「あ、違う違う。俺とマチュアで作ったゴーレムのようなものだ」
──フッ
止まっていた時間が元に戻る。
「ま、そうですよね。マチュアさまって、男性に興味ないし」
「ストームと番いなんて死んでも、転生しても嫌だわって全否定していましたから」
「あー、事案発生にはならなかったか」
などなど、みんな無責任な話をして訓練に戻って行く。
「お前ら暇人か‥‥それにしても、何で転生待ちしていたんだ? シスターズの欠番なんてあったのか?」
そう頭を捻りつつ、ストームはツヴァイに念話を送る。
──ピッピッ
「ストームだ。ちょいとやっかいな事案に巻き込まれた。ちゃんと解決しないと俺が更なる事案に巻き込まれるので、ちょいとミラージュまで来てくれ」
『はぁ、こっちは来客があったのですが、まあ、すぐに向かいますよ』
──ピッピッ
そう返答を受けてから、ストームはしばし訓練生達との手合わせを始める。
そして30分程したら、ツヴァイがシルヴィーとカレンを伴ってやって来た。
‥‥‥
‥‥
‥
「よう、来客ってシルヴィー達か」
「ええ。オーストラリアの件が取り敢えず一段落したので、シルヴィー様とカレン様をお連れしましたが」
そう丁寧に告げるツヴァイ。
「別に妾に様をつける必要はないぞ」
「そうですわ。いつも通りにシルヴィーさん、カレンさんで構いませんわよ」
そう笑っているシルヴィーとカレン。
するとツヴァイもゆっくりと頭を下げる。
「ではそのように。さて、事案発生と申しましたが、一体何が?」
「ああ、ちょいと待っていてくれ。レイフェ、ちょいと来いや」
少し離れた所で八極拳の型を流しているレイフェ。ストームの声が聞こえると、そのままストームに抱拳礼を取っててくてくと歩いて来る。
「ストーム師父、お呼びでしゅか」
そう告げるので、ストームはまずツヴァイの顔を見て。
「さて、ツヴァイ、こいつをどう思う?」
「一見すると、ちっちゃいマチュア様のようにも感じられますが、魂の質は調べてみないと何とも」
「じゃあ調べてみれば? 」
「そうですね。深淵の書庫発動‥‥ふぁ?」
突然ツヴァイの顔が真っ青になる。
表示されたデータを見て、ツヴァイが挙動不審になっている。
「な、すごいだろ?」
「こ、この子、マチュア様とストーム様の子でしたか‥‥」
──スパァァァァァァァァァン
素早く突っ込みハリセンでツヴァイをぶったたくストーム。
「どこをどう読み込んだらそうなるん‥‥だ?」
──ゴゴゴゴゴゴゴコゴゴ
そう呟いたとき、ふと、ストームは後ろから二つの殺気を感じ取った。
「マチュアはストームになど興味がないと言っておったわ‥」
「それなのにマチュアさんとの間の子供、どういう事か説明していただけますわよね?」
あ、二人とも目がマジである。
シルヴィーに至っては、背後に三体の動く石造を召喚していた。
「その返答によっては、妾はストームを殺して妾も死ぬ。アルタイル、ベガ、デネブ、戦闘モードぢゃ」
素早く動き出すスタチュー。そしてストームの周囲を取り囲むと、ゴキゴキと拳を鳴らしていた。
「はぁ。最初から説明するか、まずツヴァイ、レイフェはお前の姉妹に当たる。ロストしたシスターズはいないか?」
「はあ、ロストナンバーといえば、マチュア様からセブツェンという個体名は聞いていますが」
「そのセブツェンの魂のスフィアが、俺の神威を浴びて実体化したのがレイフェだ」
──ポン
と手をたたくツヴァイ。
「それで、レイフェさんからはマチュア様とストーム様の二つの神威を感じたのですか。いゃあ、思わず二人の隠し子かと」
「前から言っているだろうが、俺はマチュアを女として認めないって‥‥シルヴィー、カレン、これで理解したか?」
セブツェンのことについては、マチュアがクロウカシス戦で完全再生した直後に話は聞いていたらしい。
しばらくの間、セブツェンはマチュアとして、シルヴィーやカレンとも接していたから。
そして今の説明を聞いて、レイフェもポン、と手を叩いている。
「思い出しましゅた、ツヴァイお姉しゃまでしたか。元セブツェンのレイフェと申しましゅ。ストームしゃまの神威を浴びて帰って参りましゅた」
丁寧に挨拶をするレイフェ。そしてシルヴィーとカレンの方を向いた時、シルヴィーはレイフェを抱きしめた。
「そうか、マチュアの魂の一つであったか‥‥お帰りぢゃ」
「ええ。私も以前あった事があるわよね?」
その問い掛けに、静かに頷くレイフェ。
これで事案はなくなった。
ストーム不倫疑惑は幕を閉じた。
「さて、それじゃあどうするかなぁ。ツヴァイ、レイフェは預けていいのか?」
「ちょっと待ってください。預かる分には構いませんが、今のレイフェは私達のようなクルーラーゴーレムではありませんよ? 生身の肉体をもつ立派な人間です。私達と同じように扱う事は無理ですよ?」
ツヴァイが腕を組んで、更に頭を捻りつつ告げる。これにはストームも同意である。
まさかゴーレムからの転生など起こるとは思っていない。
でたらめなチートを持つマチュアの作り出した疑似魂に、さらに出鱈目な神威を持つストームの神威を浴びたのである。
どんな奇跡で起こったのか見当もつかない。
しかも、この世界の神々の管轄でもない。
異空間で転生した存在、どの神の加護も受けてはいない。
これは逆に、どんな神々の加護も受けられるという事である。
「ん~。そんじゃあ、どうすっかなぁ」
「どうしましょう。まあ、魂の護符を作って正式にカリス・マレスの人間として登録しますか。その上でどこかに預けるしか‥‥レイフェ、今まではどこにいましたか?」
そうツヴァイが問いかけると。
「生まれたのは数日前でしゅ、受肉したのはさっきでしゅ」
あ、めんどい事案である。
「あああああ。マチュアさまに押し付けたい」
「そうもいかんだろうが。シルヴィー、何か知恵はないか?」
と問いかけたので。
「ん? このヴィマーナ所属にすればよかろう? もしくは幻影騎士団は無理としても、異世界大使館で職員として預かってたもれ?」
いきなり押し付けるシルヴィー。
「アルバート商会で保護しても構いませんわよ。ちなみにレイフェちゃんは、何か特技はありますか?」
「あい。ウインドズ展開でしゅ」
──ブゥン
カレンが丁寧に問いかけると、レイフェはいきなりウィンドゥを展開する。
しかも、それはシルヴィーとカレンにも見えていた。
「ち、ちょ、おま!!」
突然の展開に動揺するストーム。すると、レイフェはのんびりと一言。
「空間収納もありましゅ。神々の祝福はありましぇん。スキルは一つだけ、『マチュアとストームに依存』としか書いてありましぇん」
あー。
やっちゃった子である。
ストームとマチュアの持つすべてが使える子、けれど神々の祝福は持っていない。
それよりも展開したウィンドゥにシルヴィーとカレンは興味津々である。
「こ、これは日本語ぢゃな?妾は読めるぞ」
「そうですわ。スキルがストームとマチュアさんに依存っていうことは‥‥」
──ゴクッ
思わず息を呑むシルヴィーとカレン。
「「何でも出来るのですか(ぢゃな)」」
その二人の問いかけにコクコクと頷くレイフェ。
「よし、ベルナー王家で引き受けよう」
「いえいえ、アルバート商会で」
「‥‥はあ。本人の意向を聞いてみたらいいのでは?」
やれやれという表情で、ツヴァイが呟く。
すると、レイフェはストームを、シルヴィーを、カレンを、そしてツヴァイをみる。
──テクテク
一人一人のもとに歩いていき手を引っ張る。
そして4人が集まった時、レイフェは全員の手を握る。
「みんなと一緒でしゅ」
うわぁぁぁぁ。
にっこりと笑いつつそう呟くレイフェ。これにはストーム以外がノックアウトである。
ちなみにストームは努めて冷静。第三者的感覚で事の成り行きを見守っている。
「そ、それでは‥‥とりあえずサムソンぢゃな」
「ええ。サムソン王城に行きましょう。そこなら私もシルヴィーも、ストームも一緒にいられますわ」
ウンウンと頷くシルヴィーとカレン。
これで取り敢えずは解決したのであろう。
レイフェもそれで納得したのか、シルヴィーとカレンに手を握られて、転移門へと向かって行った。
「はぁ‥‥考え方によっては怖いわ」
と呟くストーム。それにツヴァイが首を捻っていると。
「そもそも、俺とマチュアがここに来た経緯をツヴァイは知っているだろうが。二つに分かたれた勇者の力、それを一人でまとめて持っているんだぞ? それも当時の俺たちの力じゃない、今の、最強モードが使えるスキル全てをだ。俺の神威まで受け継いでいるから洒落にもならんぞ。全く、何でこんな事になったんだが‥‥」
ブツブツと呟きつつ視察に戻るストーム。
そしてツヴァイも、マチュアの記憶を辿りつつ異世界大使館へと戻って行った。
新しい勇者転生、それがどういう意味を持っているのか、一同は間もなく知る事になる‥‥。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
 






